<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rdf:RDF
 xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
 xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
 xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
 xmlns:taxo="http://purl.org/rss/1.0/modules/taxonomy/"
 xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
 xmlns:syn="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
 xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
 xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
>
<channel rdf:about="http://bisista.blogto.jp/">
<title>ビジスタニュース</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/</link>
<description>
</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<admin:generatorAgent rdf:resource="http://blog.livedoor.com/?v=2.0" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<items>
 <rdf:Seq>
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1539799.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1543233.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1541610.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1540736.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1539748.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1538806.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1538586.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1537076.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1536302.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1535514.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1534959.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1533063.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1531394.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1526689.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://bisista.blogto.jp/archives/1527419.html" />
 </rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1539799.html">
<title>成松哲「ちょい不良（ワル）を襲うモテの魔の手とは？」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1539799.html</link>
<description>担当者より：2006年の「ちょい不良（ワル）オヤジ」ブームの中、ライターの成松哲さんによるコラムです。成松さんの話題のミニコミ『kids these days!』vol.1（特集タイトルは「いまどきの10代に聞いたリアルな「けいおん！」の話。」）もよろしくどうぞ。

配信日：2006/1...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2012-02-01T13:00:59+09:00</dc:date>
<dc:subject>成松哲</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>2006年の「ちょい不良（ワル）オヤジ」ブームの中、ライターの成松哲さんによるコラムです。成松さんの話題のミニコミ<a href="http://d.hatena.ne.jp/narima74/20200101/ktd" target="_self" title="">『kids these days!』</a>vol.1（特集タイトルは「いまどきの10代に聞いたリアルな「けいおん！」の話。」）もよろしくどうぞ。<br>
<br>
<u>配信日：2006/12/06</u><br>
<br>
<br>
今年７月、雑誌『LEON』の編集長・岸田一郎氏が、同誌の版元・主婦の生活社を退社したことがワイドショーや週刊誌をにぎわせた。編集部員の引き抜き疑惑など、お家騒動があったとはいえ、いちサラリーマンの人事がここまで大きな話題になるのは異例中の異例。ひとえに同誌と、そのキャッチフレーズ「ちょい不良（ワル）オヤジ」の人気ゆえのできごとだろう。<br>
<br>
事実、同誌は、出版業界の中でも不毛の地であった40代向け男性誌の世界にあって10万部を売り上げ、１号当たり３億円もの広告収入を誇っているという。筆者はお目にかかったことはないが、ドルチェ＆ガッバーナを野性的に着こなし、20代後半の女性とわけありの恋を楽しむ、または、それに憧れる40歳前後のオヤジは確実に存在するようだ。<br>
<br>
筆者は以前、本メルマガで、<a href="http://bisista.blogto.jp/archives/1534959.html" target="_self" title="">ネットをにぎわす「非モテ」について紹介</a>させていただいた。「非モテ」とは、過去の恋愛の失敗や、色恋沙汰で盛り上がる世の風潮への嫌悪感から、モテることに全力で背中を向けることを決意した人のこと。「モテ」に対する態度はもちろん、議論の中心となっているのが20代前半～30代中盤の男性であることからも、まさに「ちょい不良オヤジ」の対局をなす存在だ。<br>
<br>
さて、ここでひとつの疑問が生まれる。なぜ40代と30代中盤までとでは、それぞれ「ちょい不良オヤジ」と「非モテ」という、まったく正反対の存在が目立つようになったのだろう？　当然、恋愛市場から撤退したと思われていた中年が「ちょい不良」を気取ったり、モテるための努力をして当たり前の若者が「非モテ」を公言したりする珍しさが、話題を呼んでいる部分はあるだろう。しかし、それ以上に彼らが青春期を過ごした時代背景の違いが大きな影響を与えているようだ。<br>
<br>
40歳前後のオヤジの青春時代は1980年代後半～1990年代の好景気のまっただ中。ちょっと家庭が裕福なら「創刊間もない『メンズノンノ』から飛び出してきたようなファッションに身を包み、パパに買ってもらった小型のBMWでミッション系の大学に通う」なんてライフスタイルを本気で実践できた時代だ。確かにそんな男はスマートだ。さぞやモテたことだろう。<br>
<br>
人間、そうそう生活レベルを落とせるものではない。当時、そんな都市型の消費生活を謳歌していれば、今さら、中年丸出しの生活を送りたくはないはずだ。しかも、40代ともなれば、それなりに収入はある。ならば『LEON』が提唱するライフスタイルを実践して、もう一花咲かせたくもなるというわけだ。また、あのころ、そうは生きられなかったオヤジだって、今ならカネに飽かせて、ちょい不良ライフを送ることができる。<br>
<br>
一方、30代中盤以下の青春期は、バブル崩壊後。学生時代のアルバイトの時給は1000円を切り、就職氷河期だから働き口も満足にない。なのに、このシーズンのファッション誌には、相も変わらず「彼女のクリスマスプレゼントはハイモード系のチャームがオススメ」なんて書いていやがった。「ただでさえカネがない上に、ヤれる保証もないのに、女になんぞ入れ込んでられるか！」とばかりに非モテ宣言するのもムリはないだろう。<br>
<br>
このようにバブルを境に二極化する「ちょい不良オヤジ」と「非モテ」だが、実は両者とも「モテ」に苛まれている。当然「非モテ」にとって「モテ」は敵だ。しかし、学校や職場などに、もしも好みのタイプの女のコがいようものなら「非モテ」といえど、絶対に気になるはず。このイヤでもわき起こる恋愛感情をいかに無視するか。「非モテ」にとっては、かなりの難題だ。<br>
<br>
対する「ちょい不良オヤジ」には、「モテたいのにモテない」というジレンマが付きまとう。『LEON』は「ちょい不良オヤジ」に向けて「コムスメどもが背伸びしても届かない恋愛経験値を積んだ『艶女』（アデージョ）と恋をせよ」と提案する。しかし、果たして、あなたの周りに艶女なんているだろうか？　しかも、前述の通り「ちょい不良オヤジ」は、従来の日本の中年像から大きくかけ離れている。それだけに「いい年してヤる気満々なんてキモい」といったツッコミに晒されがちだ。実際、筆者を含め「ちょい不良オヤジ」と口にする時、そこに多少の悪意を込める人も多いはずだ。<br>
<br>
口説きたい女は超希少種で、しかも、モテようと頑張れば頑張るほど、周りからは笑われる。これほど傷つく話もないだろう。モテたがろうとモテたくなかろうと「モテ」の魔の手は確実に我々に襲いかかってくる。この煩悩さえ振り払えれば「非モテ」は悠々自適なシングルライフを満喫でき、「ちょい不良オヤジ」も油の抜けたナイスミドルになれるはずなのに、だ。結局、悟りを開きでもしない限り、男は一皮むけられないのだろうか……。<br>
<br>
<br>
●成松哲（なりまつ・てつ）<br>
ライター。<br>
著者に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797345896/" target="_self" title="">『凶暴両親』</a>（ソフトバンク新書）、共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309271855/" target="_self" title="">『バンド臨終図巻』</a>（河出書房新社）がある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/narima74/" target="_self" title="">三十路でアニメ</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1539799" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1543233.html">
<title>横田真俊「ネット音痴にもわかるSkype入門」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1543233.html</link>
<description>担当者より：『facebook 基本＆便利技』（技術評論社）などの著者である横田真俊さんが、2005年に初心者向けとしてSkypeについて書いた一文です。

配信日：2005/11/09


数年前、あるIT企業の社長が「５年後に電話料金は無料になる」と「予言」し、その「予言」に対し...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2012-01-30T15:00:16+09:00</dc:date>
<dc:subject>横田真俊</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4774144908/" target="_self" title="">『facebook 基本＆便利技』</a>（技術評論社）などの著者である横田真俊さんが、2005年に初心者向けとしてSkypeについて書いた一文です。<br>
<br>
<u>配信日：2005/11/09</u><br>
<br>
<br>
数年前、あるIT企業の社長が「５年後に電話料金は無料になる」と「予言」し、その「予言」に対して当時のNTT社長が「冗談じゃない」と否定した事があった。それから５年以上経った現在、「電話」は、料金が安くなったとはいえ、完全には無料になっておらず、このIT会社の社長の「予言」は外れたかにみえる。<br>
<br>
しかし、この「予言」は実は既に実現している。それは普段使っている電話機では無く、「Skype」というパソコンのソフトだ。このソフトを使えば無料で相手と音声通話が楽しめるようになる。今回はこのSkypeについて紹介したいと思う。<br>
<br>
まずは、簡単にSkypeの概要を説明しよう。Skypeはインターネット経由で同じSkypeを使っている人と音声通話ができるソフトウェアだ。無料で５人まで同時に通話でき、有料ではあるが「一般の電話」に電話がかけられる。これを聞いて、ネット音痴ならいざ知らず、ネットにある程度明るい方は「そのようなソフトは以前からあったのでは?」と思われるかもしれない。確かに今までも、同じソフト同士で音声通話できるソフトはあった。しかし、Skypeは今までのソフトウェアとは３点ほど大きく違う点がある。<br>
<br>
まずは「完全無料」だということがある。今までの物は、料金が必要であったり通話中に広告が入ったりするものが多かった。しかしSkypeは、Skype同士の会話は料金を支払う必要も無いし、広告なども一切入らない「完全無料」で使える。また、一般の電話に通話をする場合は有料だが、その場合でも一般の通話よりも安く、特に国際電話の場合は、通常の国際電話よりも圧倒的に安く電話ができる。<br>
<br>
２点目に「設定方法がとても簡単」だということだ。従来のソフトフォンの場合はパソコンの設定やルータの設定が必要な場合があり、パソコンにあまり詳しく無い人は、この設定を行なうのが難しかった。しかしSkypeは、そのような難しい設定をせずにソフトをインストールだけで使えてしまう。例外的にセキュリティの設定が厳しい所では、使えない場合があるが大体の場合はSkypeをインストールするだけで、簡単に利用できる。<br>
<br>
３点目は「音質が非常にクリア」だと言うことだ。従来のソフトでは、確かに相手の声は聞こえたが、一般の電話と比べて音質が悪く、実用的では無かった。しかし、Skypeは従来の物に比べて音質が圧倒的に良い。ユーザによっては携帯電話よりも音が良いという人がいるほどだ。今までは、音質の問題から、このようなソフトウェアは実用的で無いと思っていた人も、Skypeの音を聞けばSkypeが十分実用的であるとわかるだろう。<br>
<br>
このように、Slypeは音質が良く、設定も簡単で、無料で使えるソフトウェアとなっている。すぐに電話機が無くなってしまうことは無いが、電話機の代わりにSkypeを使うユーザも増えていくだろう。もし、まだSkypeを試していなかったら、一度ダウンロードしてみてはいかがだろうか?　最近とても注目を集めているソフトウェアなので、検索サイトから「Skype」や「スカイプ」とキーワードでダウンロードできるサイトが見つかると思う。Skypeは、Windows2000/XPのほか、Mac OS X 10.3 以上やLinuxにも対応しているのでWindows以外のパソコンをお使いの方でも大丈夫だ。<br>
<br>
あとは、相手に声を伝えるためのマイクやヘッドセットが必要になるが、これは近所のPCショップで購入していただければと思う。このヘッドセットは安い物では1000円以下で買える物もあるので、気軽にSkypeを試していただけると思う。<br>
<br>
<br>
●横田真俊（よこた・まさとし）<br>
IT企業に勤務する一方で、P2PやSNS、クラウドコンピューティングなどに関する執筆や講演も行っている。<br>
著書は<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4798025135/" target="_self" title="">『ツイッター仕事術』</a>（秀和システム）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4774144908/" target="_self" title="">『facebook 基本＆便利技』</a>（技術評論社）など。<br>
サイト：<a href="http://wslash.com/" target="_self" title="">P2Ptoday</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1543233" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1541610.html">
<title>五十嵐太郎「ヤンキー論のこれまでとこれから」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1541610.html</link>
<description>担当者より：建築批評家の五十嵐太郎さんが、2009年に『ヤンキー文化論序説』（河出書房新社）を上梓された直後、その内容などについて綴った一文です。五十嵐さんの最新刊『被災地を歩きながら考えたこと』（みすず書房）などとご一緒にぜひお読みください。また、五十嵐さ...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2012-01-25T19:27:21+09:00</dc:date>
<dc:subject>五十嵐太郎</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>建築批評家の五十嵐太郎さんが、2009年に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309244653" target="_self" title="">『ヤンキー文化論序説』</a>（河出書房新社）を上梓された直後、その内容などについて綴った一文です。五十嵐さんの最新刊<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4622076527/" target="_self" title="">『被災地を歩きながら考えたこと』</a>（みすず書房）などとご一緒にぜひお読みください。また、五十嵐さんは、人気ラジオ番組<a href="http://www.tbsradio.jp/life/index.html" target="_self" title="">『文化系トークラジオ Life』</a>の<a href="http://www.tbsradio.jp/life/2012/01/2012122part1.html" target="_self" title="">「何のためのアーカイブ？」</a>の回にもご出演されたばかり。その様子はPodcastでも聴けます。<a href="http://www.tbsradio.jp/life/index.html" target="_self" title="">『文化系トークラジオ Life』</a>そのものについては、仕掛け人である<a href="http://bisista.blogto.jp/archives/1315526.html" target="_self" title="">長谷川裕さんのコラム</a>もご一読のほど。<br>
<br>
<u>配信日：2009/04/08</u><br>
<br>
<br>
今年の３月、筆者が編者となって、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309244653" target="_self" title="">『ヤンキー文化論序説』</a>（河出書房新社）を刊行した。これは、オタク論はだいぶ増えたが、サイレント・マジョリティというべきヤンキーをめぐる議論がほとんど存在していないのではないかとの疑問から企画した本である。<br>
<br>
数年前から本格的なヤンキー文化論を書けば、すぐに論壇にデビューできると、人文系の院生に会うたび、言ってきたのだが、誰もそれを引き受けることがなく、結局、筆者が自ら編者となって、今回の刊行にたどりついた。その詳しいいきさつは「まえがき」に記したので、それを参照していただきたい。<br>
<br>
ともあれ、寄稿者にも恵まれ、筆者にとっても発見が多い本になった。例えば、酒井順子は、時代によってヤンキー魂があちこちに転化し、現在はキャバ嬢向けの雑誌『小悪魔ageha』に宿っているという。昨年ある雑誌において、女性誌のマトリクスが掲載されていたが、筆者が寄稿したことのある『ハイファッション』や『エル・デコ』は、ちょうど『小悪魔ageha』と斜向いの象限に位置づけられていた。それだけ筆者はヤンキーと遠い場所にいながら、この仕事に関わったのである。また本書では、近田晴夫、速水健朗、森田真功らの論考がとりあげたように、矢沢永吉や本宮ひろ志の重要性を再認識させられた。<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309244653" target="_self" title="">『ヤンキー文化論序説』</a>については、すぐにネット上でもさまざまな反応が出ており、語られなかった領域の言説を刺激するという狙いは的中したと自負している。鉱脈を掘りあてたことにより、多くの人はまだ語るべきテーマが無数に存在すると感じているのだ。例えば、筆者自身も、『野良猫ロック』や『ずべ公番長』などのシリーズ映画に関する論考が抜けていると考えている。おそらく、今年度はヤンキーをテーマにした卒業論文や修士論文もあちこちに登場するのではないかと思う。<br>
<br>
本書以前に登場した、幾つかのヤンキー論に触れておこう。数少ない日本の先行文献である四半世紀前の金字塔というべき、佐藤郁哉の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/478850197X/" target="_self" title="">『暴走族のエスノグラフィー』</a>(1984)は、今読んでも十分に示唆に富む労作である。実際、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309244653" target="_self" title="">『ヤンキー文化論序説』</a>の第二章「ヤンキー系表現の世界」でも引用されていた。ヤンキーの改造車に創造性を認めない佐藤の評価には同意しかねるが、デザイン手法の分析やグループ名の意味論などは、まったく色あせていない。そして<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309244653" target="_self" title="">『ヤンキー文化論序説』</a>の仕事で改めて思ったことだが、海外の不良文化との比較で言うと、日本のヤンキーはわざとださいセンスを入れたり、硬派なのに女の子っぽい、かわいいイメージが混入している部分は、特徴的といえるだろう。<br>
<br>
海外の先駆的な研究であるポール・ウィリスの<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4480082964/" target="_self" title="">『ハマータウンの野郎ども』</a>(1977)は、いかに学校の不良たちが自ら望んで工場に就職し、労働階級の社会的な再生産が行われるかを論じていた。またW.F.ホワイトの<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4641076251/" target="_self" title="">『ストリート・コーナー・ソサエティ』</a>(1943)は、ボストンのスラムにおいて警察も含めた地域の高度なネットワークが生成されているという。<br>
<br>
ヤンキーは地域に根ざしている。<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309244653" target="_self" title="">『ヤンキー文化論序説』</a>でも、これは東京なき日本論になるのではないかという仮説をたてた。しかし、本書の第三章「地域社会のなかのヤンキー」では、阿部真大が、不況を迎え、暴走族の卒業モデルが終焉し、安心して引退できなくなったことにより、ヤンキー文化が衰退したことを指摘している。こうした社会構造との関係は、さらに分析すべきテーマだろう。<br>
<br>
ちなみに、本書の企画段階において、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4787232738/" target="_self" title="">『族の系譜学』</a>（2007）の著者である難波功士にも原稿を依頼したのだが、ちょうど彼はヤンキー文化に関する書籍を執筆中だったために見送られた。逆に言えば、彼が近日刊行する、その<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4334035000/" target="_self" title="">『ヤンキー進化論』</a>（光文社新書）との相乗効果を期待している。今年は、ヤンキー論がブレイクする絶好のタイミングになるかもしれない。<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309244653" target="_self" title="">『ヤンキー文化論序説』</a>に寄稿した斎藤環も、現在単著を準備中だという。<br>
<br>
もっとも、こうした本を当事者であるヤンキーがあまり読んでいない可能性は高い。そこがオタク論との大きな違いだろう。ともあれ、オタクに比して現代文化研究と結びついてこなかったヤンキーに関する言説が、大いに論じられることを期待したい。<br>
<br>
<br>
●五十嵐太郎（いがらし・たろう）<br>
建築史・建築批評家。東北大学大学院工学研究科教授。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309624359/" target="_self" title="">『現代日本建築家列伝』</a>（河出ブックス）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4061498673/" target="_self" title="">『現代建築に関する16章』</a>（講談社現代新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4622076527/" target="_self" title="">『被災地を歩きながら考えたこと』</a>（みすず書房）などがある。<br>
サイト：<a href="http://www.cybermetric.org/50/" target="_self" title="">50's THUNDERSTORM</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1541610" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1540736.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1540736.html</link>
<description>担当者より：2010年にコラムニストの小田嶋さんが執筆した一文です。小田嶋さんの新刊『地雷を踏む勇気』（技術評論社）と『その「正義」があぶない。』（日経BP社）の二冊は好評発売中。この二冊に関連したインタビュー（聞き手は辻本力さん）もぜひどうぞ！

配信日：201...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2012-01-17T18:00:25+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>2010年にコラムニストの小田嶋さんが執筆した一文です。小田嶋さんの新刊<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4774148709/" target="_self">『地雷を踏む勇気』</a>（技術評論社）と<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822248828/" target="_self">『その「正義」があぶない。』</a>（日経BP社）の二冊は好評発売中。この二冊に関連した<a href="http://www.sbbit.jp/article/cont1/24374" target="_self" title="">インタビュー</a>（聞き手は<a href="http://bisista.blogto.jp/archives/cat_42582.html" target="_self" title="">辻本力さん</a>）もぜひどうぞ！<br>
<br>
<u>配信日：2010/02/17</u><br>
<br>
<br>
今年に入ってから、朝青龍をめぐるあれこれやオリンピック関連のドサクサにまぎれてあんまり注目されていないが、子供をめぐるむごい事件が続いているように感じる。気のせいだろうか。代表的な例をひとつ。たくさん並べても良いのだが、イヤな気持ちになるだけなので。<br>
<br>
《食事をするのが遅いことに立腹し、長男の東京都江戸川区立松本小１年、岡本海渡（かいと）君（当時７歳）に暴行したとして、東京地検は12日、同区の電気工、岡本健二（31）と妻の無職、千草（22）両容疑者を傷害罪で起訴した。警視庁小岩署は両被告を傷害容疑で逮捕し傷害致死容疑で送検していたが、地検は「暴行と死に因果関係があるとは言えない」とし致死罪での起訴は見送った。これにより裁判員裁判の対象ではなくなった。》<br>
（毎日新聞２月13日東京朝刊）<br>
　<br>
１. ７歳の子の実母が22歳って……<br>
２. 学校は何をしてたんだ？　児童相談所は無力なのか？<br>
３. 父親は実父じゃなくて、母親がキャバ嬢をやっていた時代の客だと。なんという典型的な。<br>
４. 「暴行と死に因果関係が無い」って、じゃあ、自然死だとでも？<br>
<br>
……と、この事件は、ツッコミどころが多かったためか、テレビでも話題になったし、ネット上の掲示板でもかなり長い間粘着の対象になった。ひどい事件だった。親が子供を殺した事件に対しては、軽めの判決が降りるケースが多い。このことは、子供が親を殺した場合に重い罰が科されがちであることと対を為している。<br>
<br>
戦前の民法には「尊属（←子から見た親）、卑属（←親から見た子）」という儒教由来の長幼の序列が設定されており、実際に、尊属殺人は、卑属殺人よりも重大な犯罪であるとされていた。が、戦後の民法には、尊属、卑属の区別はない。人は人。殺す場合も殺される場合も平等。そういうことになっている。にもかかわらず、親による子殺しには「情状」が酌量される場合が多い。「口減らし（←貧困家庭が生存のために乳幼児を殺すこと）が半ば常態としてあった時代の名残り」だと言っている学者さんもいる。本当だろうか。いくらなんでも21世紀にこんな常識が残っているとは思えないのだが。<br>
<br>
ともかく、子殺しは減らない。ほかのあらゆるタイプの殺人が基本は減少傾向にあるのに、なぜなのか、これだけ少子化が進んでいるにもかかわらず、親による子殺しだけが、なぜか減っていない。ソースについては、そこいらへんをググってほしい（←って、どういう書き方だ《笑》）。これはどういうことなのであろうか。<br>
<br>
この種の事件が起きると、「世相の乱れ」「地域共同体の崩壊」「若い世代の道徳的頽廃」「日教組が主導した個人主義教育の結果」みたいな結論に飛びつく人々が大きい声を張り上げる。まあ、まったく関係ないとは言い切れないのであろう。たしかに、地域共同体が機能不全に陥っているのは事実であるのだろうし、密室に取り残される孤独な親子の存在は、戦後社会の個人主義的傾向と無縁ではないのだろうからして。<br>
<br>
とはいえ、戦前の古き良き日本に戻ればこのテの犯罪が減るのかというと、それはわからない。いや、もしかしたら子殺し自体は減るかもしれない。でも、その代わりに違うタイプの犯罪が増える気がする。たしかなところはわからないが。<br>
　<br>
私の思うところを述べる。子殺しは、非常に特殊な犯罪だ。だから、こういう特例を材料として、そのことをもって戦後社会を断罪したり、現代の世相を否定するのは、適切な態度ではない。無論、特例だからといって無視して良いということではない。ただ、この種の「特例」は、世相一般や、若者の典型とは切り離して考えなければならないはずなのだ。<br>
<br>
私が中学生だった頃、私の通っていた中学はいわゆる「荒れた」学校だった。たとえば、こんなことがあった。私が中学一年生に上がった年、学校のすぐ隣に、巨大スーパーが出店した。で、近隣の小中学生は、しばらくの間、物珍しさから、そのスーパーの中を遊び場にしていた。エスカレーターに乗ったり、単に売り場を往復したり、エレベーターのボタンを押して逃げたり。まあ、他愛の無いガキの遊びだ。<br>
<br>
が、中には、万引きをはたらく組の子供もいた。ある時、一斉検挙があって、子供たちが芋づる式に補導された。この時、私の中学の同学年の生徒が三十数名補導されたのだが、念のために申し上げると、私の学年の生徒数は総数で120名ほどだった。ということはつまり、私の同級生は三割以上が万引きでしょっ引かれたということだ。運良く捕まらなかった人数を勘定に入れると、あるいは、一度でもあの店で万引きをした生徒は、もしかして半数を超えていたのかもしれない。まあ、それほど、風紀が悪かったということだ。<br>
<br>
私の学校は地域でも特別に悪い部類の学校で、その意味では特例ではあった。が、昭和四十年代当時の中学生（少なくとも東京の中学生）は、いまの中学生より、ずっと「悪かった」のである。ざっと考えて、同世代のうちの二割は、いわゆる「不良」だった。私の地域では三割がツッパリだった。<br>
<br>
何の話をしているのかよくわからない人がいるかもしれない。私が言いたいのはこういうことだ。つまり、昔は、不良にも「ライト層」が多かったのである。実際、私の仲間内の不良は、たいしたワルではなかった。ヘアスタイルをリーゼントにして、太いズボンを穿き、「チョンバッグ」と呼ばれるペチャンコの革カバンを持ち歩いている彼らは、たしかに見かけの上ではいっぱしの不良だったが、なあに実際にはたいした悪さをしていたわけではないのだ。<br>
<br>
同じような格好をしたライバル校のツッパリに対して「ガン」をつけたり（睨むこと）、学校帰りにゲーセンいたまったり、タバコを吸ったり、その程度だ。ちなみに言えば、私も特に不良だったわけではないが、タバコは15歳の時から吸っていた。結局、戦後すぐから昭和五十年代ぐらいまでは、優等生と不良の間に、なだらかな中間層が存在していた、と、そういうことなのである。であるから、本格派のワルや、手に負えない不良がいても、その、どうしようもない非行少年にしても、孤立せずに済んでいた。<br>
<br>
私の同級生でも、最終的に暴力団の構成員になって刑務所のお世話になった人間が三人ほどいる。が、その彼らも、道で会えば、愛想良く挨拶をする。そういうふうに、マジな犯罪者と一般人の間にも、一定の行き来はあったりしたわけなのだよ。それが良いことなのかどうかはわからないものの、だ。<br>
<br>
現在、不良高校生の数は、激減したと思う。タバコを吸いながら歩いているティーンエイジャーや、一見してヤバげな目つきで周囲を威圧している少年も減った。なぜだかはわからない。ただ総体として、少年犯罪は減っているし、町の風紀も良くなっている。が、その一方で、道を外れた少年は、同世代のコミュニティから完全に孤立してしまう。<br>
<br>
たとえば、江戸川区の亡くなった子供の母親は、15歳で赤ん坊を生んでから後、同級生のコミュニティや地域社会のセーフティネットからこぼれ落ちていたように私には見える。父親も、だ。結局、ライト層の不良という通過儀礼として十代の反抗を演じる非行少年がいなくなったことで、一度コースを外れた人間から見ると、立ち直りに向けてのルートが閉ざされてしまったのである。<br>
<br>
もちろん、本格派の落ちこぼれを救うために、ライトな不良を育成しようとか、そういう話をしているのではない。でも、とにかく、私の世代の人間から見ると、今の若いコたちはやっぱりなんだか哀れに見えるのだよ。カッコだけの不良ごっこを楽しむことができないわけだから。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4774148709/" target="_self">『地雷を踏む勇気』</a>（技術評論社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822248828/" target="_self">『その「正義」があぶない。』</a>（日経BP社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（ともに講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1540736" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1539748.html">
<title>内田麻理香「いい男から科学を学んで何が悪い」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1539748.html</link>
<description>担当者より：2009年にサイエンスコミュニケーターの内田麻理香さんが、ファインマンを通して科学リテラシーについて書いた一文です。内田さんは、身近な科学の面白さを綴った『おうちの科学』（丸善出版）が好評発売中。また、『科学との正しい付き合い方』（DIS+COVERサイエ...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2012-01-13T19:00:22+09:00</dc:date>
<dc:subject>内田麻理香</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>2009年にサイエンスコミュニケーターの内田麻理香さんが、ファインマンを通して科学リテラシーについて書いた一文です。内田さんは、身近な科学の面白さを綴った<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4621084747/" target="_self" title="">『おうちの科学』</a>（丸善出版）が好評発売中。また、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4887597932/" target="_self" title="">『科学との正しい付き合い方』</a>（DIS+COVERサイエンス）についての<a href="http://www.sbbit.jp/article/cont1/21642" target="_self" title="">インタビュー</a>（聞き手は田島太陽さん）なども、ぜひあわせてお読みください。<br>
<br>
<u>配信日：2009/07/01</u><br>
<br>
<br>
私の人生を狂わせ、未だに支配し続けている男について書いてみたい。20世紀の米国の物理学者、R.P.ファインマンだ。大学生の頃、エッセイ<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4006030053" target="_self" title="">『ご冗談でしょう、ファインマンさん』</a>（岩波現代文庫、上下）を読み、たちまち彼に恋してしまった。<br>
<br>
いたずらが大好きで、大人げなく、権威に反発するひねくれ者。遺された彼の写真はどれもこれも男前だ（たぶん、主観を排しても）。そんな色男であるにも関わらず、早世した最初の妻に対しては一途で、妬ましいほどの愛妻家ぶり。惚れた弱みで、彼の物理学の教科書５巻セットも買いこみ、ようやく私は物理の魅力を知ることができた。好きになった相手に合わせて、自分の趣味も変えてしまう主体性のない女の好例だろうか。<br>
<br>
そんな不純な動機で科学の研究を志した。もちろん、その理由だけではないが。しかし、不純な動機だったせいか、道半ばで挫折した。しかし、科学への憧れの気持ちは依然として変わらないので、科学の語り部となるべく活動している。<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4006030053" target="_self" title="">『ご冗談でしょう、ファインマンさん』</a>などの彼のエッセイ（正確には、彼の話を友人が書き起こしたもの）は、科学好きも、科学に苦手意識を持つ人も虜にする魅力満載だ（これは、主観を排しても）。金庫破りに精を出し、手間と労力と時間を費やして、とうとう金庫破りの名人になってしまうエピソードは圧巻だ。その熱中ぶりは「才能の不法投棄」とでもいうべき言葉を捧げるのにふさわしい。<br>
<br>
このエッセイ集に収められた話を笑える冒険譚、として読むだけでも良い。ただ、私は何回も読み直すうちに、ファインマン関連本は「科学のセントラルドグマ」を伝える最高の教科書だと思うようになった。科学を志す人にとっては「科学に関わる上で大切なものは何か」を知ることができる。科学に興味がなかった人も「科学って意外と面白いかも」と気付くきっかけになる。<br>
<br>
残念ながら、昨今では若者を中心に「理科離れ」、「科学離れ」の傾向が進んでいると言われるようになった。実際に昔に比べて「理科離れ」が進行しているのか？　「若者の科学離れ」は本当か？　という点については議論の余地が大いにあるのだが、今回はペンディングしておく。ごめんね。<br>
<br>
いずれにせよ「科学離れはまずいよね」といった問題意識のもと、第３期科学技術基本計画では「国民の科学技術リテラシーの向上」を目標に掲げることになった（科学技術基本計画とは、文部科学省が管轄となって科学技術基本法のもと施行されている計画で、第３期は平成18年度～平成22年度が対象となる）。そのための活動がここ数年で活発になっている……のである。その結果は、肝心な皆さんのところに届いていないかもしれないが、一部では猛烈に頑張っているのだ。ちなみに私もその末席を汚しているつもり。<br>
<br>
そんな立場からファインマン関連本を読むと、爽快な自己否定の感覚を味わうことができる。なぜかというと「ファインマン関連本に科学リテラシーのほとんどが収められている」からだ。彼の奇行ネタは「謎を見つけるとどんなことでも解かずにはいられない」執念が源泉である。まさに、科学者の中の科学者、だ。その追究の姿勢は、「人が眠りに落ちる瞬間」から「スペースシャトル・チャレンジャー号の事故の原因」まで余すところなく発揮されている。まず疑問を持つ。仮説を立てる。自分の手足を使って確認する。トライ＆エラーをくり返す。そして考え続けることを粘り強く継続する。どれも科学者に必須の要素であり、行動であろう。<br>
<br>
科学リテラシーという言葉がある。リテラシーとは直訳すると識字、という意味。「メディア」「金融」などの用語と組み合わせて「ある分野のことを理解し、活用する能力」という意味で使われる。つまり、科学リテラシーは「科学を理解し、活用する能力」になる。<br>
<br>
科学リテラシーを構成するものはおおざっぱに分類すると、「科学的思考法」と「科学的知識」の二つになると思う。そして、私は「知識」は「思考法」さえあれば、ごくごく最低限で良いと考える。知識なんてものは、あとからいくらでもついてくるのだ。百科事典のような人間になることを目指しているわけではないのだ。<br>
<br>
「科学リテラシーの向上」という言葉だと面倒に聞こえる。そもそも上から目線だしね。しかし、科学の申し子・ファインマンが「科学的思考法」を駆使して人生を楽しむ様子を眺めてみれば……科学リテラシーは、単に「世の中を面白い角度で見るひとつの道具」と思えるに違いない。<br>
<br>
私は、ときどき自らに「科学者以外は、科学なんて知らなくても、生きるのに不自由しないのではないか？」と問いかける。そして、それに対してまともな答えが見つけられない時に、助けを求めてファインマンの本に手を伸ばす。するとファインマンが「にやり」と笑いながら、「『ものをつきとめることの喜び』は最高の娯楽じゃないか、そうだろ？」と、べらんめえ口調で答えくれる気がするのだ。<br>
<br>
彼は、「科学は楽しい」という、ひねりのないシンプルな答えをこちらの自問に対して、返してくれているようだ。それだけで十分なのかもしれない。<br>
<br>
<br>
●内田麻理香（うちだ・まりか）<br>
サイエンスコミュニケーター、サイエンスライター。<br>
各種媒体を通じ、科学と社会の懸け橋になるべく活動中。<br>
主な著書は<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4061542796/" target="_self" title="">『カソウケン（家庭科学総合研究所）へようこそ』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062144395/" target="_self" title="">『恋する天才科学者』</a>（共に講談社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4774147532/" target="_self" title="">『理系なお姉さんは苦手ですか？』</a>（技術評論社）などがある。最新刊は<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4621084747/" target="_self" title="">『おうちの科学』</a>（丸善出版）。<br>
サイト：<a href="http://www.kasoken.com" target="_self" title="">カソウケン（家庭科学総合研究所）</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1539748" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1538806.html">
<title>斎藤温「Perfumeは本当に特別な存在なのか？」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1538806.html</link>
<description>担当者より：2008年にライターの斎藤温さんが、Perfumeを通して女性アイドルグループについて論じた一文です。ご一読ください。

配信日：2008/05/28


Perfume初のオリジナルアルバム『GAME』がオリコン初登場１位を獲得、2008年５月12日には売り上げ累計25万枚を突破...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2012-01-10T13:00:49+09:00</dc:date>
<dc:subject>斎藤温</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>2008年にライターの斎藤温さんが、Perfumeを通して女性アイドルグループについて論じた一文です。ご一読ください。<br>
<br>
<u>配信日：2008/05/28</u><br>
<br>
<br>
Perfume初のオリジナルアルバム<a href="http://www.amazon.co.jp/GAME-Perfume/dp/B00132S3SK/" target="_self" title="">『GAME』</a>がオリコン初登場１位を獲得、2008年５月12日には売り上げ累計25万枚を突破し、プラチナアルバムに認定された。女性アイドルグループに関するニュースとしては久しぶりに明るい話題なのだが、個人的にはなんとも複雑な思いがある。<br>
<br>
Perfumeは広島県出身の女性３人組アイドルグループだ。若手サウンドクリエイター・中田ヤスタカがサウンドプロデュースを担当し、テクノポップを基調とした楽曲で話題となっている。彼女たちがメディアに登場する時によく目にする煽り文句は「テクノポップアイドルグループ」であることと「結成８年目」ということだ。Perfumeの結成はメンバーが地元広島のダンススクールに通っていた2000年にまで遡る。確かに女性アイドルの旬は短く、キャンディーズやピンクレディー、おニャン子クラブ、SPEEDがブームだったのはたったの２～３年程度だ。そのことを考えてみれば「アイドルを８年もやっている」というのは確かにすごい。しかし現在、女性アイドルグループが長期にわたって活動しているのは珍しいことではないのだ。<br>
<br>
わかりやすい例として、90年代後半にデビューし、2000年代を代表する女性アイドルグループとなったモーニング娘。はメンバーの入れ替えがありながらも活動10周年を迎えている。「デビューからブレイクまでに８年」というが、他にも活動期間５年以上の女性アイドルグループはいくつも存在した。<br>
<br>
現在熱狂的なファンがついているのは、地道な活動を経て人気を獲得していったグループが多く、「若くて可愛らしい女の子」なだけではファンがつかないのが昨今のアイドルの現状である。活動期間が長いグループは完成度の高いパフォーマンスやステージングを見せてくれるので、目の肥えたアイドルファンの支持を得られやすい。Perfumeも「ダンスやトークの完成度が高い」と評されるが、それは長い下積みの賜物だろう。しかしPerfumeのような幸運な例は珍しく、熱心なファンが数多くいながらも残念なことに解散してしまったケースも数え切れないほどあるのも事実だ。<br>
<br>
例を挙げるならば、昨2007年夏に開催されたあるテクノイベントにPerfumeと共に出演したアイドル・デュオ、リトル☆レンズは５月25日に解散することが決定している。本稿が公開される頃にはもう解散ライブが終わっているはずだ。同じイベントに出ていたアイドルグループでも、かたやオリコン１位、かたや解散ということから女性アイドル業界のタイトロープさがわかってもらえるかもしれない。<br>
<br>
多くのアイドルファンは、自分たちの応援しているアイドルグループが「解散してしまうのではか」と戦々恐々としながらも熱心に応援している。Perfumeが2006年の夏にファーストベストアルバムをリリースしたときには解散するという噂がファンの間でまことしやかに囁かれた。ちょうど2006年から2007年にかけて、いくつもの女性アイドルグループが解散していったこともあり、その噂は信憑性が高かったのだ。<br>
<br>
しかし、Perfumeは首の皮一枚のところで残ってくれた。それは楽曲が良かったために熱心なファン以外の音楽ファンも購入したから、というのが通説となっている。ちょうど同時期にサウンドプロデュースを務める中田ヤスタカが音楽ファンからの注目を集めつつあり、上手く時流に乗れたということなのだろう。<br>
<br>
中田がサウンドプロデュースを手がけたのは、Perfumeがインディーズながら全国流通をすることになった2003年からである。その当時、中田はまだ有象無象のサウンドクリエイターの一人であり、Perfumeと同じようにいつ消えてもおかしくない存在だった。その中田が注目を浴び、Perfumeと良い相互効果を生んだのも運が良かったからだろう。「時代と整合性があった」と言えば聴き触りがよく聞こえるのかもしれないが、成功した後になって「先見の明があった」と言っても唇寒しである。もし、Perfumeが同じようにテクノポップを全面に打ち出していたとして、中田ではない別の誰かがサウンドプロデュースを行っていたら彼女たちがブレイクしていたか、というとそれは疑問である。<br>
<br>
今、思い返してみてもPerfumeは決して特別な存在ではなかった。歌も踊りもクオリティが高く、一生懸命に活動しているグループの一つに過ぎなかったのだ。だが、他のグループと違い、奇跡的に運が良かった。それはもちろん素晴らしいことだ。Perfumeに幸運の女神が微笑み、その前髪をつかみ取ることができた実力があったのは事実だ。だが、楽曲に恵まれ実力がありながらも運が無く解散してしまったアイドルグループを筆者はいくつも見てきた。彼女たちもそうなってもおかしくない状況にあった。<br>
<br>
だからこそ、最近になってPerfumeを知った人たちが、ブレイクするまでの彼女たちの苦節の期間を「泣ける」と言っているのが不思議でならない。Perfumeのファンによって彼女たちの活動が某ドキュメンタリー番組風にまとめられた動画が、ニコニコ動画などの動画共有サイトで「泣ける」と評判になっていることにも私は首をかしげている。その涙は誰のために流されているのだろうか？　Perfumeのためになのか？　本当に？　Perfumeを応援している自分に酔って流された涙なのではないのか？<br>
<br>
もしただ単純に泣いてストレスを発散したいのならば、他のパッとしない女性アイドルの現状をチェックして欲しい。解散していったアイドルグループについて調べてみるのも良いだろう。そうすればいくらでも泣くことが出来る。しかし、それは同時に彼女たちとそのファンを愚弄することになるのも忘れないで欲しい。彼女ら・彼らは別に同情して欲しくて活動をしているわけではないのだ。「下積みの辛さを思って泣く」というのはそういうことだ。上から目線の同情によって流された涙ほど当事者達にとって鬱陶しいものはない。<br>
<br>
今まで知らなかったものから新鮮な感動を覚える、というのはなかなか得難い体験だ。だからといって、浮かれてそのろくに知らなかったものをイメージだけで語るのは恥ずかしいことでもある。Perfumeもこれから安易に消費されていくことなく活動を続けていって欲しいが、女性アイドル業界というのは「一寸先は闇」の世界だ。１年後どうなっているかは１年後しかわからない。<br>
<br>
個人的には、Perfumeのブレイクがきっかけとなって女性アイドル業界が活性化してくれればこんなに嬉しいことはない。実際にチャートを見ると女性アイドルは復調の兆しが見えてきた。長い下積みを経て、「プロのアイドル」としてパフォーマンスを見せてくれるグループがちゃんと評価される「アイドル春の時代」は意外と近いのかもしれない。<br>
<br>
<br>
●斎藤温（さいとう・あつし）<br>
ライター。1982年生まれ。
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1538806" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1538586.html">
<title>田中秀臣「二・二六事件と“改革病”」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1538586.html</link>
<description>担当者より：経済学者の田中秀臣さんが二・二六事件に触れつつ、改革の熱に浮かされる人々の問題を論じた原稿です。また、田中さんは近日、上念司さんとの共著『「復興増税」亡国論』を上梓されるとの由。その新刊やこちらのインタビュー（聞き手は辻本力さん）もぜひお読み...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2012-01-05T13:00:21+09:00</dc:date>
<dc:subject>田中秀臣</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>経済学者の田中秀臣さんが二・二六事件に触れつつ、改革の熱に浮かされる人々の問題を論じた原稿です。また、田中さんは近日、上念司さんとの共著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4796689931/" target="_self" title="">『「復興増税」亡国論』</a>を上梓されるとの由。その新刊やこちらの<a href="http://www.sbbit.jp/article/cont1/22302" target="_self" title="">インタビュー</a>（聞き手は<a href="http://bisista.blogto.jp/archives/cat_42582.html" target="_self" title="">辻本力さん</a>）もぜひお読みください。<br>
<br>
<u>配信日：2007/02/21</u><br>
<br>
 <br>
いまからおよそ70年前の二月二六日に、帝都東京を舞台にした陸軍の青年将校による政権打倒・「昭和維新」を目指すクーデターが起きた。当時の高橋是清蔵相ほか、政権の幹部を殺傷、多くの軍・政府施設を占拠して数日後に反乱軍の解散という事態で失敗に終わったこのクーデターは、日本の現代史にさまざまな伝説を残して今日も語られている。<br>
<br>
例えば、この二・二六事件は、「皇道派」と「統制派」という陸軍内部の主導権争いであり、前者が敗北し後者が勝利したことで本格的な戦争の時代に突入した、という解釈がいまも歴史の教科書やメディアなどに掲載されている。また、この二・二六事件が「昭和維新」という天皇を中心とした国家改造計画を狙ったものであることから、このクーデターの首謀者たちに思想的影響を与えた北一輝・西田税の関与も噂された。実際にこの二人は事件当時逮捕され、やがて青年将校たちとともに非公開・弁護士なしの軍法会議の果てに、死刑判決・銃殺に処されてしまう。<br>
<br>
しかし現在では、研究者・マスコミ関係者の地道な実証研究により、二・二六事件の実態の多くが明らかになってきている。まず歴史学者の伊藤隆・北博昭の裁判記録の発掘とその公表が特記されるべきであろう（『新訂　二・二六事件　判決と証拠』朝日新聞社）。北はさらにこの記録を元にして事件の全貌についての詳細なパノラマを描いてもいる（<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022598212" target="_self" title="">『二・二六事件全検証』</a>朝日選書）。<br>
<br>
また、いまから30年近い前にNHKで全国放映された二・二六事件時の軍部による盗聴の録音盤をめぐる番組のその後の展開を追った中田整一の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4167773430/" target="_self" title="">『盗聴二・二六事件』</a>（文春文庫）は、伊藤・北らと同様に西田や北が“通説”のようにクーデターの黒幕でもなんでもないことを明らかにしていて興味深い。そして、私自身も寄稿した<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4894345552/" target="_self" title="">『二・二六事件とは何だったのか』</a>（藤原書店）には、事件当時の内外の報道や知識人たちの反応や、また事件の現代的意義を明らかにした多くの論説を収録していて有意義である。<br>
 <br>
私はこの最後の本の中に収録されている哲学研究者・古田光の三木清についての論説に注意を引かれた。というのも最近、浜田宏一、野口旭、若田部昌澄各氏らともに刊行する日本の経済政策の研究書の中に、私は三木清と笠信太郎の構造改革主義についての論説を寄稿したばかりだからである。二・二六事件をうけての三木清の反応とその影響について、事件に刺激されて三木なりのヒューマニズムに立脚する日本の改革を志向するようになったと古田は書いている。また、二・二六事件を「ファッシズムの非合理化」の現れとして、真の社会の合理化（つまり昔風の構造改革）として資本主義社会の改革を目指した、と古田は指摘している。その具体的なものが、三木が日中戦争以降に展開した日中親善に立つ大東亜共栄圏（いまなら東アジア共同体だろう）の確立につながっていく。<br>
<br>
しかし私はこのような三木清の二・二六事件からの歩みは間違いであったと思う。まず日中戦争勃発時に、天下り的に日中親善を唱え、「思想的課題」として東アジア共同体的な発想を謳ったが、それは戦争状態を思想的な問題に摩り替える詐術を伴うものであった。やがてこの戦争状態という目前のリスクをみない姿勢は、大東亜共栄圏とそれによる日本の現状の改革というユートピア的な産物に化身していく。実は、二・二六事件の衝撃が、このような目前のリスクに無頓着な構造改革主義を生み出すだろうと、事件当時いち早く注目した人物がいる。当時の『東洋経済』編集長石橋湛山である。<br>
<br>
<i>「記者の観るところを以てすれば、日本人の一つの欠点は、余りに根本問題のみに執着する癖だと思う。この根本病患者には二つの弊害が伴う。第一には根本を改革しない以上は、何をやっても駄目だと考え勝ちなことだ。目前になすべきことが山積して居るにかかわらず、その眼は常に一つの根本問題にのみ囚われている。第二には根本問題のみに重点を置くが故に、改革を考えうる場合にはその機構の打倒乃至は変改のみに意を用うることになる。そこに危険があるのである。<br>
　これは右翼と左翼とに通有した心構えである。左翼の華やかなりし頃は、総ての社会悪を資本主義の余弊に持っていったものだ。この左翼の理論と戦術を拒否しながら、現在の右翼は何時の間にかこれが感化を受けている。資本主義は変改されねばならぬであろう。しかしながら忘れてはならぬことは資本主義の下においても、充分に社会をよりよくする方法が存在する事、そして根本的問題を目がけながら、国民は漸進的努力をたえず払わねばならぬことこれだ」</i><br>
（「改革いじりに空費する勿れ」昭和１１年４月２５日『東洋経済』社説）。<br>
<br>
何か予想だにしない大事件が起きたときに、「根本問題」に惑溺することで、目前のリスクを見失うな、という湛山の教訓はいまも重い。<br>
<br>
<br>
●田中秀臣（たなか・ひでとみ）<br>
上武大学ビジネス情報学部教授。経済学者。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4140882832/">『雇用大崩壊』</a>（NHK生活人新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797336552/">『経済政策を歴史に学ぶ』</a>（ソフトバンク新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492260986/">『偏差値40から良い会社に入る方法』</a>（東洋経済新報社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4023308722/" target="_self" title="">『ＡＫＢ４８の経済学』</a>などがある。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4796683429/" target="_self" title="">『震災恐慌！』</a>（宝島社）など。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/">Economics Lovers Live</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1538586" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1537076.html">
<title>近藤正高「情報化の時代を生きた2011年物故者たち」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1537076.html</link>
<description>担当者より：『新幹線と日本の半世紀』（交通新聞社新書）などの著書を持つ、ライター・近藤正高さんが2011年の物故者について綴った原稿です。2011年を振り返る縁としていただければ幸いです。なお、2011年12月31日に近藤さんのブログで補遺がアップされました。そちらもご...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-12-27T18:00:08+09:00</dc:date>
<dc:subject>近藤正高</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/433018110X/">『新幹線と日本の半世紀』</a>（交通新聞社新書）などの著書を持つ、ライター・近藤正高さんが2011年の物故者について綴った原稿です。2011年を振り返る縁としていただければ幸いです。なお、2011年12月31日に近藤さんのブログで<a href="http://d.hatena.ne.jp/d-sakamata/20111231/p2" target="_self" title="">補遺がアップ</a>されました。そちらもご一読くださいませ。<br>
<br>
<u>更新日：2011/12/28</u><br>
<br>
<br>
すいません、2011年が終わる前にもうひとつだけ、この１年に亡くなった著名人を振り返ってみたいんですがね――なんて言うと、テレビドラマ『刑事コロンボ』のピーター・フォーク（6/23。以下、日付は故人の命日を示す）のセリフみたいですが――、こうすることで、2011年がどんな年だったのかを知る糸口みたいなものがつかめると思うのです。<br>
<br>
2011年という年は、あの大震災と大津波、それから原発事故のあった３月11日を境にまっぷたつに分断され、それ以前のことはよく覚えていないという人も多いのではないでしょうか。たとえば、参議院議長在任中に死去した西岡武夫（11/5）は、自身の所属政党のトップである菅首相を批判していましたが、それは何も震災後に始まったことではありません。あと、ひょっとすると大相撲の春場所も震災の影響で中止になったと思いこんでいる人もいるかもしれませんが、あれは八百長問題の発覚によるものです。角界ではここ数年、外国人力士に日本人力士がすっかり押された観があったものの、９月場所の琴奨菊に続き、11月の九州場所では稀勢の里が、師匠の鳴門親方（元横綱・隆の里。11/7）の急逝という事態に見舞われながらも大関昇進を決めました。<br>
<br>
他方、2010年末から2011年頭にかけてのチュニジアでの「ジャスミン革命」を発端に、北アフリカ・中東のアラブ諸国に広がった民主化要求運動は、いまも強い記憶に残っているという人も多いかと思います。このうちリビアでは反政府デモから内戦状態に陥り、1969年以来続いてきたカダフィによる独裁体制が崩壊。首都を追われたカダフィはその後、潜伏先で反カダフィ派に発見・拘束された際に死亡しました（10/18）。<br>
<br>
こうした一連の動きは「アラブの春」とも呼ばれます。しかし1989年の東欧諸国での民主化が、ヴァツラフ・ハヴェル（12/18）の主導した旧チェコスロバキアの「ビロード革命」をはじめ、ほとんどの国で血を流すことなく実現されたことを思えば（旧体制指導者が処刑されたルーマニアなど例外はあるものの）、「アラブの春」で払われた犠牲はあまりにも大きく、手放しでは喜べません。同様に北朝鮮についても、総書記・金正日の急死（12/17）をもって独裁体制から脱却して穏便に民主化、さらに朝鮮半島の南北統一にいたると考える人は少ないでしょう。<br>
<br>
アラブ諸国のうちエジプトでもまた、30年にわたり君臨したムバラク大統領が失脚しました。エジプトといえば、古代エジプトの女王を描いたアメリカの大作映画<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B003ZX8G7S/" target="_self" title="">『クレオパトラ』</a>（1963年）は、当のエジプトでは公開されなかったという逸話があります。その理由は、主演のエリザベス・テイラー（3/23）が撮影中にユダヤ教に改宗したため。これ以外にもわがままのかぎりを尽くしたテイラーのため製作費ははねあがり、製作会社の20世紀フォックスは倒産寸前にまで追いこまれます。エリカ様どころの話ではありませんね。なお、テイラーが子役として銀幕デビューしたのは1943年、同年には日本でやはり子役の沢村アキヲ、のちの長門裕之（5/21）が映画<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B000SM2NNW/" target="_self" title="">『無法松の一生』</a>に出演しています。<br>
<br>
私生活もふくめ華やかな話題を振りまいたテイラーは、生きながらにして伝説的存在でした。アメリカの画家ウォーホルは、マリリン・モンローやプレスリーなどとともにテイラーをポップアイコンとして作品にとりあげています。このほかにも多くの有名人のポートレートを手がけたウォーホルのこと、90年代以降も生きていたら、インドの霊的指導者、サイ・ババ（4/24）あたりも描いていたかもしれません。ウォーホルらによって60年代のアメリカで全盛を迎えたポップアートですが、元はといえばイギリスの画家、リチャード・ハミルトン（9/13）が1956年に発表した「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか？」と題するコラージュ作品に端を発します。<br>
<br>
美術界では1950年代から60年代にかけてじつに多様な潮流が生まれました。日本でも「世紀」の桂川寛（10/16）、「具体美術協会」の元永定正（10/3）、「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」の吉村益信（3/15）など、前衛芸術を志向する幾多のグループから作家が次々と輩出されています。同時期には美術評論においても瀬木慎一（3/15）や中原佑介（3/3）といった新人が現れ、前衛の作家たちの伴走者として活躍するようになります。瀬木はその後、日本の現代美術だけでなく浮世絵やピカソなど幅広く研究し、女優の高峰秀子（2010年12/28）と絵画をテーマにした対談集まで出しています。<br>
<br>
一方の中原佑介は1970年、現代美術の最先端を紹介する第10回日本美術国際展（東京ビエンナーレ）のコミッショナーを務めました。このビエンナーレは、2005年に東京都現代美術館で一部が再現されています（企画展「東京府美術館の時代　1926～1970」）。このとき堀川紀夫という作家が再現した、自然石を美術館へ郵送するという“作品”では、石に針金でくくりつけられた札に宛名として当時の東京都現代美術館の館長だった氏家齊一郎（3/28）の名前が書かれていました。氏家は当時の日本テレビ会長でもあります。<br>
<br>
80年代に一旦は読売グループを離れた氏家ですが、90年代初めに盟友の渡邉恒雄が読売新聞社長に就任したのを機に日本テレビに復帰しました。彼らの台頭で影が薄くなったのは、それまで巨人軍オーナーや読売新聞社主などを歴任しグループ内で実権を握ってきた正力亨（8/15）です（2011年は正力のほかにも阪神タイガースの久万俊二郎［9/9］、ヤクルトスワローズの松園直已［12/9］と各球団の元オーナーが亡くなっています）。<br>
<br>
日本プロ野球史上前人未到の巨人の９年連続日本一は、正力がオーナーに就任した翌年、1965年から始まります。V9時代、じつに５回も日本シリーズで巨人と対戦した西本幸雄（11/25）監督率いる阪急ブレーブスは一度も日本一になれませんでした。西本はこの前後、大毎オリオンズと近鉄バファローズでも監督として日本シリーズに進出したものの、いずれも制覇はならず「悲運の闘将」と呼ばれることとなります。<br>
<br>
1974年に巨人の日本シリーズ進出を阻んだのは、与那嶺要（2/28）監督率いる中日ドラゴンズでした。ハワイ出身の日系２世である与那嶺は、巨人などでの現役時代、ダイナミックな走塁やスライディングなどアメリカ流の野球を日本に伝えました。アメリカ人を父に持つ伊良部秀輝（7/27遺体発見）も、日本人離れしたプレイと言動で毀誉褒貶のある選手でした。千葉ロッテマリーンズや米メジャーリーグのニューヨークヤンキースなどで活躍した伊良部は2005年の現役引退後、アメリカで永住権を得たものの亡くなる直前には日本へ帰りたいと漏らしていたともいいます。<br>
<br>
伊良部が活躍した1990年代、日本野球機構にあってプロ野球の国際化やフリーエージェント制の導入に尽力したのが第９代コミッショナーの吉國一郎（9/2）です。法務庁出身の吉國は、1989年のコミッショナー就任以前には千葉県知事の沼田武（11/26）が千葉市の幕張新都心開発の目玉として建設を進めた日本コンベンションセンター（幕張メッセ）の初代社長も務めました。<br>
<br>
東京では21世紀初めにも開発ブームが起こりました。氏家齊一郎が日本テレビ会長在任中の2003年には、汐留に新社屋（日本テレビタワー）が完成、翌年より営業を開始しました。汐留にはこれより一足先の2002年に電通本社ビルが竣工しています。当時の電通会長である成田豊（11/20）は、氏家とは新社屋だけでなくジブリ映画の製作者としても名前を連ねた人物です。<br>
<br>
電通の新社屋が完成したこの年、成田が実現に向け力を注いだ日韓共催のFIFAワールドカップが開かれました。FIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会での「なでしこジャパン」の優勝に日本が沸いた2011年は、サッカー界でも訃報があいつぎました。銅メダルに輝いた1968年のメキシコ五輪サッカーの日本チームでキャプテンだった八重樫茂生（5/2）、八重樫とともに同五輪に出場したのち、日本代表監督や浦和レッズの初代監督を務めた森孝慈（7/17）、それから90年代以降、五輪やW杯で活躍した松田直樹も横浜・F・マリノスから松本山雅FCに移籍した今年、練習中に突然倒れ、34歳の若さで亡くなっています（8/4）。<br>
<br>
前出の氏家齊一郎が東大在学中、先輩の渡邉恒雄とともに学生運動に入れこんでいたことはよく知られています。1950年、東横映画が戦没学生の手記<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4003315715/" target="_self" title="">『きけ　わだつみのこえ』</a>の映画化を企画した際、その内容に氏家らの所属する東大全学連は思想的な理由から横槍を入れました。当時、東横映画の若きプロデューサーであった岡田茂（5/9）は、氏家を呼び出し説得にあたったといいます。東横映画は同作のヒットの翌年、合併により東映となります。岡田は60年代に任侠路線を発案して大成功を収め、1971年には社長に就任しました。岡田社長時代の東映は、映画産業が斜陽を迎えるなか『仁義なき戦い』（1973年）に始まる実録路線を当て、さらに角川映画との提携で山をつくります。なかでもミュージシャンのジョー山中（8/7）が出演、主題歌も歌った<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B00005HM4J/" target="_self" title="">『人間の証明』</a>（1977年）はメディアミックスの効果もあり爆発的にヒットしました。<br>
<br>
それにしても、岡田といい氏家や成田といい、また講談社の社長の野間佐和子（3/30）といい、2011年は巨大メディアの経営者たちの逝去が目立ち、時代の曲がり角を感じさせました。そのことをより印象づけたのはやはり、７月に実施された地上波テレビのデジタル放送への全面移行（ただし東北３県を除く）でしょう。地デジ化は視聴者、とくに若年層のテレビ離れにますます拍車をかけるのではないかとも懸念されています。しかしじつはこれより前、1980年前後にも若者のテレビ離れが進んでいたといいます。いま一度若者たちをテレビの前に引き戻すべく、フジテレビのプロデューサーだった横澤彪（1/8）が仕掛けたのが『THE MANZAI』（1980年。2011年には漫才グランプリとして復活しましたね）であり、それから『オレたちひょうきん族』（1981年）や『笑っていいとも！』（1982年）といったバラエティ番組でした。これら番組は、お笑いの世界に“フィクションからノンフィクションへ”ともいうべき革命をもたらします。<br>
<br>
上記のうち『ひょうきん族』は、『THE MANZAI』で人気を集めた漫才コンビをバラして起用した点でも画期的といわれます。もっとも、放送作家出身のタレント・前田武彦（8/5）が大橋巨泉と司会を務めたバラエティ番組『巨泉×前武ゲバゲバ90分！』（1969年）ではすでに、当時人気絶頂にあったコント55号の坂上二郎（3/10）と萩本欽一が２人別々でコントを演じていました。<br>
<br>
横澤彪は『いいとも』に、NHKを定年退職したばかりだったテレビディレクターの和田勉（1/14）をレギュラー出演者として引っ張り出してもいます。テレビ本放送の始まった1953年にNHKに入局した和田は、演劇とも映画とも異なるテレビドラマならではの表現を模索し続け、女性脚本家の草分けのひとりである大野靖子（1/6）と組み<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B00008DZ5T/" target="_self" title="">、『天城越え』</a>（1978年）や<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B00005OO6C/" target="_self" title="">『ザ・商社』</a>（1980年）といった名作も生みました。また、2011年に没後30年を迎えた向田邦子とも『阿修羅のごとく』（1979年）などの作品を手がけています。向田作品といえば、その常連俳優として『だいこんの花』『七人の孫』に出演した竹脇無我（8/21）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B00005G2LJ/" target="_self" title="">『あ・うん』</a><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B00005G2LL/" target="_self" title="">『父の詫び状』</a>に出演した杉浦直樹（9/21）が思い出されます。<br>
<br>
向田の死後、その年のもっともすぐれたテレビドラマの脚本に与えられる賞として「向田邦子賞」が制定され、第１回には市川森一（12/10）の『淋しいのはお前だけじゃない』（1982年）が選ばれました。市川はNHK大河ドラマでも３度脚本を手がけており、その最初の作品『黄金の日日』（1978年）では徳川家康を児玉清（5/16）が演じ、セリフは少ないものの存在感を示して評判になったそうです。<br>
<br>
いくら“終わったコンテンツ（オワコン）”といわれようとも、テレビの威力にはいまだに大きなものがあります。2001年９月11日に起きたアメリカでの同時多発テロは、テレビを通じて全世界の人たちにインパクトを与えるという効果を意識して実行されたものとも考えられます。この事件の首謀者とされるテロ組織「アルカイダ」の指導者オサマ・ビンラディンはパキスタン国内に潜伏中、米軍により殺害されたと報じられました（5/2）。<br>
<br>
ビンラディン以外にもテロリスト、あるいは政治活動家の物故が目立った１年でもありました。たとえば、60年代末の東大紛争や成田空港建設反対運動（三里塚闘争）などにかかわり新左翼のイデオローグとして知られた荒岱介（5/3）、1970年の赤軍派によるよど号ハイジャック事件の最年少メンバー（当時16歳）だった柴田泰弘（6/23遺体発見）、アラブに渡った日本赤軍のメンバーで、1970年代にいくつかのハイジャック事件に関与した丸岡修（5/29）があげられます。ちなみに、よど号事件のさい赤軍派は「われわれは明日のジョーである」（原文ママ）と宣言しましたが、出崎統（4/17）監督によるテレビアニメ『あしたのジョー』の放映が始まったのは事件発生の翌日（70年４月１日）でした。出崎はその後1980年と81年には同作の劇場版を手がけ、このとき主人公・矢吹丈のライバル力石徹の声を俳優の細川俊之（1/14）があてています。<br>
<br>
赤軍派からは前記のよど号グループや日本赤軍のほかに、革命左派（京浜安保共闘）と統一をはかった連合赤軍が派生しています。連合赤軍は1971年から翌年にかけて群馬山中で軍事訓練を行ないましたが、警察の山狩りにより幹部である森恒夫と永田洋子（2/5）が逮捕されました。長野県軽井沢の別荘地で起こったあさま山荘事件は、残されたメンバーたちが逃亡の末に引き起こしたものです。この事件のあと、連合赤軍内で「総括」と称するリンチ殺人が行なわれていたことが判明、社会に大きな衝撃を与えます。これをきっかけに若者たちによる政治運動は退潮の一途をたどることになりました。<br>
<br>
映画監督の長谷川和彦は長らく連合赤軍を題材にした映画を構想していて、そのなかで永田洋子を樹木希林が、森恒夫を原田芳雄（7/19）が演じることを考えていたそうです。映画でアウトロー的な役を数多く演じた原田だけに、実現していたらどんな演技を見せたのか気になるところです。<br>
<br>
さて、学生運動の熱は、カウンターカルチャーやサブカルチャーといわれるものに移っていった観があります。たとえば60年代末に全国に広がった学園紛争の火元のひとつである日本大学では、森田芳光（12/20）が紛争中で学校に行けなかったから……との理由で映画を撮り始めます。森田は、従来の撮影所経由ではない自主制作映画から劇場映画に進出した監督の嚆矢でもありました。<br>
<br>
連合赤軍事件の起こった1972年には、佐藤嘉尚（11/19）が発行人を、当代の人気作家が交代で責任編集を務めるというユニークな雑誌『面白半分』が創刊しています。同誌は、野坂昭如が責任編集を務めた号で永井荷風作と伝えられる戯作「四畳半襖の下張」を掲載したところ、警視庁から猥褻文書として告発を受けました。佐藤と野坂を被告とする「四畳半襖の下張」裁判はこれより前、1960年代にサドの<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309460771/" target="_self" title="">『悪徳の栄え』</a>をめぐり訳者の澁澤龍彦と発行人（現代思潮社社長）の石井恭二（11/29）が被告となった「サド裁判」などとともに文芸作品をめぐる代表的な猥褻裁判として知られます。<br>
<br>
SMのうちS（サディズム）は、いうまでもなくサドの名に由来します。戦後まもなくに創刊されたSM雑誌『奇譚クラブ』からは、沼正三の「家畜人ヤプー」という稀代の奇作が生まれました。沼は覆面作家であり、その正体が長らく取沙汰されてきたのですが、1982年に東京高裁判事の倉田卓次（1/30）とする説が雑誌に掲載され物議をかもしています（ただし本人はこれを否定）。マゾヒストの核心を突いた本格的なM小説「ヤプー」について、「私の持つ嗜好趣味とは反対の被虐趣味の分野に入るものだが、その卓絶した文章力に驚かされた」と評したのは、同じ雑誌にS小説「花と蛇」を連載した団鬼六（5/6）です。<br>
<br>
60年代から70年代にかけてはサブカルチャーを語ろうという動きも活発に起きました。音楽評論家の中村とうよう（7/21）が1969年に、新しい音楽としてのロックを批評的に論じるべく『ニューミュージック・マガジン』（現『ミュージック・マガジン』）を創刊したのはその走りといえます。また、マンガ評論家の亜庭じゅん（1/21）らは『迷宮』というマンガ批評集団の活動を進めるなかで、同人誌即売会の開催を思い立ちます。こうして1975年に始まったのがコミックマーケットでした。コミケは、イデオロギーなど既成の価値観にとらわれず自分たちの言葉でマンガを語ろうという亜庭たちの情熱の産物だったともいえます。<br>
<br>
自分の言葉を持とうとしたという点では、同時期に一世を風靡した女性アイドル３人組のキャンディーズも同じでした。1977年の彼女たちの「普通の女の子に戻りたい」という突然の解散宣言には、事務所など周囲からのお仕着せではなく自分たちの意思で行動したいという願望がこめられていたように思います。翌年の後楽園球場でのキャンディーズ解散コンサートののち、メンバーのひとりだった田中好子（4/22）は一時活動休止を経て、女優として芸能界に復帰します。自分の言葉で語るという姿勢は、その葬儀で流された病床からの最期のメッセージにもしっかり表れていました。<br>
<br>
田中の女優としての代表作である映画<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B000XE565C/" target="_self" title="">『黒い雨』</a>（1989年）では脚本を石堂淑郎（11/1）が手がけています。石堂は映画以外にテレビでの仕事も多く、北杜夫（10/24）の長編小説を原作としたドラマ『楡家の人びと』の脚色も手がけています。<br>
<br>
キャンディーズのレコードは、当時まだ新興のレコード会社だったCBS・ソニーレコード（現ソニー・ミュージックレコーズ）からリリースされました。1968年の同社設立に携わり、キャンディーズのほか南沙織や山口百恵などといったアイドル路線を敷いたのが、東京芸大卒の元声楽家でのちにはソニー社長、会長を歴任した大賀典雄（4/23）です。<br>
<br>
大賀はオランダのフィリップス社と共同でのコンパクトディスクの開発にも深くかかわり、1982年に商品化します。CDは前後してソニーが送り出したウォークマンとともに世界的なヒット商品となります。が、ソニーはCDにより音楽のデジタル化に、ウォークマンでは携帯音楽プレイヤーという新分野にそれぞれ端緒を開いたにもかかわらず、両者の融合であるデジタルオーディオプレイヤーによって世界を席巻することはできませんでした。代わりにそれを達成したのは、米アップル社の前CEOスティーブ・ジョブズ（10/5）が2001年に送り出した「iPod」でした。ソニーがこの分野で失敗したのは、傘下にレコード会社を持つゆえ著作権保護を優先しなければいけない事情もあったと説明されます。<br>
<br>
ジョブズの亡くなる前日に発売された最新鋭のスマートフォン「iPhone 4S」には音声認識＋人工知能が組みこまれていました。人工知能（AI）という言葉を発案し、その研究の第一人者となったのがジョン・マッカーシー（10/24）です。このほか、コンピューターの標準オペレーティングシステムである「UNIX」を開発したデニス・リッチー（10/12）や、著作権の切れた古典作品をネット上に掲載していく「プロジェクト・グーテンベルク」の提唱者で、“電子書籍の父”とも呼ばれるマイケル・S・ハート（9/7）も、コンピューターと電子文化の歴史に大きくその名を刻みました。<br>
<br>
テレビやコンピューターの登場する以前から、テクノロジーは人間の知覚や感性にさまざまな影響を与えてきました。旧東ドイツ出身のドイツ文学者・メディア理論家のフリードリヒ・キットラー（10/18）や、広範な批評で知られた多木浩二（4/13）は、家具・印刷物・写真・蓄音機・映画・タイプライターなどといったモノを通じて文化史を考察しています。モノと人間の関係といえば、日本の工業デザイナーの草分けである柳宗理（12/25）は、デザイナーはタッチしていないものの、その用途に即して自然とデザインされたモノ（たとえば野球のボールの縫い目など）に美を見出し、それを匿名のデザイン、「アノニマス・デザイン」と呼びました。こうした見方は、彼の父・柳宗悦が興した民藝運動の精神を継承したものでもありました。<br>
<br>
落語にもまた匿名の芸という側面があると思うのですが、噺を演じるなかでどうしても“私”を出さずにいられなかったのが落語立川流家元の立川談志（11/21）でした。「落語とは、人間の業の肯定である」と定義した談志は、業とはその良し悪しに関係なくやらずにはいられないものであり、それがあったからこそ「文明」も生まれたと説明しています。さらに、文明から取り残されたものに光を当てたものを「文化」と呼び、「文明は、文化を守る義務がある」と言っているのが面白い。<br>
<br>
談志の考えにならうなら人類は業にしたがって自然を征服し、快適な生活を手に入れたわけですが、その代償は小さくありませんでした。21世紀に入るとノーベル平和賞でも環境保全の分野が選考対象に加えられ、ケニアの環境活動家であるワンガリ・マータイ（9/25）がその最初の受賞者（2004年）となりました。<br>
<br>
60年代、工業化の次に来る社会を示した「脱工業（化）社会」という概念がアメリカの社会学者ダニエル・ベル（1/25）によって提唱されます（著作としてまとめられたのは1973年ですが）。来たるべき社会を特徴づけるものとして情報を重視したベルの言説に対応する形で、同時期の日本では「情報化」という語が、経済企画庁の官僚から大学教授に転じた林雄二郎（11/29）らによって発案されました。林は民族学者の梅棹忠夫を中心とするサロンにも参加し、そこに集まった作家の小松左京（7/26）たちとの議論はやがて日本未来学会の設立、そして1970年の大阪万博へと発展していくことになります。<br>
<br>
父親から継いだ町工場を経営していた昭和30年代に、関西の民放ラジオで夢路いとし・喜味こいし（1/23）の漫才番組の台本を書いていたこともある小松は、同時期よりSF小説を書き始め、1973年には９年がかりの長編<a href="http://p.tl/28L4">『日本沈没』</a>を刊行しました。その作中には「戦後の三十余年間、日本の、とくに大都会の人々は、巨大な災害に対して、瞬間的に身を処するマナー――戦前までに、大火や地震や水害などの数百年間を通じて形成されてきた『災害文化』ともいうべきものをきれいに失ってしまっていた」という一文が出てきます。岩手県出身の津波研究家・山下文男（12/13）は、津波のときは他人をかまわずてんでばらばらに逃げなさいと教える「津波てんでんこ」という三陸地方の言い伝えを広め、先の東北を襲った大津波でも少なからぬ人たちが救われました。「災害文化」とはまさにこういうものを指すのでしょう。<br>
<br>
小松自身も1995年の阪神・淡路大震災を体験しています。この震災について、彼は新聞連載で１年をかけてさまざまな角度からルポを行ない<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4620311235/" target="_self" title="">『小松左京の大震災'95』</a>という本にまとめました。東日本大震災のあとには、将来の自然災害に備えるべく、様々な分野の専門家を組織して「総合防災学会」をつくれないかと提案をしたり、共著<a href="http://p.tl/W5mW">『3・11の未来』</a>の序文で「私は、まだ人間の知性と日本人の情念を信じたい。この困難をどのように解決していくのか、もう少し生きていて見届けたい」と書いた小松でしたが、まもなくして亡くなりました。阪神・淡路大震災ののち神戸市では当時の市長・笹山幸俊（12/10）のもと復興計画が推し進められましたが、果たしてこのときの経験が今回の震災からの復興にどれだけ活かせるでしょうか。<br>
<br>
……と、まあ、このほかにもまだまだとりあげたい人物はいるのですが、これ以上あちこちへ行ったり来たりすると、声優の滝口順平（8/29）よろしく「おやおや、また寄り道ですか～」なんて言われそうなので、ひとまずこのへんにしておきましょう。それにしてもこうして振り返ると、ひとつの時代が終わったような思いをつくづく抱きます。ただ一方で、安易に「時代の終焉」を口走るのは、原発の事故処理のある段階の終了をもって「事故の収束」を宣言するのと同じくらい性急な判断ではなかろうか、と思ったりもします。とりあえずここは、ひとつのステップが終わったぐらいに考えて、彼ら、彼女たちの遺したもの（負の影響も含めて）を糸口に、2012年以降のビジョンを見出したいところです。<br>
<br>
最後にあらためて、本稿でとりあげた人たちに加えて、東日本大震災で亡くなった人びとにも哀悼の意を表しつつ本稿を締めたいと思います。<br>
<br>
<br>
●近藤正高（こんどう・まさたか）<br>
ライター。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797346604/">『私鉄探検』</a>（ソフトバンク新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/433018110X/">『新幹線と日本の半世紀』</a>（交通新聞社新書）がある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/d-sakamata/">Culture Vulture</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1537076" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1536302.html">
<title>山形浩生「山形月報！」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1536302.html</link>
<description>担当者より：山形浩生さんの書評連載「山形月報！」の2006年12月分です。山形さんといえば、訳書の『要約　ケインズ　雇用と利子とお金の一般理論』（ポット出版）と、『この世で一番おもしろいミクロ経済学』（ダイヤモンド社）が大変話題になっています。年末年始の読書対...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-12-24T00:00:01+09:00</dc:date>
<dc:subject>山形浩生</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>山形浩生さんの書評連載「山形月報！」の2006年12月分です。山形さんといえば、訳書の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4780801710/" target="_self" title="">『要約　ケインズ　雇用と利子とお金の一般理論』</a>（ポット出版）と、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4478013241/" target="_self" title="">『この世で一番おもしろいミクロ経済学』</a>（ダイヤモンド社）が大変話題になっています。年末年始の読書対象にぜひ。あと、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4862381502" target="_self" title="">『訳者解説』</a>（バジリコ）についての<a href="http://www.sbbit.jp/article/cont1/20820" target="_self" title="">インタビュー</a>（聞き手は三浦天紗子さん）も～。では、メリー・クリスマス！<br>
<br>
<u>配信日：2006/12/27</u><br>
<br>
<br>
呪いがついにとけたか！　久々に外国プロジェクトが決まりそうな年末、いかがおすごしでしょうか。ここしばらく、またもや古い本ばかり読んでいて、あまり新刊書に触れていないのが残念。実はいま読んでいるロレンス・ダレルの大傑作小説『アレキサンドリア四重奏』は年内に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309623018/" target="_self" title="">改訳版</a>が出るという噂をきいて、訳の善し悪しを見るために原書で読んでおこうとおもったんだけれど、どうも間に合わなかったようだ。<br>
<br>
ちなみに、ダレルはもともと翻訳で価値があまり下がらない文を書くし、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B000JAOXZE/" target="_self" title="">既訳の高松雄一訳</a>（河出書房新社）は、いまでもまったく問題のないレベル。どこかで見かけたら読んでみることをお薦めする。青臭さと華やかさがアレキサンドリアを舞台に乱舞し、人が都市を造り、その都市が人を形成する驚異の作品だ。機会があれば読んでほしいし、来年になったら出てくれるかな。<br>
<br>
さて、都市の保全とか古い建築が好きな人だけにわかるネタだが、明治から残っていた木造三階建ての下宿屋として名高い（そして消防署には忌み嫌われていた）本郷館がついに建て替え決定。今年度いっぱいの命だ。残念ではあるが、正直いってもはやあちこち明らかにガタがきていて保存のしようがないし、やむを得ないかな。<br>
<br>
でも、こうした惜しまれつつなくなる建物の一方で、戦後昭和の名建築と呼ばれるものが、次々に寿命を迎えてまったく惜しまれることなく取り壊されている。それらを見物して、建築家のこめた思いとその現状、そしてそれらの持つ形態のおもしろさやユニークさを文章とイラストであますところなく伝える磯達雄＆宮沢洋<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/482220488X/" target="_self" title="">『昭和モダン建築巡礼 西日本編』</a>（日経BP社)はなかなかおもしろい。明治の近代建築保存は、藤森照信らの建築探偵が盛り上げに大きく貢献したけれど、それの昭和建築版にも発展できそうな雰囲気もあるし、意外に身近な建築もあるはずなので、興味ある方は手にとってみては。<br>
<br>
あと、ビジネス系では橘玲<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4344980093/" target="_self" title="">『マネーロンダリング入門』</a>（幻冬舎新書）が実におもしろい。具体的な手口満載。ライブドアやカシオなど実際の事件を細かく説明し、どこで何が行われたかをわかりやすく教えてくれる。それにしても、A銀行に100万円預けて残高証明をとってから、それをB銀行に移してそっちでも残高証明をとり、両方併せて200万ありますという偽装をやったとか（そしてそれを会計事務所が見過ごしたとか）、信じられない話だらけで、正月の手軽な読み物にも好適だ。プライベートバンキングの幻想をあっさり踏みつぶす部分もたいへんためになります。<br>
<br>
それにしても今年は――と一年をふりかえろうとして、えーと、何があったかな。いつもいつも目先の仕事に追われて、気がつけば年末だ。著作権延長の話もあったし、ウィニーの判決もいつの間にか出ていたんだねえ。<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/406206846X/" target="_self" title="">『マオ』</a>（講談社、上下）を読んで毛沢東関連であれこれ調べていたのもずいぶん昔のように思えるけれど、今年だったのか。あれもやんなきゃ、これもやんなきゃ、そうこうしているうちに、また一年がたって、気がついてみれば今年もほうぼうに不義理ばかり残して終わってしまいましたよ。来年はもっと中期的な見通しのある年にしたいなあ。<br>
<br>
<br>
●山形浩生（やまがた・ひろお）<br>
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。<br>
サイト：<a href="http://cruel.org/jindex.html">YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1536302" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1535514.html">
<title>山本一郎「ニュースまとめ斬り！」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1535514.html</link>
<description>担当者より：刊行後、すぐに重版決定の『リーダーの値打ち』（アスキー新書）が話題の山本一郎さんが、2009年の民主党政権誕生直後に書いた原稿です。著書とあわせてご一読ください！

配信日：2009/09/16


●地デジ失政関連と民主党政権●


民主党が選挙で勝ちま...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-12-21T16:00:01+09:00</dc:date>
<dc:subject>山本一郎</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>刊行後、すぐに重版決定の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4048861344/" target="_self" title="">『リーダーの値打ち』</a>（アスキー新書）が話題の山本一郎さんが、2009年の民主党政権誕生直後に書いた原稿です。著書とあわせてご一読ください！<br>
<br>
<u>配信日：2009/09/16</u><br>
<br>
<br>
<b>●地デジ失政関連と民主党政権●</b><br>
<br>
<br>
民主党が選挙で勝ちましたね。現在、その人事の転がり方や民主党の政権運営の行く末について、報道があるごとに文字通り一喜一憂している人々が多いことかと思います。自民党政権が長かったこともあって、その間の官僚主導で行われた政策の一部に、拭いがたい失政があったのもまた事実であり、これへの民主党の適切な修正が果たしてどこまでできるのか、といったあたりが現在の主要な論点のひとつでしょう。<br>
<br>
民主党のマニフェストの中には実現不可能っぽいものも多いよね、と国民の多くが感じつつも、日本政治の変化の可能性に国民が賭けたことで、政権交代が起きた面は大きいです。であればこそ、各方面の政策課題や取り組みに対して民主党が抜本的な政策変更を行うことで、重要な政策課題の修正が省庁のいたるところで起きる可能性があるわけです。<br>
<br>
例えば、枢要な政策において早くも大きな動きが見られる国交省においては、国交省の特殊法人からのリークとされるかたちで日本航空とデルタ航空の資本協力交渉が進んでいることがすっぱ抜かれ、長年の国交省OBの牙城でもあり失政の総括でもある日本航空に政策投資銀行による巨額融資から世界的な航空会社のアライアンス競争の帰結に至るまで、かなり強烈な政策論争が続いていることが分かります。<br>
<br>
<a href="http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/171/0060/17106230060023a.html" target="_self" title="">■第171回国会　財政金融委員会　第23号■</a><br>
<br>
日本国民の大事な資産である日本航空やそこに対する公的助成と性急な出資交渉の背景には、民主党政権に移行する前にやれることは全部やっておこうぜ的な精神が見え隠れします。この構造は、農水省や経産省（とりわけエネルギー関連）など各省庁にも多岐にわたって共有されているようで、中でも民主党から「失政以外見当たらない」とまで評される総務省がどのように民主党政権によって取り扱われるかが注目されます。<br>
<br>
新産業として着目すべき通信行政では、ベンダーファイナンスの嵐となり、大手３キャリアの競争はNTTとその他という図式に収斂してしまい、技術革新では国内勢で見るべき企業はない体たらく。NTT再編問題はいまだ議論未消化の状態で、むしろ次世代IPなどの放置された課題残る通信行政。<br>
<br>
地上デジタル放送を勢い良く旗振りをしてみたは良いが、末端まで対応テレビや受信機が行き渡らないばかりか強引な多チャンネル化でいたずらに放送業者の経営体力を磨耗させてしまい良質な番組を国民に提供する土台を喪失させてしまった放送行政。正直、「通信と放送の融合」とか凄い勢いで喧伝して省域を拡大してみたは良いけれども、なかなか戦略的な論点を絞り切れず、民間各社の経営状態や世界の技術情勢を読むことができなかった総務省の立て直しは急務と言えるでしょう。<br>
<br>
極めて戦略的で、政策課題や技術的側面について充分な知識がない限り、差配することはおろか問題の所在すら掴み切れないこの方面の情勢を、民主党がきちんと知悉し管理を施すことができるのか――このあたりがこれからの見所であり正念場なのではないでしょうか。<br>
<br>
<br>
●山本一郎（やまもと・いちろう）<br>
イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4166604694/">『“俺様国家”中国の大経済』</a><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4166606670/">、『情報革命バブルの崩壊』</a>（ともに文春新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4569771785/">『ネットビジネスの終わり』</a>（PHP研究所）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4048861344/" target="_self" title="">『リーダーの値打ち』</a>（アスキー新書）などがある。<br>
ブログ：<a href="http://kirik.tea-nifty.com/">やまもといちろうブログ</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1535514" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1534959.html">
<title>成松哲「非モテについて考える」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1534959.html</link>
<description>担当者より：2006年に「非モテ」という言葉について、教育からサブカルチャーまで幅広く扱うライターの成松哲さんが書いた一文です。なお、文中で言及されている「非モテMAP」は、2011年現在、ver.003として公開されています。また、成松さんは話題のミニコミ『kids these da...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-12-17T18:00:40+09:00</dc:date>
<dc:subject>成松哲</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>2006年に「非モテ」という言葉について、教育からサブカルチャーまで幅広く扱うライターの成松哲さんが書いた一文です。なお、文中で言及されている「非モテMAP」は、2011年現在、<a href="http://scarecrowbone.crz.jp/etc/himotemap/himoteMap.html" target="_self" title="">ver.003</a>として公開されています。また、成松さんは話題のミニコミ<a href="http://d.hatena.ne.jp/narima74/20200101/ktd" target="_self" title="">『kids these days!』</a>vol.1を出しており、その特集タイトルは「いまどきの10代に聞いたリアルな「けいおん！」の話。」です。そちらもあわせて是非お読みください。<br>
<br>
<u>配信日：2006/08/23</u><br>
<br>
<br>
小学館のファッション誌『CanCam』は、最近、蛯原友里ら、同誌専属の人気モデルを起用し、めちゃめちゃモテるためのスタイリング「めちゃモテ」を提案したりと話題を作り、60万部を超える売り上げを誇っているという。また、主婦と生活社の雑誌『LEON』は中年オヤジ、テレビドラマ<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B0009VRGFM/" target="_self" title="">『電車男』</a>や<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B000H5VAZC/" target="_self" title="">『ブスの瞳に恋してる』</a>はオタクやブス、と、それぞれモテない属性の代表格だったはずの面々を恋愛の表舞台に引っ張り出した。ことマスメディア（とその受け手）においては、恋愛は最大の関心事であり、金鉱脈でもあるようだ。<br>
<br>
しかし、ひとたびネットに目を向けてみると、まったく別の言葉が話題を呼んでいる。それが「非モテ」だ。非モテとは、文字通り、モテない状態のことなのだが「モテ」の純粋な反対語ではない。モテとは基本的に客観的評価だ。「エビちゃんOLみたいな服装をすればモテるよ」と他人に提案するときや、「あのコ、モテるよね」と他人を評価するときに使われる。「オレ、モテるから」なんて真顔で話しても、正気を疑われるのがオチだ。一方、非モテは主観に基づいている。「○○な言動や××な服装は非モテ系」というような使い方はあまりされていない。「オレ、非モテなんですよ」と、モテない自分を表明するのが一般的な用法だ。他人を捕まえて「お前、非モテだよね」などと失礼極まりないことを言ってはいけない。また、モテは男女問わず使用するのに対し、非モテを名乗るのは男性中心というのも大きな違いだろう。<br>
<br>
とはいえ、単にモテないだけなら読者諸氏にだって心当たりがあるはず。にも関わらず、非モテが話題になるのは、なぜなのだろう？　非モテに関する議論は、主に２ちゃんねる「モテない男性」板やブログ界隈などで活発に行われている。その状況をまとめたScarecrowBoneLogの「非モテMAP」によると、非モテ系男性は、まず「モテたいのにモテない非モテ」と「モテることに背を向ける非モテ」という２つに分けられるようだ。<br>
<br>
現在、特に議論の的になっているのは後者だ。確かにモテたいのにモテない男にかける言葉なんて「頑張ってくれ」くらいしか見つからない。その点、多くの人が恋愛を重大事と考えている中、あえてモテない生き方を選んだ人には「なんで？」と聞きたくなるのが人情だ。しかも、前出「非モテMAP」を眺めてみると、その理由は実にさまざま。過去に恋愛でこっぴどい目に遭ったから、もう懲りたという人もいれば、冒頭で紹介したマスメディアが煽る恋愛至上（市場）主義とも言うべきムーブメントに違和感を感じている人もいる。はたまた、モテること自体に無関心な最終解脱者や、人間嫌いを標榜する人もいる。ここまで各参加者のスタンスが異なるのだから、議論が盛り上がらないわけがない。<br>
<br>
以上が、ネットでしきりに議論される「非モテ」の概要だ。これだけなら「ふーん、ネットではそんな話題が盛り上がってるんだ」「確かに面白い生き方だね」というだけのお話だろう。しかし、非モテが提示する価値観は「『非モテ』を知らないあなた」にも、大いに参考にすべき部分があるのだ。<br>
<br>
非モテの中には、恋愛に割かれるはずだった労力、費用を趣味や仕事に割り当てることを提案、実践している人も多い。恋愛至上（市場）主義への違和感から、現実女性との恋愛は不要だと明言。二次元美少女キャラクターを脳内夫人とするなど、オタク趣味に生きることを高らかに宣言した<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062759241/" target="_self" title="">『電波男』</a>の著者・本田透氏などが、その代表格だ。<br>
<br>
マスメディアの影響も手伝ってか、無意識に恋愛を人生の優先順位の第一位に置いている「『非モテ』を知らないあなた」にだって、女のコとおしゃべりしたり、イチャイチャするよりも、仕事や趣味が楽しくて仕方のない瞬間は必ずあるはずだ。ともすれば、女のコの存在をうざったく感じるときもあるのでは？<br>
<br>
また、貧弱ながら、多少は持っている恋愛経験をもとに語らせてもらうなら、恋人や好きな人というデリケートな間柄との関係を円滑に運営するのは、意外と面倒くさく、思いのほか神経や財布の中身を削っていく。関係がうまくいっている時は、その努力が心地よくもあるが、時にストレスになることもまた事実だ。<br>
<br>
ならば、完全にモテないことを選択しないまでも、恋愛の優先順位を少し低く設定してみてはいかがだろう。仕事や趣味と同じ、単なるライフサイクルの一局面として扱えば、充実した仕事の時間、趣味の時間を持つことができる。それに、合コンやデートやキャバクラに散財したり、恋に悩んで眠れぬ夜を過ごしたりすることもなくなるかもしれない。肉体的にも、精神的にも、金銭的にも、もっと健全な生活を送りたいなら、今こそ非モテに学ぶべし。<br>
<br>
<br>
●成松哲（なりまつ・てつ）<br>
ライター。<br>
著者に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797345896/" target="_self" title="">『凶暴両親』</a>（ソフトバンク新書）、共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309271855/" target="_self" title="">『バンド臨終図巻』</a>（河出書房新社）がある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/narima74/" target="_self" title="">三十路でアニメ</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1534959" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1533063.html">
<title>森山和道「カテゴリーの壁を超えて」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1533063.html</link>
<description>担当者より：サイエンスライター・森山和道さんの科学書を書評する連載「カテゴリーの壁を超えて」最終回をアップです（メルマガ「週刊ビジスタニュース」で掲載されたのは2006年です）。森山さんのウェブサイトや研究者へのインタビューを中心とした科学に関する有料メール...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-12-10T15:00:45+09:00</dc:date>
<dc:subject>森山和道</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>サイエンスライター・森山和道さんの科学書を書評する連載「カテゴリーの壁を超えて」最終回をアップです（メルマガ「週刊ビジスタニュース」で掲載されたのは2006年です）。森山さんの<a href="http://www.moriyama.com/">ウェブサイト</a>や研究者へのインタビューを中心とした科学に関する有料メールマガジン<a href="http://moriyama.com/sciencemail/">「サイエンス・メール」</a>もご関心のある方はチェックをぜひ！<br>
<br>
<u>配信日：2006/04/05</u><br>
<br>
<br>
■紹介する本■<br>
『サイエンスウォーカー』（発行元：文部科学省、企画制作：角川書店）<br>
<br>
いまコンビニで売っている角川書店の「○○ウォーカー」系雑誌（3/29日→4/11日号）の中には、『サイエンスウォーカー』という記事広告ページが織り込まれている。表紙のあおり文句は「デートの強い味方！カップルで楽しむサイエンス」。カップルという言葉は既に死語かと思っていたが、まだ現役だったらしい。<br>
<br>
これは文部科学省が7000万円を投じて110万部制作した「第47回・科学技術週間（4/17～23日、http://stw.mext.go.jp/）」の宣伝用チラシだ。駅やコンビニ、レンタルビデオショップなどのフリーマガジンスタンドで配布されているという。無料である。<br>
<br>
中をめくると、ドイツのサッカー・スタジアムで使われている旭硝子のテクノロジー紹介に始まり、映画「博士の愛した数式」の紹介や家庭用プラネタリウム、アディダスのハイテクシューズ、光触媒を使った人工観葉植物、テンピュール枕、カーナビの仕組みや植物工場、お台場にある日本科学未来館の紹介記事などが並んでいる。<br>
<br>
カガクカガクした記事ではなく、あくまで「ウォーカー」のなかのサブ特集的に、ちょっと科学系のネタを織り交ぜた形式でグッズやスポットを紹介している印象だ。私自身も、もし事前の報道で知らなかったら、ただの変わった記事広告だとしか思わなかったかもしれない。ただ、これはこれで良いんじゃないのかと思った。科学からエンターテイメントを発想するのではなく、エンターテイメントの側から科学を取り込むとこんな感じになるだろう。<br>
<br>
しかしながら一部のブログでは、こんなものに7000万円もかけるとはけしからんと怒っている人もいる。しかし、どうやらその人たちは、制作費用のことだけしか頭にないように見える。制作するだけなら確かに数百万円程度でできるだろう。しかしながら110万部撒くとなるとどうか。16ページの広告を110万部も撒くとなると、この程度はかかるんじゃないかと思うのだが、そういう面には頭が働かないらしい。<br>
<br>
そう、問題はいかに多くの人に情報を到達させるかにあるのだ。読者の皆さんで「科学技術週間」なるものについて知っていた人はどのくらいいるだろう？　今年でこのイベントは47回を迎えているのだが、知名度はさびしいものに留まっているのではなかろうか。<br>
<br>
なかには「PDFにしてネットにおけばいい」という意見も見受けられた。私は聞きたい。「じゃあ、あなたのウェブサイトのアクセスはどのくらいなのか」と。PDFにしたところで、100万部もダウンロードされるわけがない。実際、科学系雑誌のいくつかはネット上でPDFとして無料配布されているが、人気サイトになっているわけではないし、「PDFにしておけば」と言っている人たちも読んではいないだろう。<br>
<br>
結局のところ、文部科学省は、角川書店の販路やネットワークを買ったのである。つまり、110万部配布されることに対してコストを支払っているのであって、制作費用のみに7000万円を投じているわけではない。情報コンテンツは、単に作るだけでは無意味だ。きちんと相手に伝えるところまでやってこそ、初めてコミュニケーションと言えるはずなのだが、そこを理解して建設的に議論を進めようという人たちがあまりに少ないことに、私は正直失望した。<br>
<br>
残念ながらネットの議論を見ている限り、科学の普及に興味を持っている人たちの多くは、自分たちでものを売る、読者を大量に集めることがいかに大変か、まるで分かっていないように見える。それが結局、彼ら自身の内輪性を高めてしまっている。つまり、自分たちが作りたいものは作りたいかもしれないが、それを多くの人に送り届けて理解してもらうことにまで、きちんと思いが至っていないように見えるのだ。<br>
<br>
雑誌も新聞もテレビもろくに見ない、いわゆるM1層（20～34歳の男）へのアプローチが非常に難しいことは、マーケティングに少しでも興味がある人なら誰でも知っている。だからこそリクルートのフリーペーパー『R25』の成功が注目され、改めてそのノウハウが話題になったのだ。そんな基本的なことさえ全然分かっていない人たちが、ブログでブツブツ言っている。<br>
<br>
いまは、言いたいことをブログに書くだけなら誰にでもできる時代である。自分の知人なら読んでくれるだろう。しかし、それを大勢に読んでもらうことは、それほど簡単ではない。それがどうして分からないのか。科学の啓発ということを考えると、一番重要なところがここであることは自明なのに。<br>
<br>
せめて、どうすれば大勢にリーチできるかが重要であるという問題意識を共有した上で、どうすればいいのか、議論を進めたいものである。作っただけで話がすむなら、多くの科学雑誌だって廃刊せずにすんだはずだ。ただ、これが「広告」としてしか挿入できなかったことには寂しさを覚えざるを得ない。もし、科学が本当に抜群の面白さを誇っていたら？　わざわざ「広告」として挿入しなくても、各誌がこぞって記事として扱ってくれていたはずだ。一般雑誌も科学雑誌も、である。<br>
<br>
いま、科学がもうひとつ一般人の間で盛り上がらない理由は単純だ。科学そのものの面白さが足らないからである。科学が先端に進みすぎて直感的に理解しづらくなったから、という人もいる。確かに、大発見の時代が一段落し、落ち着いてしまっている感じはある。しかしまだまだ、新発見も、新パラダイムの登場も続くはずだ。少なくとも私はそう思っている。それが科学の本質だから。もっともっと科学者たちには頑張ってもらいたいと思う。<br>
<br>
<br>
●森山和道（もりやま・かずみち）<br>
サイエンスライター。<br>
多くの雑誌やネット媒体で、書評やレポートを執筆し、活躍中。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4805208031/">『クマムシを飼うには』</a>（地人書館）などがある。<br>
サイト：<a href="http://www.moriyama.com/">森山和道</a><br>
メールマガジン：<a href="http://moriyama.com/sciencemail/">サイエンス・メール</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1533063" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1531394.html">
<title>八田真行「身もふたもないオープンソースの解説」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1531394.html</link>
<description>担当者より：経営学者の八田真行さんが、2007年にオープンソースについてズバリ解説した一文です。ぜひ、ご一読ください！

配信日：2007/02/07


オープンソースとは、非常にざっくり言ってしまえば、あるソフトウェアを無料で誰でも自由に利用できる状態に置く、とい...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-12-02T19:00:38+09:00</dc:date>
<dc:subject>八田真行</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>経営学者の八田真行さんが、2007年にオープンソースについてズバリ解説した一文です。ぜひ、ご一読ください！<br>
<br>
<u>配信日：2007/02/07</u><br>
<br>
<br>
オープンソースとは、非常にざっくり言ってしまえば、あるソフトウェアを無料で誰でも自由に利用できる状態に置く、ということだ。これは、有料かつできるだけ自由に利用させないこと（コピーを禁止するとか改変を禁止するとか）に血道をあげてきた従来のソフトウェア・ビジネスの常套とは一見、真逆に見えるので、違和感を持つ人も多い。特に、オープンソースがどうしたこうしたという話で必ず聞かれるのが、「どうやって食っていくの？」「どうやって儲けるの？」といった質問だ。<br>
<br>
答えは簡単。オープンソース・ソフトウェアそのものでは食えません。ライセンス料を取るわけでもなし、コピーも自由なのだから、直接ソフトウェアからお金を取るのは原理的に無理だ。MS製品のように、１ライセンスあたりいくら入ってくるという世界ではないのである。そもそも、このへんがまだ分かっていない人が多い。<br>
<br>
ではプログラマは霞を食べて生きていけというのか、と言うひともいるだろうが、そんなことはない。オープンソース・ソフトウェアから直接は無理だが、間接的にお金を引き出すことはできる。ようするに、オープンソース・ソフトウェアを利用して顧客の望むサービスを提供し、その代価を得ればよい。保証、メンテナンス、カスタマイズ、システム構築、いくらでも可能性はある。腕さえあれば。<br>
<br>
こうしたビジネスモデルについて話すと、「なんだ、今の商売と大して変わらんな」という人が多い。おっしゃる通りで、私が知る限り、現在企業に勤める大多数のプログラマは、今でも日々こういう仕事をしているのである。違うのは使うソフトウェアがオープンソースではない、というだけ。<br>
<br>
確かに、ライセンス料収入に過度に依存したビジネスしかやっていないところにとってはオープンソースは究極のダンピングのようなもので、悪夢でしかないだろう。しかし、それ以外の大多数には、仕事で使う道具が変わるという点を除けば、おそらく何の本質的な影響もない、というのが私の見方である。つまらない結論で申し訳ありませんけど。<br>
<br>
<br>
●八田真行（はった・まさゆき）<br>
経営学者、プログラマー、駿河台大学経済学部専任講師。<br>
共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4862486932" target="_self" title="">『日本人が知らないウィキリークス』</a>（新書ｙ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4309244432" target="_self" title="">『ised 情報社会の倫理と設計 設計篇』</a>（河出書房新社）などがある。<br>
サイト：<a href="http://www.mhatta.org/" target="_self">Masayuki Hatta</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1531394" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1526689.html">
<title>雨宮まみ「TVとAVの奇妙な関係」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1526689.html</link>
<description>担当者より：近日、初の単著『女子をこじらせて』（ポット出版）が刊行される、ライター・雨宮まみさんが2009年にTV業界とAVの関わりについて書いた一文です。書籍と一緒にお楽しみください！

配信日：2009/09/16


７年前に私がAVライターになった頃「AV女優を辞めてT...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-11-24T15:00:35+09:00</dc:date>
<dc:subject>雨宮まみ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>近日、初の単著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4780801729" target="_self">『女子をこじらせて』</a>（ポット出版）が刊行される、ライター・雨宮まみさんが2009年にTV業界とAVの関わりについて書いた一文です。書籍と一緒にお楽しみください！<br>
<br>
<u>配信日：2009/09/16</u><br>
<br>
<br>
７年前に私がAVライターになった頃「AV女優を辞めてTVタレントへの転身に成功したのは飯島愛だけ」と言われていた。飯島愛がAVに出ていたのはかなり昔だったにもかかわらず、尊敬する人に「飯島愛」の名前を挙げるAV女優もけっこういた。<br>
<br>
その状況が変わってきたと最初に感じたのは、蒼井そらの登場だった。蒼井そらはAVを引退せず、現役のままテレビやラジオに出演し、本人が大ファンのニューロティカのトリビュートアルバムに歌手として参加したり（ちなみにニューロティカも蒼井そらのAVに特別出演している）セルフポートレイトをトイカメラで撮った<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4434079018/" target="_self">『polgasun aoisora』</a>（パワーショベル）を発売したりと、かなり自由でバラエティに富んだ活動で自分を表現していた。<br>
<br>
そんな活動を知らなくても「彼氏と一緒にビデオ屋に行ったら、AVのコーナーにすごいかわいいコのAVがあって、それが蒼井そらさんのAVだった。びっくりして借りてファンになって、蒼井さんに憧れてAV女優になった」と話してくれたコもいた。これは今も大人気の小澤マリアちゃんのデビュー当時に聞いたエピソードで、当時からいかにAV女優のルックスのレベルが高かったかを証明するエピソードでもある。<br>
<br>
「芸能活動をやる」と言って引退した女優もいた。AV出演と並行して芸能活動をしていた及川奈央は2004年に引退作を発表。夏目ナナも2007年にAV女優引退を発表し、芸能活動を始めると宣言する。いずれも人気で言えばトップ３に入るような女優ばかりで、及川奈央・夏目ナナはともにルックスの良さだけでなく、AVの撮影にも全力を注ぎ、エロさでもプロ根性でも群を抜いていた。<br>
<br>
ところが最近は、ちょっと状況が変わってきているように思う。昔はAV女優がTVに出ると「AVから芸能界へステップアップ（いつかはAV引退を視野に入れている）」という雰囲気で捉えられていたのだが、テレビ東京の深夜枠で『おねがい!!マスカット』（現在は『おねだり!!マスカット』にタイトル変更。略称は『おねマス』）という、AV女優が大勢出演し、お笑い芸人のおぎやはぎが司会をするという番組が始まったことにより、『ゴッドタン』（これもテレビ東京）などでもAV女優の姿をよく見かけるようになった。<br>
<br>
ステップアップとかではなく、普通に「AV女優がテレビに出ている」のである。しかも『おねマス』のメンバーはたまに入れ替わりがあるもののほぼ固定メンバーのため、長期出演しているRioや吉沢明歩はバラエティ番組の空気にどんどん対応できるようにスキルアップしていき、他の番組に出演してもまったく動じず、新人芸人よりも場の空気を読んでいたりする。<br>
<br>
『おねマス』自体も、構成や女優のキャラ付けや、おぎやはぎの女優いじりが上手いというのもあるが「ただ深夜にセクシーな女のコたちを出してみました」みたいなものではなく、番組としてのレベルが高く、笑える楽しい番組になっている。<br>
<br>
しかし、AV女優がTVに出始めたのはなにも『おねマス』が最初ではない。それ以前にもやはりテレビ東京で、当時まだ深夜枠だった『やりにげコージー』（現在はゴールデンタイムに移り『やりすぎコージー』と改題）にも、定期的にAV女優の特集があり、有名女優が出演していた。そして、テレビ東京で『やりすぎ』と同じく今田耕司・東野幸治が司会を務める年末年始特番『今年も生だよ芸人集合　笑いっぱなし伝説』にも、2006年から2008年までは『スタジオ厨房』のコーナーに蒼井そら、穂花、麻美ゆま、Rio、吉沢明歩が出演している。<br>
<br>
が、『やりすぎ』がゴールデンタイムに移行し、AV女優が出演しなくなったのと同時に『今年も生だよ～』にもAV女優の出演はなくなった。『やりにげコージー』のゲストに森下くるみが出演した時のAV大好きの今田耕司の言葉は忘れられない。<br>
<br>
今田「こちらは（森下くるみを指しながら）あの、うどんで有名な」<br>
（周囲から）「うどんって？」<br>
今田「ぶっかけや！　みなまで言わすな！」。<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005KKQG/" target="_self">『特濃くるみるく』</a>（森下くるみ主演のぶっかけ作品）をご覧になっていたんでしょうね、今田さん。なぜ今一番まともにAVを語れるであろう、AV好き芸能人の今田耕司の番組からAV女優を外すのか、私は不満でいっぱいである。AV業界では「今田のAV好きは本物らしい」と非常に好感度が高いのに……。<br>
<br>
『やりすぎ』や年末特番への出演はなくなったものの、『おねマス』や『ゴッドタン』でAV女優のTV出演率はトータルでは上がっている（ちなみに全ての番組がテレビ東京。偉業である）。しかし、奇妙なことに『おねマス』の番組内で彼女たちが「AV女優」と呼ばれることは、私が知る限り、ない。売れている女優ばっかりなので見る人が見ればAV女優だとすぐにわかるし、エロっぽい内容をメインにしているにもかかわらず、彼女たちは「恵比寿マスカッツ」というセクシーアイドルグループとして扱われている。<br>
<br>
もちろん、おぎやはぎだって知っているに決まっているのだが、AV女優ということは暗黙の了解であって、言わない。これは『おねマス』に始まったことではなく、確か年末の特番でも『やりすぎコージー』でも彼女たちは、「AV女優」ではなく「モンロー女優」という独特の呼ばれ方をしていた。話題はハッキリAVの話なのに、である。<br>
<br>
女優の側に自分がAV女優であることを隠す意志があるとは考えにくい。それなら番組内容もAV絡みの要素を排除するだろうし、そうでない以上、バレたくないならTV出演自体を考えるだろう。なぜ？　と不思議に思っていたら、あるAV女優さんのインタビューの後でマネージャーさんに妙なことを言われた。<br>
<br>
「今日のインタビューで『おねマス』の話をしている部分はカットして下さい」<br>
<br>
何もその女優さんは『おねマス』の悪口を言っていたわけではない。「『おねマス』の収録はすごく楽しいし勉強になる。マスカッツメンバーも仲良くて集まって飲んだりしてる」という程度の軽い話で、インタビューのテーマからは外れていたので削っても問題はなかった。だが、なぜそれを書いたらいけないのかは、よく意味がわからなかった。<br>
<br>
察するに、どうやら「AV女優として紹介されている媒体で『おねマス』の話はNG」「『恵比寿マスカッツ』として紹介される場では『AV女優』という言葉はNG」ということのようだったが、最近のAV誌のインタビューでは堂々と『おねマス』の話が載っていたりしていて、いつからどんな風に基準が変わったのかもわからないのである。そもそも、はっきりした基準があったのかどうかも疑わしい。誰が何に配慮して「書いてはいけない」と言い始めたのかすらわからないのだ。すべてが「なんとなく」進行していたのかもしれない。『おねマス』の話を掲載した編集部に聞いてみたところ、取材中も原稿チェックの際もマネージャーさんからは何も言われなかったそうだ。<br>
<br>
ここからは私の勝手な推測だが、TV番組に「AV女優」が出ていると、スポンサー関係で何か問題があるのではないだろうか。もしくは視聴者から「AV女優を出すなんて！」と苦情の電話が来るとか。そういうことを警戒してエロ本での『おねマス』の話題、および番組内での「AV女優」という言葉を避けていたが、エロ本のインタビューなんてそんなに影響力ないだろう、という判断で掲載基準が緩まったのではないかと思う。<br>
<br>
『おねマス』のような番組で、AV女優のAVだけにおさまらない魅力をいっぱい見られるのは、私にはとても幸せなことだし、TVに対応できる才能のあるコはどんどん出演していって欲しい。TV出演経験がない彼女たちが、ここまでキャラを立たせてバラエティに順応していることが私には感動的ですらある。<br>
<br>
最初から芸能タレントであっても、バラエティで面白い発言をするのは難しいのに、彼女たちはちゃんとおぎやはぎと一緒に「面白い番組」を作ることに成功しているからだ。まぁ、私は『おねマス』に出演しているAV女優が好きだから、多少のひいき目はあるかもしれないけど、それでも「TVで鑑賞するに耐えうるトーク」ができるというのは、すごいことだと思うのだ。<br>
<br>
だからこそ、私は現在の境地に至るまでの苦労話や失敗談、AVとTVの違いの話などを聞くインタビューをぜひやりたいのだが、その妙なモヤモヤした業界事情のせいか、その企画が通ったことはない。そろそろいいんじゃないか――と時期をうかがっているうちに他で『おねマス公式本』とか『おねマス特集』などを先にやられちゃいそうで不安な今日この頃である。<br>
<br>
<br>
●雨宮まみ（あまみや・まみ）<br>
ライター。エロ・ＡＶ業界などに関する批評やコラムを中心に執筆活動を展開している。<br>
近日、初の単著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4780801729" target="_self">『女子をこじらせて』</a>（ポット出版）が刊行予定。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4798111082/" target="_self">『エロの敵』</a>（翔泳社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4891947470/" target="_self">『リビドー・ガールズ』</a>（パルコ出版）がある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/mamiamamiya/" target="_self">雨宮まみの「弟よ！」</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1526689" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1527419.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1527419.html</link>
<description>担当者より：2006年にコラムニストの小田嶋隆さんがメガネベストドレッサー賞を通じて、賞レースを論じたコラムです。また、小田嶋さんは『地雷を踏む勇気』（技術評論社）と『その「正義」があぶない。』（日経BP社）の二冊を立て続けに上梓されたばかり。こちらもぜひ！
...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-11-18T17:00:40+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>2006年にコラムニストの小田嶋隆さんがメガネベストドレッサー賞を通じて、賞レースを論じたコラムです。また、小田嶋さんは<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4774148709/" target="_self">『地雷を踏む勇気』</a>（技術評論社）と<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822248828/" target="_self">『その「正義」があぶない。』</a>（日経BP社）の二冊を立て続けに上梓されたばかり。こちらもぜひ！<br>
<br>
<u>配信日：2006/10/18</u><br>
<br>
<br>
第19回日本メガネベストドレッサー賞が発表された。受賞メンバーは以下の通り。<br>
<br>
・政界部門：渡部恒三氏（民主党　最高顧問）<br>
・経済界部門：武田國男氏（武田薬品工業(株)　代表取締役　取締役会長）<br>
・文化界部門：なかにし礼氏（作家） <br>
・スポーツ界部門：亀田興毅氏（WBA世界ライトフライ級チャンピオン） <br>
・サングラス部門：高橋克典氏（俳優） <br>
・芸能界部門：光浦靖子さん（タレント） <br>
・特別賞：観月ありささん（女優・歌手） <br>
<br>
突っ込みどころがありすぎて、どこから手をつけて良いのやら判断がつかない。多重衝突の事故現場に到着した検死官みたいな気分だ。まず、「政界」「経済界」に対応する世界として「文化界」というカテゴリーが設けられている点が奇妙だ。おそらく、意図としては「文化人」に分類される人々を担ぎ上げたいということなのだろうが、残念ながら「文化人」は、政治家が政界に属していたり、企業家が経済界に席を置いているみたいな意味で「文化界」に生きているわけではない。というよりも、「文化人」という概念自体、言葉のアヤみたいなもので、そもそも「どこにも属していない人間」「分類不能な人間」を指す言葉だったりする。<br>
<br>
特に、長嶋茂雄氏の文化人宣言以来、この言葉は、「高級ニート」ないしは、「知名度はあっても肩書きを持たない男」「地位は高いけど所属が曖昧な存在」「広告代理店のランク付けでは高位であるにもかかわらず社会的な位置づけは不明なキャクター」みたいな人たちの代名詞になりつつある。たとえば中田英寿氏。サッカーをやめたヒデは、名前の末尾に「氏」がつく男になった。出世なのか没落なのか――オレは知らない。月日は百代の過客にして、行き交うヒデもまた旅人である、と、まあそういうことなのであろう。好きにしてくれ。<br>
<br>
で、その「文化人」の代表が、なかにし礼、と。なるほど、既に作詞家や作家という認知のされ方ではない。貴乃花親方やショーケンみたいな、誰も擁護しないキャラクターを一点買いでサポートする逆張りのコメンテーターだ。テレビ人民裁判に不可欠な異形の弁護役。スポーツ界部門の亀田興毅と並べてみると好一対だ。<br>
<br>
不思議なのは、その次の「サングラス部門」だ。政治、経済、文化、スポーツと、ここまでのところは、一応、曲がりなりにも「世界」を切り分けるカテゴリーになぞらえたカタチで賞が設定されていた。そこへ持ってきて、いきなり「サングラス部門」だ。これは、並びが違うんではないのか？<br>
<br>
新聞をアタマからめくって行って、政治面経済面文化欄スポーツ欄と来て、次にサングラス面が来たりするだろうか？　で、その「サングラス界」を代表するキャラクターが高橋克典。個人的には好きな役者なのだが、いかんせん役に恵まれていない。ブレーンにも。だから、色眼鏡で見られ、サングラス界に押し込められてしまう。つまり、アレか？　高橋君に対しては、このほど正式に裏社会担当というレッテルが貼られたわけなんだろうか？　今後とも克っちゃんは、特命係長ノリの、後ろ暗い正義にしか関与できない、と。本当は好青年で、さわやかなラガーマンなのに。哀れだ。<br>
<br>
次の「芸能界部門」がまたヘン。ある意味全員芸能人だろ式の突っ込みに対するあらかじめのボケとしての芸人擁立という感じがいたします。光浦。うん。この人も好きな芸人なんだけど、自分を粗末にし過ぎです。で、最後に、これまでの流れを無視するカタチで特別賞がドドーン。対象は観月ありさ。結局、アレだよね。記者が呼べれば良い、と、そういう基準で悪目立ちのする人間を引っ張ってきた業界売名イベントなわけだ。<br>
<br>
だって、賞のホームページを見ても、《今年も業界関係者によって「今メガネが最も似合う各界の著名人」が選ばれました》と書かれているばかりで、その「業界関係者」というのが、具体的に誰であるのかは、誰にもわからないんだから。しかも選考委員の名前も不明なら、選考過程や選考基準についてもまるで説明がない。とすれば、記者発表イベントそのものが唯一の目的だと思われてもしかたがないではないか。<br>
<br>
賞を貰う側の著名人（知名度そのものが商売のネタである人々）にしてみれば、どんな賞であっても、貰えるものは何でもほしい。で、記者にしてみれば、紙面が埋まる以上文句はないわけだし、ワイドショーのリポーターの立場に立ってみても、複数の著名人を無料で取材する機会に恵まれるわけだから万々歳だ。　さらに、そういった具合に四方八方からコミッションを頂戴した上に、各方面にコネをつけられた広告代理店は、むちゃくちゃにおいしい、と、<br>
そういうわけだ。<br>
<br>
これから先年末にかけて、「ネイルクイーン」だとか「ベストジーニスト」だとか「ベストファーザー」だとかいった、世にも恥ずかしい賞が目白押しで発表される。でもって、そうした話題先行の受賞者たちをめぐって、やれ五連覇であるとか、殿堂入りであるとか、20冠王であるとかいった不毛なキャッチフレーズが連発され、それらのいちいちについて、「メディア見たもん勝ち」の軽部が、毎朝毎朝、大仰に驚いてみせる（でも目は笑っていない）、と。そういうわけだ。<br>
<br>
ああいやだ。いっそ今年の賞レースは亀田の一本かぶりで行ってくれないだろうか。で、年末にすべての関係者が共倒れ、と。素敵だ。<br>
<br>
まあ、こんな妄想を抱いてるのは、どうせオレと金正日だけなんだろうけどさ。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4774148709/" target="_self">『地雷を踏む勇気』</a>（技術評論社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822248828/" target="_self">『その「正義」があぶない。』</a>（日経BP社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（ともに講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1527419" width="1" height="1" />
]]>
</content:encoded>
</item>

</rdf:RDF>

