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<title>ビジスタニュース - 中川大地</title>
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<title>中川大地「「森ガール」にできること～「少女」から「女子」への変遷の中で～」</title>
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<description>担当者より：文筆家／編集者の中川大地さんが「森ガール」について論じてくださった原稿をアップいたします。このキーワードの背景なども含めて周到に論じられておりますので、ご一読ください。

配信日：2010/02/24


2009年、急速に知名度を上げた流行ワードの一つに、「森...</description>
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<dc:date>2010-03-02T21:07:48+09:00</dc:date>
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<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>文筆家／編集者の中川大地さんが「森ガール」について論じてくださった原稿をアップいたします。このキーワードの背景なども含めて周到に論じられておりますので、ご一読ください。<br>
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<u>配信日：2010/02/24</u><br>
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2009年、急速に知名度を上げた流行ワードの一つに、「森ガール」がある。よく知られているように、エディトリアルデザイナーのchoco*氏が、知人に自分のファッションを「森にいそうだね」と評されたことから、同好の士を求めて2006年８月にmixiで立ち上げた「＊森ガール＊」コミュニティが、その始まりだ。<br>
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「ゆるい感じのワンピースが好き」「ナチュラル系にみえるけど、すこしクセのあるファッション」「民族系の服装もすき」「ガーリー」「カフェでまったりするのがすき」「カメラ片手に散歩をするのがすき」等々、60以上もの特徴を挙げて自己定義された森ガールは、今や何誌もの専門ムックも刊行される一つの女子トライブとして、すっかり定着した感がある。<br>
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ビジネス系・流行現象系の各種メディアでも、森ガールは何度となく扱われてきたが、そうした観察でよく言及されるのが、1980年代に注目を集めた「オリーブ少女」との類似性だ。すなわち、ファッションを中核としながらも、インテリアや雑貨、音楽や本など、ライフスタイル全般にわたって少女趣味的な虚構性で生活を覆おうとする傾向は、かつてマガジンハウスが刊行していた雑誌『オリーブ』（特に85年に就任した淀川美代子編集長以来の）で発信されていたメルヘンチックな路線を彷彿とさせる。<br>
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実際、『オリーブ』のスタイリストとして腕をふるった大森仔佑子や、同誌出身のモデル／デザイナーである酒井景都は、現在の森ガール雑誌にもカリスマ的扱いで登場しており、両者の感性がかなり共通しているのは間違いない。<br>
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さて、この森ガール。その命名のキャッチーさ、特異なキャラ立ちの良さによって大きな求心力を持った反面、やたらと揶揄やおちょくりを集めやすかったことも、トライブの外側から見た場合の特徴と言えるかもしれない。「そんな格好のやつは、森にいねえ（笑）」とでも言いたくなるような明白すぎるマガイモノ感をはじめ、「ゆるふわ、ほっこり」な不思議ちゃん的性向や、トイカメラをぶらさげて町を出歩く文化系的な自意識の在り方など、今時のすれっからした感覚からすると、どうにもこそばゆい。そんな現実離れしたツッコミどころの多さが、「沼ガール」や「磯ボーイ」といった数々の茶化しやパロディをネット上に生み出していたりもする。<br>
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要は、かつてのオリーブ少女がメルヘンの仮託先にしていたのが「リセエンヌ（フランス公立学校のおしゃれな女生徒）」だったとすれば、森ガールではそれが想像上の「北欧の森」に置き換わったというだけの図式だ。その意味では、あまりカルチャーとして先進的なところのない、凡庸で脆弱なトライブだと切って捨ててしまうことも可能だろう。たとえば雑誌『小悪魔ageha』発のage嬢たちのようなパンキッシュなインパクトや、速水健朗の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4562041633/">『ケータイ小説的。』</a>で浮き彫りにされたような、郊外に新たなコミュニティを築きつつある再ヤンキー化したジモト文化に匹敵する新時代の牽引力などは、今のところちょっと期待できそうにない。<br>
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むしろ、森ガールやオリーブ少女のメンタリティの根底にある、「ここではないどこか」を幻想の西洋などに求める衝動の本質を捉えようとするならば、さらにルーツを遡り、近代日本に「少女文化」が発生した地点に立ち返ってみる必要があるだろう。<br>
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そもそも「少女」とは、いかなる存在か。児童学者の本田和子や評論家の大塚英志らが、1980年代に展開した民俗学的な少女論によれば、近代以前の共同体社会に「少女」という概念は存在しなかったとされる。しかし、日本では明治後半～大正期にかけて、有産階級の子女に「良妻賢母」教育を行う女学校などの制度が確立。すなわち、初潮を迎えて生殖可能となった女性の身体を、やがて家父長制的な世帯の主となる男性に供給し、再生産単位に組み入れる日が来るまで、無傷で囲い込んでおくためのシステムが本格的に登場する。ここに、生産や性の現実から一時的に切り離された純粋な消費者である「少女」という存在が、近代社会の徒花として発生したのである。<br>
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ゆえに、少女たちはやがてモラトリアムを終えて自由を奪われ、システムに組み込まれて生殖の機械とされる抑圧的な宿命から、本能的に逃れようとする性向を抱いているとされる。そこから、「女」としての性的な成熟を忌避したり、「かわいい」もので汚れた現実を遮断・糊塗したりと、虚構と戯れる少女文化の系譜が生まれ、数多くの少女雑誌などを舞台にして積み連ねられてきた。とりわけ、戦後の高度経済成長が終わり、80年代の安定成長期になると、モノの実質的な使用価値でなく商品に付加された虚構的な記号やイメージが優勢となって市場を駆動する高度消費社会が全面化。いわば「少女」性が社会全体に拡散し、オリーブ少女を筆頭とする少女文化が、史上最も隆盛する時代となった（大塚<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4334723497/">『少女民俗学』</a><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4487752965/">『少女雑誌論』</a>など）。森ガールはその残滓を受け継ぐ、現状最後のランナーとして位置づけることができるだろう（※）。<br>
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しかしながら、男女雇用機会均等法やバブル崩壊後の長期不況によって、女性をめぐる文化状況も80年代までとは大きく変わった。近代建設期には多くの女性にとって普通であった専業主婦というライフコースは、90～00年代を通じて戦後的な価値観や雇用システムが崩壊した現在、もはや自明のものではなくなり、女性が人生を築いていく道筋は、男性と同等かそれ以上に多様で不透明なものになりつつある。<br>
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このように社会の都合に振り回され、「負け犬」ブームや「カツマー」現象などのように次第にやさぐれていく女子カルチャーの変化の有り様を、詩人で社会学者の水無田気流は「無頼化」と呼んだ。つまり、文字通り「他に頼むものがなく一人で生きていくことを前提に、あらゆる価値基準を決定するようになること」（水無田<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4862484387/">『無頼化する女たち』</a>）が、現代の女子カルチャー全体に通じる気運になっているという。<br>
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このことを80年代に全面化した「少女」の消長と結びつけて捉え直せば、ここ10年ほどでとみに増加した「女子」という言葉遣いそのものが、近代の徒花としての「少女」が無頼化し、変容していった概念なのだということに気づく。もはや少女と呼べる年齢的な若さや、素直に虚構に耽れるメンタリティは失ってしまっても、決して成熟した「女」にはなりきれない、宙ぶらりんな自己認識……。そんな納まりの悪さを、ちょっぴり自虐的なニュアンスを込めることで、なんとか現実に折り合わせていこうとする自意識が、「女子」を自認する現代女性たちには垣間見えはしないだろうか。<br>
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つまり、「夢みる少女」から「無頼化する女子」へ。遅れてきた少女文化であると同時に、最近の文化系女子のサブトライブでもある森ガールには、近代社会のモードチェンジが引き起こした、そんな女子カルチャーの移行の痕跡がうかがえるように思う。<br>
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実際、20代前半の大学生から社会人が中心の森ガールは、かつてのオリーブ少女よりも年齢層が高く、社会との接点は少しだけ広い。「＊森ガール＊」コミュニティ内でのコミュニケーションや専門誌に載った生の声をよくよく見ていけば、森ガールとしてのスタイルを現実遮断的なものとしてではなく、仕事や生活の生産活動の中での装いとして着こなそうとしていく人もいるし、人気の高いハンドメイド制作の話題では、時に「丸ノコと電動サンダーが欲しい」なんていうガテンな声まであったりして、意外に地に足のついたライフスタイルとして発展しそうな厚みや気骨を、実はひそかに感じさせてくれる。<br>
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というわけで、願わくは森ガールの皆さんたちには、そうした少女趣味的なモラトリアムを、女子ならではのダンディズムとして昇華していく芽を、もっともっと大きく育てていってほしいなと、個人的には思っている。<br>
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そうすることで、性や労働や加齢といったノイジーな現実をもエレガントに繰り込み、人生をよりハッピーに彩る一生モノのスタイルの母体として、森ガール・カルチャーはさらに素敵にしていけるはずだからだ。<br>
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森ガールは、現実の森には行けないかもしれない。けれども無頼な現実に、想像の森で生命的な潤いを加えていくことくらいなら、できるのかもしれない。もしかしたら。<br>
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（※）もうすこし詳しく見るなら、森ガールの前史には90年代後半に輸入された「ガーリー」ムーブメントの文脈を挿しはさむ必要がある。ファッション用語としてのガーリーは、単に「ポップな少女性」を意味するというよりも「girlie（売春婦）」が語源となっており、そこから「女性らしさの見直しや、キッチュな女らしさ、セクシーだけどキュート、あくまでも女性らしさを失わず、いかに変化発展していくかを楽しみながらチャレンジする姿勢への賞賛と、少しの自嘲と照れが込められた言い方」（<a href="http://kw.allabout.co.jp/glossary/g_fashion/">「ALL About」ファッション用語集</a>）だとされる。<br>
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つまり、男性からの性的なまなざしをひとまず受け入れた上で、「女らしさ」をセルフパロディ化しながら、あくまで女性自身が「かわいい」と思えるためのスタイルを再編成する批評的な姿勢がガーリーの根底にあり、本論後半で論じた00年代女子の「無頼化」とも少なからず共通した心性と言えるだろう。<br>
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2007年公開のソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』では、徹底的に現代女性のガーリー・コスプレ姿として描かれたキルスティン・ダンスト演じる王妃マリーが、性と消費に溺れるバブリーな遊蕩生活の虚しさに気づくと一転、にわかなロハスな菜園暮らしに向かうさまが戯画的に描かれているが、これは政略結婚でモラトリアムを断たれた少女が、ガーリー的な無頼化を経て、森ガール的な心性を派生させる女子カルチャー史への批評としても読み解きうる。<br>
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●中川大地（なかがわ・だいち）<br>
1974年生、文筆家／編集者。<br>
アニメ、ゲーム関連のコンセプチュアル・ムックの制作を中心に、虚構と現実を架橋する各種評論・ルポ・雑誌記事などを執筆。<br>
編著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4877770526/">『アルファ・システム　サーガ』</a>（樹想社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4877770933/">『クリティカル・ゼロ　コードギアス 反逆のルルーシュ』</a>（樹想社）、論文に「生命化するトランスモダンへの助走」（<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4140093471/">『思想地図vol.4』</a>所収NHK出版）など。<br>
本当は、森ガール的なスタイルの先駆と理想のアラフォー像は遊佐未森にあると信じているミモリスト。ぜひどこかの森ガール雑誌で、未森さんインタビューをやらせてください……！<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/qyl01021/">暁のかたる・しす</a>]]>
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