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<title>ビジスタニュース - 多根清史</title>
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<title>多根清史「名演説のメカニズム」</title>
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<description>担当者より：ライターの多根清史さんが2009年にオバマフィーバーをとっかかりとして、名演説とは何かを論じたものです。また、多根さんの話題の新刊『教養としてのゲーム史』（ちくま新書）に関するインタビューもアップされています。そちらもぜひ！

配信日：2009/04/22...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-09-22T17:00:57+09:00</dc:date>
<dc:subject>多根清史</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>ライターの多根清史さんが2009年にオバマフィーバーをとっかかりとして、名演説とは何かを論じたものです。また、多根さんの話題の新刊<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4480066233/" target="_self">『教養としてのゲーム史』</a>（ちくま新書）に関する<a href="http://www.sbbit.jp/article/cont1/23882" target="_self">インタビュー</a>もアップされています。そちらもぜひ！<br>
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<u>配信日：2009/04/22</u><br>
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いま現在の世界を見わたしても、ダントツに演説のうまい人はアメリカのオバマ大統領だ、ということに異論は出ないだろう。どこで集会を開こうとも大入り満員で、聴衆がやんやと熱狂してるさまといい、うっとり聴き惚れさせる名調子といい、政治家というよりもさながらロックスター。全米をわかせた話し上手にあやかりたい！というニーズを見込んだらしく、「オバマに学ぶ話術」的なビジネス本もちまたにあふれている。<br>
<br>
なるほど、オバマのトークはＴＰＯを問わない「心をつかむ演説」の要素をまんべんなく押さえている。たとえば「Yes、We Can」というフレーズに代表される“IとWe”の使いかた。民主党の対立候補だったヒラリーは「I（私）」がいかに優秀で実績を積み重ねてきたか、と自分をおだてあげるのに対して、オバマは「We（われわれ）」と聴衆すべてを巻き込もうとした。「自分と聴衆との差」をひけらかすのはマズくて「聴衆との一体感」を演出した方が勝ち、「あなたとは違うんです！」とキレるなんて論外なのだ。<br>
<br>
人の興味を惹きつけるレトリックについてもぬかりはない。できるだけかんたんなフレーズを使い、しかも何回もくりかえす。若者と老人、金持ちとびんぼう人、黒人と白人……といった相対するものを並べる「対照法」。それに勝利演説では、「It’s the answer told by……」「It’s the answer spoken by……」「It’s the answer that led those……」と畳みかけるように三連発する「三点列挙法」。リンカーンが「人民の、人民による、人民のための」と訴えかけたように、大事なことは二度じゃなく度言いなさいということ。<br>
<br>
ほか、ちょっと低いがよく響く声で静かに語りかけ、ここぞというときに怒鳴ったりしない。聴衆をほめちぎって、かといって押しつけがましくならない絶妙な間の取り方。天賦の才である声を除けば、凡人でも見習えるノウハウで、営業マンも二つ三つの契約を楽々と取ってこられそうだ。しかし、これらはプロパガンダの基本中の基本にすぎない。かんたんなフレーズをしつこいほどくり返す――というけれど、難しいコトバばかり繰りかえす演説巧者を見つける方が難しい。<br>
<br>
では、歴史に残るプロパガンダのプロ中のプロ－たとえばオバマの先輩大統領であるJ.F.ケネディや、ナチス・ドイツのヒトラーがオバマをそっくり真似て演説をしていたら、彼らは指導者に選ばれただろうか？　そりゃ無理ってもんですよ。新大統領と先輩たちとをきっぱりと区別するものは、ことを荒立てないようにする「融和」の姿勢だ。彼は絶対に政敵の攻撃はしなかったし、ヒラリーやマケイン陣営からの人格攻撃を含んだネガティブキャンペーンにもなるべく応じなかった。<br>
<br>
大統領選が終わってからも、マケインを起用するのではという憶測も出ていたし、実際にヒラリーを国務大臣に任命した。それにブッシュ政権が目の敵にしていたイスラム社会とも、まさに「融和」を基本とする関係を築こうとしている。そうした「融和」は、オバマという人間の血肉と結びついている。彼が大統領をめざす上でもっと苦戦させると思われた要因、そして実際には勝利に導いたものは「アフリカ系黒人である」というアイデンティティだ。黒人であることは見れば分かるから、あえて強調はしない。<br>
<br>
もしも「黒人ＶＳ白人」の対立を打ち出していたなら、白人系の票をとりこぼしてしまっただろう。そう、70年代のシャリー・チゾム女史や、80年代のジェシー・ジャクソン牧師が志半ばで挫折してしまったように。つまりオバマの持って生まれた“キャラ”が、他に選びようがなく「融和」を求めたといっていい。<br>
<br>
かといって、「融和」はいつでも誰でも使える必勝法じゃない。後に行きすぎたネガティブキャンペーンを反省して「オバマ氏は立派な人で、大統領になっても恐ろしがることはない」とかばったマケインも、むやみに対立を煽る人でもなかった。さりとて、彼が「融和」を口にしたとしても、オバマほどのインパクトは望みにくい。「ベトナム戦争の英雄」というマケインのキャラは、「融和」というフレーズと食い合わせがよろしくないからだ。<br>
<br>
一方、ヒトラーは英仏など第一次世界大戦の戦勝国に対する割り切れない不平等感を、ケネディは米ソの冷戦を背景に、どちらも「対決に強いリーダー」の期待を一身に集めてかつぎ上げられた。出口の見えないテロとの戦いにうんざりして、金融恐慌の後かたづけに追われて内向きになっている今のアメリカとは反対の状況である。いずれも「融和」なんて言ったとしてもどこ吹く風で、国民に聞く耳を持ってもらえなかっただろう。<br>
<br>
どれだけ雄弁術を身につけたとしても“キャラの壁”は超えられないし、キャラが時代のニーズに合っていなければどうしようもない。逆にいうと、どんなデタラメで血まみれの演説であれ、時代によっては人心をがっちりつかみ、とんでもない指導者を誕生させてしまうかもしれないわけだ。<br>
<br>
諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が大好きだ。殲滅戦が好きだ、電撃戦が好きだ…ナチスドイツの残党と、英国国教騎士団に仕える吸血鬼が血みどろの戦いをくり広げる人気マンガ<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4785918705/" target="_self">『HELLSING』</a>を読まれた人なら、最悪の形で「三点列挙法」や「対照法」が使われた演説に覚える胸のときめきを、その甘美な恐怖をご存じではないだろうか。<br>
<br>
<br>
●多根清史（たね・きよし）<br>
ライター。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4166607847">『ガンダムと日本人』</a>（文春新書）、<a href="href="http://www.amazon.co.jp/dp/479734699X/">『日本を変えた10大ゲーム機』</a>（ソフトバンク新書））、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4883806812/">『プレステ３はなぜ失敗したのか？』</a>（晋遊舎ブラック新書）など多数。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/bigburn/">SIZUMA DRIVE@ハテナ</a>]]>
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1370689.html">
<title>多根清史「ガンダムで読み解く小泉圧勝の背景」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1370689.html</link>
<description>担当者より：ライター・多根清史さんが2005年の小泉自民党圧勝の際にガンダムを通してその現象を読み解いた原稿です。話題の新刊『ガンダムと日本人』（文春新書）にも通じるテーマですので、ご一読ください。

配信日：2005/09/28


『機動戦士ガンダム』の根強い人気はリア...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-11-26T10:30:56+09:00</dc:date>
<dc:subject>多根清史</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>ライター・多根清史さんが2005年の小泉自民党圧勝の際にガンダムを通してその現象を読み解いた原稿です。話題の新刊<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4166607847">『ガンダムと日本人』</a>（文春新書）にも通じるテーマですので、ご一読ください。<br>
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<u>配信日：2005/09/28</u><br>
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<br>
『機動戦士ガンダム』の根強い人気はリアリティ、というより「隣にいるような近さ」にある。遠い未来の宇宙世紀でも、人はくよくよと悩むし、「若さゆえのあやまち」はくり返される。そうした日常も親しみがあれば、より大きなスケールの政治もまたしかり。ときには「21世紀は、宇宙世紀をなぞっているのか？」と思えることもあるほどだ。<br>
<br>
つい先日、自民党の地滑り的な大勝利をおさめた総選挙も、その例にもれない。マスコミの中には民主党の勝ちを予想したところもあり、じっさいの得票率も11％しか違わない（自民が47.8％、民主が36.4％）。つまり、明暗を分けたのは紙一重の差だった。<br>
<br>
この自民－民主のがっぷり四つといえる対峙は、ガンダムの地球連邦軍とジオン軍のそれとそっくりだ。自民党が地方に大きな票田を抱えていたのと同じく、連邦はジオンの30倍もの国力を持っていた。かたや、民主党が都市部の強い支持を得ていたことは、ジオンがザクをはじめとした「モビルスーツ」という、画期的なテクノロジーを開発したことに匹敵するだろう。<br>
<br>
前回の総選挙で、民主党が善戦して最大野党になったのがその裏づけだ。しかし、「敗戦」は古く硬直した組織をゆさぶり、思いきった変化を起こす下地を作る。地方や「既得権」によりかかった族議員たちは勢いを失い、かわって「改革」をかかげる小泉首相の存在感がクローズアップされた。<br>
<br>
しかし、小泉の新しさは、しょせん「抵抗勢力」と比べたものにすぎず、水増しされていたかもしれない。一方で民主党の強みも「地方から都市」、つまり“新しさ”にあった。これは、ジオンのザクが連邦軍に研究されて、最大の脅威・ガンダムを生んだことと似ている。“新しさ”はすぐに奪われ、自分に襲いかかってくるのだ。<br>
<br>
ガンダムといえども、無敵ではない。ジオン脅威の新兵器に追いつめられるシーンもあった。だが、その真価は「連邦の白いモビルスーツ」＝強さの象徴となり、兵士たちを勇気づけたことだ。小泉がかかげた郵政改革も、たんなる一省庁を超えた「日本を変える」旗印として、国民の支持を集めやすくしたのだろう。<br>
<br>
だが、それでも自民党のリードは、わずか11％。これを大差に広げたのは小選挙区制だ。しかし、91年に小選挙区制が導入されるさい、小泉は激しく反対していた。こうした運命の皮肉も、成り行きからいやいやガンダムに乗って連邦を救った主人公・アムロと通じるものがある。<br>
<br>
宇宙世紀という「もう一つの史実」には、21世紀の現実を洞察し、したたかに生き抜く“前例”と知恵が詰まっているのだ。<br>
<br>
<br>
●多根清史（たね・きよし）<br>
ライター。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4166607847">『ガンダムと日本人』</a>（文春新書）、<a href="href="http://www.amazon.co.jp/dp/479734699X/">『日本を変えた10大ゲーム機』</a>（ソフトバンク新書））、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4883806812/">『プレステ３はなぜ失敗したのか？』</a>（晋遊舎ブラック新書）など多数。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/bigburn/">SIZUMA DRIVE@ハテナ</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1303996.html">
<title>多根清史「賛否渦巻く嵐の中、『ドラゴンクエストⅨ』は新時代をめざす」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1303996.html</link>
<description>担当者より：『日本を変えた10大ゲーム機』（ソフトバンク新書）などの著者である多根清史さんに、『ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人』が発売された直後にご執筆いただいた原稿です。

配信日：2009/07/22


2009年７月に、国民的ＲＰＧといえる二つのうちの一つであるシリ...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-05-29T14:30:45+09:00</dc:date>
<dc:subject>多根清史</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/479734699X/">『日本を変えた10大ゲーム機』</a>（ソフトバンク新書）などの著者である多根清史さんに、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B000LXD7HO/">『ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人』</a>が発売された直後にご執筆いただいた原稿です。<br>
<br>
<u>配信日：2009/07/22</u><br>
<br>
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2009年７月に、国民的ＲＰＧといえる二つのうちの一つであるシリーズの最新作、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B000LXD7HO/">『ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人』</a>が発売された。初週だけで実売230万本を超える貫禄を見せたが、一方でその評判はズダボロ。「アマゾンが事前レビューを禁じたのは、このゲームをめぐって荒れたからでは？」と憶測されていたけど、発売後のレビューも目を覆うひどさだ。<br>
<br>
批判の矛先が向けられた最たるものは、ゲームにおいて脇役の一人である妖精のサンディ。ガングロ茶髪のギャル風メイクだけでも反感を買いやすいのに、あるキャラの死に人々が悲しみに沈んでいるときに「こうなったらせめて（主人公が依頼を果たしたことに対して、死んだキャラの父親から）お礼だけでももらわないと！」と人にあるまじき（妖精なんですが）無神経な発言がぞくぞく。ゲームの物語を進行させるナビゲート役とあっては口をふさぎもできず、「サンディ○ね」FLASHまで作られるアンチ人気ぶりだ。<br>
<br>
また、ドラクエのようなＲＰＧといえば、冒険の舞台であるダンジョン。日本語にすると「迷宮」と訳されるぐらいだが、これがからっきし迷わない。初めっからマップが丸見えで、見晴らしのいい洞窟をてくてく歩いて、曲がり角の先にある（本来は死角の）階段にまっしぐら。<br>
<br>
さらに、今までのいきなり敵と出くわす「ランダムエンカウント」制から、画面上に敵の姿が視認できる「シンボルエンカウント制」に変わり、ムダな戦闘を避けられるようになってまぁ便利……ってバカにするなぁ！と、怒りに震えるベテランプレイヤーも多い。<br>
<br>
せいぜい“不満”どまりの感情が“激怒”にいたっている背景には、「携帯ゲーム機のニンテンドーDSがプラットフォームに選ばれたこと」への鬱屈がある。５年ぶりのドラクエだもの、据え置きゲーム機のゴージャスなCGでやりたかったのに……そうした不服がこぼれんばかりの状態になっていたコップに、投じられた“最後の一滴”がガングロ妖精だったのだろう。<br>
<br>
しかし、すべては「ドラクエ新時代」を迎えるのに一つとして欠かせない通過儀礼だ。今回のシナリオは、いつにもまして「ドラクエ」している。身内の死とひきかえに得られる思いやりや自分の意のままに動く魔物が人々の働く意欲をむしばむさまに戸惑う少女、しかし村人達は「おまえはそのためにいる」と無言の圧力をかける……そうした「人という存在の業の深さ」に浸れることが、一人遊び用ＲＰＧであるドラクエがシリーズを通して伸ばしてきた特質。<br>
<br>
が、いつまでも悲嘆に暮れているだけだと世界は救えないから、従来のドラクエは「仲間との絆」を描くことでカウンターを当てつつ、物語をらせん状に深めていった。<br>
<br>
ところが、「Ⅸ」は他の人との協力プレイを前提にしている以上、仲間は入れ替え可能の“容れ物”でしかなく、決まった人格を持たせられない。絶望に沈むプレイヤーを力ずくでも救世主に引きずり出す憎まれ役がいないと……そこでワリを食ったのがサンディというわけだ。<br>
<br>
サンディに対する嵐のような拒否反応は、ある意味で正しい。そこに彼らが好きだった「一人で遊ぶドラクエ」が、違うものになろうとしている匂いをかぎ取っているかもしれないからだ。ネットゲームと融合した、見知らぬドラクエに対する恐怖を。<br>
<br>
が、そんな恐れや不信感はドラクエの20年以上にわたる歴史を甘く見すぎだ。「しゃべらない主人公」や「仲間との連帯感のなさ」は、一人旅だった初代や、もの言わぬ仲間たちの「Ⅲ」への先祖帰りでもある。「せかいのはんぶんをおまえにやろう」という最小限のせりふでむき出しの世界と向き合ったドラクエの枠組みは、ネット対応ぐらいじゃ揺るぎはしない。<br>
<br>
そもそもネット対応は、ドラクエ生みの親・堀井雄二氏の悲願でもある。「Ⅶ」で賛否両論のあった石版システム（新たな石版を回収すると世界が広がる）も、元々はニンテンドー64＋外付け機器の64DDで、マップをダウンロード配信しようとした名残だ。Wi-fi経由でクエスト（特定の条件をクリアする短いシナリオ）を追加でき、友達同士でマルチプレイが遊べる「IX」は“つながる欲望”の正当な進化であり、そうした通信に強いDSが指名されたのもまた必然だ。<br>
<br>
まだまだ「IX」は荒削りだ。従来の「一人遊び」と新しい「ネット対応」がちぐはぐで、無理に縫い合わせた感がぬぐえない。その引きつれた縫い目が「ガングロ妖精」なんだろう。<br>
<br>
でも、未熟とは可能性であり、希望でもある。なんといっても鳥山明デザインの持ち味がモンスターだけじゃなく、人間のキャラでも醸し出されている！　ファミコンのドット絵が逆立ちしてもできなかった技を、３Ｄのポリゴン文化は我がものとする域にまで成熟したのだ。後にこの「Ⅸ」は、初代～「Ⅷ」までと区別された、新生ドラクエの「Ⅰ」として振り返られるのではなかろうか。<br>
<br>
<br>
●多根清史（たね・きよし）<br>
ライター。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4883806812/">『プレステ３はなぜ失敗したのか？』</a>（晋遊舎ブラック新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/479734699X/">『日本を変えた10大ゲーム機』</a>（ソフトバンク新書）など多数。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/bigburn/">SIZUMA DRIVE@ハテナ</a>]]>
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1203447.html">
<title>多根清史「ゲーセンだって変わりゆく」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1203447.html</link>
<description>担当者より：ライターの多根清史さんは、三国志からガンダムまでオールラウンドでご活躍中のライターです。ゲームについては特に精通している書き手でして、『プレステ３はなぜ失敗したのか？』（晋遊舎ブラック新書）や『日本を変えた10大ゲーム機』（ソフトバンク新書）と...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2009-11-12T18:00:14+09:00</dc:date>
<dc:subject>多根清史</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>ライターの多根清史さんは、三国志からガンダムまでオールラウンドでご活躍中のライターです。ゲームについては特に精通している書き手でして、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4883806812/">『プレステ３はなぜ失敗したのか？』</a>（晋遊舎ブラック新書）や<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/479734699X/">『日本を変えた10大ゲーム機』</a>（ソフトバンク新書）といった著書もあります。この原稿は2008年初頭の段階で苦境も伝えられていたゲームセンター業界に関して論じていただいたものです。なお、文中に出てくる政治家のセリフは、2006年の民主党代表選挙に際して小沢一郎が映画『山猫』より引用して発言したものです。<br>
<br>
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<u>配信日：2008/01/16</u><br>
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ふだん街中を歩いていると、どんな地方であれ１～２軒はごくフツーに見かけるもの。そんな風に「ゲームセンター（以下ゲーセン）のある風景」が当たり前、と思っちゃいないだろうか？<br>
<br>
お隣の韓国では、国策としてのブロードバンドの普及に便乗するかたちで、オンラインゲームが遊び放題のネットカフェ「PC房（パン）」があちこちに広まった。だが、その大人気ぶりはゲーセンの不人気とコインの裏表でもある。家庭用ゲーム機でも、低予算映画がふびんになるほど豪華なCGを思いのままに操り、また引きこもりながら本物の人間プレイヤーと共にバーチャル世界を冒険できる今となっては、ネットにもつながらない不便な店に行く必要がどこにある？　そんなわけで、ゲーセンは絶滅危惧種の天然記念物、というのが世界の趨勢だ。<br>
<br>
「変わらずに生き残るためには、自ら変わらなければならない」<br>
<br>
少し前に世間を騒がせた政治家が持ち出したセリフだが、日本のゲーセンにもピッタリ当てはまる。なぜこの国は、ゲーセンが生き残り続けている“不思議の国”なんだろうか？　その答は「ちゃんと変わる努力をしてきたから」だ。<br>
<br>
しかし、通りかかって横目でチラッと見たぐらいでは、変化はとても分かりにくい。女の子向けのプリクラを増やしたから？　その地点は、もう10年は前に通過した場所だ。<br>
<br>
百聞は一見にしかず。すべての謎は、大きめなゲーセンの中を小一時間ぶらぶらすれば解ける。最初に入り口近くで目にするのは、『甲虫王者ムシキング』や『おしゃれ魔女　ラブ＆ベリー』など小さめの筐体だ。<br>
<br>
これらは店により機種は違ったとしても、たいていは幼稚園～小学校低学年向け。夏休みには「ムシキング」をやりにきた親子連れがいたり、「ラブ＆ベリー」もママ達がレアカードを競い合っていたりと、発売から数年しても人気は衰えを見せない。単なる子供用というより「家族ぐるみ」に成功しているのだ。<br>
<br>
そして、２～３階建ての店舗であれば、1階はメダルゲームやスロットがお出迎えするのが定番。こんなの前からあったよ、と思うなかれ。最近の『ケロロ軍曹』から懐かしの『銀河鉄道999』まで、有名アニメの版権ものがあるわあるわ。特に映画化もひかえる『ヤッターマン』なんかはドクロストーンを集め、「ポチッとな」とボタンを押せたり、ブタもおだてりゃ木に登るしで、原作に愛のある演出づくし。ゲームに詳しくない親子がショッピングの合間にふらりときても、ちょっとしたアトラクション感覚で楽しめる。<br>
<br>
そうしたお店の変化は「お客の年齢層を上と下に広げる」ことに向けられている。これはゲーセンを一種の学校、と考えると分かりやすい。かつてのお客は中学生～高校生になるとゲーセンに「入学」し、対戦格闘ゲームなどに「入部」して、やがて「卒業」する。<br>
<br>
従来のアーケード（業務用）ゲームはルールもややこしく、反射神経も要求されるから、「入学」前の幼児にはムリ。そして「入学」後も、多くのお客はトシを取ると、時間もなくなっていくし、才能の限界にもぶち当たって「卒業」していってしまう。ハタチ過ぎても現役を続けられるゲーマーなんて、高校野球からプロ野球選手へと華麗に転身するような、ごく一部の層だけだ。<br>
<br>
そんな“選ばれしもの”だけをアテにした先細りのビジネスモデルが、いつまでも長続きするはずがない。そこで、アーケード業界は「入学前」と「卒業後」に着目した。プロ野球や社会人野球があれば、リトルリーグや町内の草野球チームがあったっていい。ゲーセンは工夫を凝らしたグラウンドを提供して、その対価を受け取っているわけだ。<br>
<br>
では、今までのコアなゲーマー層はどこに行ったのか？　その答は、２階に上がればいやでも分かる。かたや右を向けば、『バーチャファイター５』や『鉄拳６』、それにガンダムのVSシリーズといった対戦ゲームや、『ビートマニア』シリーズなどの音楽ゲーム。そして左を見れば、『三国志大戦』をはじめとしたサテライト（複数プレイヤーで遊べる大型筐体）が配されている。彼らは昔から、そして今もそこで戦い続けている。<br>
<br>
さっきも触れたように、“選ばれしもの”の絶対数は少ない。が、彼らがゲーセンに貢ぐお金は巨額にのぼり、『バーチャ２』が全盛期のときは「店でプレイするより安いから」と100万円以上の筐体ごと買ったツワモノもいたほど。そんな特上の上客を、アーケード業界が手放すなんてあり得ない。<br>
<br>
コアなゲーマーをつなぎ止める秘策とは「カード」だった。現在の主流は、『三国志大戦』や『ガンダム　カードビルダー』のトレーディングカード形式。いきなりコインを入れてゲームを始めることはできず、初めに500円程度の「スターターパック」を買わないといけない。中には「三国志」の有名な武将や『機動戦士ガンダム』のモビルスーツをカード化したものが数枚入っている。それらをプレイ台の上に配置し、大将や艦長さながらに動かして采配を振るう。１プレイが終わるごとにカードがもらえるが、一枚ごとにレアリティ（出にくさ）があるため、良いカードを入手するには何度もくり返し通う必要がある。かくしてマニアは「リピーター」になり、より搾り取られ……もとい、お店と強い絆で結ばれるしくみだ。<br>
<br>
このトレカ方式は「ムシキング」などキッズゲームの多くにも採用され、幼稚園の頃からリピーターの“英才教育”もバッチリ。また、ゲーセン同士は光ケーブルでつながれ、地味な印象のあったクイズゲームも「オンライン化」がめざましい。全国のプレイヤーとテレビ番組さながらに競い合えるし、定期的に新しい問題が配信されて、いつでもクイズは取れたてピチピチ。いまやデキるサラリーマンは、オンラインとトレカを学びにゲーセンに行く時代かも！　ただし、まだ御社はゲーセンほど“変わって”いないかもしれないので、勤務中ではなくアフターファイブにどうぞ。<br>
<br>
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●多根清史（たね・きよし）<br>
ライター。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4883806812/">『プレステ３はなぜ失敗したのか？』</a>（晋遊舎ブラック新書）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/479734699X/">『日本を変えた10大ゲーム機』</a>（ソフトバンク新書）など多数。<br>
ブログ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/bigburn/">SIZUMA DRIVE@ハテナ</a>]]>
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