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 <title>ビジスタニュース</title>
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1249697.html">
<title>山形浩生「山形月報！」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1249697.html</link>
<description>担当者より：山形浩生さんの書評連載の2009年末のものです。年末に山形浩生さんが強くプッシュなさっていた本は何なのか――ご一読ください。

配信日：2009/12/24


年末から正月にかけて読む本を買いためておこうかと思っている読者諸賢よ。もしぼくのこの連載を本当に本選...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-02-05T13:30:04+09:00</dc:date>
<dc:subject>山形浩生</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>山形浩生さんの書評連載の2009年末のものです。年末に山形浩生さんが強くプッシュなさっていた本は何なのか――ご一読ください。<br>
<br>
<u>配信日：2009/12/24</u><br>
<br>
<br>
年末から正月にかけて読む本を買いためておこうかと思っている読者諸賢よ。もしぼくのこの連載を本当に本選びの参考にしているのであれば、いま買って読むべき本はまず何をおいても服部正也<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121902904/">『ルワンダ中央銀行総裁日記』</a>（中公新書）だ。ずいぶん昔の本なのだけれど、長いこと絶版だったのが、この十一月にめでたく増補されて復刊した。<br>
<br>
著者は日銀マンだが、ＩＭＦの技術援助の一環として、一九六〇年代半ばにルワンダの中央銀行総裁として派遣される。そこはかつての宗主国ベルギーが、怪しげなコンサルを通じて自国企業の利益のためだけに各種政策運営をしており、中央銀行ですらまともな帳簿もない状況。<br>
<br>
著者は帳簿の整理から初め、各種の妨害工作にも負けずに、国の発展に資する金融経済政策を次々にうちだし、見事に国を立て直す。その様子が実に生き生きと（時に義憤をあらわにしつつ）描き出される。<br>
<br>
本稿の読者なら、ぼくが開発援助がらみの仕事をしていることはご存じかもしれない。その過程で各地の途上国にいって、中央銀行といっしょに仕事をすることも多いのだ。多くのところでは、先進国や中進国からアドバイザーなるものが常駐している。その多くは、常識を超えた使えない無能だ。本国にいられると迷惑だから、僻地にとばされたのが露骨にわかる。ここまで有能な人間が派遣されたというのは、ぼくから見れば奇跡的なことだ。そして開発援助にこれほどのことができるとは！　もちろん、当事者の言として多少割り引いて読むべき部分もあるんだろうが、それにしてもすごい。<br>
<br>
さらに本書は、中央銀行の役割ということについても、多くの人の考え方を改めさせてくれる。中央銀行の役割というのは、ほとんどの人は理解していないし、またそれを理解したつもりの人の多くは、政策金利がどうしたとか流動性供給が、何とかオペが云々といったテクニカルな話で些末な専門用語をもてあそび悦に入っている。<br>
<br>
でも、この中央銀行総裁のやっていることを見ると、中央銀行とは本来そういうものじゃないことがわかる。いや、そういう部分もあるんだが、それだけではだめなのだ。かれは、実際の経済のプレーヤー――銀行や短資会社ではない、事業者も含めたプレーヤー――と直接きちんと話をする。かれらのニーズを見極め、そこにある歪みを見て、それを中央銀行として正すにはどうすればいいかを考える。中小企業の苦境に対して資金援助を提供し、無意味な規制撤廃を行い、大統領とも話をして、大統領の政策目標を実現するための手法を着実に編み出す。<br>
<br>
それにひきかえ……日本の中央銀行は、社会や政治や経済のニーズをきくことが独立性の侵害だとわめきたて、自分が長期的な確固たるフォワードルッキングな視点を持つと主張しつつ、世間の目にびくびくして朝令暮改をくりかえす。市場との「対話」なるものが一方的な要領を得ない弁明のことだと思っている。いまの日銀を見ていると、この服部正也のような人物がかつていたとはにわかに信じられないほど。<br>
<br>
実は過去一年の金融危機で、世界の多くの中央銀行はちゃんとこれをやっている。中小企業向けの追加融資や融資保証を中央銀行が実施し、必要なところにお金を出し、実際の経済にとって役立つことを、政府ときちんと協議して実施している。先週いたインドネシアでも、いまいるマレーシアでもそうだ。それにひきかえ……。<br>
<br>
本書は、ルワンダの明るい未来を確信する服部のことばで終わる。が、その後ルワンダは、ご存じの通り恐るべき大虐殺の舞台となった。今回の増補版では、それについての服部の苦渋に満ちた小論も収録している。新書だけれど、最近の無内容な量産新書とはわけがちがう、深く重い、繰り返し読むべき本だ。この手の復刊本は、出たはいいけれど増刷されることなくすぐにまた消えることも多いので、いまのうちに絶対買って<br>
おこう。<br>
<br>
今回は、この一冊だけ紹介できればぼくは満足なのだ。あとはおまけで、池澤夏樹の世界文学全集はトマス・ピンチョン<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/430970963X/">『ヴァインランド』</a>（河出書房新社）が出た模様。実はマレーシアからまだ帰っていないので、実物は見ていないけれど、長いしだらだらしているしわけわからんし、ゴジラも忍者も出てくるし、でもそういうひねくれぶりを楽しみたい人はどうぞ、実物をちょっと立ち読みしたい人は、<a href="http://cruel.org/talkingheads/vineland.html">ぼくが訳したのがあるのでこちら</a>もどうぞ。<br>
<br>
ところで<a href="http://magazineworld.jp/brutus/677/">『ブルータス』</a>でぼくと並んで出ている池澤春菜って、池澤夏樹の娘だったのか！　知らなかった。ニコニコ動画で加藤夏希相手にプロレスを熱く語っている変なネーちゃんだとしか思ってなかった。<br>
<br>
あとはやはり小説、マット・ラフ<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4163286209/">『バッド・モンキーズ』</a>（文藝春秋）が出ている。軽いけれどおもしろいよ。アメリカのカレッジノベル系の作家で、つまり初期のカート・ヴォネガットみたいな、少しシニカルで饒舌で軽妙で、でもちょっと社会派的な視点も入った感じ。ヴォネガットほどすごくはないけれど、決して悪くはない。<br>
<br>
てなところ。では、みなさま、よいお年を、ぼくはまだまだ今年が終わりそうにありません。東京は凍っているようですが、クアラルンプールはたいへんお暑うございます。<br>
<br>
<br>
●山形浩生（やまがた・ひろお）<br>
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。<br>
サイト：<a href="http://cruel.org/jindex.html">YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page</a>
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1249044.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1249044.html</link>
<description>担当者より：コラムニスト・小田嶋隆さんによる連載コラムをアップしました。ぜひご覧ください。

配信日：2010/01/20


Googleが中国市場から撤退することになるかもしれない。とすると、これは大事件だ。

以下、記事を引用する。

《Googleは昨年12月中旬に中国を起点とす...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-02-04T09:50:07+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニスト・小田嶋隆さんによる連載コラムをアップしました。ぜひご覧ください。<br>
<br>
<u>配信日：2010/01/20</u><br>
<br>
<br>
Googleが中国市場から撤退することになるかもしれない。とすると、これは大事件だ。<br>
<br>
以下、記事を引用する。<br>
<br>
《Googleは昨年12月中旬に中国を起点とするサイバー攻撃を受けた。Googleの調査によると、攻撃者は中国の人権擁護活動家のGmailアカウントをねらっており、米国、中国、ヨーロッパのGmailユーザーのうち、中国の人権擁護の支援者のアカウントも第三者にアクセスされていたという。Googleは、この問題は単なるセキュリティ被害にとどまらないと判断。中国政府と話し合いを行うとしているが、中国における攻撃と検閲の状況が変わらなければ、中国でのサービス提供を断念する可能性があるとしている。》（以上、1月19日15時0分配信 MarkeZine）<br>
<br>
中国政府は、当然、自国のインターネット政策を擁護している。概要は以下の通り。<br>
<br>
《中国外務省の姜瑜副報道局長は14日の定例記者会見で、「中国は他国と同様、法律にのっとってインターネットを管理している」と述べた。同副報道局長は中国のインターネットはオープンだと指摘し、ハッキングなどのネット犯罪を取り締まる法律もあると述べた。――後略――》（ウォールストリートジャーナル日本版1月15日）<br>
<br>
でもって、Googleは中国市場からの撤退を示唆し、中国は中国で、自分たちこそがサイバー攻撃の最大の被害者である旨を強調している。面白い展開だが、さらに興味深いのは、日本の主要マスコミが、一連のニュースに関して冷淡であることだ。事実、私が引用した記事も、主要メディアからのものではない。<br>
<br>
三大紙（「五大紙」という言い方はまだ有効なのだろうか）の扱いが小さいこともさることながら、テレビの扱いはさらに露骨だ。ほとんど黙殺している。まあ、気持ちはわかる。テレビの客にアピールしそうなニュースではないと、彼らはそういうふうに判断したのかもしれない。でなくても、彼らはネット関連のニュースを伝えることには普段からあまり熱心ではない。<br>
<br>
しかも、今回のネタは中国がらみだ。ということになると、ますますオンエアする理由は希薄になる。Googleの機嫌を損ねるのはなんとなく気持ちが悪いし、中国政府に敵視されるのも同様。首筋が寒い。それに、中国がらみの話題は、扱い方を間違えるとネトウヨを呼び寄せることになる。これは非常に面倒くさい。<br>
<br>
ということであれば、このテの行ったり来たりの出来事は、事態が落ち着くまで様子見を決め込んでおくに限る。あえて渦中の栗を拾ったところで、どうせ焼き栗の中味は黒こげに決まっているわけだから。<br>
<br>
いつの頃からか、中国にまつわる話題は非常に扱いの難しいマターになってしまっている。私自身、彼の国の政策や現実について、思うところが無いわけではないのだが、ふだんは口を閉ざしている。理由は、たった一言、面倒くさいからだ。あの国で起こっていることや、かつて起こったと言われているあれこれについて、多少とも正直な発言を漏らすと、四方八方から論敵が湧いてくることになっている。右から左から。上から下から。悪くすると裏から表から。前門のネトウヨ、後門の極左。絶体絶命だ。であるから、そういう人々の相手をするのが億劫で、つい黙ってしまうのだ。<br>
　<br>
つまり、結果として検閲は成功している、と？　いや、そんな大げさな話ではない。ネット世論というものが形成されるようになって以来、言論は、自由になったようでいて、その実、不自由（というよりも厄介）になっているということを私は申し上げている。<br>
<br>
いくつかの話題は、議論のテーブル自体が戦場になってしまっていて、うっかり発言できない場所になってしまっている。非常に残念なことだが。だから、南京大虐殺について、私は、ノーコメント以上の言葉を持たない。南京虫大虐殺についてもだ。何を言ったところで、左右両方向から十字砲火を浴びることがわかりきっているからだ。この論争は、もはや、発生の経緯や犠牲者の人数について検証する議論ではなくなっているようだ。一種外交カードみたいなものになってもいれば、踏み絵じみた使い方をされてもいる。<br>
<br>
であるから、「少なく見積もっても三十万。大きめに考えれば六十万人が虐殺された」<br>
と、あくまでも最大限の人数を言い張る人々がいる一方で、「虐殺は捏造。そもそも報道自体が根も葉もないデタラメ。誰も死んでいない」と、主張する人々がいたりもする。<br>
<br>
今回のGoogleをめぐる論争は、南京マターほど荒れているわけではない。が、南京問題と同じ種類の面倒くささを発生当初から放射していて、だから、マトモな人は言及しなくなっている。<br>
<br>
と、この種の問題を取り上げたがるのは、党派的な企図を抱いた連中だけということになって、結果、中国にかかわる話題は、さらに極論しか存在しない場所へと運ばれていく。なんだか、辛い料理を出す店の料理が、店に集まるマニアの好みに合わせて、ますます辛くなって行く過程と似ている。一般客は、一口食べて逃げ出す。と、店主は、一般客を見限って、さらに辛い味を追求せざるを得なくなり、マニアはマニアで、店主の出す味に追随すべく、より高い耐性を身につけて店に通う、と。ひどい話だ。<br>
<br>
中国は、もはや「中国は」というひとくくりの主語で扱える対象ではなくなってきている。それだけ、多様で、巨大で、極端な国になってしまっているということだ。<br>
<br>
たとえば、経済面に注目する向きは、この国で起こっている出来事を、基本的には容認する方向で見ようとする。だって、あまりにもデカい市場だから。だから、隅っこの方で怪しからぬことが起こっていようが、山奥で残酷な事件が発生していようが、そういうことにはあまりとりあわない。お客さんの家庭の事情には踏み込まない。それが商売人というものだ。お金を出して商品を買ってくれる以上、お客様は神様にになる。買った商品で何をしているのかは知らない。<br>
<br>
一方、人権を問題にする人たちは、中国相手の商売にすら問題点を見出す。さらにやっかいなのは、中国政府のやり方に民族的な誇りを傷つけられていると感じている人々だ。彼らの目から見ると、中国は、軍事的な脅威であり、民族的自尊心を毀損する中華思想の深淵であり、犯罪者の供給源であり、極東アジア制圧を企む暴虐卑劣な暴君ということになる。<br>
<br>
事実はどうなのか？　すべて、だ。中国は、避けて通れない隣人であり、有望な顧客であり、わが国の経済の死命を決する市場であり、生産拠点であり、世界の農場であり、わが国の冷蔵庫であり、一方において、犯罪と汚染食物と粗悪な工業製品と、市場破壊的な低価格をもたらす厄災の源でもある。<br>
<br>
で、その中国からやってくる中国人はどういう人々であるのかというと、これまたすべての要素を備えている。彼らは、信じられないほど優秀であり、一方において悪賢く、冷酷で、強欲でもあれば寛大な買い手でもある。勤勉な労働力であり、傲慢至極な取引相手であり、油断のならぬ詐欺師でもある。つまり、あの巨大な国からは、善悪美醜を問わず、あらゆる種類の人間がやってくるということだ。<br>
<br>
つい先日、使っているPCが不安定になったので、メーカーのコールセンターに電話をしてみた。と、中国人が出てきた。<br>
<br>
「リンと申しマス」と、先方は、若干たどたどしい日本語で、自己紹介をした。私は、ちょっとイヤな気持ちになった。なるほど。日本のメーカーのユーザーサポート拠点が中朝国境あたりのクソ田舎に建設されている噂は、ありゃ本当だったのか、と、そう思った。<br>
<br>
が、しばらく話すうちに、私の懸念はすっかり晴れた。リンさんは、それほど優秀だったのである。サポセンの担当者が、トラブルをかかえた顧客の電話に対して、適切に対応するのは、そんなに簡単なことではない。顧客の技術レベルや理解力は一様ではないし、かかえているトラブルも千差万別だからだ。<br>
<br>
が、彼女は、いくつかのやりとりの中で、こちらのPCに関するスキルと知識のレベル（←古い知識はあるが、実践的なスキルは無い。プライドは高いが対応力は低い）を素早く把握し、実に適確なアドバイスを授けてくれた。こういうことは滅多にない。っていうか、はじめてだ。サポセンの電話担当は、もったいぶって質問攻めにしてくる割には理解力に乏しく、おまけにバカっ丁寧な口のききかたをするくせに、最終的にはこちらを怒らせることになっている。<br>
<br>
「まず確認いたしますが、電源スイッチはオンになっておりますでしょうか」と、いきなりケンカを売ってくるかと思えば「少々お待ちください」と言ったきり七分間にわたって待機メロディーを聴かせてくれたりする。そういう連中が標準なのだ。<br>
<br>
が、リンさんは違った。たったの三分でこちらの状況を把握し、順序立ててひとつずつ解決策を示し、最終的に見事に問題を解決してくれた。天晴れ。知り合いの大学講師も、中国人留学生の優秀さに感銘を受けたという。レポートの日本語は、若干未熟なのだが、内容の豊かさは、そこいらへんの日本人学生とは比べものにならないという。<br>
<br>
つまりこういうことだ。メーカーのサポセンに派遣されている日本人は、これは、熱心でない人も多数いる。だから、投げやりな対応でこちらを怒らせる。一方、日本のメーカーのサポセンに採用される中国人は、言葉のハンデを乗り越えて合格してきているわけだから、たぶん、それだけで既に優秀なのだ。のみならず、彼らは野心的で勤勉で、頑張り屋だ。とすれば、オペレーターとしてどちらが優秀であるのかは、自明ではなかろうか。<br>
　<br>
留学生の場合も同様。日本の大学に通う日本の学生は、そこの大学の偏差値を反映しているに過ぎない。熱心でもない。だって、彼らは「必死だな（笑）」が嘲弄の言葉である世界で大きくなった子供たちだから。<br>
<br>
他方、日本の大学にやってくる中国人の留学生は、全員がとは言わないが、少なくとも国費留学生は、エリート中のエリートだ。厳しい選抜をくぐり抜けてやってきた精鋭だ。しかも勤勉。「必死」と言っても良い。もちろん、語尾に（笑）は付かない。文字通りの必死。必死であることがまだ美しさを失っていない国の必死。<br>
<br>
さてしかし、留学生やメーカーの社員になる中国人が優秀であるのだとしても、ストリートのチャイニーズについては、その限りではない。そういえば、レイモンド・チャンドラーは、その作品の中で、私立探偵フィリップ・マーロウにこんなセリフを言わせている。<br>
<br>
「優秀なメキシコ人ほど優秀な人間はいない。手強いメキシコ人ほど手強い相手はいない。悪辣なメキシコ人ほど悪辣な人間はいない」<br>
<br>
と、まぁ記憶からの再現なので、細かいところは若干違っていると思うが、要するに、マーロウが活躍した1940年代から50年代にかけてのカリフォルニアでは、メキシコ人は、そういう存在だったということだ。野心満々でやってくる非常に優秀な組の連中と、やけっぱちな犯罪者たち。つまり、両極端の人々。<br>
<br>
中国人も同様だ。おそらく、日本にやってくる中国人犯罪者の残虐さは、日本のやくざのそれを上回っているのではないだろうか。窃盗犯の強欲さや、ひったくり犯の凶暴さ、性犯罪者のやり口の惨さも、だ。<br>
<br>
一方、最も優秀な組の中国人学生や、最高度に洗練された研究者について言うなら、彼らは、わが日本のヌルいエリートよりずっと優秀である可能性は高い。あるいは、日本にやってくる中国人についてだけではなくて、このことは、中国人全般に言えることであるのかもしれない。すなわち、中国人は、世界一優秀で世界一俗悪な人々である、と。まあ、当然といえば当然。世界一人間が多いわけだから。<br>
<br>
いずれにしても、われわれは、彼らを無視できない。のび太がジャイアンを無視できないのと同様。いや、われわれはのび太ですらないのかもしれない。なにしろ、ドラえもん（世界一の技術）を失いつつあるわけだから。<br>
　<br>
ずっと昔、われわれはのび太で、ジャイアンは、アメリカだった。中国は、メインキャストには組み入れられていなかった。せいぜいゲスト。それも悪役。それが、いつの間にやら、ジャイアンの座を奪っている。で、オレらは、のび太の立ち位置から、スネ夫の目線に、徐々にスタンスを移してきている。ひがみっぽくて、計算高く、そのくせいつも貧乏くじをひいている、みっともないおべっかつかいのスネ夫。一時期は、出来杉君に昇格したつもりになっていたのに。<br>
<br>
いずれにしても、この先、物語は、ジャイアンを中心に展開することになる。永遠の「ジャイアン・リサイタル」。アメリカは、去ろうとしている。いいなあ、間にデカい太平洋があって。オレらの間には、一衣帯水のガス含みの海と、厄介な半島があるばかり。<br>
　<br>
ライバルでありたいとは思わない。友人になれる感じもあんまりしない。だから、せめて有益な取引先でありたい。お互いにとって。被害者だけはごめんだ。加害者も。いや、これは、しょせん無理だけど（笑）。<br>
<br>
自虐史観？　違うよ。史観に基づく自虐。似たようなものだけど、こっちの方が若干芸が細かい。末尾に（笑）が付く。www。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。<br>
共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>（講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1244784.html">
<title>切込隊長＠山本一郎「ニュースまとめ斬り！」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1244784.html</link>
<description>担当者より：ブロガー・山本一郎さんの連載を掲載しました。今回はJALの問題とメガバンクについてです。

配信日：2010/01/13


●JAL問題はメガバンク増資問題の試金石につき●


現在、内政問題の焦眉の急として、その割には半年ぐらいずっとわいわいやっていたJALの問題が...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-26T23:33:31+09:00</dc:date>
<dc:subject>山本一郎</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>ブロガー・山本一郎さんの連載を掲載しました。今回はJALの問題とメガバンクについてです。<br>
<br>
<u>配信日：2010/01/13</u><br>
<br>
<br>
<b>●JAL問題はメガバンク増資問題の試金石につき●</b><br>
<br>
<br>
現在、内政問題の焦眉の急として、その割には半年ぐらいずっとわいわいやっていたJALの問題が、ようやく法的整理と上場廃止の方向性が見えて、懸案の債務超過額も7,000億円から8,000億円ということで帳尻が明らかになってきました。<br>
<br>
<a href="http://mainichi.jp/select/biz/news/20100112ddm001020016000c.html">■日本航空：再建問題　上場廃止、有力に　年金減額回答期限、２２日まで延長も■</a><br>
<br>
<a href="http://www.toyokeizai.net/money/markett/detail/AC/778fa7b4653cad8ec460e4399b494ca8/">■ＪＡＬ続落８０円割れ、今期大幅な債務超過、客離れ現実化も響く■</a><br>
<br>
正直、この辺は微妙なところでありまして、さっそく年金減額回答期限が延期されたりしております。ぶっちゃけ、誰かの年金といった生活に密着する財産権を国家が主導権を握って毀損させますという話になってしまう側面もあるため、誰のための再建か、という話にもなりかねません。まあ、これだけ放漫経営を続けてきた日本航空をこのままの経営で生き長らえらせるのは問題なのは間違いないのですが、経営が破綻しそうだからレガシーコストを切り捨てますというのが経営の都合だけで実行できていいのかという政治問題になるのは当然のことと言えます。<br>
<br>
で、例によって道筋論になってくるわけですけれども、議論が絶えないのはJALの再建の後にも「もう借入金を返せない」大手企業の破綻整理が続く可能性があり、ただでさえ低金利で、国内経済成長の鈍化で斜陽業態中の斜陽である商業銀行がそのままで支えられる道理はない形です。<br>
<br>
<a href="http://www.sankeibiz.jp/business/news/100106/bse1001062013009-n1.htm">■メガバンク、増資合戦第２幕　三井住友ＦＧが異例の年度内２度目の大型増資■</a><br>
<br>
<a href="http://mainichi.jp/select/biz/news/20100106ddm008020071000c.html">■三井住友ＦＧ：普通株増資　「抜本強化が不可欠」　みずほＦＧへ圧力必至■</a><br>
<br>
東洋経済の記事では、思い切りみずほFGを名指しされておりますけれども、実際問題、去年5,300億ほど増資したのにもう再増資の議論が出るのも「経済が二番底でも叩こうものなら、本当に倒れかねない」という危機感の現われとも言えます。主力で抱えるイオンなども軒並み返済能力には疑問が呈されている状況で、これをどう事前にカバーして問題に備えるかは、JALがどういう政治決着をし、国内不振企業再建の方法についての道筋をつけてからでないといけないんでしょう。<br>
<br>
<br>
●山本一郎（やまもと・いちろう）<br>
イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4166604694/">『“俺様国家”中国の大経済』</a><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4166606670/">、『情報革命バブルの崩壊』</a>（ともに文春新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4569771785/">『ネットビジネスの終わり』</a>（PHP研究所）などがある。<br>
ブログ：<a href="http://kirik.tea-nifty.com/">切込隊長ブログ</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1244784" width="1" height="1" />
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1244345.html">
<title>オバタカズユキの「食べる前に読む！」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1244345.html</link>
<description>担当者より：「食」についての本を論じるコラムニストのオバタカズユキさんによる連載の最終回を掲載いたします。取り上げる書籍は、『被差別の食卓』（新潮新書）です。味読してください。

配信日：2005/07/20


〈食〉にまつわる書籍を紹介してきたミニ連載も、とりあえず...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-26T01:44:28+09:00</dc:date>
<dc:subject>オバタカズユキ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>「食」についての本を論じるコラムニストのオバタカズユキさんによる連載の最終回を掲載いたします。取り上げる書籍は、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4106101238/">『被差別の食卓』</a>（新潮新書）です。味読してください。<br>
<br>
<u>配信日：2005/07/20</u><br>
<br>
<br>
〈食〉にまつわる書籍を紹介してきたミニ連載も、とりあえず今回でおしまい。最後は、私に〈食〉の面白さを教えてくれただけでなく、もの書き業への誘惑までしてくれてしまった故・開高健の本を、と考えていた。が、本屋をうろついていたら、一冊の新刊が目に飛びこんで来たので<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4106101238/">こっち</a>にする。<br>
<br>
この新書で書籍デビューした著者は、73年生まれのノンフィクションライターだ。オーパ、オーパと叫びながら世界中の旨いもん食い尽くして食道癌で逝っちまった過去の巨匠をとりあげるよりも、これからの新人の宣伝を手伝うべきだろう。<br>
<br>
その名を<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4106101238/">『被差別の食卓』</a>（新潮新書）と題した本書。内容もそのまま被差別民の“ソウルフード”のルポ集である。アメリカの黒人たちのフライドチキンやザリガニ料理、ブラジルの黒人奴隷食からメジャーになったフェジョアーダ、東欧～中東のロマ（ジプシー）たちが珍重しているハリネズミ料理、カーストの国ネパールの不可触民たちが食べていた牛肉料理と、ワールドワイドに食べ歩く。ネタはえぐいが、筆致はさらっとしており、なかなかタフなライターだなと思わされる。<br>
<br>
だが、圧倒的に面白かったのは、日本の“ソウルフード”をとりあげた最終章だ。著者が幼い頃に食べていた干肉の「さいぼし」や、ホルモン揚げの「あぶらかす」の味を求めて、近畿圏の食堂や工場を訪ね歩く。被差別部落の出身者でなければ困難であろう取材を実現させている。<br>
<br>
新書ていどの文字量なら、この最終章の題材だけをもっと細かく掘り下げて一冊にできたはず。ちょっともったいないな、とすら思わされた。食には人間が表れる。特定の人間しか食べない料理があったなら、それは特定の人間集団の歴史を表わしている。遠い外国の話だと、『世界ウルルン滞在記』などの動画の力に負けてしまうが、日本国内の話だったら、今のところはこうした活字の形でしか紹介できまい。<br>
<br>
本書によると、最近の南大阪のロードサイドでは、「あぶらかす」をトッピングした「かすうどん」を売りにする店が増えているそうだ。そんなこと東京人の私には初耳だし、閉じた＜食＞だったはずの“ソウルフード”がなんで一般向けに流行ってるの？　と、そこらの追跡も細かくしてもらいたかったところである。<br>
<br>
〈食〉ネタは読者や視聴者の食いつきがいいので、あれもこれも食い荒らされた感があるが、〈差別〉と組み合わせた本書のように、切り口次第でまだまだイケルのだろう。「ニートの食卓」とか、「コンビニ弁当はなぜ同じ味がするのか」とか、私も取材してみたくなった。<br>
<br>
<br>
●オバタカズユキ（おばた・かずゆき）<br>
物書き。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4344400763/">『何のために働くか』</a>（幻冬舎文庫）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4594025498/">『ペットまみれの人生』</a>（扶桑社文庫）などがある。
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1244345" width="1" height="1" />
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1243229.html">
<title>真魚八重子「悪女があなたを魅了する――映画でみる魔性の女たち」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1243229.html</link>
<description>担当者より：映画の分野を中心にご活躍中のライター、真魚八重子さんが「悪女」をテーマにご執筆くださった原稿を掲載いたします。また、四方田犬彦・鷲谷花編『戦う女たち』（作品社）にも真魚さんの論考が掲載されていますので、そちらもぜひご覧ください。

配信日：2009/...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-24T00:42:40+09:00</dc:date>
<dc:subject>真魚八重子</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>映画の分野を中心にご活躍中のライター、真魚八重子さんが「悪女」をテーマにご執筆くださった原稿を掲載いたします。また、四方田犬彦・鷲谷花編<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4861822564/">『戦う女たち』</a>（作品社）にも真魚さんの論考が掲載されていますので、そちらもぜひご覧ください。<br>
<br>
<u>配信日：2009/05/27</u><br>
<br>
<br>
今、テレビで想像通りの悪女を演じてみせている代表例が叶姉妹。その関係はイイ補完の役割が働いていて、いかにも男性を破滅に導きそうな魔性の女である恭子様に対し、穏やかでちょっと隙がある美香様の存在は、茶の間にとって多少親しみやすくする中和の役目を果たします。<br>
<br>
実際、いつもカッと目を見開いている獰猛な印象の恭子様と比べて、先日テレビで見かけた美香様はメイド服を着せられており、司会者の「似合いますよ」の声に「そうかなあ（笑）」と砕けた口調で答え、テレて頭をボリボリ掻いていました。アア、この美香様の隙だらけな仕草がたまらない！<br>
<br>
悪女にはいくつかのパターンや段階があります。一般的に、自分の欲望を最優先するエゴイスティックさが悪女とみなされる要素ですが、なかには「あの人が好きでたまらないから独占したい」という、なりふり構わぬ必死さで利己的な振る舞いに出る女性がいて、そういった悪女には〈けなげさ〉が滲みます。<br>
<br>
映画においてはたとえば、いきなり濃厚ですが、大島渚の『愛のコリーダ』や田中登『実録 阿部定』。情事がエスカレートした挙句、相手を殺してイチモツを切り取ってしまった阿部定の実録犯罪モノです。過激な事件ではあるけれども、愛に耽って果てがなかった一途さが溢れるから、彼女の犯罪は何度も究極の恋愛劇として取り上げられます。<br>
<br>
また、『清作の妻』（増村保造監督）の若尾文子も、狂おしい愛ゆえに常軌を逸した行動に出ます。貧しい家に生まれ、年寄りのもとへ妾奉公をさせられていたお兼（若尾）は、村に戻った今も村人から妾だったことで白眼視されています。そんな中、唯一分け隔てなく接してくれた清作（田村高廣）と恋に落ちますが、日露戦争へ出兵してしまう清作に対し、お兼は彼を失いたくない一心で、清作の身体を傷つける恐ろしい所業に及んでしまいます。そんな愛は到底周囲の理解の範疇を超えており、お兼も他人など度外視してひたすら愛のみを見据え続けます。この村人と女性本人の互いに対する無理解と無視が、一途で情の深すぎる女に「悪女」というレッテルをはることになるのです。<br>
<br>
極端であっても、こういう素直な欲望が見える女性はけなげさが感じられます。しかし悪女には当然もっとタチの悪さがついて回るものであり、金や地位のため自らの肉体を武器にし、のしあがっていく者は悪女のステージがグレードアップします。この悪女には二タイプあり、一方は脊髄反射のように短絡的で、人を踏み台にすることになんの感覚もない女。そしてもう一方は知力で作戦を巡らし、男性をたぶらかしたり、人を踏み台とすることに楽しみや快楽を覚えるような女性です。<br>
<br>
どちらがより悪いかは人によって判断が分かれるところでしょうが、映画作品において前者は『スサーナ』（ルイス・ブニュエル監督）、『私のように美しい娘』（フランソワ・トリュフォー監督）などのヒロインが典型的。とにかく利用できる男は虜にして使い捨て、彼女自身も目先の欲望に囚われるので、場当たり的な行動で結果的に自己破壊につながる場合もあります。本能的に狡猾ですが無思慮ゆえ、野蛮でエゴイスティックな印象です。<br>
<br>
そして後者は『エヴァの匂い』（ジョセフ・ロージー監督）のジャンヌ・モローや、『氷の微笑』（ポール・ヴァーホーヴェン監督）のシャロン・ストーンが代表格でしょう。洗練された悪女で、悪巧みも高尚な趣味のひとつといった風情。叶恭子様はもちろんこの部類に入ります。<br>
<br>
この両者のタイプに魅入られたら、社会的地位を失ってしまったり、貯金をむしり取られるぐらいのことは覚悟した方がいいでしょう。ただどちらも見た目からして悪女であり、用心深い男性なら避けて通れるともいえます。でもこの上に、まだもう一段階恐ろしい悪女がいます。それは見た目が悪女じゃない悪女。<br>
<br>
『ガス人間第一号』（本多猪四郎監督）のヒロインを演じる八千草薫は、まさに絵巻物から抜け出てきたように美しく、品の良い日舞の家元。しかし人を寄せ付けない気位の高さが、どうやら一門の没落を招いたらしく、人をあしらう言動の端々に冷たさが匂います。そして人体実験の失敗でガス人間となった男（土屋嘉男）は、自分の体質を生かして銀行強盗を繰り返し、愛する彼女に貢ぎます。その金を別派の買収や黒塗りの大型車購入など、けっこう派手に使う八千草さん。<br>
<br>
また、怪談映画『生きている小平次』（青柳信雄監督）でも、八千草さんが二股かけた男同士で殺し合いになってしまい、殺害された小平次が幽霊になって何度でも出てくるのを、八千草さんはもう一人の恋人に「出てきたらまた殺しゃいいじゃないか」と、可愛らしく上品なまま言い放っていました。この虫も殺さぬような可憐さ、最凶です。<br>
<br>
悪女の条件はやはり、一般人から読み取れないモノが多いほどステージが上がっていきます。叶恭子様は理解の範疇を超えるという意味ではレベルが高いのですが、見た目がすでに悪女然としている辺り、まだ率直な自己表出といえます。やはり叶姉妹をしてもかなわないのは、死んだ小平次について、彼は幽霊になっても自分に惚れているから「あの人にはきっとわたしは殺せない」とたおやかに平然と口にする、八千草薫です。この可憐で上品に泥沼へ引っ張り込む恐ろしさは、悪女の最上ステージでしょう。<br>
<br>
悪女は関わった人間の人生に波風を立てにやってくる、嵐のような存在です。しかし美貌やグラマラスな肉体、そしてあれよあれよという間に男性を絡めとる情念など、どのタイプであれ突出した引力を持つもの。彼女らの危険度を察知して、人生設計が破綻するような深みにさえはまらなければ、お付き合いはその魅力を堪能できる蠱惑的なひとときのはず。<br>
<br>
ぜひ人生のうち一度くらいは、悪女にいざなわれて日常を逸脱する瀬戸際な経験もしておきたいですね。でも、その際も財布のヒモだけはくれぐれも、きっちり締めておいてください。<br>
<br>
<br>
●真魚八重子（まな・やえこ）<br>
ライター。<br>
『映画秘宝』や『TRASH UP!!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。<br>
共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4861822564/">『戦う女たち』</a>（作品社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4891947470/">『リビドー・ガールズ』</a>（パルコ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4862483399/">『市川崑大全』</a>（洋泉社）などがある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/anutpanna/">アヌトパンナ・アニルッダ</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1243229" width="1" height="1" />
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1241479.html">
<title>芹沢一也「日本思想における国家とは何か――『北一輝　国家と進化』を読む」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1241479.html</link>
<description>担当者より：知の交流スペース「シノドス」を中心に活発に活動をされている芹沢一也さんによる、嘉戸一将『北一輝　国家と進化』（講談社）の書評です。また、「シノドス」の試みについては、芹沢さんと荻上チキさんのインタビューをご覧ください。

配信日：2010/01/13


北...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-20T15:15:26+09:00</dc:date>
<dc:subject>芹沢一也</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>知の交流スペース<a href="http://synodos.jp/">「シノドス」</a>を中心に活発に活動をされている芹沢一也さんによる、嘉戸一将<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062787598/">『北一輝　国家と進化』</a>（講談社）の書評です。また、<a href="http://synodos.jp/">「シノドス」</a>の試みについては、<a href="http://www.sbbit.jp/article/13736/">芹沢さんと荻上チキさんのインタビュー</a>をご覧ください。<br>
<br>
<u>配信日：2010/01/13</u><br>
<br>
<br>
北一輝ほど多様な解釈を誘う思想家も珍しい。手元の日本史辞典をめくってみると、「大正・昭和期の国家主義運動指導者」と規定されてはいる。だが、つづく簡単なプロフィールを一瞥するだけで、そのような明確な像はすぐさま揺らぐ。<br>
<br>
1906(明治39)年、『国体論及び純正社会主義』を出版。明治憲法を読み解くことで、国体論から社会主義を論ずる。その後、辛亥革命に身を投じ、中国革命同盟会・黒龍会にあって宋教仁を支援。だが、中国の排日運動が激化すると、日本国内の改革優先を痛感し、『国家改造案原理大綱』(加筆され『日本改造法案大綱』)を執筆。これが後に、皇道派青年将校に多大な影響を与える。1920(大正９)年、大川周明に迎えられ国家主義運動を行う結社・猶存社に参加。1936(昭和11)年の2・26事件では直接関与しなかったが、民間側の中心人物として死刑となる。<br>
<br>
ざっとみただけでも、社会主義、憲法論、国体論、亜細亜主義、国家改造、国家主義、軍とクーデターと、そのひとつひとつが日本思想史上の一大トピックとなるようなテーマに、北一輝の思想と行動はまたがっている。<br>
<br>
それゆえ、論者の力点のおきどころによって、その都度、異なった相貌をもった北一輝が現われる。その分裂具合も極端であって、「ファシスト」や「超国家主義者」とレッテルが貼られたかと思えば、政治的な立ち位置としてはまったく反対の、「民主主義者」や「社会民主主義者」といった評価を受けたりもする。<br>
<br>
こうした分裂的な様相を生み出してきたのが、北のふたつの主著のあいだに横たわる、きわめて大きな〈差異〉である。一方には、民意にもとづく議会での社会主義革命を説いた『国体論及び純正社会主義』。そして他方には、軍隊主導の暴力革命を唱えた『日本改造法案大綱』。<br>
<br>
容易には埋めがたいこの差異に、国家論の視角から挑んだのが本書<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062787598/">『北一輝　国家と進化』</a>（講談社）である。<br>
<br>
著者の主張は以下のように明快だ。ふたつの主著のあいだの差異を、左から右への旋回、社会主義から国家社会主義への転向として、つまりは思想的な〈断絶〉として評価してはならない。たしかに革命の方法論上の〈転回〉はある。しかしながら、そこに国家思想の根幹に関わるような断絶など存在しない。北一輝の国家思想の核心は一貫して不変なのだ、と。<br>
<br>
ではなぜ、転回は生じたのか。しかも、議会の民意から軍隊の暴力へという、どうみても180度の転向としか思われない転回が。それを解くためのカギは、北の国家概念にあると著者はいう。北一輝はじつは終生変わらぬ国家社会主義者であった。このことが初期にあっても、幸徳秋水などの明治社会主義者と北とを隔てたのだが、問題は北一輝にとって国家とは何だったのかだ。<br>
<br>
著者の説明に耳を傾けよう。北にとって国家とは、人間の理想状態が実現される場所であった。それは「実在する有機体としての国家であり、天皇と国民とが一体と化した物理的実在の国家」である。したがって、そこでは民主主義と国家主義は一致する。しかもそれはプラトン的なイデアであって、そしてここがきわめて独特なのだが、プラトンと違ってそれは物理的実在として実現されうると北は信じた。<br>
<br>
イデアを実在化する存在は誰かといえば、もちろん神だということになる。では神とはいったい誰か。この問いにおいて、北一輝の転回が画される。『国体論及び純正社会主義』にあっては、人は神たる「神類」へと進化して、イデアの実在化をもたらすとされた。社会主義とはそのための手段にほかならなかった。<br>
<br>
だが、中国での革命を通じて、北は人の「神類」への進化を待つことを断念する。とはいえ、北一輝の国家概念と、それへの信が持続しているとするならば、いまだイデアを実在化するためには神が必要であることに変わりはない。<br>
<br>
どうするか。北一輝自身が神になればよい。「彼自身が神仏となることによって、彼の国家論を真理として保証し、人々にはその真理をただ信じ、忠実に実行せよと命じる」。これが『日本改造法案大綱』に示された、天皇の号令下における軍事クーデターの内実だ。<br>
<br>
クリアな分析であることは間違いない。北一輝の思想がもつ構造を、きわめてロジカルにあぶりだした本書によって、数多の論争に終止符が打たれるはずだ。だが、脱神秘化され尽くした北一輝を前にしたとき、面白味が消えてしまっているのも否みがたい。思うに思想家論には、いくばくかの神秘化が必要なのだ。<br>
<br>
とはいえ、本書には通常の思想家論とは異なる面白味が随所にある。北一輝の思想の輪郭を浮かび上がらせるために、さまざまな思想家との比較が次々となされていくのだが、そのような作業に際して、日本思想において国家論を支配していた構造のようなものが、ときに垣間見える瞬間があるのだ。じつはこれこそが、本書の醍醐味ではないか。<br>
<br>
おそらく、著者の才は、個々の思想家をこえたところにある、そうした言説構造を明るみに出すことにこそ、もっとも奉仕するものではないだろうか。この私の直感は、『明治国家の精神史的研究』（以文社）に収録された、同じ著者の「「忠君」と「愛国」――明治憲法体制における「明治の精神」」という、ブリリアントな論考によっても裏打ちされると思う。<br>
<br>
日本思想において国家とは何だったのか。この問いに答えることのできる数少ない論者が、著者・嘉戸一将だと確信している。<br>
<br>
<br>
●芹沢一也（せりざわ・かずや）<br>
1968年生まれ。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門は近代日本思想史、現代社会論。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4788507757/">『〈法〉から解放される権力』</a>(新曜社)、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062722984/">『狂気と犯罪』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062723565/">『ホラーハウス社会』</a>(ともに講談社＋α新書)、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4862483682/">『暴走するセキュリティ』</a>(新書ｙ)。<br>
サイト：<a href="http://synodos.jp/">シノドス</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1241479" width="1" height="1" />
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</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1240775.html">
<title>伊藤聡「ヘビー級の小説家、リチャード・パワーズの醍醐味」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1240775.html</link>
<description>担当者より：作家、リチャード・パワーズについて、「空中キャンプ」のブロガー、伊藤聡さんにご執筆いただきました。また、伊藤さんは著書『生きる技術は名作に学べ』（ソフトバンク新書）が刊行されたばかり。そちらも併せてぜひお読みください。

配信日：2009/04/30


数...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-19T02:48:54+09:00</dc:date>
<dc:subject>伊藤聡</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>作家、リチャード・パワーズについて、<a href="http://d.hatena.ne.jp/zoot32/">「空中キャンプ」</a>のブロガー、伊藤聡さんにご執筆いただきました。また、伊藤さんは著書<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/479735691X/">『生きる技術は名作に学べ』</a>（ソフトバンク新書）が刊行されたばかり。そちらも併せてぜひお読みください。<br>
<br>
<u>配信日：2009/04/30</u><br>
<br>
<br>
数多くの書評家が08年のベスト翻訳小説と推した、アメリカ作家リチャード・パワーズの長編<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4105058711/">『われらが歌う時』</a>。アメリカにおける黒人の歴史のうねりを描いたこの小説は、同国に初のアフリカ系アメリカ人大統領が誕生したまさにその年、ベストなタイミングで翻訳され話題になった。<br>
<br>
個人的にも、パワーズこそが、小説を読むことほんらいのスリルと刺激を再確認させてくれる、現代アメリカにおける最重要作家だと確信している。<br>
<br>
映画『ネバーエンディング・ストーリー』のあらすじを覚えているだろうか。主人公の少年は本を読むことでそのストーリーに侵入し、最後には自分のいる世界の現実までもを変えてしまう。あの映画を見た誰もがそうおもうように、わたしは、主人公の少年のような読書がしてみたいとずっとおもっていた。<br>
<br>
パワーズという作家がおもしろいのは、本と読者とが双方向的に関係しあう読書を、どうやら真剣にめざしているふしがあることだ。そして彼は、いったい『ネバーエンディング・ストーリー』のような本を現実に書くことはできるのか？　と自らに本気で問いかけている。わたしは、そんな小説家がほんとうにいるとはおもわなかったから、パワーズの小説をはじめて手に取ったとき、まさにあの少年がそうしたように、夢中で読みふけってしまった。<br>
<br>
現在、翻訳されているパワーズのテキストは４冊。なかでも、85年発表の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4622045176/">『舞踏会へ向かう三人の農夫』</a>は、一作目にして代表作と呼ぶべきすばらしい内容で、彼の小説世界が持つエッセンスがすべて凝縮している。<br>
<br>
歴史の再構築というパワーズの手法が確立されているだけではなく、たくさんの登場人物が複雑に関係しあう展開、時間軸を横断した巧みな伏線とその回収、無数に散りばめられた引用など、後のパワーズの小説を特徴づけるスタイルがすでに完成しており、読者は小説のなかで再創造される二十世紀を一気に走り抜けるような感覚を味わうことができる。<br>
<br>
この小説では、「見る」という行為がとても重要な意味を持っている。博物館に飾られた一枚の古い写真を見た男性が、写真のなかの農夫たちのまなざしに衝撃を受ける。そこからこの小説ははじまっていく。過去の古い写真を見るとき、農夫たちのまなざしは、現代に生きるその男性をとらえている。<br>
<br>
「写真が我々を惹きつけるのは、何よりもまず、写真がわれわれを見返すからだ」とパワーズは書いている。古い写真にうつる農夫が現代のわれわれを見つめている、という双方向性のモチーフがとてもユニークである。小説はその古い写真が撮られた時代へとさかのぼり、被写体である三人の農夫の視線から、二十世紀の歴史をふたたび描こうとする。<br>
<br>
なにかを見ようとすることは、イコールその対象にかかわり合い、対象を変えてしまうことでもある。たとえば、われわれが過去の記憶をおもいだそうとするとき、それが正確に、完全に再現されるということはありえない。誰にでも覚えがあるように、過去をおもいだそうとするたびに、記憶はすこしずつかたちを変えていく。<br>
<br>
どのタイミングで過去をふりかえるかによって、過去の様相はさまざまに変化していくのである。記憶をさぐるという行為は、それじたいが記憶をあらためて記述しなおし、改変していくことでもあるのだ。<br>
<br>
このテーマは、二作目である<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4622072963/">『囚人のジレンマ』</a>でも同様に展開されている。第二次世界大戦をたたかうアメリカという縦糸に、とある家族の抱える謎が横糸として織り込まれる。国の歴史という大きな物語と、ひとつの家族の小さな物語が、同じ水準で交わっていくのも彼の特徴だ。<br>
<br>
パワーズのテキストのなかで、読んでいて純粋にたのしかった一冊、読みながらつい声を上げてしまいそうなほどに興奮した小説は、なんといってもこの<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4622072963/">『囚人のジレンマ』</a>である。第二次世界大戦中のアメリカを、ウォルト・ディズニーという意外なフィルターを通して観察したとき、そこからはまったく別の歴史が見える。<br>
<br>
95年発表の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4622048183/">『ガラテイア2.2』</a>は、コンピューターの人工知能に文学を教えるというストーリーである。ヘレンと名付けられた人工知能が、しだいに知識を持ち、主人公たちとの会話が可能になっていく。人工知能が知識を身につけていくなかで、すこしずつ感情が生まれていく、その過程がみごとに描写されている。<br>
<br>
小説家のジョン・アップダイクが、書評で「おもわず涙を流した」と告白するほどのラストも含め、いくつかのサイドストーリーがひとつに収束していく展開も読みどころである。<br>
<br>
そして、現在のところ日本において最新刊となるのが、冒頭で紹介した<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4105058711/">『われらが歌う時』</a>である。この小説を読むことで、日本人のわれわれには経験することも想像することもむずかしいアメリカの人種社会を肌で感じとり、小説を通じて、その社会を生きることができる。<br>
<br>
黒人の兄弟ふたりがクラシック歌手として成功していく音楽小説であると同時に、公民権運動を中心とした黒人運動を、物語として再構築した歴史小説でもある。ふたつのストーリーが交差しながら、資料や客観的な記述だけでは実感できない、人種問題の根底にある歴史のうねりを、皮膚感覚として描きだしていく。<br>
<br>
ワシントンの大行進でキング牧師が演説をしたことは知っていても、そこに集まった人びとの熱気を想像することはむずかしい。しかし、この小説を読めば、まるで自分がそこに参加したかのような、圧倒的なリアリティが感じられる。<br>
<br>
どれもが重量級の長編ばかりで、手に取りにくい印象があるパワーズだが、どのテキストにもおもいがけない発見と興奮がぎっしりと詰まっている。『ネバーエンディング・ストーリー』にでてくる少年のように、すべてを忘れて没頭できる読書体験を求める人たちにぜひ推薦したい。現在、翻訳が準備されているあらたな二冊も含めて、ぜひ注目していきたい作家である。<br>
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●伊藤聡（いとう・そう）<br>
ブロガー。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/479735691X/">『生きる技術は名作に学べ』</a>（ソフトバンク新書）がある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/zoot32/">空中キャンプ</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1240775" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1240451.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1240451.html</link>
<description>担当者より：コラムニストの小田嶋隆さんによる連載コラムです。今回は「お笑い」についてです。また、小田嶋さんと岡康道さんとの共著『人生２割がちょうどいい』（講談社）も好評発売中です。

配信日：2009/12/16


年をとった人間は過去を美化するようになる。自然ななり...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-18T13:37:51+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニストの小田嶋隆さんによる連載コラムです。今回は「お笑い」についてです。また、小田嶋さんと岡康道さんとの共著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>（講談社）も好評発売中です。<br>
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<u>配信日：2009/12/16</u><br>
<br>
<br>
年をとった人間は過去を美化するようになる。自然ななりゆきだ。私も同じだ。昔は良かったと、色々な場面でそう感じる。しかも、そう思う機会が、年を追って増えている。<br>
<br>
仮に私が原稿を書く人間でなかったのなら、それで大きな問題はないのだと思う。――昔は良かった。昭和の日本人は純粋だった。今の世の中は間違っている。現在のテレビは堕落している。平成の音楽はレベルが落ちている。今の野球はインチキだ。最近の若い奴らには覇気がない。昨今の子供たちはマナーがなっていない。自分が子供だった頃の東京には本当の情があった――と、そう思っていた方が過ごしやすいわけだし、それで特に不都合もないからだ。<br>
<br>
でも、「昔は良かった」というこの感想は、実は、多くの場合ウソだ。あるいは錯覚。というよりも、過去を美化する感傷は、年齢のいった人間が、自分を正当化するための便法に過ぎないのだ。おそらく、「オレの人生がうまくいかないのは、時代のせいであってオレの責任ではない」みたいな、そういうプロットを補強するひとつの状況証拠として、われわれは過去を美化している。ついでに、自分の過去と、自分の人生そのものを。<br>
<br>
そういうふうに、より心易く生きるための処世術として過去を美化することは、それではそれで結構なことであるのかもしれない。でも、そのアホな感想を原稿に書いてしまうのは、プロとして非常に具合の悪いことだ。たとえば、昔の柔道は今の柔道よりレベルが高かったとかいう話は、事実に反している。単に昔の方が海外の競技レベルが低くて、それでメダルが取りやすかったということに過ぎない。そう思うのは勝手だが、プロのライターがそういう原稿を書いてはいけない。<br>
<br>
今回はお笑いについて書こうと思っている。正直に申し上げると、私は、今のお笑いは、昔のお笑いに比べてレベルが低下していると思っている。が、同時に、自分の抱いているその感慨が錯覚であることもわかっている。で、ちょっと困っているわけだ。<br>
<br>
昔の笑いは面白かった、と、同世代の男たちが集まると必ずそういう話になる。ドリフは最高だった。コント55号には死ぬほど笑わせてもらった。『おれたちひょうきん族』のテンションの高さは現在の番組には望むべくもない。デビュー当時のダウンタウンは神がかっていた。などなど。<br>
<br>
いや、半分は事実なのだ。実際われわれは、それらの笑いを心から享受し、テレビの前で毎回笑い転げていたわけだから。でも、それでは、それらの笑いが、本当に現在流通している現役のお笑いよりもレベルが高いのかというと、それはまた別の話になる。たとえば、フジテレビがCSで流している『ひょうきん族』の再放送を見てみると、なんと、さんまもたけしもびっくりするほど面白くないのだ。笑いがナマモノで、時事的な要素や時代の気分と不可分な部分を持っているというその点を除けて考えても、それでも、あきれるほど笑えないのだ。<br>
<br>
コント55号もテンポは素晴らしいが、内容が幼すぎて見ていられない。やすきよの漫才も同様。息の合い方や、間の使い方は、やはり別格だと思う。たいしたものだ。でも脚本がくだらない。あまりにも凡庸。展開が見え見え過ぎる。いや、既にネタを知っているからかもしれないが。でも、私はとてもじゃないが見ていられない。一回見ればたくさん。二度は見ない。<br>
<br>
のみならず、たとえば『ひょうきん族』には、われわれオッサン世代の者が、現代の笑いについて苦言を呈する時に並べるダメな要素がすべて揃っている。<br>
<br>
１．いじめ：たけし軍団の笑いは体育会体質の階級プロットそのもの。「鶴太郎のオデン」にしても要は「カラダを張った」虐待ショー。芸のない人間をいじめて反応を楽しむリアクション芸。<br>
<br>
２．楽屋落ち：視聴者にはわからない身内同士の暴露ネタでただただ笑っている。内輪ウケ。現在の楽屋落ちよりさらにひどいかもしれない。<br>
<br>
３．無頼自慢：芸人が自らの放埒を自慢げに語るトーク部分。鬼畜な女性関係や、酔った上での乱行や、若い時代の暴力行為を「芸のこやし」みたいに語られても聞いている当方は白けるだけなのだが。<br>
<br>
４．一発芸：コマネチ、ホタテマン、ブラックデビル、あみだばばあ……キャラと流行語とハプニング頼りの、一向に練れていない垂れ流しの芸。救いはアドリブの冴えのみ。<br>
<br>
つまり、悪しき風潮の萌芽はすべてあの時代に出そろっていたのである。と、ここまで仔細に検討しても、それでもなお私は、やっぱり昔のお笑いの方が面白かったと思っている。そう。どうしてもそう思えてしまうのだ。何度記憶を訂正しても、過去のVTRを振り返って検証し直しても、今のお笑いがレベルアップしているようにはどうしても思えないのだ。<br>
<br>
なぜだろう。なにゆえに私の過去賛美の感覚は、かくも頑強なのであろうか。理由はおそらく、われわれの記憶に残っている「過去のお笑い」が、「オールタイムベスト」だからだ。<br>
<br>
私が記憶しているのは、20年前のお笑い番組の平均値のテンションではない。私の脳細胞は、過去30年にオンエアされた中で最も面白かったいくつかのパフォーマンスを記憶しているのみで、それ以外の凡庸なお笑いは忘れ去っている。だから、私はダウンタウンが最高に切れ切れだった時代の一番面白かったネタや、たけしの最盛期（ほんの２年ほどだった）の神がかったトークをもって「昔の笑い」というふうに判断している。で、それらのベストオブベストと、現在のお笑いの日常的な水準のネタを比べているから、過去の味方をしたくなる。そういうことなのだ。<br>
<br>
クラシック音楽のファンが現代の音楽をバカにするのと同じなりゆきだ。クラシックは、単に「古い音楽」であるわけではない。歴史の審判をくぐり抜けた「古典」だ。とすれば、そもそも過去数百年の音楽史の中から、選りすぐりの名曲だけをピックアップした「古典」と、現在流れている玉石混淆のポップミュージックの平均値を比べること自体が、むしろ比較の方法として、アンフェアだと、それだけの話なのである。<br>
<br>
もうひとつ、過去のお笑いが素晴らしく思えるのは、それが、当時、われわれにとって稀少だったからだと思う。20年前、お笑い番組は、もっぱら週末にしかオンエアされていなかった。私が子供だった40年前はもっと少なかった。ほとんど週のうちに１時間ぐらいしか枠が与えられていなかった。だからこそ、お笑いはファンにとって、待ち遠しく、ありがたい、特別な時間だったのである。<br>
<br>
「歯みがけよ。宿題しろよ」というエンディングの呼びかけから一週間、私たちは『８時だよ全員集合』の来週分のオンエアを、指折り数えて待った。それほどお笑いは稀少で、例外的で、宝物のような体験だった。<br>
<br>
だから、ブラウン管の向こう側で何をやっているのであれ、画面のこちら側のテンションが既に高かったのである。私どもお笑いファンの子供たちは、箸が転げても笑うカタチで、番組を待ち焦がれていた。箸を入れるだけでグズグズに崩れてしまうシチューの中の肉みたいに。<br>
<br>
それが、現在は、毎日、どの時間帯でもお笑いをやっている。どのチャンネルに合わせても、どこの局のどの曜日も、芸人がデカい声を張り上げている姿ばかりを映し出す。おどろくべき事態だ。<br>
<br>
すべてがつまらないわけではない。時には笑える芸もある。面白いトークが絶滅したわけでもない。というよりも、もしかして、芸人が増えて、お笑いの底辺が広がった分だけ、お笑いの総体としての水準は、20年前よりも向上しているのかもしれない。そのことは認めても良い。<br>
　<br>
でも、見ているこっちは、あんまり楽しくないのだ。個人的な感想を述べるなら、私は、つまらないお笑いに食傷していることはもちろんだが、面白いお笑いにさえちょっと飽きている。というよりも「笑う」ということそのものに疲れはじめているのだ。<br>
<br>
そもそも人間はそんなに笑う必要があるんだろうか？　バラエティ番組の出演者が、隙あらば笑いを取ろうとしている姿を見ていると、私はそれだけでげんなりする　誰かが面白いことを言って、そのトークで実際に笑わされていても、それでもなお、私は不愉快だ。<br>
<br>
「なあ、オレは笑いたい気分じゃないんだ」と、たとえば、サッカー番組を真剣に見ている時に、司会の芸人が笑いを取りに来たりすると、私はむしろ腹を立てる。冗談じゃない。せっかく作り上げたオレの戦闘的な気合いをどうしてくれるのだ、と。つまり問題は、笑いの質や笑いのレベルではないのだ。大切なのは頻度だ。人間は、そんなに笑う必要があるのか、ということだ。<br>
<br>
笑いは、スパイスに過ぎない。主食ではない。その意味で、一日中笑い転げているいまのテレビはどうかしている。スパイスばかりが運ばれてくるテーブル。唐辛子の胡椒煮ナツメグ添え、みたいな。ニュース番組やスポーツ番組でも、21世紀のテレビ出演者は、全員が笑いを取ろうと思っている。NHK教育の語学講座の講師のような人までもが、なぜか着ぐるみを着てジョークを飛ばしたりしている。<br>
<br>
違うんだよ先生。オレがいま聞きたいのはあんたのジョークなんかじゃない。どうしてそれがわからないんだ？　おそらく、年末年始も、テレビの画面はお笑い芸人でいっぱいになるだろう。大げさに目を剥いてキメ顔を作る司会者。声を張り上げる若手。立ち上がる雛壇芸人。やたらと手を叩いて笑うアイドルの笑い方。手を叩く度にバランバランと揺れる振り袖のデカい袖。ああいやだ。<br>
<br>
にもかかわらず、その派手派手しい振り袖の絵姿を彼女は自分では色気だと思っている。それが見ているこっちに伝わってくるのがくやしい。「色気なんかねえぞ」と、彼女に伝える方法はないのだろうか。どうして、オレは、一方的にあいつらの未消化な笑いの犠牲者になっているんだ？　いいかげんにしてくれよ。うん。思い浮かべるだけで、吐き気がしてくる。<br>
<br>
いいか、テレビのお笑いにとって大切なのは面白さではない。頻度だ。年をとった人間にとっては週に一度、片頬がゆるむ程度の笑いを提供してくれれば十分。それ以上は公害だ。自覚してくれ。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。<br>
共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>（講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1240451" width="1" height="1" />
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1239773.html">
<title>山形浩生「山形月報！」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1239773.html</link>
<description>担当者より：山形浩生さんによる書評連載の第５回目です。また、著書『訳者解説』（バジリコ）に関するお話を中心にうかがった著者インタビューもアップいたしました。

配信日：2006/05/24


はいはい、『ダ・ヴィンチ・コード』（角川文庫、上・中・下）を読みましたよ。そ...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-17T04:01:26+09:00</dc:date>
<dc:subject>山形浩生</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>山形浩生さんによる書評連載の第５回目です。また、著書<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4862381502/">『訳者解説』</a>（バジリコ）に関するお話を中心にうかがった<a href="http://www.sbbit.jp/article/13791/">著者インタビュー</a>もアップいたしました。<br>
<br>
<u>配信日：2006/05/24</u><br>
<br>
<br>
はいはい、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4042955037/">『ダ・ヴィンチ・コード』</a>（角川文庫、上・中・下）を読みましたよ。それなりによいんじゃないですか。もっとも最後のおばさんが何もかも知ってるんなら、館長は別に焦ってダイイングメッセージなんか残す必要なかったじゃんとか、教団は謎を公表する気がなかったんなら、なぜ後生大事に面倒な手間かけて保存しようとしたのかとか、細かいことを考えだすとアレだけど、クイクイ読めるしうまくいろんな意匠やそれっぽい雑学もちりばめてあるし。<br>
<br>
この手の陰謀論や秘教だの図像学だのの楽しさというのは、何気ないものにいろいろ意味があるのだ！　という部分で、うまくはまればさっきまで何の変哲もなく退屈だった世界が、急に謎に満ち、何かを訴えかけようとしているように思えてきて、世界がさっきよりも鮮やかで意味ある存在に思えてくる。もちろんそれが高じるとトンデモで電波な妄想の世界に入り込んでしまうのだけれど。意味のないところにも勝手に意味を読んでしまうという人間の悲しい性のなせる技ではある。便乗解説書（肯定的なものも否定的なものも）もいろいろ出てきたので、興味があれば気に入ったものを手にとってみそ。<br>
<br>
さてキリスト教の裏の歴史ネタとなると、いまは「ユダの福音書」に触れなくてはいけませんね。キリスト教史上最低の裏切り者として石を投げられ続けてきたユダによる福音書が、天下の『ナショナル・ジオグラフィック』のお墨付きを得てついに復元公開された。これによると、ユダの裏切りはキリストによるやらせであった、とのこと。ユダはキリストに（他の使徒より）気に入られていたので、そういう大役を密かに仰せつかったとか。<br>
<br>
この英訳版はpdfでネットで出回っている。この文献の発見から検討・公開にいたるプロセスを描いたのがハーバート・クロスニー<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4931450601/">『ユダの福音書を追え』</a>（日経BP出版センター）。この種の古文献市場の裏はそれなりにおもしろいが、福音書自体の中身はあまり触れられていないのは残念。福音書自体もそのうち訳が出るでしょう。なかなか楽しいし、結構ストレート。敢えて汚名を着るユダの行動が淡々として胸にしみます。<br>
<br>
さて前に何度も紹介しているけれど、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4042955037/">『ダ・ヴィンチ・コード』</a>でもポイントの一つとなる「最後の晩餐」の絵はもちろん実際の晩餐の様子を描いたものなんかではない。実は当時の人たちはあんな椅子やテーブルでなんか食事してなかったのだ。当時の人は、ごろごろ寝っ転がって食事をしていた。それを聖書のちょっとした記述から気がつき、生活習慣に関するとても楽しい本にしたてたのが、バーナード・ルドフスキー<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4306052346/">『さあ横になって食べよう』</a>（鹿島出版会）。この人の本はすべて名作なので、気に入ったら他のものもどうぞ。<br>
<br>
あと<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4042955037/">『ダ・ヴィンチ・コード』</a>のテーマの一つは、キリスト教の教会組織成立過程で抑圧された女性の復権だった。類似のテーマを扱っている京極夏彦<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062735350/">『絡新婦の理』</a>（講談社文庫）は、ぼくは<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4042955037/">『ダ・ヴィンチ・コード』</a>よりおもしろいと思うし、よい小説です。ただシリーズを一通り読んでないとわかりにくい部分もあるのが難。<br>
<br>
他には、何かな。映画はたぶん、『ダ・ヴィンチ・コード』を観るよりは、ムエタイ映画『トム・ヤム・クン！』を観に行くのがおすすめ。特に南米のカポエラとの対戦や、夏木マリみたいな悪の女帝の鞭との対戦がすばらしゅうございますよ。少しでも格闘技が好きな人は是非どうぞ。ただし、まねすると股関節がはずれそうになって非常に痛い目にあうのでご注意を。<br>
<br>
<br>
●山形浩生（やまがた・ひろお）<br>
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。<br>
サイト：<a href="http://cruel.org/jindex.html">YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1239773" width="1" height="1" />
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</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1239730.html">
<title>オバタカズユキの「食べる前に読む！」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1239730.html</link>
<description>担当者より：コラムニストのオバタカズユキさんが「食」についての本を論じる連載の第５回目です。紹介されているのは辺見庸『もの食う人びと』（角川文庫）です。

配信日：2005/06/22


日頃の怠惰の積み重ねで本の山脈と化した我が仕事場。ちょいとした探しモノで中に分け...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-17T01:27:07+09:00</dc:date>
<dc:subject>オバタカズユキ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニストのオバタカズユキさんが「食」についての本を論じる連載の第５回目です。紹介されているのは辺見庸<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4043417012/">『もの食う人びと』</a>（角川文庫）です。<br>
<br>
<u>配信日：2005/06/22</u><br>
<br>
<br>
日頃の怠惰の積み重ねで本の山脈と化した我が仕事場。ちょいとした探しモノで中に分け入ると、古層のほうから辺見庸の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4043417012/">『もの食う人びと』</a>が出てきた。リンク先は文庫版だが、手元のやつはヤニ焼けしたハードカバーの単行本だ。奥付には「1994年６月８日　第１刷発行」とある。その横には「８月23日　第10刷」とある。たった２カ月半で……思わずたじろいだ。<br>
<br>
忘れていたが、そうだった。当時だってすでに、ノンフィクション市場は「終っている」といわれていた。にもかかわらず、このルポルタージュ集は発売たちまちベストセラーになったのだ。一歩遅れて読んだ私は、その地を這う取材力と練りに練られた文章力に圧倒された。漂う左翼臭は気になったが、中身がスゴイから売れるんだとひれ伏し、「オレもがんばろう！」と思った。駆け出しライターとしてのそんな記憶がある。<br>
<br>
あれから11年。今でもスゴイと思えるか？　探しモノはさておき、再読してみた。ディテールはきれいに忘れていたけれども、感想は基本的に前と同じだ。ただ、こちらがそれなりにスレたせいかな。「スゴイ」というより、「ゼイタク」本だと評したくなった。これはそう、日本ノンフィクション史上に残る贅沢ルポである。だって、こんな企画意図一発で世界を取材しまくる連載だなんて、普通ありえません。<br>
<br>
「はっきりした旅程はない。これといった決心もない。ただ一つだけ、私は自身に課した。噛み、しゃぶる音をたぐり、もの食う風景に分け入って、人びとと同じものを、できるだけいっしょに食べ、かつ飲むこと」<br>
<br>
そう言って、まずは肩ならしにバングラディッシュのダッカで残飯を食う。次いで、ピナツゥボ大噴火で「下界の味」を覚えてしまったフィリピン先住民とネスカフェを飲む。タイはバンコクの「世界一大きいレストラン」でスズメ料理をガリガリ噛み、ベトナムのハノイで「うどんの社会主義」をすすり、旧東ドイツの刑務所で酸っぱいマッシュポテトを口に入れ……ヤバかったり悲しかったり怖かったりする地球上の飯を食いまくる。<br>
<br>
本書はもともと全国の新聞に週一ペースで配信していた特別連載である。結局、辺見庸は一年間で五十一箇所のもの食う現場を訪ねている。うしろのほうでは放射線測定器を携え、チェルノブイリの森の老人たちと汚染キノコスープまで食っている。高級フレンチや満漢全席は金さえあれば食えるわけで、金だけじゃ食えないものを食い尽くした本書の食事は、奇跡のグルメという見方さえできる。<br>
<br>
辺見は連載開始の前々年に芥川賞を受賞しており、連載時は共同通信者の外信部記者だった。ベストセラー後しばらくして、彼はフリーランスに転じ、反戦、反米色を強めた。もの食う人からもの言う人になって、つまらなくなった。だから本書は、ビッグな賞×一流記者のポジション、という掛け算で一回だけ実現した稀なる仕事なのである。まことにゼイタクな本なのである。<br>
<br>
<br>
●オバタカズユキ（おばた・かずゆき）<br>
物書き。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4344400763/">『何のために働くか』</a>（幻冬舎文庫）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4594025498/">『ペットまみれの人生』</a>（扶桑社文庫）などがある。
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1239730" width="1" height="1" />
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</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1237464.html">
<title>近藤正高「現代史のなかの2009年物故者たち」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1237464.html</link>
<description>担当者より：ライターの近藤正高さんに2009年に亡くなった人々についてご執筆いただいた原稿です。なお、この原稿は2009年末に配信されたものですので、文中の「昨年」は2008年、「今年」は2009年を指すことをご留意ください。

配信日：2009/12/24


おそらく多くの人が思っ...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-13T00:18:53+09:00</dc:date>
<dc:subject>近藤正高</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>ライターの近藤正高さんに2009年に亡くなった人々についてご執筆いただいた原稿です。なお、この原稿は2009年末に配信されたものですので、文中の「昨年」は2008年、「今年」は2009年を指すことをご留意ください。<br>
<br>
<u>配信日：2009/12/24</u><br>
<br>
<br>
おそらく多くの人が思っていることでしょうが、今年は例年になく各界を代表する人物たちの訃報があいつぎました。<br>
<br>
今回、昨年に続きこの一年間の物故者を回顧するにあたって、文化人類学者の川喜田二郎（7/8。以下、日付は故人の命日を示します）の考案した「KJ法」などを使ったりしていざ整理にとりかかったものの、あまりにもとりあげるべき人物が多い上に、各人同士との接点がいくつもあったりして、かえって収拾がつかなくなってしまいました。<br>
<br>
しかしこの収拾のつかなさこそ、人と人とが、事象と事象とが複雑に絡み合った現代という時代の反映なのかもしれません。そこで、ここはあえて収拾のつかないまま、今年亡くなった人たちから接点を見出しつつ、2009年とはどんな年だったのか、さらには彼ら彼女らの生きた時代を振り返ってみたいと思います。<br>
<br>
今年は、日本とアメリカでの政権交代や昨年来の世界同時不況など、時代の変わり目を感じさせるようなできごとがあり、また、昭和や冷戦の終焉から20年を迎えるなどさまざまな節目の年でもありました。今年７月にはアメリカの宇宙船・アポロ11号による人類初の月面着陸から40年を迎えています。<br>
<br>
ちょうどアポロ11号が月に向かっているさなかの1969年７月18日、地上では米上院議員のエドワード・ケネディ（8/25）が自動車事故を起こし、同乗の女性が水死したにもかかわらず現場を立ち去ったため起訴されていました（のち州法廷で禁固２カ月の有罪判決）。そもそも人類を月に送るという計画は、エドワードの兄であるジョン・Ｆ・ケネディが大統領在任中に提唱したものです。そう考えると、この事件はいかにも間が悪すぎました。<br>
<br>
アポロの月旅行は、アメリカの小説家、ジョン・アップダイク（1/27）の『帰ってきたウサギ』にも中心的メタファーとして登場します。同作を含む「ウサギ」４部作と呼ばれるシリーズの後半では、主人公のハリーが妻の父からトヨタの代理店を引き継ぎ成功を収め、80年代半ばには息子に家業を譲って隠居します。もちろん、ここには70年代以降の日本車の“侵略”という歴史的事実が背景にあるわけですが。<br>
<br>
自動車は20世紀における大量消費社会のシンボルでした。イギリスの小説家、J.G.バラード（4/19）はアップダイクよりもっと過激に、自動車事故でしか性的興奮を得られなくなった人々を描いた『クラッシュ』などの作品を発表しています。日本のノンフィクション作家の上坂冬子（4/14）も、戦後まもない時期のトヨタ自動車での勤務体験を記録した『職場の群像』でデビューしています。<br>
<br>
コピーライターで「日本デザインセンター」の創立メンバーでもある梶祐輔（10/4）は、トヨタの広告を40年近く手がけた、日本における自動車広告の第一人者でした。たとえば「白いクラウン」（68年）は、それまで黒塗りの高級車というイメージのあったクラウンをより幅広いユーザー層に広げるというコンセプトを一言でいいあらわしたコピーとして、いまだに語り継がれています。<br>
<br>
自動車業界はまた政界にも人材を送り込みました。米自動車ビッグスリーの一角、フォード社に管理システムを初めて導入し経営を再建したロバート・マクナマラ（7/6）は、社長昇進直後の61年、その手腕を買われてケネディ政権の国防長官に任命されます（ちなみに同政権は、経済ブレーンに経済学者のポール・サミュエルソン［12/13］を招いています）。<br>
<br>
ただ、次のジョンソン政権まで続いたその在任中、マクナマラは徹底した軍事予算の管理のもとベトナムへの軍事介入を推し進めました。やがて彼の精緻な計算は、ベトナム人民のゲリラ戦法の前に狂い始めます。ついには、戦争の泥沼化の責任をとる形で辞任へ追い込まれたのでした。<br>
<br>
ウォルター・クロンカイト（7/17）が、全米ネットワークの一つ、CBSテレビの『イブニング・ニュース』のキャスターとなったのはケネディ政権２年目の62年のこと。同年、日本でもキャスターニュース第１号となる『ニュースコープ』がTBSテレビで始まり、クロンカイトと同じく通信社出身の田英夫（11/13）がキャスターに抜擢されました。けれども、ベトナム戦争の報道をめぐって両者は対照的な道をたどることになります。<br>
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67年に、当時の北ベトナムを取材し、これをドキュメンタリー番組『ハノイ――田英夫の証言』として放映した田は、アメリカがこの戦争に勝利するのは困難だという見通しを示しました。これをときの自民党政府が偏向報道だと非難、結果的に田はキャスターを降板しています。<br>
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対してクロンカイトは翌68年、国の戦況報告への疑問からベトナムに飛びました。それまで中立主義を貫いてきた彼ですが、帰国後の報告では「いまやとるべき道は和平交渉しかない」と主張しました。これを受けて、ときの米大統領・ジョンソンは北ベトナムへの爆撃の停止、さらには次期大統領選への不出馬を決めたともいわれています。<br>
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その後、テレビでの戦争報道は日常化し、91年の湾岸戦争では、空爆の中継映像がテレビゲームのようだと形容されたりもしました。このとき、日本ではニュース番組に頻繁に出演した軍事評論家の江畑謙介（10/10）が一躍ときの人となりました。<br>
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テレビもまた、自動車とともに20世紀を象徴する存在です。日本でテレビ本放送が開始された53年当時、水の江滝子（11/16）らが出演したバラエティ番組の元祖ともいえる『ジェスチャー』が人気を集めました。<br>
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水の江は戦前、松竹歌劇団の男役として脚光を浴びましたが、戦後はテレビ出演のほか日活のプロデューサーとして活躍しました。彼女が56年に製作した映画『太陽の季節』には、のちに結婚する長門裕之と南田洋子（10/21）が主演しています。<br>
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『ジェスチャー』は女性陣と男性陣が対抗するという形式で、それぞれのキャプテンを水の江と落語家の柳家金語楼が務めました。この金語楼の息子、山下武（6/13）は60年代にNET（現テレビ朝日）のディレクターとして『大正テレビ寄席』を手がけ、演芸ブームを巻き起こしました。しかしブームに乗じて類似番組がどんどんつくられるうちに人材が払底すると、落語家が狩り出されるようになります。三遊亭圓楽（５代目。10/29）ら当時の若手落語家が出演した『笑点』もそのような背景から生まれました。<br>
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テレビ放送開始以来の人気番組といえば、日本テレビのプロレス中継もあげねばなりません。しかしそれもついに今年２月、地上波から消えてしまいました。力道山の日本プロレス、ジャイアント馬場の全日本プロレスの流れをくむ「プロレスリング・ノア」の地上波での中継打ち切りからまもなくして、ノアの社長でプロレスラーの三沢光晴（6/13）が急死しています。<br>
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在京民放テレビ局のうち後発局であるフジテレビは、鹿内信隆・春雄父子による一族経営によって急成長をとげました。同局が「軽チャー路線」を打ち出した84年、春雄は、元NHKアナウンサーでフジに移籍していたキャスターの頼近美津子（5/17）を妻に迎えます。しかし結婚からわずか４年で春雄が急死。その後女優やコンサート・プランナーとして活躍した頼近もまた53歳という若さで亡くなりました。<br>
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テレビによって人気が高まったスポーツにはプロレス以外にプロ野球があります。山内一弘（2/2。旧名は和弘）は50年代から60年代にかけて大毎オリオンズ（現・千葉ロッテ）などで活躍した大打者、土井正三（9/25）は1965～73年の読売ジャイアンツのV9に、主に２番打者として貢献した選手です。<br>
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この二人には奇妙な共通点があります。それは、プロ野球の監督として大選手の才能を見抜けなかったという“悪評”がつきまとうことです。山内は社会人野球からロッテに入ったばかりだった落合博満の独特のバッティングフォームを見て、これではプロで通用しないと言い放ったといいます。土井は、オリックス入団２年目のイチローを一軍になかなか定着させませんでした。イチローが一軍に定着し、シーズン安打210本という日本記録を打ち立てるのは翌年、仰木彬監督に変わってからです。<br>
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とはいえ、落合本人は、山内の高度な理論が当時の自分には理解できなかったとのちに語っています。イチローにしても、くだんの悪評について土井の死後、「そうじゃないのにね」と否定しました。<br>
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なお、土井が監督を務めたオリックスは2004年に大阪近鉄バファローズと合併、オリックス・バファローズとして京セラドーム大阪を本拠地としました。もともと大阪ドームとしてオープンした同球場は、関西の大手私鉄・近鉄の会長で球団オーナーだった上山善紀（8/25）によって建設が推進されました。<br>
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上山はまた、三重県の志摩半島に大規模リゾート・志摩スペイン村の建設を進めました。けれども、大都市から離れていることもあって経営は苦戦が続いています。これに対して、元千葉県知事・川上紀一（8/14）が実現を公約に掲げた東京ディズニーランド（TDL）は、大都市型テーマパークとして大成功を収めました。ただし、当の川上は、1975年の知事選出馬前に不正献金を受けていたことが在任中の81年になって発覚、83年のTDLのオープンを待たぬまま辞任しています。<br>
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TDLには87年、「キャプテンEO」というマイケル・ジャクソン（6/25）主演のアトラクションが登場しています。マイケル自身、大のディズニーきで、その大邸宅をネヴァーランドと名づけたほどでした。<br>
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マイケルが83年にリリースした「スリラー」は、そのプロモーションビデオ（PV）とともに世界的なヒットになりました。日本でも翌年にはメリカのMTVと提携してPVを流す番組も始まったものの、国内アーティストにはPVはまださほど必要とされていませんでした。これについては、歌番組やCMでのイメージソングがその代わりを担っていたからとの見方もあります。そう考えると、忌野清志郎（5/2）の歌番組での、噛んでいたガムをカメラに向かって飛ばしたり、自分の曲の放送を“自粛”したラジオ局を非難する曲を突然歌い出したりといったパフォーマンスは、格好のプロモーションだったといえるかもしれません。<br>
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プロモーションといえば、2016年の五輪招致のため東京都がつくった10分間のPVは、製作費に５億円もかかっていたことが判明し物議をかもしました。今回の五輪招致では、敗戦直後、競泳で立て続けに世界記録を出した古橋廣之進（8/2）にも、元JOC会長、国際水泳連盟副会長にして名誉都民という立場から協力が期待されていました。けれども、古橋は10月のIOC総会での最終投票を待たずにローマで客死、五輪招致も失敗に終わったことは周知のとおりです。<br>
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往年のアスリートでは、56年のコルティナダンペッツォ冬季五輪のアルペン３種目で優勝したオーストリアのスキー選手で、のちに俳優に転身したトニー・ザイラー（8/24）も亡くなりました。ザイラーは日本にもたびたび訪れ、59年には松竹映画『銀嶺の王者』に主演しています。60年の来日時には東レの広告に登場、このとき「ことしの流行はザイラーの黒」というコピーを書いたのが、土屋耕一（3/27）でした。<br>
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もともと資生堂宣伝部のコピーライター第１号として出発した土屋は、フリーになってからも資生堂の広告を手がけました。80年の「ピーチパイ」というコピーからは、竹内まりやの歌うイメージソング「不思議なピーチパイ」が生まれています。<br>
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この「不思議なピーチパイ」の作曲を手がけたのは加藤和彦（10/17）でした（作詞は当時夫人だった安井かずみ）。加藤と広告のかかわりは深く、70年には“脱商品広告”のさきがけといわれる富士ゼロックスのテレビCM「モーレツからビューティフルへ」に出演、若者たちのフィーリングに訴えかけました。<br>
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この一年は、先述の梶祐輔や土屋耕一のほか、日本のグラフィックデザインのパイオニアと称される早川良雄（3/28）、それに続く世代にあたる木村恒久（08年12/27）、福田繁雄（1/11）、粟津潔（4/28）と、広告業界周辺の人物の訃報が目立ちました。このうち粟津は、70年の大阪万博でアミューズメントゾーンの基本構想計画にも参加していますが、これは今年閉園したエキスポランドの原型となるものでした。<br>
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コピーライターでは、土屋の影響下から出発した眞木準（6/22）も亡くなっています。眞木は、93年に羽田孜や小沢一郎らが自民党を離脱し新党を旗揚げしたさい、「新生党」という党名を考案するなど幅広い仕事を手がけました。<br>
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津久井克行（10/2）を中心とする男性デュオグループclassの「夏の日の1993」がヒットした93年夏、ときの宮澤喜一内閣への不信任案可決を受けて総選挙が実施されます。同内閣で外相だった武藤嘉文（11/4）は、大平正芳首相の急死直後に大勝を収めた80年の総選挙を引き合いに出して、「宮澤さんもお亡くなりになれば……」と口を滑らせてしまいますが、羽田や小沢のほかにも離党者があいついだため自民党は大敗、日本新党の細川護熙を首相とする非自民連立政権が発足しました。<br>
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連立政権成立の立役者である小沢一郎は翌94年にはポスト細川政権もにらんだ上で、自民党の有力政治家だった渡辺美智雄らを切り崩しにかかります。渡辺をうながすべく、その側近だった柿澤弘治（1/27）たちが先行するかたちで自民党を離党、自由党（後年小沢のつくった同名の党とは別物）を結成しました。けっきょく渡辺の取り込みには失敗、細川に代わって羽田が政権を引き継ぎ、柿澤は同内閣で外相に就任します。ただしその在任期間は約２カ月と短いものでしたが。<br>
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大蔵省出身の柿澤は、77年の参院選で新自由クラブ（新自ク）から出馬し初当選を果たしました。新自クはその前年、ロッキード事件によってあかるみになった金権体質への批判から自民党を離党した河野洋平ら若手政治家たちによって結成された保守新党です。その総元締め的存在だったのが河野のいとこにあたる田川誠一（8/7）でした。<br>
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70年代には、名古屋市長となった本山政雄（5/11）など全国の大都市に革新首長が誕生し、国政でも「保革伯仲」の時代を迎えていました。さらに、評論家の室伏哲郎（10/26）が「構造汚職」と呼んだ、自民党政権と官界・財界の癒着構造に起因する汚職事件があいつぎ国民の不満が高まります。新自由クラブと、先述の田英夫が代表となった社会民主連合（社民連）は、こうした背景からそれぞれ保革を代表する都市型の新党として登場し、期待を集めました。<br>
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けれども、新自クは勢力を伸ばせず86年に解散。河野などほとんどのメンバーは自民党に復帰したものの、田川だけはかたくなに金権政治の打破を訴え一人で進歩党をつくりました。社民連では早くから田ら「旧社会党派」と菅直人ら「市民派」とが対立し、細川政権発足時には当時の代表である江田五月が入閣しましたが、田は連立政権を批判して脱退、けっきょく94年に解党します。<br>
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政界関係ではこのほか、2006年、当時の民主党執行部の総退陣にまで発展したいわゆる「偽メール問題」の火付け役である元衆院議員の永田寿康（1/3）が自殺、また麻生内閣の財務相として出席したG7の財務相・中央銀行総裁会議の終了後の“もうろう会見”で物議をかもした中川昭一（10/3）が、総選挙での落選後まもなくして急死<br>
するなど衝撃的なできごとがあいつぎました。<br>
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麻生自民党から鳩山民主党への政権交代は、彼らの祖父にあたる吉田茂から鳩山一郎への政権交代（54年）と何かと重ね合わせられました。そういえば、83年の映画『小説吉田学校』で吉田を演じたのは森繁久彌（11/10）でした。その森繁に「国民のおじいちゃんのような方」だからとの理由で、鳩山一郎の孫から国民栄誉賞が贈られるというのは何か因縁めいているような……。なお、『小説吉田学校』で美術監督を務めたのは、黒澤明監督作品にも多数かかわった村木与四郎（10/26）でした。<br>
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クロサワアキラといえば、ムード歌謡の「ロス・プリモス」のそれぞれ初代と２代目リーダーである黒沢明（4/9）と森聖二（10/18）が立て続けに亡くなっています。歌謡界での物故者はこのほか、作詞家の松井由利夫（2/19。代表作に氷川きよし「箱根八里の半次郎」など）、石本美由起（5/27。美空ひばり「悲しい酒」など）、音羽たかし（8/6。ザ・ピーナッツ「情熱の花」など）、丘灯至夫（11/24。舟木一夫「高校三年生」など）、作曲家の三木たかし（5/11。石川さゆり「津軽海峡・冬景色」など）がいます。<br>
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歌謡曲がらみでは、『山口百恵は菩薩である』『大歌謡論』などたくさんの歌謡曲論を著した評論家の平岡正明（7/9）もぜひあげておきたい。その２カ月前には、平岡やルポライターの竹中労とともに70年代に「３バカゲバリスタ」と称して活動を行なった革命思想家の太田龍（5/19）も亡くなっています。彼らにとって、アジアに対する日本の戦争責任の追及は重要なテーマでした。<br>
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アジア各国でもかつての指導者たちの訃報があいつぎました。韓国前大統領の盧武鉉（5/23）が自殺した３カ月後には、彼の前任者であり、民主化運動のリーダーだった金大中（8/18）が死去。さらに73年の金大中拉致事件を主導したとされる元KCIA部長の李厚洛（イ・フラク。10/31）も亡くなり、同事件の真相究明はますます困難になりました。<br>
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金大中は80年、民主化運動で国内に混乱を招いたとの理由で逮捕、一時は死刑宣告も受けますがのちに刑執行が停止され、しばらくアメリカで事実上の亡命生活を送っています。このとき、金はやはり亡命中だったフィリピンの野党議員、ベニグノ・アキノと親交を持ちました。ベニグノは83年、３年ぶりに帰国するも到着した空港で暗殺されてしまいます。86年のフィリピン２月革命でマルコス政権が倒れると、ベニグノの未亡人のコラソン・アキノ（8/1）が大統領に就任しました。<br>
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鳩山首相は今年、「東アジア共同体」創設を提唱しました。いっそ、そのマスコットに、いまやアジア各国で人気を集めている臼井儀人（9/11）の『クレヨンしんちゃん』を起用してみてはいかがでしょうか。<br>
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冷戦終結から今年で20年を迎えました。アメリカの国際政治学者、サミュエル・ハンティントン（08年12/24）は96年に刊行した『文明の衝突』のなかで、冷戦後の国際社会はいくつかの文明圏に分裂し、それらの対立・衝突によって世界秩序がつくられていくという見方を示しています。同書は鈴木主税（10/25）によって邦訳され、日本でも話題になりました。<br>
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2001年のタリバンが首謀したとされる９・11テロ、それに先立つアフガニスタンのバーミヤン渓谷の巨大仏像の破壊は、ハンティントンの予見が的中した事例ともいえます。なお、大仏の破壊にさいして、日本画家の平山郁夫（12/2）は、ユネスコ親善大使として抗議活動を行ないました。<br>
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予見といえば、ドイツの振付家、ピナ・バウシュ（6/30）の演出により89年11月に初演された舞台『パレルモ、パレルモ』では、幕が開くとともに400個もの煉瓦を積み上げた壁が一瞬にして崩れ落ち、観衆に衝撃を与えました。ベルリンの壁の崩壊はそれから約１週間後のことです。振付家では、バウシュの先行世代にあたるアメリカのマース・カニングハム（7/26）も今年亡くなっています。<br>
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本稿でとりあげた自動車にしてもテレビや広告にしても、大きな転換期を迎えています。出版の世界もまた例外ではありません。評論家の中島梓（5/26。栗本薫の名で作家としても活躍）は26年前に著した『ベストセラーの構造』で、赤字を補うために出版点数を増やすというやりかたはいずれ破綻し、出版社も本も著者も容赦ない淘汰にさらされるのではないかと懸念しましたが、その予見はほぼ的中してしまいました。<br>
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中島は前掲書において、現代社会はスケープゴートを必要とする社会であり、ベストセラーにもその傾向が見られることを指摘しています。それを読んでふと、昨年のいまごろの飯島愛の死（08年12/17？）を思い出しました。それにしても彼女といい、大原麗子（8/3）や山城新伍（8/12）といい、芸能人の孤独死があいついだ一年でもありました。<br>
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最後にとりあげるのは、やはりこの人をおいてほかにないでしょう。100歳で大往生したフランスの文化人類学者、クロード・レヴィ=ストロース（10/30）です。<br>
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80年代にめざましい経済成長をとげつつあった韓国を訪れたものの、朝鮮文明の遺跡しか求め歩かなかったレヴィ=ストロースを見て、現地のある学生は「レヴィ=ストロースは、もはや存在しないものにしか興味を示さない！」と言ったといいます。<br>
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原始文明と先進文明という区分を取っ払い、すべての人類に不変的な構造を見出したこの偉大なる思想家にとって、たかだか一世紀のうちに起きた変動など、人類の長い営みからすればささいなものとしか思えなかったのかもしれません。<br>
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これまでにあげた人たちすべての人生がすっぽり納まるほど生きながらえた人物をとりあげたところで、本稿を締めたいと思います。<br>
あらためて、彼ら彼女らに哀悼の意を表しつつ――。<br>
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●近藤正高（こんどう・まさたか）<br>
ライター。著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797346604/">『私鉄探検』</a>がある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/d-sakamata/">Culture Vulture</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1237464" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1232946.html">
<title>切込隊長＠山本一郎「ニュースまとめ斬り！」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1232946.html</link>
<description>担当者より：山本一郎さんの連載をアップいたしました。今回は、民主党政権とそのマニフェストについてです。

配信日：2009/12/09


●「守れなくて仕方がない」マニフェスト!?●


このところウェブで評判になっていて、良い意味でも悪い意味でも考えさせられる記事があっ...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-04T01:33:50+09:00</dc:date>
<dc:subject>山本一郎</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>山本一郎さんの連載をアップいたしました。今回は、民主党政権とそのマニフェストについてです。<br>
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<u>配信日：2009/12/09</u><br>
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<b>●「守れなくて仕方がない」マニフェスト!?●</b><br>
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このところウェブで評判になっていて、良い意味でも悪い意味でも考えさせられる記事があったので紹介したいと思います。<br>
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<a href="http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2300">■続・民主党よ、お前は何者か　日米同盟破壊から日本破壊へ■</a><br>
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この清水昇氏というジャーナリスト、正直あまり良く存じ上げないのですが、その主張に賛同できるかどうかはさておき鳩山政権の軸足の問題を事実に沿って論じ上げています。ここまで従来の自民党型の親米スタンスが正しいと思うかや、外交のあり方についての危機感をどう有権者として持つべきかという点で、ちょっと考えさせられるのは「普天間問題の越年」のような重要な外交課題もいまの報道のあり方の延長線上では単なるひとつのトピックスとして通り過ぎてしまう部分でもあります。<br>
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まさにフィリピンのクラーク基地返還論争などを想起させる部分でもあるのですが、中盤から後半の環境問題に対する論述は若干稚拙で、最終的にはやや残念な記事の仕上がりになっているのはご愛嬌で。ただ、鳩山政権成立後のビジネスサイドの苛立ちはうまく表現できているように感じました。<br>
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その一方で、民意も若干変容してきています。鳩山政権の支持率が微減したという話もありますが、それはある程度時間が経ってくれば政権運営に満足も不満もありますし、何よりいまは不況状態であることには変わりありませんから、放っておいても下がり気味になるものです。ただ、それ以上にマニフェストに対する考え方が気になります。<br>
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<a href="http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091206-OYT1T01071.htm">■内閣支持続落５９％、「首相指導力ない」急増■</a><br>
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政権公約も同然であるマニフェストに対して、国民の約８割が「守れなくても仕方がない」「こだわる必要はない」と回答したのには驚きました。一応、政権選択の選挙ということで、マニフェストを掲げて政権交代を訴えた民主党が選挙に勝利したはずだったんですが、その信託を国民の実に半数が「守れなくても仕方がない」と考えていたとは……。<br>
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何というか、真面目に政策を考えたり議論するのが空しくなる気もするんですけれども、如何でしょうか。<br>
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●山本一郎（やまもと・いちろう）<br>
イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4166604694/">『“俺様国家”中国の大経済』</a><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4166606670/">、『情報革命バブルの崩壊』</a>（ともに文春新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4569771785/">『ネットビジネスの終わり』</a>（PHP研究所）などがある。<br>
ブログ：<a href="http://kirik.tea-nifty.com/">切込隊長ブログ</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1232946" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1231809.html">
<title>ラリー遠田「社会派芸人は政治家の夢を見るか？」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1231809.html</link>
<description>担当者より：お笑い評論家・ラリー遠田さんに社会派芸人としての田村淳を論じていただいた原稿です。著書『THE 芸人学』（東京書籍）が発売されたばかりですので、そちらも併せてぜひお読みください。

配信日：2009/01/14


テレビに出ているお笑い芸人の中で、「社会派」と...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-01-01T22:54:28+09:00</dc:date>
<dc:subject>ラリー遠田</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>お笑い評論家・ラリー遠田さんに社会派芸人としての田村淳を論じていただいた原稿です。著書<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4487804329/">『THE 芸人学』</a>（東京書籍）が発売されたばかりですので、そちらも併せてぜひお読みください。<br>
<br>
<u>配信日：2009/01/14</u><br>
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<br>
テレビに出ているお笑い芸人の中で、「社会派」と呼ばれる人たちがいる。いちばん典型的なのは、「政治家になりそうな芸人」「総理大臣になってほしい有名人」といったアンケート調査で上位に名前が挙がる、ビートたけし、島田紳助、爆笑問題の太田光といった人たちのことだ。<br>
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現役政治家や評論家が出てくるようなトーク番組でホスト役を務め、社会問題について語ったり政治を論じたりする。彼らは芸人が「社会的弱者」であった時代のイメージを逆手に取って、「芸人のくせに社会を語れるのがすごい」「芸人にしてはなかなか鋭いことを言う」といった形で一定の評価を得ることに成功した。彼らがいわゆる「社会派芸人」のトップ集団である。<br>
<br>
その後に続くのは、加藤浩次、くりぃむしちゅーの上田晋也といった面々。情報番組でキャスターを務めたり、知的な路線のバラエティ番組での司会業をこなしながら、虎視眈々と「社会派芸人」としての地位の確立を狙っている。<br>
<br>
あまり知られていないところでは、しずちゃんの相方としておなじみの南海キャンディーズの山里亮太も、CSの番組『山ちゃんのジャーナルしちゃうぞ！』（朝日ニュースター）で司会を務め、『週刊朝日』編集長の山口一臣らをレギュラー陣に据えて、社会派芸人としての腕を磨いている。彼らはトップ集団の後釜を狙う「社会派芸人」の後続集団といったところだろうか。<br>
<br>
ただ、どちらにも共通しているのは、彼らの本業はあくまで「芸人」である、ということだ。彼らは単に、芸人としてテレビで生き残っていくためのポジション争いをしているだけで、決して本人が政界に名乗りを上げたいと思っているわけではない。もちろん、週刊誌等で面白半分でそういう噂が出ることはあるが、芸人としての社会派志向と、本人が政治家になろうとすることとの間には大きな溝があるというのは押さえておかなくてはいけない。<br>
<br>
そんな中で、宮崎県知事の東国原英夫氏に続けといわんばかりに、堂々と「政界進出」の野望を公言してはばからない若手芸人が１人だけいる。それが、ロンドンブーツ1号2号（ロンブー）の田村淳だ。<br>
<br>
田村淳は、08年11月に『ロンドンブーツ1号2号の田村淳NewsCLUB』（文化放送）というラジオ番組を開始した。政治を知らない若者への橋渡し的な役目を果たすというコンセプトで、すでに田原総一朗、舛添要一厚生労働大臣といった顔ぶれをゲストに招き、社会問題について熱いトークを繰り広げている。<br>
<br>
淳が他の「社会派芸人」と一線を画しているのは、政界進出の野心を一切包み隠さず告白していることだ。番組開始時のインタビューでは「10年後までに芸能界を引退して出馬したい」と具体的なプランまで提示している。<br>
<br>
近年のお笑い史を振り返ってみても、ロンブーほどすさまじい勢いで出世を果たした芸人はそれまでにまずいなかった。しかも、単にデビューしてすぐに冠番組を獲得したというだけではなく、そこに至るまでの軌跡にこそ意味がある。<br>
<br>
彼らは吉本興業所属ではあるが、「ダウンタウン一派」などのどこか特定の派閥に属していたわけでもなく、「ボキャブラブーム」のような時代の波に乗ったわけでもない。淳はただ、持ち前の同世代ウケする話術のセンスと、敵を作らず誰とでも仲良くする政治力だけを駆使して、現在の地位を確立したのである。そんな彼には、本職の政治家に求められる権謀術数の素質は十分にあると見ていい。<br>
<br>
また、田村淳は、写真を見ただけで城の名前を当てられるほどの城郭マニアであり、幕末を中心とした歴史にも詳しく、刀剣の収集家でもある。この手の趣味を持っているというのも、いかにも本物の政治家っぽい。<br>
<br>
他の社会派芸人がバラエティ番組における役割としての「社会派」を志向しているのに対して、淳は初めから本物志向で、いわば「まつりごと」としての政治にこそ関心があり、天下取りを本気で視野に入れている。テレビの中の役職としての「社会派芸人」にとどまらない勢いを感じるという点で、田村淳という男の行く末は気になるところだ。<br>
<br>
<br>
●ラリー遠田（らりー・とおだ）<br>
おわライター、お笑い評論家。<br>
雑誌やブログを通じてお笑いに関する分析、評論活動を行っている。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4904209036/">『この芸人を見よ！』</a>（サイゾー）や<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4487804329/">『THE 芸人学』</a>（東京書籍）がある。<br>
ブログ：<a href="http://owa-writer.com/">おわライター疾走</a>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=3316027&name=bisista_news&pid=1231809" width="1" height="1" />
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1226992.html">
<title>瀧坂亮「あの娘はハデ好き　飯島愛の15年戦争」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1226992.html</link>
<description>担当者より：音楽や映像などのテーマを中心にご活躍中のライターの瀧坂亮さんに昨年末急逝した飯島愛について論じていただいたものを掲載いたします。

配信日：2009/02/12


「あの娘はハデ好き　友達がいっぱい／だけど入院した時　来たのはママだけ」 

「あの娘はハデ好...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2009-12-24T08:45:02+09:00</dc:date>
<dc:subject>瀧坂亮</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>音楽や映像などのテーマを中心にご活躍中のライターの瀧坂亮さんに昨年末急逝した飯島愛について論じていただいたものを掲載いたします。<br>
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<u>配信日：2009/02/12</u><br>
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「あの娘はハデ好き　友達がいっぱい／だけど入院した時　来たのはママだけ」 <br>
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「あの娘はハデ好き　いつも楽しそう／だけどクリスマスの夜　淋しく過ごした」 <br>
（「あの娘はハデ好き」作詞・飯島愛、1993年）<br>
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2008年のクリスマス・イブに報じられた、タレント飯島愛の訃報。すわ自殺か、と一瞬思われたものの、その後の報道では「死後数日経過していた」「死因は肺炎らしい」と、想像以上に寂しく孤独な最期が明らかになりつつある。<br>
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冒頭に引いたのは、彼女の２ndシングルの歌詞だ。この予言的な内容が本人の手によるものだとは、まったく因果な話である。<br>
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飯島愛はバブル崩壊後の92年３月にAVデビューした。72年生まれの意外な“団塊ジュニア”世代でもある。デビューと同時にテレビ東京系のお色気バラエティ番組『ギルガメッシュないと』でのＴバック姿が人気を博し、翌年には司会に昇格。また次第に一般トークバラエティにも活動の場を広げ、コメンテイター的ポジションを得る。<br>
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さらに2000年の著書『プラトニック・セックス』（小学館）は100万部を超えるベストセラーとなった。14歳から家出を繰り返し、ディスコやラブホテルを渡り歩いて、次第にクラブのホステスやAVの仕事をするようになっていった自身の10代～20代前半を振り返った半自伝的エッセイだ。波瀾万丈なエピソードに時おりポエムのような日記を織り交ぜた不幸語りのスタイルは、のちの「ケータイ小説」に通ずるものとも言われている。<br>
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AV女優への道を進んだ家出少女から、全国区のテレビタレントへ。飯島愛が体現した運と才能の物語は、ある種の女の子たちにとって希望であり続けた。<br>
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だからこそ、というべきか、『小悪魔ageha』（インフォレスト）の最新号（2009年３月号）は、巻頭２ページにわたって少々行き過ぎた追悼ビジュアルを展開している。キャバ嬢風ファッションに時おりトラウマ的な心情吐露をミックスした誌面が独得な同誌だが、この見開きは“age嬢”モデル44名が黒衣で合掌する中、「大好きです。飯島愛さん、ゆっくりお休みになってください。」と大書されているものだ。まるで五百羅漢のような迫力である。<br>
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もちろん、『プラトニック・セックス』に代表される、親子の断絶、刹那的な夜遊び、濃密な恋愛模様といったドラマティックな要素が、こうした共感や憧れを呼ぶのは当然とも言える。ただ、この人のプロフィールには、そうした紋切り型に収まらないユニークさがあるように思われる。<br>
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例えば、ディスコ通いの挙げ句、DJの彼氏とつき合っていたというのは想像の範囲だが、彼の影響で自分もDJを目指していたというのは、『プラトニック・セックス』には描かれないエピソードだ。15歳でターンテーブルとDJ機材一式を買い、「ミキサーは誰が良くって、レーベルはこう見て、ミックスはこれでって、会話出来るのが幸せ。だから向上心はありましたよ。彼には凄く洗脳されました」（『レコードマップ'96』学陽書房、1995、p.23）。意外な“クリエイター志向”の側面がそこにある。<br>
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実際、AVデビュー前の90年冬にニューヨークへ行った際には、洋服などに目もくれず、現場のDJが使用する12インチ盤ばかり50枚ほども買い込んで帰ってきたのだという。また、現地の大箱クラブ「パラディアム」の天井に流されていたCG映像にはカルチャーショックを受け、後にはこんな発言もしている。<br>
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「で、アタシの夢はねえ、ソーホーのロフトみたいな部屋を借りて、壁を自分の好きな色に塗り変えたりなんかしてね。アートスクールにも通って一人前のCGデザイナーになれたら最高！　いつのことかはわからないけれど、「絶対ニューヨークで暮らすんだ！」」（『どうせバカだと思ってんでしょ!!』徳間書店、1994、p.215）。<br>
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ちなみにこの本の表紙は、Macintosh Quadora 800を駆使した、CGアーティスト飯島愛の処女作だ。19歳になったばかりの彼女が、1000万円の契約金と引き換えにAVデビューを決心したのは、この“ニューヨーク移住”への憧れゆえだった。逆に言えば、セクシー・アイドルとしての職業意識は微妙なものだったことがさまざまな発言からも伺える。<br>
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筆者には、『ギルガメッシュないと』の“卒業式”での彼女の姿が印象に残っている。同僚の女の子たちに花束を贈られながら、「みんなお尻出して、恥ずかしかったよね。でも番組をよくするために、がんばったんだよね」と声をかけていたのだ。仲間の前ではっきりと「恥ずかしかった」と口にする姿に、なんだかこちらも厳粛な気持ちになってしまったものである。<br>
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死の直前まで続いた自身のブログでも、さまざまなサブカルチャー志向が滲んでいた。押井守のアニメや『機動戦士ガンダム』に泣き、カサビアンやアークティック・モンキーズといったバンドを愛し、「FUJI ROCK」や「サマソニ」を楽しむ夏フェス派の音楽ファン。2007年３月の芸能界引退宣言後は、“無職”に窮して「デザイン事務所でバイト」しようかなどと殊勝なことを漏らしたりもしていた。<br>
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そこから感じられるのは、エロから発して芸能人へ、という奇跡の転身を遂げた本人の意志やしたたかさよりも、「よく生き残ってきたなあ」という偶然や運のはかなさだ。冒頭に引いた歌にしても、華やかなイメージの裏側を自虐的なユーモアを交えて歌ったものだった。まばゆい希望のシンデレラ・ストーリーと、あくまで「タレント」止まりに徹した聡明さや身の丈感覚との奇妙な同居。平成不況の15年を駆け抜けた、彼女の孤独な死が複雑な感慨を残したゆえんである。 <br>
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●瀧坂亮（たきさか・りょう）<br>
編集／ライター。<br>
執筆参加に『音楽誌が書かないＪポップ批評』シリーズ（宝島社）など。<br>
サイト：<a href="http://omo-8.blogspot.com/">omo*8</a>
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1224272.html">
<title>近藤正高「放送作家のあがり方」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1224272.html</link>
<description>担当者より：著書に『私鉄探検』（ソフトバンク新書）があるライターの近藤正高さんに放送作家という職業とその“あがり方”について論じていただきました。

配信日：2008/04/09


放送作家出身の小説家・景山民夫はかつて「放送作家40歳定年説」なるものを提唱していたとい...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2009-12-19T01:11:30+09:00</dc:date>
<dc:subject>近藤正高</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797346604/">『私鉄探検』</a>（ソフトバンク新書）があるライターの近藤正高さんに放送作家という職業とその“あがり方”について論じていただきました。<br>
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<u>配信日：2008/04/09</u><br>
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放送作家出身の小説家・景山民夫はかつて「放送作家40歳定年説」なるものを提唱していたという。テレビの仕事ができるのはせいぜい反射神経のある30代までだという考え方だ。当の景山自身、40歳をむかえる前後に吉川英治文学新人賞と直木賞をあいついで受賞し、本格的に小説家の道に進んでいる。<br>
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反射神経の問題かどうかはともかく、放送作家には景山のみならずほかの分野へと転進したケースが目立つ。ちょっと調べただけでも、青島幸男・赤江瀑・秋元康・阿久悠・井上ひさし・永六輔・大橋巨泉・川崎洋・神吉拓郎・邦光史郎・小林信彦（中原弓彦）・野坂昭如・野末陳平・畑山博・藤本義一・前田武彦・宮沢章夫・向田邦子・隆慶一郎（池田一朗）などなど、かなりの名前があがる。<br>
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ここにあげた大半はテレビ創生期に放送作家として活躍し、のちに文学や政治、あるいはタレントや作詞家に転進するなどして別の分野でも名をあげた人たちである。なかには直木賞や芥川賞の受賞者もいるし、参院議員経験者もいる。青島にいたっては、作詞家・タレント・直木賞・東京都知事と、いまあげたすべての分野でこれ以上ないというぐらいの成功を収めている。また、井上ひさしは日本ペンクラブの会長まで務めたし、秋元康もいつのまにか京都造形芸術大学の副学長という要職に就いていたりする。<br>
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ただ、このことは放送作家という職業の地位の低さの裏返しといえるのかもしれない。とくにテレビ創生期の放送作家はそうだろう。放送作家の仕事では将来の見通しが立たなかったからこそ、彼らの多くは別の分野に進まざるをえなかった、と解釈するのが妥当ではないか。<br>
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それでもドラマを手がける脚本家のばあい、その地位の向上は比較的早かった。直木賞作家にまでのぼりつめた向田邦子の名は、その没後、テレビドラマの脚本を対象にした賞に冠され、この分野ではもっとも権威のある賞の一つとなっているし、向田とはほぼ同世代（というか４つ年上。今年83歳というから驚く）で、いまなおテレビの世界に君臨しつづける橋田壽賀子は、財団を設立し、放送関係者や番組を対象に、みずから「橋田賞」という“あがり”をつくってしまった。<br>
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そんな脚本家たちに対して、バラエティの放送作家――いわゆる構成作家の立場はかなり長いあいだ軽んじられてきたように思われる。ほかの分野に転進しなかった構成作家一筋というような人には、忘れ去られてしまった人が多いのではないか。<br>
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ビートたけしの番組などを手がけた放送作家で、タレントとしても活躍する高田文夫が1984年に刊行した『コントもかけば恥もかく』（日本文芸社）では、そんないまでは歴史に埋もれてしまった構成作家たちについても触れられている。<br>
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たとえば、三波伸介司会で人気を集めた『お笑いオンステージ』を企画した前川宏司や、その一番弟子で、女性の構成作家の草分けとして『クイズ・ドレミファドン！』の企画などにかかわった福地美穂子などだ。だが、福地は76年に35歳でテレビ局内で急死、前川もまた82年、『お笑いオンステージ』の終了とほぼ時期を同じくして亡くなっている。45歳とやはり早世だった。<br>
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ちなみに、高田は日大芸術学部在学中の70年に塚田茂に弟子入りしている。塚田茂という人もテレビ史を語る上で重要な作家だ。『NHK紅白歌合戦』が初めてテレビで放送された際に、会場となった日劇の舞台監督として参加して以来、テレビ業界への転進後も30年以上にわたって紅白の制作にたずさわったほか、『夜のヒットスタジオ』や『オールスター家族対抗歌合戦』などといった人気番組を手がけている。このうち『夜ヒット』では、塚田自身も「歌謡ドラマ」という歌手らが演じる寸劇コーナーに出演もした。<br>
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さて、テレビが創生期を脱し、巨大産業となっていった70年代には、放送作家の歴史を語るうえでエポックともいえるできごとが起きている。このエポックをつくったのはコメディアンの萩本欽一だ。萩本は、坂上二郎とのコンビ・コント55号から個人での活動に移行するにあたり、自分と一緒にコントをつくる作家を育てるため、大岩賞介・永井準・詩村博史 ・鈴木しゅんじといった当時20代の若者たちを集めた。放送作家集団「パジャマ党」の誕生である。<br>
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それから５年ほどの修行期間を経て、萩本は『どちらさまも欽ちゃんです』というニッポン放送のラジオ番組でパジャマ党を初めてスタッフに起用、そのうちの一コーナー「欽ちゃんのドンといってみよう」がやがて『欽ちゃんのドンとやってみよう！』というテレビ番組に発展していくことになる。<br>
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ところで、パジャマ党のメンバーのうち、はかま満緒の弟子だった大岩をのぞく３人は日本大学の学生だったという。彼らが在学していたのは、ちょうど68年よりはじまった日大闘争とよばれる学生運動が激化していたころだ。萩本は入門したばかりの彼らから日大闘争の話を興味深く聞いたという。<br>
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先述の高田文夫が日大に在籍したのもちょうど闘争の最中だった。彼自身はおそらく運動に参加していないだろうが、彼の落語研究会での後輩だった森田芳光（のち映画監督）は運動に身を投じている。やはり同時期に日大生だったのが演出家のテリー伊藤である。つい先日放送されていた、日本テレビの開局55年の記念番組では、日大闘争の記録映像に映っている学生時代の伊藤の姿が紹介されていた。<br>
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そのテリー伊藤もまた放送作家の育成に力を入れている。80年代から90年代にかけて伊藤が演出を手がけた『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』では、「放送作家予備校」という企画が組まれ、このとき伊藤のもとに、そーたに・おちまさと・都築浩・池田一之・田中直人といった放送作家志望の若者が集まることになる。<br>
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それまで伊藤の事務所ロコモーション（85年設立）には放送作家がいなかったこともあり、彼らはかなり自由な雰囲気のなかで、たがいに切磋琢磨しながら腕を磨いていったようだ。そんな彼らの才能が一気に開花したのが、92年よりはじまった『進め！電波少年』である。<br>
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『電波少年』は、『元気が出るテレビ』で伊藤のもとで演出を務めた土屋敏男により企画され、前述のロコモーションの作家たちをはじめ、すでに深夜番組『カノッサの屈辱』でその名を知られていた小山薫堂や、雑誌『ビックリハウス』の投稿者出身で古舘プロジェクトに所属する鮫肌文殊といった当時の若手作家が結集した。<br>
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これは、60年代末の伝説的番組『巨泉・前武ゲバゲバ90分！』で、一回の放送につき150本ものコントをつくるため、三木鶏郎やキノトールといった大御所から、河野洋・井上ひさし・小林信彦・松原敏春・喰始など当時の中堅・新人まで大勢の気鋭の放送作家が集められたというのとよく似ている。その意味では、90年代においてかつての『ゲバゲバ90分』にあたる存在が『電波少年』だったのではないか。<br>
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『電波少年』の作家チームは、土屋みずから声をかけて集められたゲリラ集団のようなものだったという。なかには、高須光聖のように声をかけられながらも、ダウンタウンの番組以外の仕事は断らざるをえないという当時の状況から、参加を断念した者もいる。のちに<a href="http://www.mikageya.com/yu/11/index3.html#talk">高須は『電波少年』のチームがすごくうらやましかったと、参加した海老克哉に打ち明けている</a>ほどだ。<br>
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とはいえ、高須がかかわったほぼ同時期の『ダウンタウンのごっつええ感じ』にも、三木聡・倉本美津留・内村宏幸・木村祐一など、いまから思えば『電波少年』に負けず劣らず多彩な作家陣が集まっていた。<br>
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『電波少年』や『ごっつええ感じ』に参加した若手放送作家の多くもすでに40代をむかえ、業界の中核となっている。それに先行する高田文夫、あるいはパジャマ党の面々（永井準は一昨年鬼籍に入ったが）など現在60歳前後の作家たちにも現役の者が目立つ。なかにはおちまさとや小山薫堂のように、放送にかぎらず幅広い分野でプロデュース業などを手がける者もいるが、それでも軸足はまだ放送作家に置いており、肩書きもそのままになっていたりする。<br>
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こうした状況をみると、放送作家がようやく職業として確立されたように思われる。彼らは放送作家をステップではなくベースとして、別の分野に移ることなくテレビの世界で“あがる”方法を示しているといってもいいだろう。<br>
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サブカルチャーやユースカルチャーとよばれるものには、マンガやロックなど、本来なら若者特有のものだったはずの文化がいつのまにか世代を越えて定着してしまった、というようなケースが多々みられる。それはジャンルの成熟には避けられないことだろう。とすれば、放送作家という職業が年齢とあまり関係ないものになったいま、テレビのバラエティ番組というジャンルも成熟をむかえた、といえるのかもしれない。<br>
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●近藤正高（こんどう・まさたか）<br>
ライター。著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797346604/">『私鉄探検』</a>がある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/d-sakamata/">Culture Vulture</a>
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