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<title>ビジスタニュース - 田中秀臣</title>
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1538586.html">
<title>田中秀臣「二・二六事件と“改革病”」</title>
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<description>担当者より：経済学者の田中秀臣さんが二・二六事件に触れつつ、改革の熱に浮かされる人々の問題を論じた原稿です。また、田中さんは近日、上念司さんとの共著『「復興増税」亡国論』を上梓されるとの由。その新刊やこちらのインタビュー（聞き手は辻本力さん）もぜひお読み...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2012-01-05T13:00:21+09:00</dc:date>
<dc:subject>田中秀臣</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>経済学者の田中秀臣さんが二・二六事件に触れつつ、改革の熱に浮かされる人々の問題を論じた原稿です。また、田中さんは近日、上念司さんとの共著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4796689931/" target="_self" title="">『「復興増税」亡国論』</a>を上梓されるとの由。その新刊やこちらの<a href="http://www.sbbit.jp/article/cont1/22302" target="_self" title="">インタビュー</a>（聞き手は<a href="http://bisista.blogto.jp/archives/cat_42582.html" target="_self" title="">辻本力さん</a>）もぜひお読みください。<br>
<br>
<u>配信日：2007/02/21</u><br>
<br>
 <br>
いまからおよそ70年前の二月二六日に、帝都東京を舞台にした陸軍の青年将校による政権打倒・「昭和維新」を目指すクーデターが起きた。当時の高橋是清蔵相ほか、政権の幹部を殺傷、多くの軍・政府施設を占拠して数日後に反乱軍の解散という事態で失敗に終わったこのクーデターは、日本の現代史にさまざまな伝説を残して今日も語られている。<br>
<br>
例えば、この二・二六事件は、「皇道派」と「統制派」という陸軍内部の主導権争いであり、前者が敗北し後者が勝利したことで本格的な戦争の時代に突入した、という解釈がいまも歴史の教科書やメディアなどに掲載されている。また、この二・二六事件が「昭和維新」という天皇を中心とした国家改造計画を狙ったものであることから、このクーデターの首謀者たちに思想的影響を与えた北一輝・西田税の関与も噂された。実際にこの二人は事件当時逮捕され、やがて青年将校たちとともに非公開・弁護士なしの軍法会議の果てに、死刑判決・銃殺に処されてしまう。<br>
<br>
しかし現在では、研究者・マスコミ関係者の地道な実証研究により、二・二六事件の実態の多くが明らかになってきている。まず歴史学者の伊藤隆・北博昭の裁判記録の発掘とその公表が特記されるべきであろう（『新訂　二・二六事件　判決と証拠』朝日新聞社）。北はさらにこの記録を元にして事件の全貌についての詳細なパノラマを描いてもいる（<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022598212" target="_self" title="">『二・二六事件全検証』</a>朝日選書）。<br>
<br>
また、いまから30年近い前にNHKで全国放映された二・二六事件時の軍部による盗聴の録音盤をめぐる番組のその後の展開を追った中田整一の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4167773430/" target="_self" title="">『盗聴二・二六事件』</a>（文春文庫）は、伊藤・北らと同様に西田や北が“通説”のようにクーデターの黒幕でもなんでもないことを明らかにしていて興味深い。そして、私自身も寄稿した<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4894345552/" target="_self" title="">『二・二六事件とは何だったのか』</a>（藤原書店）には、事件当時の内外の報道や知識人たちの反応や、また事件の現代的意義を明らかにした多くの論説を収録していて有意義である。<br>
 <br>
私はこの最後の本の中に収録されている哲学研究者・古田光の三木清についての論説に注意を引かれた。というのも最近、浜田宏一、野口旭、若田部昌澄各氏らともに刊行する日本の経済政策の研究書の中に、私は三木清と笠信太郎の構造改革主義についての論説を寄稿したばかりだからである。二・二六事件をうけての三木清の反応とその影響について、事件に刺激されて三木なりのヒューマニズムに立脚する日本の改革を志向するようになったと古田は書いている。また、二・二六事件を「ファッシズムの非合理化」の現れとして、真の社会の合理化（つまり昔風の構造改革）として資本主義社会の改革を目指した、と古田は指摘している。その具体的なものが、三木が日中戦争以降に展開した日中親善に立つ大東亜共栄圏（いまなら東アジア共同体だろう）の確立につながっていく。<br>
<br>
しかし私はこのような三木清の二・二六事件からの歩みは間違いであったと思う。まず日中戦争勃発時に、天下り的に日中親善を唱え、「思想的課題」として東アジア共同体的な発想を謳ったが、それは戦争状態を思想的な問題に摩り替える詐術を伴うものであった。やがてこの戦争状態という目前のリスクをみない姿勢は、大東亜共栄圏とそれによる日本の現状の改革というユートピア的な産物に化身していく。実は、二・二六事件の衝撃が、このような目前のリスクに無頓着な構造改革主義を生み出すだろうと、事件当時いち早く注目した人物がいる。当時の『東洋経済』編集長石橋湛山である。<br>
<br>
<i>「記者の観るところを以てすれば、日本人の一つの欠点は、余りに根本問題のみに執着する癖だと思う。この根本病患者には二つの弊害が伴う。第一には根本を改革しない以上は、何をやっても駄目だと考え勝ちなことだ。目前になすべきことが山積して居るにかかわらず、その眼は常に一つの根本問題にのみ囚われている。第二には根本問題のみに重点を置くが故に、改革を考えうる場合にはその機構の打倒乃至は変改のみに意を用うることになる。そこに危険があるのである。<br>
　これは右翼と左翼とに通有した心構えである。左翼の華やかなりし頃は、総ての社会悪を資本主義の余弊に持っていったものだ。この左翼の理論と戦術を拒否しながら、現在の右翼は何時の間にかこれが感化を受けている。資本主義は変改されねばならぬであろう。しかしながら忘れてはならぬことは資本主義の下においても、充分に社会をよりよくする方法が存在する事、そして根本的問題を目がけながら、国民は漸進的努力をたえず払わねばならぬことこれだ」</i><br>
（「改革いじりに空費する勿れ」昭和１１年４月２５日『東洋経済』社説）。<br>
<br>
何か予想だにしない大事件が起きたときに、「根本問題」に惑溺することで、目前のリスクを見失うな、という湛山の教訓はいまも重い。<br>
<br>
<br>
●田中秀臣（たなか・ひでとみ）<br>
上武大学ビジネス情報学部教授。経済学者。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4140882832/">『雇用大崩壊』</a>（NHK生活人新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797336552/">『経済政策を歴史に学ぶ』</a>（ソフトバンク新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492260986/">『偏差値40から良い会社に入る方法』</a>（東洋経済新報社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4023308722/" target="_self" title="">『ＡＫＢ４８の経済学』</a>などがある。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4796683429/" target="_self" title="">『震災恐慌！』</a>（宝島社）など。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/">Economics Lovers Live</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1295857.html">
<title>田中秀臣「岡田靖＝ドラエモンの経済学」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1295857.html</link>
<description>担当者より：経済学者の田中秀臣さんによる、先日お亡くなりになった岡田靖さんの活動についての原稿をアップいたしました。田中さんの新刊『デフレ不況 日本銀行の大罪』（朝日新聞出版）と併せてぜひお読みください。

配信日：2010/05/06


岡田靖（内閣府経済社会総合研...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-05-11T21:36:26+09:00</dc:date>
<dc:subject>田中秀臣</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>経済学者の田中秀臣さんによる、先日お亡くなりになった岡田靖さんの活動についての原稿をアップいたしました。田中さんの新刊<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4023308137/">『デフレ不況 日本銀行の大罪』</a>（朝日新聞出版）と併せてぜひお読みください。<br>
<br>
<u>配信日：2010/05/06</u><br>
<br>
<br>
岡田靖（内閣府経済社会総合研究所主任研究官）さんがお亡くなりになってすでに一月近くが過ぎ去ろうとしている。時の流れはやはり情け容赦ないものだと思う。岡田さんは大和総研、クレディスイスファーストボストン証券（現クレディスイス証券）、学習院大学客員教授を歴任した後、内閣府で経済分析の仕事に携わってきた日本屈指のエコノミストであった。<br>
<br>
野口旭氏（専修大学教授）が、「岡田さんは（民間）エコノミストでは日本で一番の人だった」といったことがあるが、僕も同じ考えを共有している。そして、また『夕刊フジ』の追悼文など各所で書かれているように、ネットの世界で「ドラエモン」としてその見識の高さを知られ、ネットを中心にしたいわゆる「リフレ派」「リフレ政策賛同者」たちに大きな影響を与えた人としてきわめて大きな功績をも残している。<br>
<br>
ここでいう「リフレ」（リフレーションの略語）とは、日本の長期停滞がデフレとデフレ期待のまん延にあるとして、そこからの脱却を金融政策の転換と、それによる低インフレ状態で成し遂げようとする考えをいう。このリフレ派の経済学については、<a href="http://bisista.blogto.jp/archives/1205163.html">より詳しい解説</a>をビジスタニュースに最近寄稿したのでそれを参照されたい。<br>
<br>
僕が初めて岡田靖さんと出会ったのは、2001年の暮れのことである。当時、僕は野口旭氏と<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492393617/">『構造改革論の誤解』</a>（東洋経済新報社)を世に出したばかりだった。この本は当時の小泉純一郎内閣の「構造改革」を批判的に検証し、同時に日本の長期停滞を日本銀行の政策の失敗に求めたものだった。時を同じくして岩田規久男先生（学習院大学教授）の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492393595/">『デフレの経済学』</a>も同じ版元と同じ編集者（中山英貴氏）によって企画編集され、世に問題提起をされたばかりであった。<br>
<br>
岩田先生の本もいうまでもなく日本の長期停滞を日本銀行の事実上の金融引き締め政策の反映であること、その現れであるデフレーションを止めることを提言したものであった。中山氏の仲介で、その年の年末に岩田先生、野口氏、僕、そして岡田さんを加えて一席を共にすることになった。<br>
<br>
その少し前に、野口氏から<a href="http://www.ichigobbs.org/">「苺経済板」</a>というのがあってそこで書いているドラエモンという人がいて僕らと考えがとても似ている」ということを教わっていた。いまから思うと信じてもらえないかもしれないが、当時の僕はメール以外は、ネットにまったく興味がなく、もちろん掲示板にも関心がなかった。<br>
<br>
その最初の会合で、後に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492371028/">『昭和恐慌の研究』</a>（東洋経済新報社、2004年、日経経済図書文化賞受賞作）に結実することになる昭和恐慌の研究会をしようという話がでたことと、そして帰り際に野口氏が「岡田さんがドラエモンなんだよね」と教えてくれたことは覚えている。その日の深夜だったと思うが、初めて僕は<a href="http://www.ichigobbs.org/">「苺経済板」</a>を見た。さっきまで一緒に食事をしていたはずの岡田さん＝ドラエモンが、もう物凄い勢いで書き込みをしていた。<br>
<br>
しかも経済問題を数字と理論、そして独特の語り口で、数多の名無し・匿名を相手に丁寧に経済問題を解説しているかと思うと、他方では（ちょっとしたユーモアを交えながら）次々と論破していった。これは面白い世界だな、と僕はとてもひきつけられたのである。<br>
<br>
その後、<a href="http://www.ichigobbs.org/">「苺経済板」</a>は2001年から04年冒頭ぐらいにかけて、ドラエモンを中心に非常な活況を呈した。もちろんその背景には、小泉＝竹中構造改革、そしてなによりも速水優総裁下の日本銀行のずさんな政策、また後にテイラー・溝口介入としられる緩和政策の発動などが、話題としてあった。<br>
<br>
要するに日本の経済危機に多くの人々が不安を抱き、その不安の解消を求めて、ネットの世界を漂流していた。そして少なくない人たちが<a href="http://www.ichigobbs.org/">「苺経済板」</a>にたどり着いていた。そこで新聞やテレビなどの既存メディアで喧伝されていた、構造問題、財政破たん、中国発デフレ説などなどと、違う見解を論じていたのが、苺のマスターことドラエモンであったのだ。<br>
<br>
当時の<a href="http://www.ichigobbs.org/">「苺経済板」</a>にはいろいろな匿名コテハンがいたのを思い出す、ドラエモン、すりらんか、一夢庵、ザモデルなどなど。彼・彼女らとの時に有益、時に無駄な論争は、いまはとても懐かしいし、またちょっと恥ずかしい（笑）。そして唖然とすることは、いまだにそこで論じられていた日本銀行の失政がまったく変わることなく繰り返されていることだ。<br>
<br>
しかしそれでも世論の中では、日本の長期停滞にデフレが大きく関わっていること、そしてそのデフレ解消に日本銀行が責任を持つものであることが、次第に理解されてくるようになったと思う。特にいまのネット論壇（そのようなものがあるとしてだが）では、日本の経済問題をちゃんと論じることのできる人たちの圧倒多数がいわゆる「リフレ派」もしくは「リフレ政策賛同者」たちだ。<br>
<br>
このネットの経済問題の世論形成に決定的な影響を及ぼしたのは、疑いなくドラエモンだろう。特にドラエモンとして<a href="http://www.ichigobbs.org/">「苺経済板」</a>で思うままに論議する一方で、日本でも稀有な「実務家と同時に経済学者」（高橋洋一氏［嘉悦大学教授］談）の資質をフル回転していたクレディファーストボストン証券のチーフエコノミスト岡田靖として、その傑出した部下であった安達誠司氏（現ドイツ証券シニアエコノミスト）とともにこれまた惜しげもなくネットに送りだしてきた「日本経済ウィークリー」の名論説は、日本の草の根レベルの経済問題の意識を決定的に向上させたと思う。思えば（世の中は経済危機であったが、知的な意味では）幸福な時代だったと思う。<br>
<br>
岡田靖＝ドラエモンによって、日本に「リフレ派」が確固たる存在にネット世界ではなった。もちろん黒木玄氏（東北大学助教）、山形浩生氏らの活動も忘れてはならない。もちろん「リフレ派」などというものは、党派ではない。単にデフレ（デフレ不況）を、低インフレ状態に移行することで長期停滞を脱しようとする意見の人々を括っただけにすぎない。だからドラエモンは党派のリーダーでもなんでもなかった。彼は単に標準的な経済学を、エコノミストとしてのハードな本業の合間に、ほとんど不眠不休で掲示板に思うままに書いていたにすぎない。彼の意見に賛同する人たちは単に「ふつう」になっただけにすぎないのである。<br>
<br>
ドラエモンは膨大な掲示板への書き込みを残した。検索によるとその数は２万件に迫る。またこれは２ちゃんねる掲示板に書き残された匿名氏による<a href="http://hicksian.cocolog-nifty.com/irregular_economist/2006/03/post_00a3.html">「経済学がこの世から消えたら・・・」</a>もまたドラエモンの作品である。これは岡田さんから直接聞いたことなので確かだろう。<br>
<br>
この掲示板の書き込みは経済学が禁止された近未来を描くもので、そこではまたデフレが超長期化した末の日本の国土崩壊を描いていた。批判精神とぴりりと利いたジョークが十全に発揮された短編だった。この空想小説を核にすると、ドラエモンとしての一連の書き込みもよく配置できるだろう。これは稲葉振一郎氏（明治学院大学教授）の指摘でもあった。<br>
<br>
たとえば『夕刊フジ』での岡田さんの追悼記事（4月27日、中田達也記者）でもコメントしたことだが、ドラエモンとして一番ユニークな発言というのは、ネット社会で日夜流通している経済学の常識では考えられないようなおかしな議論を「トンデモ経済学」として批判したことと、あわせてその「トンデモ経済学」の由来である経済学者やエコノミストあるいは新聞やテレビでの記者や評論家たちの発言を容赦なく批判することであった。<br>
<br>
このような試みは掲示板だけにとどまることもなかった。例えば、20世紀末からそのような「トンデモ経済学」を批判し始めていた野口旭氏の試み（<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4535552843/">『経済学を知らないエコノミストたち』</a>［日本評論社］などとして結晶）とも共鳴し、それがやがて<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4872337956/">『エコノミスト・ミシュラン』</a>（太田出版、2003年）にも結実していった。もちろん岡田さんはこの本にも重要な寄稿者として参加している。<br>
<br>
また掲示板では何度か有意義な「論争」が行われた。ドラエモンとしては、いわゆる「ザモデル論争」というものがあった。これは90年代から経済学の主流になったＤＳＧＥ（動学的確率的一般均衡理論）をめぐる話題であった。<br>
<br>
例えば、クルーグマンがデフレ不況脱出の処方箋として提起したインフレターゲットの理論的基礎を、掲示板レベルで再考する際の「勉強」レベルに注意を促したものであったと思う（詳細は矢野浩一氏［駒澤大学准教授］の<a href="http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20061221/p1">ブログのエントリー</a>を参照）。日本ではこの話題については、特に加藤涼氏（日本銀行）の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492313702/">『現代マクロ経済学講義』</a>（東洋経済新報社）を読めばある程度の見通しがつくだろう。<br>
<br>
もうひとつの「論争」は、主に黒木玄氏の掲示板を中心に行われた塩沢由典氏のリフレーション批判をめぐってのものだ。詳細は黒木氏がまとめた<a href="http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/YasushiOkada/index.html">岡田さんの発言リスト</a>参照。または私の掲示板時代の経済学をまとめた<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20080128#p3">ブログエントリー</a>参照。<br>
<br>
これは事実上デフレのまま日本経済の清算をすすめるべきであるという塩沢氏の価値判断を炙り出す一方で、デフレから低インフレにするコストが社会厚生上ほとんど問題とならないことが「論争」の成果であった。<br>
<br>
またこの論争のスピンオフとして掲示板や内閣府での報告などで黒木玄氏が、そして猪瀬直樹メールマガジンなどでの高橋洋一氏が、斎藤誠氏（一橋大学教授）のブラックホール仮説への批判を行った。簡単にいうとデフレ脱出の理論的可能性やハイパーインフレーションが貨幣的な現象か否かを争うものであった。これらは今でもネットでの経済問題の論議で何度も変奏曲を伴いながら語られていることでもある。その論議の中で岡田＝ドラエモンは中心的な話題の提供と論議の方向付けを行っていた。<br>
<br>
岡田さん自身の公表された経済学のスタンスは、もちろんリフレ派的な主張のものが大半である。日本のデフレがなぜ長期にわたり、なおかつ小幅なのか、という問題をめぐるものであった。その理論的な答は、日本銀行の政策スタンス＝政策レジームにある、というのが岡田さんの結論であった。<br>
<br>
もちろんこの点は昭和恐慌研究会でも多くのリフレ派、リフレ政策賛同者の間でも共通して抱かれている見解でもある。岡田さんはこの政策レジームの転換を通して、日本のデフレからの脱却を一貫して主張したのである。それも多くの人よりも先駆的で、なおかつ人並み外れて徹底的に考えていたと思う。その思索の方向を規定したのが、貨幣数量説への挑戦と、日本の停滞を構造問題に還元する様々な仮説との戦いを通してであった。<br>
<br>
論文“Is the Persistence of Japan’s Low Rate of Deflation  a Problem?”（<a href="http://d.hatena.ne.jp/Hicksian/20100414#p1">翻訳</a>）や、論文「バブルデフレ期の日本の金融政策」（浜田宏一先生［イェール大学教授］との共著。<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4766416759/">『デフレ経済と金融政策』</a>［慶応義塾大学出版会］に収録）では、伝統的な貨幣数量説に依存せずに、日本銀行の金融政策の運営が90年代において変化したこと（「物価の安定」とされる政策目標が事実上０～１％になり、それ以前までの水準から大きくひきさげられた）、さらにその極めて低い「物価安定」でさえも日本銀行は達成することに失敗していること（＝デフレとデフレ期待のまん延）を、理論・実証両面から明らかにした。<br>
<br>
また浜田先生との一連の共著論文では、実質為替レートが90年代から今日まで高めに維持されていて、それが日本銀行の先のデフレ志向の政策スタンスと整合的であることを明らかにした（同時に交易条件と実質為替レートが異なるものであることにも注目していることも重要だろう。この点については岩田規久男先生の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4004311969/">『国際金融論入門』</a>［岩波新書］をぜひ読まれたい）。<br>
<br>
この浜田・岡田論文で、日本の長期停滞を構造問題に求める一連の見解が事実上成立しないこと（貨幣的で国際的要因が長期停滞の真因であること）が確証されている。この貨幣的・国際的要因への注目は、もちろん同じく貨幣的・国際的要因がキ―であった昭和恐慌の研究の蓄積も貢献しているのは疑いない。<br>
<br>
また日本銀行の政策スタンスをめぐる問題でも、渡辺努氏（一橋大学教授）との周到な論議の応酬を収録した<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4532132711/">『論争　日本の経済危機』</a>（日本経済新聞社、2004年）、デフレが雇用の悪化、財政危機をもまねくことを説明した<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4532350301/">『まずデフレをとめよ』</a>（日本経済新聞社、2003年）の中の論説、若い気鋭の論者たちと共同作業をした<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4334975747/">『経済成長って何で必要なんだろう？』</a>（光文社、2009年）など、数は少ないながらも岡田さんの鋭い論説は繰り返し読まれる価値があるだろう。<br>
<br>
ドラエモンとしての掲示板を中心とした活動はほぼ2004年を境として次第に落ち着いたものになっていった。これは荻上チキ氏（批評家、αシノドス編集長）とも話したことだが、ネットの中心が掲示版からブログへ、そしていまはTwitterなどで移行したことが大きいだろう。しかしいまでもブログやTwitterをみれば、そこで論理的に整合的で、なおかつ実証的な意識鋭く論をたてて元気に論争している多くの名無し・匿名または有名の人たちに、ドラエモンの「息子」「娘」の姿を認めないわけにはいかないだろう（岡田＝ドラエモンについてのネットのまとめは<a href="http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20100412/1271084250">Baatarism氏のブログ</a>参照）。<br>
<br>
岡田靖さんの未完の草稿はやがて飯田泰之氏・矢野浩一氏たちの手によってまとめられることだろう。いままでの珠玉の論文も一書にまとめるべきだろう。そしてできればドラエモンとしてのネットの活動も適切な解説とともにまとめることが重要だろう。それが彼から影響をうけた人たちのささやかだが大切な仕事ではないかと思っている。またこれからの大きな楽しみでもあるのだ。<br>
<br>
時は情け容赦なく人を忘却の中に追いやっていく。しかし岡田靖とドラエモンが、日本のきたるべきデフレ脱却と、まともな経済政策の採用にむけた、学術的レベル・草の根レベルで果たした決定的な貢献を忘れてはいけない。それは単なる回顧を要求しているのではない。いまも私たち自身が取り組むべき多くの課題を思い出させてくれるからだ。<br>
<br>
<br>
●田中秀臣（たなか・ひでとみ）<br>
上武大学ビジネス情報学部教授。経済学者。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4140882832/">『雇用大崩壊』</a>（NHK生活人新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797336552/">『経済政策を歴史に学ぶ』</a>（ソフトバンク新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492260986/">『偏差値40から良い会社に入る方法』</a>（東洋経済新報社）などがある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/">Economics Lovers Live</a>]]>
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1251935.html">
<title>田中秀臣「マンガ批評マップ2010」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1251935.html</link>
<description>担当者より：経済学者の田中秀臣さんに、日本のマンガ批評の現在について書いていただいたものをアップいたしました。現状の見取り図としても非常に有益な内容になっているかと思いますので、ご一読ください。

配信日：2010/02/03


ゼロ年代最後の一年は日本のマンガ批評に...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-02-09T22:56:50+09:00</dc:date>
<dc:subject>田中秀臣</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>経済学者の田中秀臣さんに、日本のマンガ批評の現在について書いていただいたものをアップいたしました。現状の見取り図としても非常に有益な内容になっているかと思いますので、ご一読ください。<br>
<br>
<u>配信日：2010/02/03</u><br>
<br>
<br>
ゼロ年代最後の一年は日本のマンガ批評にとっては興味深い年になった。まず国際的なイベント「世界のコミックスとコミックスの世界――グローバルなマンガ研究の可能性を開くために」が開催された。内外のマンガ研究者を結集させたイベントは参加者にはそれなりの刺激になったことだろう。<br>
<br>
上記のイベントで基調講演を行ったフランスのマンガ研究者ティエリ・グルンステンを中心にしたシンポジウムに私は参加した。特にグルンステンの<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4791764536/">『マンガのシステム』</a>（2009年、青土社、野田謙介訳）をめぐる日本のマンガ研究者（伊藤剛、竹熊健太郎）との対論が面白いものだった。そこで伊藤らは、グルンステンの主張では十分にフォローされていない日本のマンガのユニークさを、特に少女マンガにおける表現に求めた。<br>
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伊藤が提示した例は、日本の「マンガ表現論」の主導者である夏目房之介の著作<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4140840668/">『マンガはなぜ面白いのか』</a>（1997年、ＮＨＫ出版）で「日本マンガの特徴」として紹介されていたものであった。いわば伊藤はここでグルンステンのマンガ理論が日本マンガの特徴をとらえていないのではないか、と疑問を呈したわけである。夏目はそこで「アニメのセルのように重なるコマ構成」を日本マンガの特徴としてあげて、以下のように書いている。<br>
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「つまり多層的な時間が、重層するコマという空間に投影されているのです。時間分節と圧縮／開放の働きにとどまっていた古典的なコマ構成では、ここまで微妙に多層化した内的時間を実現することはできなかったでしょう」（夏目前載書、172頁）。<br>
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難しい表現だが、要するに古典的なマンガは空間（コマ、間白など）が、表現されている時間の流れをほぼ単線的（過去から現在そして未来へと）描いているのに対して、日本マンガの空間による時間の操作はより複雑になっていて、一瞬のうちに過去・現在・未来が交差するものとして表現されている（あるいは時間分節さえも拒否するように表現されている）、ということである。<br>
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いずれにせよ、ここでのポイントは空間（コマなど）を操作することで複雑な時間表現（時間を表現することの拒否を含む）を可能にしている、というわけだ。この伊藤の指摘に対して、グルンステンはそれらの表現は彼のマンガ論を代替する可能性を秘めたユニークなものではなく、マージナルなものである、という認識を提示した。簡単にいうと、伊藤らが提示し日本マンガの多層的な表現もグルンステンの<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4791764536/">『マンガのシステム』</a>の範囲内で語れる特殊なサンプルでしかない、ということだろう。<br>
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ところで、そもそもグルンステンの主張とは何であったろうか。これについては以前、<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20091220#p1">自分のブログの中で詳細に説明した</a>ので参照していただきたい。<br>
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簡単にいうとグルンステンの試みも、空間（コマ、間白など）によって時間を操作するという点では夏目らと基本的に同じ視点に立っている。しかも夏目たちが日本マンガ表現のいわば標本学的な視点を採用しているのに対して、グルンステンは空間（＝時間）の選択が、物語を生み出すという視点からの合理的な選択であることを明らかにしたことにある。彼の造語である「物語計画」とはそのような合理性を端的に表現したものであり、この計画に適応しない空間（＝時間）の選択は、いわばマンガ表現において「不適切」「非効率的」なものとして評価される。<br>
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実際にマンガ制作者や読者がそのような「物語計画」を意識してマンガを描いているか、読んでいるかどうかはあまり問題ではない。グルンステンの議論からいえることは、そのような合理性を基準にしないでは、単にマンガは恣意的なコマやその構成物の集積にしかすぎなくなる、というものであった。<br>
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グルンステンの理論では、空間（＝時間）の操作は、日本マンガのように多層化することも容易に拡張可能である。それは操作するパラメーターの問題でしかない。重要なのはそのパラメーターをどのような観点で選んでいるか、ということに尽きる。そのため伊藤や夏目のように日本マンガの特徴としていくつもの表現のサンプルを提示されても、いわばエアコンの温度がいま何度であるかをいっているだけにすぎない。問題なのはその温度が（物語計画にとって）最適な温度であるかどうかなのである。<br>
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グルンステンの指摘は、私には日本のマンガ表現論の欠陥（空間＝時間を選択する上での基準の欠如）を指摘しているようでとても興味深く聞けた。この日本のマンガ表現論の欠陥をとりあえず合理性基準の欠如と呼ぼう。この合理性基準の欠如は、日本マンガ表現論の最先端をいくと思われる泉信行の漫画論同人誌『漫画をめくる冒険』にも共通している。泉はその本の中で、「視線の力学」を提示している。しかしある視線が他の視線になぜ優位しているのか、それを決定する基準がやはり欠如している。例えば右から左に読むという視線の力学は、いったい合理的な基準によるものなのか、あるいはなんらかの非合理的なバイアスなのか、泉の議論では非決定なままである（注１）。<br>
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もちろんグルンステンのような合理性基準だけでいわば形式的に接近するやり方だけが、マンガ研究のすべてではないだろう。例えば合理性基準よりも強い私的な価値判断を重視することなど多様なアプローチがある。<br>
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例えば、岡崎乾二郎「３３３からトビウツレ」（『現代詩手帖』1985年11月号）や瓜生吉則<a href="http://yossy32.hp.infoseek.co.jp/pcc.htm">「メディアとしての〈梶原一騎〉――あるいは“劇画の帝王”の語り方」</a>だ。あるいは社会的な基準を重視する見方もある。杉田俊介『無能力批判』（2007年、大月書店）や、ササキバラ・ゴウの<a href="http://homepage3.nifty.com/sasakibara/comic/index.htm">「まんがをめぐる問題」</a>などの貢献もある。<br>
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マンガ「研究」に対比し、マンガ「批評」を志向することもその批評を読む面白さという点だけでみればもちろん否定することはできない。例えば、いしかわじゅんの<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4778031121/">『秘密の本棚』</a>（2009年、小学館クリエイティブ）、あるいは論者自身が判断基準となっているという点では吉本隆明の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4778037065/">『全マンガ論』</a>（2009年、小学館クリエイティブ）も同類だろう。2009年に刊行されて注目を浴びた『漫画批評』創刊号には、日本におけるマンガ「批評」の在り方を端的に示した表現があった。<br>
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<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4794962320/">『漫画の時間』</a>（1995年、晶文社）を出したばかりの、いしかわじゅんが、「面白い漫画の評論本を出すんだ。面白い漫画を取り上げるだけじゃない。評論そのものを美しい言葉で書いて、読んで楽しい評論になるように作ったんだよ。」と米澤嘉博に言った。この言葉に対して米澤は、「漫画の評論に面白さなどいらない。ただ、事実が正確に記載されていればいい」と猛烈に反論したという（『漫画批評』創刊号26頁）。<br>
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このいしかわの発言は、日本でマンガを論評する多くの人たちに安堵と居直りを提供するだろう。その一方で、米澤の事実だけの記述がマンガ評論のすべてである、という発言もまた、マンガ表現の標本を「事実」として収集することだけが、研究そのものである、とも解釈されてしまうであろう。そしてそのようにいままで解釈されてきた、というのが日本のマンガ研究の現状である（注２）。<br>
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マンガの制作者あるいはマンガの消費者がどんな基準で、ある表現を別な表現よりも選択するのか、このような選択の際の基準が欠如したままでのマンガ論の議論はあまり実りの大きいものではない。例えば、竹内オサムは<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4771020264/">『本流！マンガ学』</a>（2009年、晃洋書房）で、伊藤剛の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4757141297/">『テヅカ・イズ・デッド』</a>（2005年、NTT出版）の中での竹内批判に応えるかたちで反論を行っている。しかし筆者の見るところ、両者は手塚の表現が多様であるかどうか、という標本数の大小を、マンガ表現論そのものの多様性とすり替えてしまっているのではないだろうか？（注３）<br>
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ここで、竹内の「同一化技法」（映画的手法）がマンガ表現論の可能性を制約した、という伊藤の批判ほどこの論争の特徴を際立たせるものはない。伊藤にあっては竹内の表現論は先の夏目的なマンガの多層性をとらえることができない、というわけである。それに対する竹内の批判は、自らの見解もマンガの多層性・多様性をとらえることができる、というものであった。しかしまたもや指摘したいのは、問題はマンガ表現の多層性や多様性のサンプルを提示することではない。問題の核心は、その表現がなぜ（物語計画によって）選ばれたのか、その選択の基準を明確にすることである。<br>
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おそらくマンガにおける合理性基準の欠如の問題は想像以上に深刻である。先にも書いたように竹内と伊藤の争いも要するにどちらが多くのマンガ表現を許容しているか、ベタにいってしまえば、どちらが多くのマンガ表現を知っているかの争いになってしまう。マンガ表現の博物的知識の多寡を競いあるというレベルではないだろうか。<br>
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コマ枠（フレーム）を突き破って、そのフレームにぶらさがっているような登場人物のマンガを例示しながら、伊藤は次のように「フレームの不確定性」こそが、映画と区別できるマンガの特質であると書いている。<br>
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「ここで重要なのは、普段は「コマ」の側にあるとして読まれていた「画面」が、キャラがコマ枠を突き破ったりぶらさがったりしたときに、「紙面」に切り替えられるということである」（伊藤前掲書、204頁）。<br>
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「もっといえば、マンガでは「フレーム」は厳密には「コマ」と「紙面」のどちらに属するものか、一義的に決定することができない。この不確定性こそがマンガをマンガたらしめており、かつ「とらえにくさ」をもたらしている。さらにいえば、これが映画との決定的な差異なのである。そして、これまでのマンガ表現論が明言してこなかった特性である」<br>
（伊藤前掲書、200頁）。<br>
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ところでウッディ・アレンの『カイロの紫のバラ』という映画がある。主人公のミア・ファローが映画をみていると、その映画の登場人物が突如としてミア・ファローの側に飛び出てくる。このとき映画の中の映画のフレーム（枠）は、「コマ」（ミア・ファローがみている映画の世界）に属しているのか、あるいは「紙面」（ミア・ファローのでている映画）に属しているのか、これも不確定ではないだろうか。3D映画（これは何十年も前からあるが）ではさらに映画とマンガを区別するものを、「フレームの不確定性」に求めるのは難しいのではないだろうか？<br>
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実は、いま私が書いたような反論の仕方もまた、マンガや映画表現の博物学的知識の多寡を争っている一例にしかすぎないのだ。このような映画とは何々が特性であるとか、マンガとは何々が特性であるとか、という表現上の「特性」と称するものを並べてもあまり意義のあることではないだろう。<br>
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「フレームの不確定性」の問題も、単なる空間（＝時間）を規定する諸パラメーターをどのように最適に決めるかという問題として考えることができる。ある空間の大きさ（コマをはみ出る登場人物など）、形（フレームをつかむ手）、位置（一枚の紙のどこにおかれるか）などを、物語計画にそって描いていく。その空間を「コマ」といっても「紙面」といっても、あるいはどちらでもないといってもあまり大きな意義は見出しにくいということである。<br>
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つまり映画やマンガは、空間（＝時間）の最適な選択問題として一般化されるだろう。私は上記に参照先をあげたグルンステンモデルの一般化の中でそのような方向性を示唆したつもりである。従来のマンガ独自と称する表現の多様性や多層性をめぐる議論を繰り返しても、それは何度もいうが単なる知識の多寡を競う博物学的問題でしかないだろう。さらに場合によっては不毛な議論ともなるかもしれない。<br>
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例えば、竹内一郎の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062583542/">『手塚治虫＝ストーリーマンガの起源』</a>（2006年、講談社）をめぐる一連のマンガ研究者からの批判がある。その批判も（竹内オサムへの批判同様に）竹内一郎がどのくらい手塚治虫らのマンガ表現、あるいはマンガ表現の言説をめぐる発言を知っているか知っていないか、のベタな知識量の多寡として語られている（注４）。さらにベタを重ねれば、これは単なる「私の方が君よりも知っている」程度の話になりかけない（注５）。<br>
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おそらく日本マンガの従来の表現論ベースからの問題は、合理性とそれ以外の判断基準（ダーク梶原的なものなど）との緊張と対立をどう考えていくかに絞られていくのではないだろうか？　そしてそれは経済学などの合理性を扱う分野とのシンクロさえももたらすであろう（注６）。そのようなマンガ研究の可能性を今後も見ていきたいと思う。<br>
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（注１）泉信行らとのTwitter上のやりとりをまとめたサイトがあるので参照されたい。<br>
<a href="http://togetter.com/li/3252">http://togetter.com/li/3252</a><br>
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（注２）米澤のマンガ史三部作が、2009年に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4480426213/">『戦後ギャグマンガ史』</a>（ちくま文庫）で復刊が完結したこと、明治大学で米澤の「事実」記述のバックグラウンドである米澤嘉博記念図書館が開館したことは特記されるべきイベントであった。<br>
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（注３）なお、2009年における「手塚治虫展」（江戸東京博物館）の開催、手塚の初期作品の完全復刻（『新寶島』『ジャングル大帝』など）は日本のマンガ研究の重要な貢献であり、そこに果たした竹内オサム、中野晴行、宮本大人らの歴史考証も重要である。<br>
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（注４）「紙屋研究所」の以下の記述や伊藤剛、宮本大人などの批判を参照。<br>
<a href="http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/storymanga.html">http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/storymanga.html</a><br>
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（注５）この知識の多寡がマンガ批評の品質？を決めるという感覚は、例えば昨年末に出た<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4939138496/">『THE BEST MANGA 2010』</a>での中野晴行の竹内一郎への突っ込みのようなミスジャッジさえも招くだろう。以下、参照。<br>
<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20100114#p1">http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20100114#p1</a><br>
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（注６）小田切博の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4480065318/">『キャラクターとは何か』</a>（2010年、ちくま新書）などは、コンテンツ産業論への批判的視野を含みながらも、残念なことに、政府介入を無条件に不可避とするなど、ある種の独断にみちた本である。以下、参照。<br>
<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20100105#p2">http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20100105#p2</a><br>
<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20100121#p1">http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20100121#p1</a><br>
これもまた合理性とはなにか（ここでは経済合理性だが）を忘却した議論である。ただ表現の博物学的な志向をもつ夏目房之介らのマンガ批評家には予想通りに絶賛されている。そしてその手放しの絶賛のありかたこそが、いまの日本マンガ研究の深い恣意性の谷間を表しているのかもしれない。<br>
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●田中秀臣（たなか・ひでとみ）<br>
上武大学ビジネス情報学部教授。経済学者。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4140882832/">『雇用大崩壊』</a>（NHK生活人新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797336552/">『経済政策を歴史に学ぶ』</a>（ソフトバンク新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492260986/">『偏差値40から良い会社に入る方法』</a>（東洋経済新報社）などがある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/">Economics Lovers Live</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1205163.html">
<title>田中秀臣「リフレ派経済学ＭＡＰ」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1205163.html</link>
<description>担当者より：田中秀臣さんは、経済思想史を背景として、経済政策などの時事的な問題に関しても旺盛に発言なさっている経済学者です。『雇用大崩壊』（NHK生活人新書）、『経済政策を歴史に学ぶ』（ソフトバンク新書）などの著書があり、近日刊行の『偏差値40から良い会社に入...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2009-11-15T19:30:51+09:00</dc:date>
<dc:subject>田中秀臣</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>田中秀臣さんは、経済思想史を背景として、経済政策などの時事的な問題に関しても旺盛に発言なさっている経済学者です。<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4140882832/">『雇用大崩壊』</a>（NHK生活人新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797336552/">『経済政策を歴史に学ぶ』</a>（ソフトバンク新書）などの著書があり、近日刊行の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492260986/">『偏差値40から良い会社に入る方法』</a>（東洋経済新報社）では、不況において無名大学の就職問題に関して論じられています。この原稿は、現在何かと話題のリフレ派について書かれたもので、ブックガイドとしても有用かと思います。<br>
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<u>配信日：2009/11/11</u><br>
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白川日本銀行総裁は記者会見の場において、日本のデフレスパイラルを否定し、また現状のデフレを定義の問題とした上で、事実上、これから３年間は景気悪化が続き、物価下落も続くことを明言した。<br>
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これは中央銀行の総裁として極めて異例かつ無責任な発言である。おそらく白川総裁の脳内には、日本銀行の職務が金融システム安定という一点にあるのだろう。そのため一国の景況や雇用状況はどんなに最悪であっても、金融システムさえ安定的ならば、やがて自動的に調整されると考えるのだろう。たとえ、その自動調整過程でどんな社会的な損失が発生してもそれは日本銀行の職務ではいささかもない、というのが公式見解なのだろう。<br>
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他方で、白川総裁はデフレ的状況を脱出するための財務省などとの政策協調の可能性も完全に否定した。これは政府からの長期国債直接引き受けなどの「圧力」を回避する狙いがあると思われる。<br>
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結論からいうとこのような行動原理をもつ中央銀行は即時解体するべき存在だとさえ思える。あるいは正しく「民主主義の対抗勢力」と表現しても差し支えない。<br>
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例えば若年雇用が悪化するのはデフレの継続であると主張していた勝間和代（評論家）は、twitter上で「反デフレ」の署名活動を行い、それを携え菅直人国家戦略相に手渡した。この出来事は、中央銀行の政策目的は、中央銀行のスタッフたちが勝手に造り上げるのではなく、政府およびそれに意見を表明する世論などの「民主的統制」の下におかれるべきであることを改めて教えてくれた。<br>
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ところで以上のような日本銀行のほとんど居直りとも思える態度に対して、一貫して批判してきたのが、いわゆる「リフレ派」としばしば表現される論者たちである。<br>
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もちろんこの「派」というのは単なる符牒にしかすぎない。なんらかの政治的な集団でもなければ党派的な活動もしてはいない。彼らは異なる価値観をもち、多様な経済・社会のビジョンとその処方箋を提案できる人たちだ。<br>
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だが、こと日本がデフレ的状況を継続することで、雇用の崩壊や経済の長期的停滞が起きていることを問題視しており、その解決の鍵が、日本銀行の前記した態度を改めることにあると主張することで一致する。米国の一流経済学者がほぼ総じて日本銀行の政策運営のつたなさを批判してきたが、その意味ではリフレ派というのは、単に普通の経済学のスキルをもち、それをもとに現実の政策を批判する人たちにすぎない。<br>
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さて日本でリフレ、すなわちリフレーション(reflation)を主張した最初の人物は石橋湛山であった。彼のリフレについての以下の発言は、リフレとは何であるかを明瞭に述べている。<br>
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「云う所のリフレとは、かつて米国のローズベルト大統領が、其の新通貨政策を始めるに当って宣言した如く「農業及び工業をして再び失業者に職を与える点まで物価の水準を引き上げ、又公私の債務は其の締結せられた当時の水準にほぼ近い物価に於いて、其の支払いをなし得る如くなさんとする」ものである。即ち言い換えれば過去のデフレを訂正し経済界の活動発展を常態に回復するのに必要な程度まで通貨の供給を増加するのがリフレーションだ。従ってリフレ政策が行われれば、物価は騰貴するけれども、其の物価騰貴は、必ず之に伴って生産を増加し、全体としての国民の実質収入を、したがって其の生活程度を向上せしめる。昭和７年以来の我が国の通貨膨張、物価騰貴が、一般に歓迎せられた通りの好結果を経済界に齎したのは、全くそれがこのリフレの線にそって行われたものであったからだ」（全集11巻、209頁、かな漢字は随時変更）。<br>
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デフレとデフレ期待を許している日本の政策当局（日本銀行、政府）が、日本の停滞の責任を負うものであることは疑いないのだが、それでも依然として政策当局者の責任回避は続いている。その意味で、日本のデフレ停滞というものは、完全な「政治的問題」であるともいえるのかもしれない。<br>
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さて現在の日本のリフレ派の中心人物はなんといっても、岩田規久男（学習院大学教授）だろう。特に今年の岩田の活躍は目を見張るものがあった。<br>
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まず住宅ブーム崩壊からの世界金融危機の状況と危機のメカニズムを包括的に解明した<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492395113/">『金融危機の経済学』</a>（東洋経済新報社）を世に出し、続いて世界同時不況の中の日本がとるべき政策（日本銀行の長期国債引き受け、インフレ目標の導入などの超金融緩和政策を中心とする提言）を示した<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4480064788/">『世界同時不況』</a>（ちくま新書）で、今回の世界的経済事件を余すところなく解明し、過去の教訓（昭和恐慌期の高橋是清財政によるリフレ政策）を学んだ上で、日本の深い不況を打開する方策を明らかにしている。この二冊だけでもすごい時論の展開なのだが、それに加えて今年はさらに14年ぶりに全面改定した<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4004311969/">『国際金融入門』</a>（岩波新書）も著した。<br>
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『国際金融入門』には、1997年のアジア経済危機から現在の世界同時不況までの国際金融の経済変動のメカニズムと、同時に国際金融を理解する初歩から応用までの知識が一冊に凝縮しているすぐれた教科書だ。<br>
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特に、これまた今年、いくつかの経済雑誌や論壇誌で活発に日本の景気対策の重要性を強調している（特に日本銀行の金融緩和姿勢の不足への批判）浜田宏一（イェール大学教授）と内閣府の岡田靖との共著論文「実質為替レートと失われた10年」（『季刊政策分析』2009年春号）のエッセンスを紹介していることも興味深い。<br>
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この浜田・岡田論文は、日本の長期停滞を国際金融面の動向からとらえたすぐれた業績である。特に日本のメディアでしばしばとりあげられる産業の空洞化や、日本の若い労働者を中心とした人たちが「グローバル化」といわれて低い賃金に甘んじているのはなぜか、という点の「真因」を解明している点でも見事である。浜田・岡田論文を、岩田本をもとに説明すると、こうだ。<br>
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日本の交易条件というのがある。この交易条件の値が大きくならば、日本は同じ輸出量でより多くの輸入財を輸入することができる。これを交易条件の改善という。他方で、例えば石油価格の値段が高騰した場合などは、日本は同じ輸出量で以前よりも少ない輸入量しか実現できない。この場合は交易条件が悪化した、などという。<br>
<br>
90年代終わりから2000年代の初めにかけてこの交易条件はとても悪化した。つまり日本の人たちは外国との取引でかなり不利を被っていた。原油価格が高騰し、ガソリンや灯油などの価格があがったことをイメージすればわかりやすいだろう。<br>
<br>
このような交易条件が悪化する一方で、日本銀行が金融政策を事実上引き締め気味に推移したことで（この時期にゼロ金利の解除があったことなどを想起されたい）円高が加速した。交易条件が悪化し、さらに円高が加速したことで、日本の輸出産業は打撃をいけ、国内投資は冷え込み、さらに安い経費や安い労働力を求めて、日本の企業は中国などに移動した。<br>
<br>
この安価な経費・労働を求めてのコストカットは、日本に留まる製造業にも影響し、それがいわゆる非正規労働者の累増を生んだ。これが「産業の空洞化」と「グローバル化」によるワーキングプア問題の真因である。<br>
<br>
そしてこの事態をもたらしたのは、中長期の為替レート（円高）を決めるのが、日本銀行であるかぎり、その責任は日本銀行の責任である。そして交易条件の悪化と円高（＝事実上の金融引き締め）の進行は、現在の日本が経験していることでもあり、このままでは今後、ますます若年層（10代後半から30代）の雇用状況は悪化し、また全年齢層で失業は増加、日本の産業と社会の衰退は避けられない。<br>
<br>
ここらへんは、最近精力的な活動を始めて、30代の政策を提言できる経済学者のエースとなった感のつよい飯田泰之（駒澤大学准教授）が、雨宮処凛（作家）との共著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4426104610/">『脱貧困の経済学』</a>（自由国民社）の中で端的に次のように述べている。<br>
<br>
「なんといっても、企業が中国に移転した大きな理由は円が高いからです。たとえば１ドルが120円ならば、日本の労働者は世界指折りの優秀な労働力といえる。たとえば、月給20万円の労働者の賃金はドル換算で約1600ドル。日本の労働者をこの価格で雇えるなら、中国に移転しないわけです。しかし１ドルが90円となると2200ドルです。こうなると質の面は目をつぶっても海外でということになる。他国に奪われたというより、円高のせい」。<br>
<br>
白川総裁の下の日本銀行は冒頭にもあるようにデフレを３年以上継続する＝自らは積極的になにもせず放置すると明言している。いまの円レートは９０円前後の円高だ。つまり日本の若者や輸出産業などで働く人々、そして中高年の人々に事実上、生活苦に陥ったままでいろ、と言い放ったに等しい。政策当局者としてはきわめて不謹慎な態度だろう。<br>
<br>
このような日本銀行の無責任な態度が、その官僚制度の弊害と専門的知識の冷遇にあることを、岩田の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062880105/">『日本銀行は信用できるのか』</a>（講談社現代新書）は余すことなく描いている。日本銀行の問題が政治的な問題であり、そして同時に官僚機構の腐敗ゆえであるならば、その改革にはどうすればいいのか？　リフレにシンパシーを抱く与党の議員も少なからずいる。日本銀行法の見直し、天下りや政策委員たちが特定の機関や団体から流入していく実態の調査などを踏まえ、日本銀行の外部からの改革が必要とされているのではないか。<br>
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さて、リフレ派の活動範囲は最近急激に増加している。それを先導しているのが、飯田であり、かれのラジオ、テレビなどへの露出もそうであるし、「シノドス」という若手の論客が集う場において、湯浅誠、赤木智弘ら立場の異なる著名人たちとの討論もそうであろう。「シノドス」の活動は<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4334975747/">『経済成長って何で必要なんだろう？』</a>（光文社）などで知ることができる。<br>
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そして、高橋洋一（エコノミスト）の復帰も大きい。久しぶりの著作<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154994/">『恐慌は日本の大チャンス』</a>（講談社）では、政府紙幣と金融緩和、埋蔵金をつかった積極的なリフレ政策が主張されている。高橋の政策立案者としての手腕と人脈の多様性が、今後の日本の経済政策にさまざまな形で影響を与えることは疑うことができないだろう。<br>
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また、若田部昌澄（早稲田大学教授）の危機管理や失敗学として、世界同時不況をみて、その中での日本経済の危機対策をみる視点も実に示唆に富む。若田部の持ち味である経済思想史・経済史あるいは知識社会学的アプローチからする骨太な視点は参考すべき業績である。彼の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4535555745/">『危機の経済政策』</a>（日本評論社）、編著の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4569773826/">『日本の危機管理力』</a>（PHP研究所）はその意味で必読である。<br>
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さらに原田泰（大和総研常務理事チーフエコノミスト）の「通説」をばっさばっさ斬り倒す話題作<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4106036487/">『日本はなぜ貧しい人が多いのか』</a>（新潮選書）、編著の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4532353475/">『世界経済同時危機』</a>（日本経済新聞社）や30年代の世界恐慌の経験から、不況の長期化を避けることが今後の世界経済と日本の最重要課題であると喝破した安達誠司（エコノミスト）の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4492395156/">『恐慌脱出』</a>（東洋経済新報社）もある。また相変わらずするどい着眼点をもつ竹森俊平（慶応義塾大学教授）の対談本<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822247554/">『経済危機は９つの顔をもつ』</a>（日経BP社）、中村宗悦（大東文化大学教授）の歴史研究、松尾匡（立命館大学教授）の<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822247643/">『対話でわかる痛快明解経済学史』</a>（日経BP社）、不肖わたしの<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4140882832/">『雇用大崩壊』</a>（NHK生活人新書）など多くの書籍や研究が発表されている。<br>
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もちろんこれらの人たちはラジオ、テレビ、新聞、雑誌、ネットなどさまざまな媒体で活動している。日本でリフレを説くひとたちのすそ野は広大であり、先の勝間和代のように日本の論壇をリードする人材も多い。<br>
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最近でも評論家の宮崎哲弥は朝日新聞（2009年10月30日朝刊）の対談（勝間、朝日新聞編集委員ら参加）で、次のように総括している。<br>
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「今、日本経済はデフレスパイラルの危機、不況の深化に直面している。しかるに新政権は「今ここにある不況」に対する機敏な政策対応を打ち出せずにいる。また背骨の通った成長への方策も国民に提示できていない」（民主新政権の経済政策、大丈夫か）。<br>
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多くの国民の支持を背景にして、脱デフレ＝リフレを説く人々の活動に、今後の日本経済の命運がかかっているといっても過言ではないだろう。<br>
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●田中秀臣（たなか・ひでとみ）<br>
上武大学ビジネス情報学部教授。経済学者。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4140882832/">『雇用大崩壊』</a>（NHK生活人新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4797336552/">『経済政策を歴史に学ぶ』</a>（ソフトバンク新書）などがある。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/">Economics Lovers Live</a>]]>
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