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<title>ビジスタニュース - 小田嶋隆</title>
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1540736.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1540736.html</link>
<description>担当者より：2010年にコラムニストの小田嶋さんが執筆した一文です。小田嶋さんの新刊『地雷を踏む勇気』（技術評論社）と『その「正義」があぶない。』（日経BP社）の二冊は好評発売中。この二冊に関連したインタビュー（聞き手は辻本力さん）もぜひどうぞ！

配信日：201...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2012-01-17T18:00:25+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>2010年にコラムニストの小田嶋さんが執筆した一文です。小田嶋さんの新刊<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4774148709/" target="_self">『地雷を踏む勇気』</a>（技術評論社）と<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822248828/" target="_self">『その「正義」があぶない。』</a>（日経BP社）の二冊は好評発売中。この二冊に関連した<a href="http://www.sbbit.jp/article/cont1/24374" target="_self" title="">インタビュー</a>（聞き手は<a href="http://bisista.blogto.jp/archives/cat_42582.html" target="_self" title="">辻本力さん</a>）もぜひどうぞ！<br>
<br>
<u>配信日：2010/02/17</u><br>
<br>
<br>
今年に入ってから、朝青龍をめぐるあれこれやオリンピック関連のドサクサにまぎれてあんまり注目されていないが、子供をめぐるむごい事件が続いているように感じる。気のせいだろうか。代表的な例をひとつ。たくさん並べても良いのだが、イヤな気持ちになるだけなので。<br>
<br>
《食事をするのが遅いことに立腹し、長男の東京都江戸川区立松本小１年、岡本海渡（かいと）君（当時７歳）に暴行したとして、東京地検は12日、同区の電気工、岡本健二（31）と妻の無職、千草（22）両容疑者を傷害罪で起訴した。警視庁小岩署は両被告を傷害容疑で逮捕し傷害致死容疑で送検していたが、地検は「暴行と死に因果関係があるとは言えない」とし致死罪での起訴は見送った。これにより裁判員裁判の対象ではなくなった。》<br>
（毎日新聞２月13日東京朝刊）<br>
　<br>
１. ７歳の子の実母が22歳って……<br>
２. 学校は何をしてたんだ？　児童相談所は無力なのか？<br>
３. 父親は実父じゃなくて、母親がキャバ嬢をやっていた時代の客だと。なんという典型的な。<br>
４. 「暴行と死に因果関係が無い」って、じゃあ、自然死だとでも？<br>
<br>
……と、この事件は、ツッコミどころが多かったためか、テレビでも話題になったし、ネット上の掲示板でもかなり長い間粘着の対象になった。ひどい事件だった。親が子供を殺した事件に対しては、軽めの判決が降りるケースが多い。このことは、子供が親を殺した場合に重い罰が科されがちであることと対を為している。<br>
<br>
戦前の民法には「尊属（←子から見た親）、卑属（←親から見た子）」という儒教由来の長幼の序列が設定されており、実際に、尊属殺人は、卑属殺人よりも重大な犯罪であるとされていた。が、戦後の民法には、尊属、卑属の区別はない。人は人。殺す場合も殺される場合も平等。そういうことになっている。にもかかわらず、親による子殺しには「情状」が酌量される場合が多い。「口減らし（←貧困家庭が生存のために乳幼児を殺すこと）が半ば常態としてあった時代の名残り」だと言っている学者さんもいる。本当だろうか。いくらなんでも21世紀にこんな常識が残っているとは思えないのだが。<br>
<br>
ともかく、子殺しは減らない。ほかのあらゆるタイプの殺人が基本は減少傾向にあるのに、なぜなのか、これだけ少子化が進んでいるにもかかわらず、親による子殺しだけが、なぜか減っていない。ソースについては、そこいらへんをググってほしい（←って、どういう書き方だ《笑》）。これはどういうことなのであろうか。<br>
<br>
この種の事件が起きると、「世相の乱れ」「地域共同体の崩壊」「若い世代の道徳的頽廃」「日教組が主導した個人主義教育の結果」みたいな結論に飛びつく人々が大きい声を張り上げる。まあ、まったく関係ないとは言い切れないのであろう。たしかに、地域共同体が機能不全に陥っているのは事実であるのだろうし、密室に取り残される孤独な親子の存在は、戦後社会の個人主義的傾向と無縁ではないのだろうからして。<br>
<br>
とはいえ、戦前の古き良き日本に戻ればこのテの犯罪が減るのかというと、それはわからない。いや、もしかしたら子殺し自体は減るかもしれない。でも、その代わりに違うタイプの犯罪が増える気がする。たしかなところはわからないが。<br>
　<br>
私の思うところを述べる。子殺しは、非常に特殊な犯罪だ。だから、こういう特例を材料として、そのことをもって戦後社会を断罪したり、現代の世相を否定するのは、適切な態度ではない。無論、特例だからといって無視して良いということではない。ただ、この種の「特例」は、世相一般や、若者の典型とは切り離して考えなければならないはずなのだ。<br>
<br>
私が中学生だった頃、私の通っていた中学はいわゆる「荒れた」学校だった。たとえば、こんなことがあった。私が中学一年生に上がった年、学校のすぐ隣に、巨大スーパーが出店した。で、近隣の小中学生は、しばらくの間、物珍しさから、そのスーパーの中を遊び場にしていた。エスカレーターに乗ったり、単に売り場を往復したり、エレベーターのボタンを押して逃げたり。まあ、他愛の無いガキの遊びだ。<br>
<br>
が、中には、万引きをはたらく組の子供もいた。ある時、一斉検挙があって、子供たちが芋づる式に補導された。この時、私の中学の同学年の生徒が三十数名補導されたのだが、念のために申し上げると、私の学年の生徒数は総数で120名ほどだった。ということはつまり、私の同級生は三割以上が万引きでしょっ引かれたということだ。運良く捕まらなかった人数を勘定に入れると、あるいは、一度でもあの店で万引きをした生徒は、もしかして半数を超えていたのかもしれない。まあ、それほど、風紀が悪かったということだ。<br>
<br>
私の学校は地域でも特別に悪い部類の学校で、その意味では特例ではあった。が、昭和四十年代当時の中学生（少なくとも東京の中学生）は、いまの中学生より、ずっと「悪かった」のである。ざっと考えて、同世代のうちの二割は、いわゆる「不良」だった。私の地域では三割がツッパリだった。<br>
<br>
何の話をしているのかよくわからない人がいるかもしれない。私が言いたいのはこういうことだ。つまり、昔は、不良にも「ライト層」が多かったのである。実際、私の仲間内の不良は、たいしたワルではなかった。ヘアスタイルをリーゼントにして、太いズボンを穿き、「チョンバッグ」と呼ばれるペチャンコの革カバンを持ち歩いている彼らは、たしかに見かけの上ではいっぱしの不良だったが、なあに実際にはたいした悪さをしていたわけではないのだ。<br>
<br>
同じような格好をしたライバル校のツッパリに対して「ガン」をつけたり（睨むこと）、学校帰りにゲーセンいたまったり、タバコを吸ったり、その程度だ。ちなみに言えば、私も特に不良だったわけではないが、タバコは15歳の時から吸っていた。結局、戦後すぐから昭和五十年代ぐらいまでは、優等生と不良の間に、なだらかな中間層が存在していた、と、そういうことなのである。であるから、本格派のワルや、手に負えない不良がいても、その、どうしようもない非行少年にしても、孤立せずに済んでいた。<br>
<br>
私の同級生でも、最終的に暴力団の構成員になって刑務所のお世話になった人間が三人ほどいる。が、その彼らも、道で会えば、愛想良く挨拶をする。そういうふうに、マジな犯罪者と一般人の間にも、一定の行き来はあったりしたわけなのだよ。それが良いことなのかどうかはわからないものの、だ。<br>
<br>
現在、不良高校生の数は、激減したと思う。タバコを吸いながら歩いているティーンエイジャーや、一見してヤバげな目つきで周囲を威圧している少年も減った。なぜだかはわからない。ただ総体として、少年犯罪は減っているし、町の風紀も良くなっている。が、その一方で、道を外れた少年は、同世代のコミュニティから完全に孤立してしまう。<br>
<br>
たとえば、江戸川区の亡くなった子供の母親は、15歳で赤ん坊を生んでから後、同級生のコミュニティや地域社会のセーフティネットからこぼれ落ちていたように私には見える。父親も、だ。結局、ライト層の不良という通過儀礼として十代の反抗を演じる非行少年がいなくなったことで、一度コースを外れた人間から見ると、立ち直りに向けてのルートが閉ざされてしまったのである。<br>
<br>
もちろん、本格派の落ちこぼれを救うために、ライトな不良を育成しようとか、そういう話をしているのではない。でも、とにかく、私の世代の人間から見ると、今の若いコたちはやっぱりなんだか哀れに見えるのだよ。カッコだけの不良ごっこを楽しむことができないわけだから。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4774148709/" target="_self">『地雷を踏む勇気』</a>（技術評論社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822248828/" target="_self">『その「正義」があぶない。』</a>（日経BP社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（ともに講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
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<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1527419.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1527419.html</link>
<description>担当者より：2006年にコラムニストの小田嶋隆さんがメガネベストドレッサー賞を通じて、賞レースを論じたコラムです。また、小田嶋さんは『地雷を踏む勇気』（技術評論社）と『その「正義」があぶない。』（日経BP社）の二冊を立て続けに上梓されたばかり。こちらもぜひ！
...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-11-18T17:00:40+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>2006年にコラムニストの小田嶋隆さんがメガネベストドレッサー賞を通じて、賞レースを論じたコラムです。また、小田嶋さんは<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4774148709/" target="_self">『地雷を踏む勇気』</a>（技術評論社）と<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822248828/" target="_self">『その「正義」があぶない。』</a>（日経BP社）の二冊を立て続けに上梓されたばかり。こちらもぜひ！<br>
<br>
<u>配信日：2006/10/18</u><br>
<br>
<br>
第19回日本メガネベストドレッサー賞が発表された。受賞メンバーは以下の通り。<br>
<br>
・政界部門：渡部恒三氏（民主党　最高顧問）<br>
・経済界部門：武田國男氏（武田薬品工業(株)　代表取締役　取締役会長）<br>
・文化界部門：なかにし礼氏（作家） <br>
・スポーツ界部門：亀田興毅氏（WBA世界ライトフライ級チャンピオン） <br>
・サングラス部門：高橋克典氏（俳優） <br>
・芸能界部門：光浦靖子さん（タレント） <br>
・特別賞：観月ありささん（女優・歌手） <br>
<br>
突っ込みどころがありすぎて、どこから手をつけて良いのやら判断がつかない。多重衝突の事故現場に到着した検死官みたいな気分だ。まず、「政界」「経済界」に対応する世界として「文化界」というカテゴリーが設けられている点が奇妙だ。おそらく、意図としては「文化人」に分類される人々を担ぎ上げたいということなのだろうが、残念ながら「文化人」は、政治家が政界に属していたり、企業家が経済界に席を置いているみたいな意味で「文化界」に生きているわけではない。というよりも、「文化人」という概念自体、言葉のアヤみたいなもので、そもそも「どこにも属していない人間」「分類不能な人間」を指す言葉だったりする。<br>
<br>
特に、長嶋茂雄氏の文化人宣言以来、この言葉は、「高級ニート」ないしは、「知名度はあっても肩書きを持たない男」「地位は高いけど所属が曖昧な存在」「広告代理店のランク付けでは高位であるにもかかわらず社会的な位置づけは不明なキャクター」みたいな人たちの代名詞になりつつある。たとえば中田英寿氏。サッカーをやめたヒデは、名前の末尾に「氏」がつく男になった。出世なのか没落なのか――オレは知らない。月日は百代の過客にして、行き交うヒデもまた旅人である、と、まあそういうことなのであろう。好きにしてくれ。<br>
<br>
で、その「文化人」の代表が、なかにし礼、と。なるほど、既に作詞家や作家という認知のされ方ではない。貴乃花親方やショーケンみたいな、誰も擁護しないキャラクターを一点買いでサポートする逆張りのコメンテーターだ。テレビ人民裁判に不可欠な異形の弁護役。スポーツ界部門の亀田興毅と並べてみると好一対だ。<br>
<br>
不思議なのは、その次の「サングラス部門」だ。政治、経済、文化、スポーツと、ここまでのところは、一応、曲がりなりにも「世界」を切り分けるカテゴリーになぞらえたカタチで賞が設定されていた。そこへ持ってきて、いきなり「サングラス部門」だ。これは、並びが違うんではないのか？<br>
<br>
新聞をアタマからめくって行って、政治面経済面文化欄スポーツ欄と来て、次にサングラス面が来たりするだろうか？　で、その「サングラス界」を代表するキャラクターが高橋克典。個人的には好きな役者なのだが、いかんせん役に恵まれていない。ブレーンにも。だから、色眼鏡で見られ、サングラス界に押し込められてしまう。つまり、アレか？　高橋君に対しては、このほど正式に裏社会担当というレッテルが貼られたわけなんだろうか？　今後とも克っちゃんは、特命係長ノリの、後ろ暗い正義にしか関与できない、と。本当は好青年で、さわやかなラガーマンなのに。哀れだ。<br>
<br>
次の「芸能界部門」がまたヘン。ある意味全員芸能人だろ式の突っ込みに対するあらかじめのボケとしての芸人擁立という感じがいたします。光浦。うん。この人も好きな芸人なんだけど、自分を粗末にし過ぎです。で、最後に、これまでの流れを無視するカタチで特別賞がドドーン。対象は観月ありさ。結局、アレだよね。記者が呼べれば良い、と、そういう基準で悪目立ちのする人間を引っ張ってきた業界売名イベントなわけだ。<br>
<br>
だって、賞のホームページを見ても、《今年も業界関係者によって「今メガネが最も似合う各界の著名人」が選ばれました》と書かれているばかりで、その「業界関係者」というのが、具体的に誰であるのかは、誰にもわからないんだから。しかも選考委員の名前も不明なら、選考過程や選考基準についてもまるで説明がない。とすれば、記者発表イベントそのものが唯一の目的だと思われてもしかたがないではないか。<br>
<br>
賞を貰う側の著名人（知名度そのものが商売のネタである人々）にしてみれば、どんな賞であっても、貰えるものは何でもほしい。で、記者にしてみれば、紙面が埋まる以上文句はないわけだし、ワイドショーのリポーターの立場に立ってみても、複数の著名人を無料で取材する機会に恵まれるわけだから万々歳だ。　さらに、そういった具合に四方八方からコミッションを頂戴した上に、各方面にコネをつけられた広告代理店は、むちゃくちゃにおいしい、と、<br>
そういうわけだ。<br>
<br>
これから先年末にかけて、「ネイルクイーン」だとか「ベストジーニスト」だとか「ベストファーザー」だとかいった、世にも恥ずかしい賞が目白押しで発表される。でもって、そうした話題先行の受賞者たちをめぐって、やれ五連覇であるとか、殿堂入りであるとか、20冠王であるとかいった不毛なキャッチフレーズが連発され、それらのいちいちについて、「メディア見たもん勝ち」の軽部が、毎朝毎朝、大仰に驚いてみせる（でも目は笑っていない）、と。そういうわけだ。<br>
<br>
ああいやだ。いっそ今年の賞レースは亀田の一本かぶりで行ってくれないだろうか。で、年末にすべての関係者が共倒れ、と。素敵だ。<br>
<br>
まあ、こんな妄想を抱いてるのは、どうせオレと金正日だけなんだろうけどさ。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4774148709/" target="_self">『地雷を踏む勇気』</a>（技術評論社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4822248828/" target="_self">『その「正義」があぶない。』</a>（日経BP社）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（ともに講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1484227.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1484227.html</link>
<description>担当者より：2009年にコラムニストの小田嶋隆さんが、当時の脳ブームについて書いたコラムです。小田嶋さんが岡康道さん共著で出された『ガラパゴスでいいじゃない』（講談社）もお読みくださいー。

配信日：2009/07/15


脳がブームだ。ニンテンドーDSの「脳トレ」が...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-10-03T10:00:31+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>2009年にコラムニストの小田嶋隆さんが、当時の脳ブームについて書いたコラムです。小田嶋さんが岡康道さん共著で出された<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（講談社）もお読みくださいー。<br>
<br>
<u>配信日：2009/07/15</u><br>
<br>
<br>
脳がブームだ。ニンテンドーDSの<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/B00097D8YO" target="_self">「脳トレ」</a>が当たったのが2005年。この時点で４年前になる。茂木健一郎先生がテレビに出てきて「クオリア」だとか「アハ体験」だとかいった話をしはじめたのは、それ以前だ。つまり、５年前の段階で、脳ブームは既に「来て」いたことになる。とすれば、これはもはや「ブーム」ではない。というのも、「ブーム」は一過性の流行の由で、５年も続くものは、その枠組みを超えた現象だからだ。ブームの寿命は２カ月。長くても半年ほどか。<br>
<br>
あなたは、エド・はるみをおぼえているだろうか？　あの「グーググー」とか言って奇妙なポーズを取ってたおばさんだ。ほら、かすかな嫌悪感しか残ってないだろ？　そう。ブーム物は引き際が命。一種の文化的排泄物だからね。であるならば、きれいに流れて消えてくれないと困る。メディアが下水管である以上。<br>
<br>
脳は、ブームみたいに爆発的に流行した。が、ブームみたいに簡単には消えなかった。だから、脳に関するあれこれは、新聞雑誌テレビの定番コーナーとして定着し、ひとつの地位を占めるに至った。そういうことだ。並びとしては、女性誌の星占いページや、ワイドショーの血液型選手権と同じだ。なんというのか、「占い」「心理テスト」「風水」「人格診断イエスノーチャート」あたりのものが、いっしょくたに投げ込まれているカルチャーのカテゴリー。そのエトセトラの下世話指針コーナーの新顔ぐらいな扱いだろうか。編集部の人間は誰も信じていないだろう。<br>
<br>
だって、風水の先生をはじめ、このコーナーの情報源になっている専門家（なのか？）がいずれもイカモノであることは、歴代の担当編集者が身にしみるほど思い知らされているはずだから。占星術のライターが虚言癖だったり、俗流心理学で恋愛対策ページを作ってくる編プロの連中もマジで腐っていたりとかするわけだ。作り手が本気でやっているわけじゃない。でも、需要はある。っていうか、読者の反応は一番ビビッドだったりする。<br>
<br>
「脳科学でわかる合コン突破術」は、実は、半年前にデッチ上げた「脳科学でイケる面接試験対処法十則」のあからさまな焼き直しなのだが、それでも反響は上々だ。返信ハガキもダントツ。だから削れない。毎月毎月よくもまあこんな適当なフカシを……と思いながらも、ファックス（←いまだにメールが使えない）で送られてくる風水一口メモ情報をページに起こしながら、派遣エディターＡは、次第に仕事への情熱を喪失していく。<br>
<br>
ともあれ、脳は、新手の疑似科学アイテムとして市民権を獲得した。古くは血液型から始まって、様々なネタが、占いの代理を果たしてきた。占いを占いのまま乗せると、あまりにも前近代っぽく見えてしまうから。あるいは、インテリのミーハーは、科学的な粉飾を施していないオカルトを見下しているから。だから、過去にもEQ（←心のIQだとさ）だの鏡やマーフィーのなんたらだのガネーシャだのといったそこら中から集めてきたガラクタの新機軸が、占いのフォーマットを一時的に復活してきたのである。<br>
<br>
基本は美容の世界と一緒だ。新ネタを取り入れないと、業界自体がもたない。元々が目くらましだから。メイクは自分らしさだと先生は言うが、要するに、その言い方自体がメイクアップ（態糊塗の表面美化術＝目くらまし）なのだよ。だって、本当に自分らしいナマの自分が美しかったら、そもそもメイクなんか不要なわけだから。ナマの自分で勝負できないからこそ、少女たちは、フレームアップした外見を獲得するべく、自分の顔に塗ったり描いたりを敢行している。善し悪しは別にして。そういうことだ。だろ？<br>
<br>
人間が年を取るということは、これは動かしようのない宿命だ。美貌がそのほとんどを天性の資質に依っていることも。にもかかわらず、美容コーナーは、体表面の改善可能性や老化進行の停止といった、不条理なゴールを設定せざるを得ない。で、そのあり得ないミッションを実現するために、コラーゲンだとか、ベータカロチンだとか、ヒアルロン酸だとか、そういったケミカルなカタカナを並べて、迷彩を施しているわけだ。占いの世界も同じだ。おしゃれな月刊誌は、迷信深いおしゃれさんのためにおしゃれなご託宣を調達してこなければならない。<br>
<br>
で、ここに「脳」が浮上する。なにしろ、脳は人間を動かしているものの大本てなことになっている。だから「○○のカギは脳が握っている」の「○○」には、どんな言葉でもハメコミ可能だ。成功、恋愛、合格、就職、育児、婚活、呪詛、金運アップ、デトックスなんでもござれ。万能だ。思考は実現する。暗示は万能。パラノイアに敵なし。しあわせはじぶんのこころがきめる。みつを。<br>
<br>
「脳」は、「心」に置き換えることもできる。また、「脳」で書かれている文脈に「人格」や「個性」を代入しても話は成立する。つまり、実用上の効果として、脳科学のパラダイムを援用すれば、常にどこでもアカデミックな世間話が可能になるわけだ。より詳しく述べると、道具立てとして、「ミラーニューロン」だとか「前頭連合野」だとか「セロトニン」だとかみたいな術語を散りばめつつ、お話のテーマ自体は、昔ながらの鉄板ネタで行く。かくして、「こころ」や「にんげん」や「恋」や「運命」や「嫁姑」や「子育て」についての、十年一日の述懐が、装いを新たに繰り返される次第。めでたしめでたし。<br>
<br>
で、周辺サイトには、脳トレ、脳年齢、脳内メーカー、脳内物質、脳ドック、脳検定、脳マップ、ゲーム脳、ひらめき脳、脳トレパンみたいな便乗土産物商品が並べられる。ええ、ちょっとした観光地商売ですよ。脳内観光。またの名を妄想。<br>
<br>
ここ最近だろうか、「脳科学おばあちゃん」という人が注目を集めている。「脳科学おばあちゃん」は、久保田カヨ子という今年77歳になる女性で、正式な肩書きは、久保田式脳力開発研究所の共同主宰者ということになる。夫は京都大学名誉教授の医学博士で、大脳連合野研究の第一人者として知られる久保田競氏。彼女は、学生結婚した時以来、夫の研究を手伝い、独自に研究をすすめるうちに、脳科学を育児に応用する独自のメソッドを開発するに至ったのだそうだ。<br>
<br>
で、彼女が『ためしてガッテン』で紹介されると、間もなく『エチカの鏡』でも特集され、つい先日は『中居正広の金曜日のスマたちへ』にも出てきた。テレビは、後追いが好きだ。最近では、各局がスクラムを組んで互いの後を追い合って、ブームを捏造している。勝間和代が「『はてブ』トルネード」（＝ウェブ上で該当書籍のブログでの書評を増殖させて、そのはてなブックマークを増やすことにより、さらに書評を増やし、アマゾンの売り上げを上げて、リアル書店に波及させる仕組み）と名付けた手法に近い。素晴らしい……かどうかはわからない。私見を述べるなら、あさましいと思う。あるいは勝間しい。<br>
<br>
私は「金スマ」で、「脳科学おばあちゃん」を見た。で、やっぱりちょっとシラけた。「また、脳かよ」と。いんちきだとは思わない。久保田カヨ子さんご自身は、痛快な女性だ。アタマの回転が速くて、ざっくばらんで、こわいものしらずで、実にテレビ向けのキャラクターだと思う。<br>
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言っていることも、言葉つきの乱暴さとは裏腹に、至極まともだ。極端な主張をしているわけではない。赤ん坊には、愛情を持って接すること。常に話しかけること。赤ちゃんの目に見えやすい、派手な色彩の衣服を身につけること……と、番組の中で紹介されていた断片的な「教え」は、どれも、常識的かつまっとうなお話ばかりだった。<br>
<br>
でも、逆に言えば、彼女の教えは、日本中のおばあちゃんたちが言う「知恵袋」ライクな断片とそんなに変わらないのである。ひととおりの育児経験を持った、多少とも洞察力のあるご婦人なら、誰もがその直感で既に知っている程度のことでもある。つまり、お話そのものは、モロな常識なのである。ま、常識的で当たり前で、誰もが知っていることだからこそウケるという事情はわからないでもない。<br>
<br>
人々は、新鮮な見解や、独自な理論や、聴いたこともない洞察を求めているわけではない。人々が喝采を送るのは、自分がずっと思っていたことをシンプルな表現で言い直してみせてくれた人の言葉や、かねてからの主張に根拠を与えてくれる言説に対してなのである。<br>
<br>
その意味では、彼女が歓迎されるのはわかる。が、それでも私は、彼女を起用している側の人々の意図に、インチキくささを感じとらずにはおれない。でなくても、彼女の育児法なり存在なりを特集させているのは、「脳科学」という粉飾だというふうに思えて、すべてを鵜呑みにする気持ちにはなれなかった。<br>
<br>
テレビは、「断言するパーソナリティー」を常に必要としている。「○○に決まってるでしょ」「××は、ダメ。こっちにしなさい」と、明確な判断を提示してくれる人間を、視聴者が求めているからだ。で、占い師や霊能家や風水士が召還されていたわけなのだが、脳科学おばあちゃんは、どうやら彼らの代わりに抜擢されそうな気配だ。自信満々だし、アドリブが効くし、なにより前向きだから。<br>
<br>
占い師のカリスマを担保していたものが、霊能力（インチキ）と、押し出しと、背後関係（暴力団とか〈笑〉）だったことを考えれば、脳科学おばあちゃんの発言に信頼性を付加してのが夫の肩書き（京都大学の名誉教授）とご子息の学歴（東大に行ったのだそうで）であるのだとしても、話としてはずいぶんマシなのかもしれない。でもどうなのだろう。カリスマの所在が神秘主義から学歴信仰に移ったのは、これは、不況の影響だという気もする。<br>
<br>
脳トレの川島教授も、クオリアの茂木健一郎氏も、脳科学おばあちゃんも、嘘を言っているわけではない。インチキをやらかしているのでもない。それぞれに、立派な研究をしていると思うし、まともな人たちだと思う。だから、彼らの著作や発言にきちんとした形で耳を傾ければ、それはそれで勉強になるのだとも思っている。<br>
<br>
でも、「脳ブーム」が周辺に吐きだしている情報は、やっぱり怪しい。茂木先生は、おそらく良い人なのだと思う。知り合いの編集者は、「超がつくくらい良い人だ」と言っていた。たぶん、事実なのだろう。ゆえに江原啓之みたいな人間との対談を断ることができない。茂木先生の側には、ほとんどまったくノー・メリットで、江原の側にばかり巨大なオーラ効果（具体的には、疑似科学の分野の人間がアカデミズムのオーラを身につけるということ）がもたらされることは、誰の目にも明らかだったのに、だ。<br>
<br>
とはいえ、仕事を断るのは、けっこう難しいことだ。私も、基本的には、原稿依頼のオファーはすべて受けている。政党の機関誌や宗教団体が出している雑誌であっても。よしんばエロ広告満載の男性月刊雑誌であってさえ。内容について執筆者の自由が確保されている限り、媒体にはこだわらないことにしている。<br>
<br>
というよりも、全部受けるほかに方法がないのだ。「断るというオプションはないよ」と、この業界に入ったばかりの頃、ある先輩のライター（現在は大学の教授さんになっている）にアドバイスされたことがある。出版業界では、書き手は、執筆依頼を断らない。これは宿命らしいのだ。テーマとか、枚数とか、ギャラとか、そういう話ではない。全部受ける。丸呑み。それがライターの心意気なのだそうだ。<br>
<br>
先輩のアドバイスは、「ただ、書けないという結果はあり得る」と続いた。なるほど。そうなのだな。依頼は了承しましたが、書けませんでした、と、これは、あってはいけないことだが、あり得る。っていうか、ありがちですらある。なんとなれば、人間には力量の限界があるし、ライターには執筆量のリミットがあるからだ。<br>
<br>
限界なんて幻に過ぎないというご意見もあるだろう。限界を超えた先から振り返ってみれば、限界だと思っていたラインは、甘えなのだとかなんとか、俗流成功哲学の著者なら、必ずそう書くはずだ。でも、限界はある。脳科学のうさんくささは、脳に限界がないというお話を、人間には限界がないという前提にすり替えているあたりにある。<br>
<br>
茂木先生は、仕事量のリミットを超えたところで、いくつか粗雑な仕事をしてしまっている。テレビに出ることになった文化人は、案外この種の罠にハマる場合が多い。出演依頼を吟味できなくなって、うっかり江原と同席してしまったり、現場の空気で、対談を受けてしまったりということになる。<br>
<br>
その意味では、自らの設定した低い限界を超えられずに、いくつかの仕事を投げだしそうになっているオダジマの方がマシなのかもしれない……という見方は、間違ってますね。ええ、頑張りましょう。脳科学的には、負荷をかけるということが大切なようなので。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（ともに講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1476981.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1476981.html</link>
<description>担当者より：岡康道さんとの共著『ガラパゴスでいいじゃない』（講談社）が好評発売中のコラムニスト・小田嶋隆さんが中川昭一財務・金融大臣のもうろう会見について2007年に書いた原稿です。

配信日：2009/02/25


Ｇ７後の記者会見で醜態（←「もうろう会見」という...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-06-18T10:00:37+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>岡康道さんとの共著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（講談社）が好評発売中のコラムニスト・小田嶋隆さんが中川昭一財務・金融大臣のもうろう会見について2007年に書いた原稿です。<br>
<br>
<u>配信日：2009/02/25</u><br>
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<br>
Ｇ７後の記者会見で醜態（←「もうろう会見」という名前で統一されつつある。いまさらだが）を晒した中川昭一財務・金融大臣は、２月17日付けで辞任した。辞任に至る経緯（帰国当日は続投表明→翌日の午後「予算成立後の辞任」を示唆→その2時間後「即時辞任」を表明）や、首相の任命責任についてはここでは述べない。<br>
<br>
辞任という事態を得て以降、この件に関する論評は「死者にむち打つ」テの悪趣味に変じつつあるからだ。というよりも、Ｇ７終了から丸三日間、当件についてのメディアの言及は、ほぼすべて死体損壊報道に終始していたと言って良い。<br>
<br>
とすれば、その死体損壊祭りが一段落したタイミングで、この期に及んで私のような一雑感コラムニストが中川氏の会見について思いつきの見解を述べるのは、墓を掘り返すに近い作業だ。でなくても、バチ当たりだと思う。ので、黙ることにする。ただ冥福を祈るのみ。合掌。飲酒疑惑への大臣の弁明（風邪薬の飲み過ぎ云々）についても同様。私は何も言わない。こういうことについて、直接に取材していない人間が何を述べたところで、たいした意味はないと思うからだ。<br>
<br>
いずれにしても、大筋は、新聞の社説が書いている通りだ。細かい点についても、テレビ内のキャスターやコメンテーター諸氏が漏らしていたあれこれでおなかいっぱい。議論は出尽くしている。つまりこの度の一連の出来事は、国際的な恥さらしであり、ばかげた逸脱で、それ以上のものではないのだし、政権末期に特有な程度の低い不祥事であって、まともな分析に値するような政治的事件ではないということだ。酔っ払いの寝小便と同じ。素早く布団を畳んで忘れようではないか。だから、さっさと辞任してほしい、と、マスコミの皆さんは、そうおっしゃっていたわけだ。<br>
<br>
つまり、彼らは、罵っていただけで、たいして意味のある分析をしていたわけでもないのだ。でも、それで十分。この話題については、そもそも、関係各方面の人々が、それぞれの立場で罵声を浴びせるほかに、特に有効な対処法があったわけでもないからだ。<br>
<br>
というよりも、一点の曇りもなく全面攻撃できる数少ないネタとして活用できれば、せめて、メディア内にいる人間の精神衛生に寄与することはできるわけで、当件には、その程度の利用価値しかなかったということだ。<br>
<br>
ふだん、政治的経済的社会的芸能的な各方面の種々雑多な突発イベントに関して、奥歯にもののはさまった言い方を強いられているコメンテーターの皆さんにとって、この度の中川物件のような全面罵倒が許されるケースは貴重なストレス解消源なのである。<br>
<br>
嘲弄愚弄揶揄罵倒指弾糾弾呪詛侮蔑非難論難冷笑誹謗……といった感じの画数の多いタイプのゲロを吐かないと身がもたない。たぶん、テレビの仕事には、それぐらいデカい負荷がかかっているのだ。だから、古舘は、いつの間にやら、不機嫌な説教オヤジになってしまった。もったいないことだ。うん。これは余談だった。本題に戻ろう。<br>
<br>
コラムを書く場合、たとえば、今回の件については、大臣の飲酒を揶揄し、それに世襲批判の風味を加えつつ、結論部分に一回り屈折した憂国の情ぐらいなものをにじませておけば、それらしい原稿ができあがる。そういうことになっている。私が書くべき原稿も、基本的にはその線から外には出ない。<br>
<br>
でも、そこまでわかりきっていると、あえて書き起こすのが面倒になる。だって、主旨としては「辞めちゃえよ昭ちゃん」というそれだけなんだし。ここでは、ただ一点、アルコールの問題について、見解を述べておきたい。というのも、メディアに流れている論評を見るに、中川大臣の飲酒を「自覚の問題」というふうにとらえている向きがほとんどであるように見えるからだ。<br>
<br>
違う。あれは、病気です。アルコール依存症は、本人の自覚で克服できるようなものではない。肺炎が気力では治らず、ぜんそくが自覚で抑えられないのと同じで、アル中さんの飲酒癖は本人の覚悟だとかみたいなことでおさまるものではない。覚悟でやめられるようなら、病名はつかない。ただの酒癖。だったら良かったのだが。<br>
<br>
知らない人もいると思うので、一応説明しておく。私はかつてアルコホリック（アルコール依存症の患者）であった。20代の終わり頃から、30代の10年間は、ほぼ丸々酒浸りで過ごしていた。で、1995年の５月に断酒（うん、幻聴が出たからね）治療（心療内科のクリニックに半年通った）を開始して、以来、なんとか断酒を続行している次第だ。<br>
<br>
実は「かつてアルコール依存症の患者であった」という言い方も、間違っている。本当は「断酒中のアルコール依存患者」と書かなければいけない。10年断酒していて、ある日突然飲み始める例も珍しくないからだ。医者によれば、アルコール依存症は、治癒する病気ではない。「断酒し続けることで症状を抑えられる」だけなんだそうだ。<br>
<br>
以上の数行は、言ってみれば「わたくしごと」だが、予備情報として必要なのであえて書いた。読み終わったら忘れてくれるとうれしい。<br>
　<br>
で、そのかつてアル中さんであったオダジマの目から見るに、中川大臣がああいう事態に至ったのは、ごく自然な流れというのか、避けがたい必然であったのだ。なんとなれば、アルコホリック（アルコール依存症の患者）は、この度のＧ７のような、72時間以上ぶっ続けで続くようなタイプの責務には耐えられないからだ。<br>
<br>
アル中さんは、ある段階まで、世間をあざむくことができる。どんな大酒飲みでも、24時間酔っ払っているわけではないし、酒が切れるといきなり手が震え出すわけでもない（末期症状のアル中さんの中にはそういう人もいるが）からだ。<br>
<br>
また、すべてのアルコホリックが毎日大酒を飲んでいるわけではないし、酒が強いわけでもない。週一の休肝日をきっちりと守っていて自分ではまともな酒のみのつもりでいるアルコール依存患者もたくさんいるし、一日に日本酒三合程度しか飲まなくても立派なアル中になっている人間もいる。<br>
<br>
つまり、量や頻度の問題ではないのだ。「飲み方」が依存的であるかどうかということが判断の分かれ目になる。私の医者は、「アルコールとの関係障害だと考えるとわかりやすい」と言っていた。たしかに、アルコール依存症の患者は、「酒が強い」のとは違う。「酒が弱い」のとも違う。言ってみればわれわれは「酒に弱い」のだ。飲めば必ず倒れるまで飲み、飲むにつれて、人の話を聞かなくなり、飲んでいる時とシラフに返った時の人格の距離がどんどん離れていく。そういう人々なのだ。<br>
<br>
末期に至る以前のアルコホリックは、少なくとも外面的には、一日の大半を紳士的な態度で過ごしてみせることができる。適量のアルコールを適度なタイミングで摂取していれば、彼は、泥酔もせず、離脱症状（禁断症状）にも陥らない、快活で有能な自己像を保つことができる。<br>
<br>
だから、アルコホリックの中には、最終的な段階に至るまで、世間には気付かれない者も多い。というのも、彼または彼女は、少なくとも勤務中は（昼休みや午後のトイレのついでに缶ビールを補給することがあるにしろ）マトモな人間であるかのようにふるまうべく、最大限の努力を傾けているからだ。<br>
<br>
ただ、泣き所は、どうしても月に一回（あるいは症状が進むと週に一回）ぐらい、飲み出して止まらなくなる連続飲酒発作に見舞われることで、この期間だけは、どうにもならない。見知らぬ町の路上で目覚めるとか、体中あざだらけで小便を漏らしているだとか、真夜中に同僚に意味不明な電話をしていたとか、そういったタイプの不祥事を起こしてしまう。ある頻度で、ある程度の近しさの人々に向けて。でも、アル中さんは、必死でそれをフォローして、なんとか真人間の評判を回復する。<br>
<br>
何が言いたいのか説明する。つまり、中川さんは、アルコール依存症の患者であった人間の目から見れば、明らかな患者だということだ。たまにしか会わない立場の者や、感覚の鈍い人たちは気付いていないかもしれない。が、家族や、部下やフォローする立場にある人や、ストレスのぶつけどころになっている立場の人々は、誰もがわかっているはずだ。大臣は、今回みたいな事件が起こるずっと前から、日常的にヤバい人だったのである。というよりも、「時々まとも」であるその数少ない機会に仕事をこなしていただけで、週のうちの半分は、面倒くさい酔っ払いであったはずなのだ。<br>
<br>
アルコホリックがふつうのサラリーマンをやっている場合、早晩、正体が割れる。どんなにマトモにふるまっていても、酒臭いことだけは隠しようがないからだ。ところが、主婦や、自営業者や、個室作業の職人や、医師や編集者といった、比較的自由なスケジュールで働いているアルコホリックは、相当に重篤な症状に至るまで、世間をあざむくことができる。政治家もそうだ。なにより、たしなめる人がいない。たしなむ酒はあっても。<br>
<br>
私自身、家族や親しい友人や、顔を合わせる機会の多い編集者以外の世間の人々の間では、マトモな人で通っていた（と、私がそう思っていただけかもしれないが）。仕事も、最終段階まではなんとかこなせていた。時に原稿を落とすことがあり、スケジュールを忘れたり打合せをスッポかすケースが散見されてはいたものの、月に５本程度の原稿を書くことはできたからだ。だって、週のうちに丸一日きちんとしたアタマで働ける日を確保しておけば（あるいは、一日のうち３時間ぐらい、きちんとした人間でいる時間を作っておけば）それでやっていける仕事量（うん、減ってましたよ。順調に）だったわけだから。<br>
<br>
さて、アルコホリックにとって、「紳士の時間」は逓減していく。最初のうちは、「時々酔っ払ってどうしようもない」ぐらいだった人間が、「週のうち半分はマトモなんだけど」ぐらいになって、じきに「マトモな時もあるんだけどね」と言われる人間になる。<br>
<br>
改悛期（定期的に訪れる。というのも、アルコホリックは定期的に致命的な失策をやらかすから）のアルコホリックは、人並み外れて謙虚だったり紳士的だったり献身的だったりするから始末に負えない。『人間失格』の主人公について、太宰治は、登場人物の一人に「お酒を飲んでない時は、天使みたいな人でしたよ」といったことを言わせている。まったくのウソではない。が、その天使みたいなアルコホリックには、滅多に会えない。会えたとしても、その天使は、しばらくすると酒代をせびりはじめる。<br>
　<br>
大切なのは、アルコホリックにおける「紳士の時間」は、「ちょっと飲んでいる時」に暫定的な状態として訪れるに過ぎないということだ。実は、飲んでいない時のアルコホリックは、泥酔しているアルコホリックとは別の意味で、使いものにならない。<br>
<br>
たとえば、酒の上の失敗に懲りて、三日ほど禁酒しているアルコホリックがいるとする。　彼は、マトモだろうか？　いや、全然使いものにならない。離脱症状（禁断症状）に苛まれている、覇気のない病人に過ぎないからだ。離脱症状には様々なレベルとバリエーションがある。共通しているのは、不眠と抑鬱だ。丸一日以上飲んでいない状態のアル中さんは、ほぼ間違いなく丸一日眠っていない。だから、いらいらしていて、無気力で、不機嫌で、攻撃的で、ひがみっぽく、神経質になっている。両手をこすり合わせたり、異常に汗をかいているかもしれない。人によっては手の震えが始まっている。<br>
<br>
さらに禁酒を続けると、不眠期間が長くなり、手の震えが止まらなくなり、人によっては幻聴を聞き、幻覚を見る。で、仕方なく飲むのである。離脱症状（幻覚も幻聴も手の震えも抑鬱も）というのは、要するに酒を飲むために病気が脳をダマしている状態のことだ。だから、離脱症状のさなかにあるアルコホリックは、酒に関して、正常な考え方を保つことができない。言葉を変えて言えば、アルコホリックの頭の中には、以下のようなフローチャートがビルトインされている。<br>
<br>
「とにかく、この非常事態を乗り切るためには、一時的にでもこのイライラを解消しないといけない」<br>
「でないと、マトモなカタチで仕事に取り組むことができない」<br>
「そのためには、ちょっとだけでも飲む必要がある」<br>
「なあに、飲み過ぎなければいいのだ」<br>
<br>
で、飲むと、一時的に、シャンとするのである。困ったことに。全然働かなかったアタマが、俄然活性化（そういう錯覚に陥るということでもあるが）して、どんどん仕事がはかどるわけだ。中川さんは、この「禁断症状が出るほど、酒が切れているわけでもなく、泥酔するほど酔いがまわっているわけでもない、軽微なほろ酔いの状態」の時に、政務をこなしていたわけだ。これで、おそらく、国内の仕事はなんとかやれていたのかもしれない。明るいうちは、「たしなむ程度」の酒量で抑えながら、離脱症状を回避し、泥酔と二日酔いは勤務時間外にシフトさせるようにして、だ。<br>
<br>
が、この度、Ｇ７のために外遊して、大臣の肉体は、疲労と時間外勤務と不眠のはさみ討ちにあっていた。のみならず、普段はなんとか時間外に追いやっている二日酔いタイマーが時差のために誤作動してしまった……と、おおむね以上のごとき状況であったのだと私は推察している。<br>
<br>
帰国して後の記者会見は、あれは、泥酔とは別の相のアルコホリックの顔だった。つまり、酒が切れた状態の、眠れていない、無気力で不機嫌で投げやりな離脱症状下のアルコール依存患者の顔だ。おそらく、帰国して以来彼は、酒を飲んでいない。で、そのこと（禁酒）によって、無能化していたからこそ、一日のうちに、３回も前言を翻して、３回の記者会見を開いたわけだ。おどろくべきことだ。３回の記者会見を見ると、回を重ねるごとに（つまり、酒が切れている時間が長くなればなるだけ）声に覇気がなくなっている。最後の会見で「いまは飲む気分ではない」　といったのは、おそらく本音だ。<br>
<br>
アル中さんは、好きで酒を飲んでいるのではない。ある程度症状の進んだ患者は、酒が自分の弱点であることを十分に自覚していて、酒に対して嫌悪感を抱いてさえいる。それでもなお飲まないと自分が機能しないことがわかっているから、嫌々飲む、と、自分でそういう自覚を持っている。クスリと同じだよ、とか。まあ、病気だよね。考え方からして。<br>
<br>
結局、中川さんが、もとの、酒浸りになる前の有能で頭の良かった中川さんに戻るためには、本格的に断酒する以外に方法はないわけだ。三日や四日酒を抜いたところで、離脱症状でのたうちまわるだけで良いことはひとつもない。断酒をするならするで、どんなに短くても10年は酒を断たなければいけない。そのためには、医者にかかって、断酒用のプログラムを作ってもらって、それに従った生活をする。<br>
<br>
当然、仕事はできない。３カ月ぐらいは、本格的な仕事は無理だ。だって、離脱症状に苦しんでいるわけだから。でなくても、離脱症状をコントロールするための向精神薬の影響下で暮らさねばならない。政治の仕事は難しいだろう。いずれにしても、抗鬱剤を飲んでる政治は、マズい。<br>
<br>
私自身、抗鬱剤を飲んでいる期間は、まったくの別人だったから。うん。ある意味、陽気で活動的で素敵なヤツではあった。でも、アレは、オレじゃなかった。オレみたいな顔をした、体育会系のニコニコオヤジ。不気味なヤツだよ。いまになって振り返ってみれば。<br>
<br>
肉体的な離脱症状を乗り越えても、精神的な依存は残る。これはおそらく人によって違うのだろうが、私の場合、無気力というどうにも対処しにくい気分がかなり長い間残った。いずれにしても、中川さんは、やめられるものなら、きっぱりと酒をやめて、丸一年ぐらい休んでから出直すべきだと思う。<br>
<br>
にしても、あの50歳を過ぎたアルコホリックが断酒するのは、非常に難しい。成功率は、たぶん10%を切ると思う。それほどに厳しい事態だ。確実なのは、北朝鮮あたりの収容所に入ることだ。あそこなら間違いなく断酒できる。どうだろう、拉致被害者と交換で人質を申し出たらヒーローになれると思うのだが。<br>
<br>
うん。冗談だ。忘れてくれ。北朝鮮に行くぐらいの覚悟がないと断酒はできないぞ、という叱咤激励ぐらいに受け止めて、中川さんにはぜひ立ち直ってほしい。いや、マジで。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（ともに講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1451134.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1451134.html</link>
<description>担当者より：コラムニスト・小田嶋隆さんが2007年に読売新聞社の渡邉恒雄氏について書いたコラムです。ご一読ください。

配信日：2007/11/21


つい先日倒れたオシムさんは、どうやら世間の皆さんにとって、非常にお年寄りだと思われているフシがある。が、実のところ、暦年...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2011-04-02T06:00:19+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニスト・小田嶋隆さんが2007年に読売新聞社の渡邉恒雄氏について書いたコラムです。ご一読ください。<br>
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<u>配信日：2007/11/21</u><br>
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つい先日倒れたオシムさんは、どうやら世間の皆さんにとって、非常にお年寄りだと思われているフシがある。が、実のところ、暦年齢はたったの66歳である。昨今の基準でいえば、まだ充分に若い。三田佳子とたいして変わらない。福田首相と比べても５年若いし、塩爺あたりからみれば、ほんの小僧である。<br>
<br>
それでも、世間は、オシム師を年寄り扱いにしたがる。今回の脳梗塞についても、「そもそもあんな高齢者を代表監督に据えていたこと自体が問題だ」みたいな話をする人たちが、思いのほか数多くいたりする。どうしてだろう？　相手が外人さんだからか？　じきにニポンからいなくなることがわかっているから、トップの人間についても遠慮の無い発言ができる、と、そういうことなのか？　だって、オシムを爺さんというのなら、カワブチさんはもっと爺さんだぞ。見かけこそ若作りにしているが、年齢的にはオシムさんより５年も年長で、この12月には71歳になる。<br>
<br>
この国では、サッカーの代表監督よりもずっと影響力の大きい地位に、もっと絶望的に高齢な人たちが居座っている例がいくらもある。で、そういったシルバー権力者による老害が、各分野にあまねく行き渡っている。なのに、身近な老害権力に対して、多くの場合、誰も糾弾の声をあげない。いい若い者が、70過ぎの爺さんに飼い殺しにされて、おとなしくおあずけを食らっているわけだ。犬か？　キミらは。まったく腐り切っている。本来なら鎖切るべきところなのに、だ。犬ならなおのこと。<br>
<br>
たとえば、ナベツネはどうだ？　あの人は来年の５月には82歳になる。そのオーバーエイティが、読売新聞グループ本社の代表取締役会長の座からいまだに降りようとしていない。驚くべき粘り腰だ。しかも、この人は、ただのお飾りのトップではない。パイプからケムリを出して朝礼で威張るだけのよくある御輿の上で寝ているテの経営者ではない。なにしろ主筆を兼ねている。主筆ですぜ、主筆。すなわち一番偉い記者。バリバリの現役トップだ。代表監督どころか、エースストライカーみたいなポジションで記者生活を続行しているわけです。で、実際に、ポイントポイントで社説を書いている。憲法をどうしろとか、大連立が時代の声だとかなんとか、国家の大策を左右するの論陣を蛮声高らかに唱えているわけだよ。署名入りで。おどろくべきことに。<br>
<br>
それでもまあ、たとえば５年前の段階では、まだこの人は怪物だった。賛否はともかく、年齢の数値だけでは測れない、未知の生命力みたいなものがたちのぼっていることが記事写真からも見て取れたものだ。が、この３年ほど、折りに触れて届く最新映像を見ると、どうやら最終的な段階の老化が進行している。まず足もとが怪しくなっているし、どういうクスリの影響なのか、顔がムクんできている。ロレツもロレツ。たぶん、「ロレツ」という単語は正確に発音おできにならない。「ルォルェトゥ」ぐらいになる。水中フランス語のわらべ歌みたいな音韻に。それから、これは偶然なのかもしれないが、記者に囲まれて巨人軍のナンタラについて語る時、ナベツネ氏は必ずや酒に酔った状態で質問に答えている。　大丈夫なのか？<br>
<br>
こんな状態に置かれた、こういう年齢の人間の、おそらくは場当たり的かつ奈良漬けライクな脳細胞に大切な経営判断を委ねてしまってオッケーなのか？　読売の皆さんは、もしかしてテッペンを見ることばかりに忙しくて、自分の足もとを見る習慣を失っているんじゃないのか？　だって、グラグラですよ。オレら部外者が見るに。<br>
<br>
百歩譲って、巨人軍は、この人に差し上げてもかまわない。栄光あるジャイアンツの将来が、一人の高齢者の癇癪まぎれで決定してしまうことに抵抗を感じるムキも、当然あるだろう。うん。そうだよな。ファンというのはありがたいものだ。が、そこはそれ、人身御供ってヤツだ。何かオモチャをくれてやらないと、こういう人のわがままは、治まらない。<br>
<br>
とすれば、巨人軍と、ついでに日本のプロ野球を付けても良い。その、伝統あるナンバーワンスポーツを、渡邊氏の好きなように運営してもらって、それで色んなことをフリーハンドにしてもらうと、ちょうど良いのではなかろうかと愚考する次第だ。まあ、野球はどっちにしても早晩滅びるわけだから、功労者のナベさんに引導を渡して貰うのがスジという考え方だってできるわけだし。<br>
<br>
だから、新聞には手を出さないであげてほしい。なにしろ、世界一の発行部数を誇る日本有数の言論機関だ。こういうフェータルな機関を、老人の短気に預けて良いはずがない。それから、フィクサーみたいなことも今回でおしまいにしましょうね。中曽根の康っさんと組んでオザーさんやフクダさんにちょっかいを出すのも、この秋の大連立騒ぎで打ち止め。いたずらが過ぎます。<br>
<br>
……と、渡邊会長に対して、刺し違える覚悟でモノを言う人が出てこないのは、たぶん、「だって、こっちばっかり５回ぐらい死んで、先方は無傷だったりしたら刺し違えるもへったくれもないだろ？」ぐらいな感覚が、周囲に蔓延しているからなのだろうが、ま、確かに、聞く耳とかは、ものすごく遠くなっていそうなわけだし、刺し違えるまでもなく、待ってればじきに来たるべき時は来るわけだからね。<br>
<br>
で、結局、何かを言いたい人たちは、黙って待っている。固唾を呑んで。だから、Ｙ新聞の社内では、この数年、毎分何リットルかの固唾が継続的に嚥下されてきたのだと思う。<br>
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「な、時間の問題だ」「もう少しの辛抱だよ」と。<br>
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同じことは、政治にも口を出す別の日本有数の巨大組織周辺でも起こっている。あそこでも、幹部たちが大量の固唾を呑む音が近隣に響き渡っている。<br>
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「もう、ゴクンゴクンうるさくて寝らんねえよ」と、とある新宿区在住の知人は言っているのだが、その彼も昨年来飲み過ぎで体調を崩している。「胃に来るからな、固唾ってヤツは。なにしろ固いし。ほとんど固体だから」<br>
<br>
ところで、彼らは、その後のことは考えているんだろうか？　始皇帝が薨去した後、どういうことが起こったのか、心当たりのある向きの人たちは、よろしく研究してみるべきだと思うのだが。彼らは、無事で済むのだろうか。心配だ。もしかして、コトが起こったら、オザーさんやフクダさんもろとも、国全体が大混乱に巻き込まれるのかもしれない。面倒だなあ。<br>
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●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（ともに講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1387051.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1387051.html</link>
<description>担当者より：岡康道さんとの共著『ガラパゴスでいいじゃない』（講談社）が好評発売中のコラムニスト・小田嶋隆さんが野球文化について2007年に書いた原稿です。

配信日：2007/10/17


プロ野球中継の視聴率が最終局面に到達している件について、テレビの中の人々は、極力話...</description>
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<dc:date>2011-01-10T07:00:44+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>岡康道さんとの共著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（講談社）が好評発売中のコラムニスト・小田嶋隆さんが野球文化について2007年に書いた原稿です。<br>
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<u>配信日：2007/10/17</u><br>
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プロ野球中継の視聴率が最終局面に到達している件について、テレビの中の人々は、極力話題にしない方向で一致している。裏方はともかく、少なくとも画面に出てくる人々は、決してこの話題に触れない。新聞も、だ。デスク会議でナイターの視聴率が話題になることはあっても、紙面では事実上禁句になっている。ついでに言えば、雑誌も同じ。誰も書かないキマリになっている。そう。私自身、書けずにいる。だって、プロ野球の衰退なんかをコラムの主題に持ってきたら、編集者が困惑するのは分かり切った話だから。気の毒だし。<br>
<br>
つまり、日本のマスメディアは、プロ野球の終焉について、口をつぐんでいるのである。いや、圧力だとか言論封殺だとか、そんな大げさなことを言いたいのではない。ただ、現場には「その話題は勘弁してくれ」という空気が流れているのだ。たぶん、あんまりムゴ過ぎるから。<br>
<br>
いずれにしても、マスコミの人間は、この事態（プロ野球の終焉）を扱いかねている、と、そういうことだ。私自身、とまどっている。個人的には、もうずいぶん前から、プロ野球には興味を失っていて、その意味では、野球中継がなくなったからといって、私がショックを受ける理由はないはずなのだが、それでも、自分の生活の中からプロ野球という枠組みが消滅する事態には、簡単に適応できそうにない。というのも、私の世代の男たちは、ものごころがつく頃から、少なくとも30歳過ぎぐらいまでは、まるっきりの野球漬けで暮らしてきた人々であるからで、その意味で、野球の消滅は、自らの少年期の喪失に等しい一大事であるからだ。<br>
<br>
クライマックスシリーズが盛り上がらない理由はなんとなくわかる。たった６チームしかないリーグの中から、３チームが出場権を争うというレギュレーションが、まずヘンだ。で、その「出場権争い」のために、142試合のシーズンを争うという設定が、さらにおかしい。だって、ということはつまり、ペナントレースが、長い長い一次予選みたいな扱いになってしまうわけだから。<br>
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おかげで、例年ならナイターが一番盛り上がるはずの時期に、上位３チームが0.5ゲーム差の中で優勝争いを演じていたにもかかわらず、2007年のペナントレースは、ほとんど話題にならなかった。一位チームと二位チームが直接にぶつかり合う天王山の巨人戦ナイターが一桁の視聴率に終わったこと自体、驚天動地の出来事だったが、それ以前に、中継そのものが飛び石だった。なんということだろう。八月中のハイシーズンに、巨人戦のナイターが数試合しか放映されなかったのだ。これが末世でなくて何だというのだ？<br>
<br>
その昔、『ＮＴＶ紅白歌のベストテン』という歌番組があったことを思い出す。もともとはＮＨＫの紅白歌合戦をパクった番組で、男女の歌手が紅白の組に別れて互いに勝敗を競うという企画を、毎週繰り広げるものだった。子供心にも、２つしかないチーム同士が、月曜日ごとに優勝争い（「今週は赤の優勝です！ワーワーパチパチ」とか）を繰り返し続けることに何の意味があるんだろうと思ったものだが、今年のペナントレースの間延び感は、あの番組の毎週くす玉を割っていた白々しさを思い出させる。三位も一位も実質的に大差ないわけだし。<br>
<br>
でも、われわれにとっての本当のつらさは、プロ野球の衰退が、単なるレギュレーションの問題ではないことを、関係者の誰もが既に知っているところにある。長年プロ野球を見てきた人間は、心の底ではわかっている。チーム数をいじったり、交流戦を導入したり、プレーオフの実施方法を工夫したところで、あるいはテレビ中継の演出をどうしようが、始球式に誰を呼ぼうが、試合前のセレモニーで何をしたところで、最終的には何をどうしたのだとしても、プロ野球がもう終わりだということを。<br>
<br>
ずっと昔、私の父親が若者だった頃、「浪曲」というジャンルの文芸（あるいは音楽ないしは話芸）が一斉を風靡した時代があった。話に聞いただけだが、年頃の男の子なら誰もがちょっとした浪花節の一節を暗記しているみたいな、そういう時代があったらしいのだ。その浪曲が、私の世代では、ほぼ完全に消滅していた。だから、私の記憶では、浪曲は、爺さんの趣味以外のナニモノでもなかった。迷惑だった。今の子供には、おそらく、野球がそんなふうに見えているのだと思う。年寄りが大好きなぼんやりしたスポーツ。七面倒くさくてやかましい、人間の双六みたいな奇妙なゲーム……と、そんな感じだろうか。<br>
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キャッチボールをしてみればわかる。というよりも、われわれの世代の男が、いまの子供たちとキャッチボールをすれば、間違いなく衝撃を受けるはずなのだ。このことについては百パーセント保証する。なにしろ、いまの子供たちの基本は「女投げ」（←我々の世代では、運動の苦手な女の子の特徴であったみっともないピッチングフォーム。具体的にはヒジが使えていない、砲丸投げライクな投げ方）なのだ。だから、10メートルも離れると、ボールの受け渡し自体が成立しない。互いにストライクが投げられないからだ。もちろん、ゲームなんかまるで成立しない。第一に、ストライクゾーンに投げられるピッチャーがいないし、第二に、一塁に投げる送球の半分以上が悪送球だからだ。ついでに申せば、第三に、そもそも二つのチームを作るだけの頭数が絶対に集まらない。まあ、集まってもフォアボールとエラーと悪送球と振り逃げで、一回の表が終わらないわけだが。<br>
<br>
運動能力の問題ではない。サッカーのボールリフティングを器用にこなす子供はたくさんいるし、水泳のエキスパートもいる。体操教室に通っていてバック転ができたりする子供もいる。なのに、その彼らが、マトモにボールを投げられないのである。ルールも知らない。私の息子も含めて、今の小中学生のほとんどは、ヒットエンドランの戦略的な意義を正確にわかっていない。フォースアウト（つまり、タッチプレーとフォースプレーの違い）を理解している少年もほとんどいない。<br>
<br>
ということは、野球をすることのみならず、見ることさえ、事実上、彼らにはできないのである。野球というのは、失われてみてはじめてわかったことだが、あれはひとつの言語だったのである。だから、その肉体言語としての文化的伝習であるところの野球が衰退してみると、われわれの一世代下の子供たちは、インフィールドフライで帰塁することさえしない、まるっきりの野球音痴に育ってしまっている。とすると、これは、視聴率がどうしたとか、スポンサーがどうのといった問題ではない。野球という文化の、基礎となっているイディオム（慣用句）が、丸ごと無効化した最終段階にどのような対応をすべきなのかという、終末医療の問題である。<br>
<br>
結局、文化には寿命があるということなのかもしれない。言い換えれば、ごく一部の例外を除いて、スポーツや音楽の流行は、ひとつの世代の人間たちの生き死にと運命をともにするものなのだ。だから、B.B.キングとともにブルースが滅び去り、マイルスの死にタイミングを合わせてジャズが行き過ぎ、オレら五十代の人間たちの肉体的摩滅とともにロックが滅亡しつつあるのと同じように、野球もまた、表舞台から去っていく運命にある、と。<br>
<br>
ひどい結論になった。なるほど。この話題に、誰も触れたがらなかった理由が、最後になって明らかになった。要するに、野球について語る人間は、自分たちが時代遅れであることについて語ることになるわけだから。<br>
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●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（ともに講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1366095.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1366095.html</link>
<description>担当者より：コラムニスト・小田嶋隆さんが2008年に『広告批評』休刊をうけて書いた原稿です。また先日、小田嶋さんと岡康道さんの共著『ガラパゴスでいいじゃない』（講談社）が発売されました、そちらもぜひ！

配信日：2008/06/18


『広告批評』が休刊するのだそうだ。な...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-11-22T23:30:58+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニスト・小田嶋隆さんが2008年に『広告批評』休刊をうけて書いた原稿です。また先日、小田嶋さんと岡康道さんの共著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（講談社）が発売されました、そちらもぜひ！<br>
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<u>配信日：2008/06/18</u><br>
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『広告批評』が休刊するのだそうだ。なるほどね、と言おう。ずっと前から予想がついていたみたいな口調で。ふむ、と。実際に、予想がついていたのかどうかはともかく。だって、『広告批評』がわれわれに教えてくれたのは、「何事につけて、わかったふりをしておこうぜ」という態度だったわけだから。「いつもわかったような顔つきを保ち続けることが、もののわかった人と思われるための秘訣だぞ」と、私は、あの雑誌から、そういうメッセージを受け取っていた。<br>
<br>
で、実際、天野祐吉は、いつでも「わかった人」として、コメントしていた。殺人事件から、経済指標、グルメ、ファッション、ジャズ、映画、文学、生理用品まで。広告を批評する人間は、全世界を批評できるんだぞみたいな、そういう誤解を定着させることに、あの人たちは成功していたわけだよ。天晴れ、広告卑怯――というのは、言い過ぎだな。訂正する。批評広告。<br>
<br>
正直に言うと、私は、びっくりしている。まさか、『広告批評』が休刊するなんて、予想すらしていなかったから。どうしてなんだろう。ここでは、その理由を分析してみたい。なぜダメだったのかという、広告屋さんたちが決してしないタイプの分析作業を、誰かがせねばならないはずだから。っていうか、批評という立場から撤退するのなら、『広告批評』は、自分たちの撤退について、まず存分に批評的な分析をせねばならなかったはずなのだ……とか、そういう難しいことを言うのはやめよう。そもそも批評なんかじゃなかったのかもしれないわけだからね。批評という商売。一種のメタ広告としての疑似批評広告、と。<br>
<br>
代理店の人間は、勝つ理由についてなら、ヤマほど理屈を並べることができる、そういう人々だ。一方、敗因分析はからっきし苦手だ。売り上げに直結しない分析は、あの業界では無視されるから。しかしながら、オレら構造不況業種の申し子であるところの出版界の人間は、むしろ敗因分析を本業としている。後智恵。愚痴。あるいは、死者に鞭（←「支社に無知」by Atok）。あんまり生産的ではないが。<br>
<br>
とにかく、ここしばらく、広告に関しては、あまりパッとした話を聞かなかった。やれ広告制作の単価が安くなっているとか、新聞の広告売り上げが右肩下がりだとか、伝わってくるのはそんな話ばかりだ。テレビもひどい。なんでも、今年にはいって、民放各局のスポットCM売り上げは、軒並み、前年比で十数％下落しているらしい。<br>
<br>
たしかに、テレビ画面に出てくるCMは、この10年ほどの間に、驚くべき水準で劣化してきている。私のような素人の目から見ても、映像そのものにカネが掛かっていないのが丸わかりだ。ラインナップも、パチ屋、サラ金、尿漏れパンツ、老人向け年金保険、墓地、入れ歯安定剤……と、10年前だったら画面に出すことさえはばかられていた商品が、目白押しで並んでいる。それもゴールデンの時間帯に、だ。<br>
<br>
新聞広告もひどい。スッポンだの鹿の角だのから出来ていることを謳った怪しげな健康食品、先物取引に自己啓発研修、あるいはマルチまがいの浄水器みたいなものの広告が、一流とされている新聞の紙面に堂々と掲載されている。折り込みの形で挟まってくる広告はある意味、さらに破壊的だ。地域によって多少の差はあるだろうが、どっちにしても地域密着型の詐偽まがい。SF商法や売り逃げ店舗の開店チラシ。催眠商法のバラ撒き広告や試供品詐偽の釣り用チケット。駅前の呼び込みみたいな調子のダミ声。ひどい。<br>
<br>
以上のごとき次第で、「テレビで宣伝している会社だから一流だ」「新聞に広告が載っている商品だから大丈夫」といった感じの昭和の常識は、すでに瓦解している。というよりも、20歳から下の若い人々は、瓦解もなにも、はなっから広告に対して憧れを抱いていない。<br>
<br>
思うに、『広告批評』の休刊はこういうところから来ている。つまり、「メガ広告の終焉」だとか、「広告媒体の多様化」だとかいったそれらしい分析以前の、モロな「広告」の破産という事態が、『広告批評』を休刊に追い込んだのであって、「広告」という作業そのものが信用を失ったことに、私どもは注目せねばならないのである。<br>
<br>
知り合いの広告関係者に言わせると、うちの国の広告は、ほとんどまったくドメスティックな枠組みで作られているがゆえに、予算規模自体が、国内限定のケチくさい枠に縛られている。であるから、ナイキだとかアディダスみたいな会社が世界数十カ国に配信することを前提に作っている予算何十億の広告作品とは、はじめっから勝負にならないらしい。なるほど。<br>
<br>
だから、天気待ち（野外撮影の場合、良い映像を撮るために、最適な光を求めて好天を待つものらしい）もろくにできていない、安い光で撮った、ショボい映像が、無防備で茶の間に流れているわけだ。で、その、ホームビデオで撮ったみたいなチープなCMを見ながら、若い連中は、広告業界への憧れを、徐々に喪失して行った――これが、バブル崩壊以後の20年ぐらいの間に起こったことの真相なのだと思う。<br>
<br>
私が若者だった頃、広告業界は、学生や若いリーマンにとって、まさに憧れの職場だった。クリエイティブで、おしゃれで、高収入で、将来性があって、自由で、経費使い放題で、最先端で、女にモテて、育ちの良い同僚がいっぱいいる、とにかく、あらゆる点で、最高の就職先に見えた。広告作品自体も、なんだか時代をリードしているみたいに見えていた。なにしろ、「作品」と呼ばれていたぐらいだから。実態は宣伝媒体に過ぎないくせに。<br>
<br>
結局、広告は「広告」を広告することに成功していたわけだ。広告業界は、「広告業界って最高だぜ」というプロパガンダを定着させ、「広告が時代を変えるんだぜ」というお題目をまんまと実体化し、そうやって、本来は流通の末端にいるはずの仕事を、経済界のトップに位置しているかのごとくに見せかけていたのだな。だから、広告業界には、ワナビーがたくさんいた。なんとかして広告に関わりたいと願っている、そういう若い業界予備軍の存在が、広告の単価を上げ、広告人の地位を押し上げ、彼らの社会的地位を幻想上の殿上人たらしめていたのである。<br>
<br>
二十世紀のある時期まで、若いヤツは、誰もが皆、広告関係に就職したいと願っていた。それゆえ、姿形に自信のあるタイプのおねえちゃんたちもまた広告の周辺に蝟集した。で、「広告には才能が集まる」というプロパガンダは、じきに一定の真実を含有するに至る。ひとつの世代のうちの一番優秀な組がこぞって広告業界に集中するみたいなことが、実際に起こっていた時代があったのである。と、才能と収入と世評と外国製乗用車に引き寄せられる形で、女とコンパと酒とコネクションが業界に集中して、最終的に、業界は、一種の仮面舞踏会へと昇華していった。<br>
<br>
かくして、広告業界は、広告会社の社員が最も典型的なエリートであるという風評を作成することに成功し、そうした風評の裏付けに、『広告批評』を利用していたわけだ。広告作品を「批評」可能な独立した表現であるかのごとく扱うための媒体として。他人のふんどしで相撲を取りながら（←つまり「クライアントのカネでモノを作っているくせに」ということ）、生活のリスクを負うこともなく、制作費は丸抱えで、そのくせ手柄だけはパトロン抜きで独り占めしようとする、そいう話だったわけだ。そもそものハジメから。<br>
<br>
もちろん、広告が時代を反映しているということはまぎれもない事実だ。が、だからといって、広告がひとつの独立した表現として評価されるべきであるのかどうかは、また別の話だ。『広告批評』が、あくまでも、業界紙として、たとえば『日刊鉄鋼新聞』や『月刊住職』みたいな位置づけで、業界人オンリーの雑誌として出版されていたのなら、それはそれでオッケーだと思う。業界の人間が、あくまで業界内の情報として読むのであれば、それなりに、有用な情報も提供できただろう。<br>
<br>
が、『広告批評』は、もっぱら業界ワナビー向けに作られていた。文芸誌が作家志望の青年向けに刊行され、ロック雑誌が単に音楽業界人向けにでなく、むしろロケンローラー予備軍を含む、音楽と無縁なティーンエイジャー向けに出版されていたのと同じように、つまり、一種のスターシステムの象徴的媒体として、だ。けれども、そういう時代は終わった。だって、ワナビー自体が、消滅してしまったから。<br>
<br>
いずれにしても、広告業界は、中にいる人々にとって、素敵な場所だった。でも、素敵なことばかりが起こっていたわけではない。事実、電通や博報堂に憧れて試験を受けた野心家の多くは、意味のわからない理由で落とされていた。その代わりにまんまと入社していたのは、一部上場企業の重役の息子や、テレビ局の関係者だったりした。癒着ともたれ合い。そう。うちの国の標高の高い場所ではいつも同じプロットが展開される。そういう宿命なのだ。<br>
<br>
で、『広告批評』が言っているみたいな、ハイブローでアーティスティックでクリエイティブでハイファッションな作業はともかくとして、業界は、ホイチョイが描いたところそのままの腐敗ぶりを露呈しつつ、徐々に調子を狂わせ、そうこうするうちに、不況と国際化のはさみうちにあって、絶対に国際化できない宿命を担った、うちの国の広告は、いつの間にやらもとの木阿弥の三流業界に立ち戻ってしまったわけですね。ええ、ざまあみろです。<br>
<br>
あ。最後の一行は取り消し。忘れてください。分析を装った記事で、本音が露呈してたりするのって、最悪だからね。<br>
<br>
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●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062164418/">『ガラパゴスでいいじゃない』</a>（ともに講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1309387.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1309387.html</link>
<description>担当者より：コラムニスト・小田嶋隆さんが2008年の加勢大周逮捕の一件を通して、トレンディと日本のカッコイイ男について論じたものです。ご一読ください。

配信日：2008/10/15


「かせたいしゅう」と、タイプして変換キーを押してみると、果たして、わがATOKは、「貸せ大...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-06-10T21:50:56+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニスト・小田嶋隆さんが2008年の加勢大周逮捕の一件を通して、トレンディと日本のカッコイイ男について論じたものです。ご一読ください。<br>
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<u>配信日：2008/10/15</u><br>
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「かせたいしゅう」と、タイプして変換キーを押してみると、果たして、わがATOKは、「貸せ大衆」という捨て台詞を返してくる。加勢大周を知らないのだ。で、言うに事欠いて、人民に借財を要求してみたりなどしているわけだ。しかも、そうする権利もないくせに姿勢だけはあくまでも高飛車に、だ。まったくブッシュ元大統領並みのプリオン脳ではないか。<br>
<br>
あるいは、ワープロは、飼い主に似るのかもしれない。ともあれ、わがATOKは、ジャニーズの現役組や梨園出身の俳優の名前は諳んじていても、ちょいと二流の芸能人になるとてんで見当はずれの返事を寄越してくる。正直者。そして、俗物なのだな。つまるところ。<br>
<br>
さて、加勢大周容疑者は、大麻取締法違反、および覚醒剤取締法違反の現行犯として、去る2008年10月の４日、世田谷区内の自宅で逮捕された。その時点で、私自身、ほとんど彼の名前を忘れていた。「おお、加勢大周じゃないか」と思ったのは、テレビのニュースで映像を見たからだ。トシを取ったイケメン。ゆんべの刺身ないしはハエのたかったケーキみたいに無残なその近影。会えて嬉しかったぜ、大周。<br>
<br>
もっとも、私は加勢ファンではない。加勢通でもなければ加勢ウォッチャーでもなかった。彼が売れっ子の俳優であった当時、私は既におっさんの階段を登り始めている時期で、当然、加勢大周が属している世界に対して敵意を抱いている存在だった。でなくても、私は湘南の風をまとって世に出てくる若者に対しては、ごく若い時期から冷淡だったから。<br>
<br>
で、記憶を呼び覚ますべくググってみると、おお、加勢君は懐かしい言葉で分類整理されているぞ。「トレンディ俳優」という。おおお、トレンディよ。どうしていたんだ？　死んでしまうとはなにごとだ。<br>
<br>
そう、そんな言葉があった。トレンディ（笑）。いまの言葉でいえば、スイーツ（笑）のニュアンスに近い。そういう、ナマの会話では決して発音できない、恥ずかしい言葉だった。で、いまや、死語。というよりも、自身が意味するところのニュアンスから、最もかけ離れた地点に着地してしまっている究極の赤っ恥単語ですよ。<br>
<br>
が、トレンディ（笑）は、バブリージャパンを牽引する黄金のコンセプトであり、若い都会派の人々を駆り立てる魔法のキーワードだった。であるから、トレンディドラマとか、トレンディスポットとか、バブル揺籃期のイエローメディアの皆さんは、二言目にはトレンドの風を吹き散らかせていたものだった。<br>
<br>
『日経トレンディ』なんていう雑誌まであった。いや、まだある。かわいそうに、トレンドを読み違えたのだな。じきにトレンディでなくなることが分かり切っているうたかたの流行語を、雑誌のタイトルに持ってくるなんて。なんという判断ミス。「三年で廃刊」を自ら宣言しているみたいなものじゃないか。<br>
<br>
でも、こんな名前で20年も雑誌を刊行し続けている彼らは、逆に偉いのかもしれない。いまや偉いモノのほとんどすべては、逆方向に偉い、と、そういうことになっているのかもしれない。厳しい時代だ。オレの関係の雑誌は続々とツブれている（←この半年で３つ消滅した）というのに。『日経トレンディ』。あるいは、彼らが正しかったのかもしれない。<br>
<br>
いずれにしても、流行語はありがたい。流行っている間もそれはそれで便利だが、流行が去ってから再会するとなおうれしい。だって、言葉が指し示していた当のモノの馬脚から正体から尾羽打ち枯らした後ろ姿からが、すべて丸見えになっているわけだから。<br>
<br>
トレンディ俳優・加勢大周、と、こうやって並べてみると諸行無常の響きが沙羅双樹の花の色とともに横溢してくるから不思議だ。ひとえに風の前の塵に同じ。まったく平家物語の序文は一分の隙もない名文だった。<br>
<br>
トレンディみたいなタイプの流行語は、対象の全盛期を形容するためにではなく、むしろ、来たるべき末路をよりくっきりと際立たせるための時限爆弾として効果を発揮する。終止形のコードに先立つ代理和音みたいなものとして、だ。だから、トレンディの極を極め者は、宿命的に「ダサい」方向に向けてシフトせざるを得ない。で、結末は、「悲惨」だとか、「不憫」だとか、でなければ「滑稽」ぐらいなところに落ち着く。まさに平家物語以来の伝統だ。<br>
<br>
加勢大周の末路。事務所脱退騒動。芸名争奪戦を模した出来レースっぽい報道合戦。お笑い結婚。隠し子爆弾の炸裂。ショボい弁解の記者会見。忘れた頃の台湾再デビュー。そして大麻。泣いてどうなるのか。まるで最初からシナリオがあったみたいに見事な転落ぶりではないか。二段落ち三段落ちの恥さらし劇場。花魁道中みたいな人生。<br>
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加勢大周とともに「トレンディ御三家」と呼ばれていた残りの二人も、それぞれに良い味を出している。腐敗発酵食品としてのトレンディ銘柄。吉田栄作、織田裕二。それぞれの放物線。<br>
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実際のところ、どうなのだろう。「トレンディ御三家」というキャッチは、マジでリスペクトの意味で冠せられたキャッチだったのだろうか。その実「あとで笑うために」仕掛けておいた時間差のスルーパスだったということはないのだろうか。だって、事実、20年を経過した今、われわれはトレンディ御三家のそれぞれの近影と足跡を吟味しながら、生温かく笑っているわけだし、彼らがトレンディでさえなかったら、現状だってそんなに劇的には見えていないはずなのだから。よくあるおっさんの日常。特に冴えないけれど、別に悲惨でもない、当たり前な老化と加齢臭の日々。いや、オレにしても若い頃カッコ良くなくてよかったのかもしれないぞ。<br>
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読者諸兄はおぼえておいでだろうか。吉田栄作が勘違いして人に説教を垂れる存在になって行った頃の経緯を。私はなぜかよくおぼえている。そして、業界で総スカンを食らい、干され、忘れられ、無視されたあげくに、ある日カッコつけまくって引っ込みがつかなくなって渡米した日々のことも。まったく素晴らしい見世物だった。ベストジーニストに選ばれて、下目遣いで気取っていた栄作。「オレは」と、一人称代名詞がやたらと多いしゃべり方で浮いていた栄作。なにもかもが懐かしい。<br>
<br>
織田君も元気だ。つい最近もUZという覆面歌手（笑）名で「君の瞳に恋してる」をカバーして笑わせてくれた。字面を見て、UZ（うぜえ）かと思った。なあユージ、オレは、たった一人の部屋で、30秒笑ったよ。息がとまりそうだった。<br>
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ともあれ、一度「カッコ良い」という分類で頂点に持ち上げられてしまった人々は、そこから降りてくるための作業でとても苦労することになる。で、ほとんどの者は、しがみついたあげくに転落することになっている。加勢君は、疲れて自ら飛び降りた感じに近いのかもしれない。いま注目しているのは、木村君の降り方だ。<br>
<br>
彼はどうやって降りてくるつもりなんだろう。そろそろうまいトシの取り方を研究しはじめてしかるべき時期なのに、彼は一向にそれをやろうとしない。いつまでも25歳設定で押し通そうとしている。で、自分で「欠点が無いのがオレの欠点」ぐらいに思っていて、その欠点の無いイヤミさをカバーするために、外部的欠点として嫁さんを輸入（違うか？）していたりする。そういうところの勘違いが、私にはとても痛く見えるのだが、当の本人はどうなのだろう。あのリーバイスのCMは、あれでオッケーなんだろうか？　あの下目遣いのポーズは、ファンクラブ目線の人間以外には噴飯だとおもうぞ。<br>
<br>
それにしても、日本のカッコイイ男は、どうしてこうもイタくて弱いのだろう。たとえば、昔綺麗だった女優さんたちの多くは、トシをとって綺麗でなくなっても、それはそれで自分の居場所を見つけてたくましく生きている。もちろん、石原真理子みたいに道を誤る例もあるが、多くの女優さんは、母親役をこなし、おばさんの立ち位置に慣れ、そうしながらきちんとした中年女にソフトランディングしている。<br>
<br>
なのに、カッコイイ男は、カッコイイ中年になれない。これは、個々の男たちの責任というよりは、うちの国の文化の構造的な欠陥に由来する何かなのかもしれない。つまり、この国には、あらまほしきモデルとしてのナイスミドルの伝統がないのだ。<br>
<br>
ハンサムで、イケていて、トガっている若い男の将来には、死んでしまうか、バカなオヤジになるか、いずれかの結末しか用意されていない。だから、尾崎豊は死んだのかもしれない。おっさんになるくらいならシャブ中の方がましだぜ、とか。全然マシじゃないのに。<br>
<br>
トレンディドラマを振り返ってみると、あそこで描かれている男は、女目線で描いた理想の恋愛相手以上のモノではなかった。「稲村ジェーン」「はいすくーる落書き２」「いつか誰かと朝帰りッ」「ADブギ」「ポールポジション！愛しき人に」……と、wikiを頼りに加勢大周主演のドラマや映画を思い浮かべてみると、残念、何も思い浮かばない。空疎な語り口と、無駄に整った横顔と、自らの長身を意識し過ぎた歩き方が目に浮かぶばかりだ。<br>
　<br>
現在進行形のテレビの世界では、トレンディは既に消滅している。というよりも、90年代半ば以来の十数年にわたる不況をくぐり抜けて後、視聴者はテレビの号令に乗っかってトレンドを追い回すような生き方をあらためたのだと思う。シマウマじゃないんだし。<br>
<br>
で、90年代のトレンディドラマが描いていた恋愛（「ラブ・アフェア」とか言ってましたね）もまた、バラエティの世界に引っ越している。結局、恋愛は、ドラマとして描かれる素材ではなく、バラエティの枠内で処理されるひとつのアイテムに化けたわけだ。あるいは合コンのネタ、ないしは、前交尾行動における儀式としてのプレゼンテーションのひとつぐらいな位置におさまったのかもしれない。<br>
<br>
これが格下げなのか格上げなのか、私には判断がつかない。いずれにしても「恋バナ」（←「恋の話」の略。なんという気持ちの悪い造語だろうか）を語ることで名をなしてきた、久本やさんまといった芸人たちが、既に初老の域にさしかかっている以上、少子化の波はどうにもとどめようがないと思う。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>（講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
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</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1295258.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1295258.html</link>
<description>担当者より：コラムニスト・小田嶋隆さんの連載をアップしました。今回は先日お亡くなりになった井上ひさしさんについてのものです。

配信日：2010/04/21


井上ひさしさんが亡くなった。で、ちょっとしんみりしている。私が、こんなふうに、他人の死をマジメに受け止めるの...</description>
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<dc:date>2010-05-10T15:38:37+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニスト・小田嶋隆さんの連載をアップしました。今回は先日お亡くなりになった井上ひさしさんについてのものです。<br>
<br>
<u>配信日：2010/04/21</u><br>
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井上ひさしさんが亡くなった。で、ちょっとしんみりしている。私が、こんなふうに、他人の死をマジメに受け止めるのは、珍しいことだ。それだけ、井上ひさしという人は、私にとって、大きな存在だったのだと思う。<br>
<br>
あるいは、若い人たちは、この感覚を、理解しないかもしれない。というのも、三十代以下の人々にとって、井上ひさしは、たいした作家ではなさそうだからだ。若い人々の目から見れば、井上ひさしは、単なる「老大家」、あるいは、新聞社に重宝されている文化人ぐらいな存在になる。どうせそんなところだ。<br>
<br>
たしかに、井上ひさしは、この20年ほど、印象に残る作品を残していない。仕事をしていなかったわけではない。相変わらず、営々と、勤勉に作品を生み出し続けていた。でも、それらの仕事は、さして世間の注目を集めなかった。というよりも、はっきりと申し上げるなら、この20年ほど、井上ひさしの作品は、売れなかったわけだ。<br>
<br>
しかしながら、本業がパッとしない一方で、名前の方は、むしろ、晩年に至って、大きくなっていた。各種の文学賞の審査員を歴任し、長らく日本ペンクラブの会長もつとめていた。だから、近年、文壇の人間としては、ほとんど最大級の存在だった。特に、松本清張や司馬遼太郎が居なくなった後には、その名前の大きさはいよいよ際立っていた。<br>
<br>
政治に言及することも多かった。沖縄、核兵器、自衛隊、憲法など、何かある度に、新聞にコメントが載った。立場としては、リベラル。昨今では貴重な存在だった。型どおりのコメントが取れる、筋目の文化人として。<br>
<br>
農業やコメ作り、日本語の乱れ、教育など、社会的ないしは文化的なあれこれにも、積極的に関与していた。もちろん、コメントはいつも同じ。農業と自然とコメの味方で、日本語の守り手だった。つまり、「大家」だったわけだ。あらゆる意味で。<br>
<br>
だから、実際の作品に触れたことの無い若い人たちにとって、井上ひさしは、「いろんなことにやたらと口をはさんでくるえらそうな先生」ぐらいに見えていたかもしれない。進歩的文化人の化石みたいな存在。朝日や岩波の立場を代弁する言論マシン。そういうふうに見なしていたムキも多いと思う。<br>
<br>
われわれからすると、信じられないことだ。というのも、五十代の人間である私が長年抱いてきた感覚からすると、井上ひさしは、「偉そう」な資質や態度とは最も遠いところにいる人だったからだ。なにがどう間違ったとしても、井上ひさしが権力的にふるまったり、強圧的であったりすることだけは、決して起こらないはずだ、と、私たちは、ごく若い頃にそう思いこんでいた。なぜというに、井上ひさしは、無茶苦茶に面白い人だったからだ。それほど、井上ひさしの作品は、闊達で、独特で、シュールで、はじけるように明るく、しかも自由だった。こういう作品を書くヒトが、誰かをおさえつけたり、威張ったりするはずがない、と、われわれは、まっすぐにそう信じたのである。<br>
　<br>
ところが、若い人たちにとって、井上ひさしは、特段に面白いヒトではなかった。それどころか、説教ばかりしている爺さんだった。たいした仕事もしていないくせに、か？　なんということだろう。<br>
<br>
訃報を伝える新聞記事を眺めてみると、「ユーモア」という文字が目立つ。若い人たちにはピンと来ないお話だと思う。<br>
<br>
「えっ？　あの人にユーモアなんかあったっけ？」と、あるいは四十代であっても、遡って作品を読んだ経験を持たない人々は、そう思ったことだろう。じっさい、名前が売れてから後、あの人はほとんどまったく他人を笑わせることがなくなっていたから。<br>
<br>
でも、信じない人は信じないかもしれないが、井上ひさしは、ある時期まで、それはそれは面白いヒトだったのである。初期の代表作である『ひょっこりひょうたん島』が、いかに面白かったのかは、もしかしたら、あの作品を、同時代の小学生として享受した、ごく限られた世代の者にしかわからないことであるのかもしれないが、あの革命的なテレビ放送を生身で体験した子供の成れの果てとして言わせて貰うなら、私は、あれほど面白い番組には、結局、今に至るも、出会っていないのである。<br>
<br>
それほど、あのモノクロ放送の人形劇は、キャラ設定から、ストーリーから、言葉の使い方からエピソードのブッ飛びっぷりまで、あまねく、奇跡みたいに面白かった。振り返ってみれば、私の人生の中で、あれほど心から楽しみに待った作品はほかにないかもしれない。<br>
<br>
『婦人公論』に連載していたエッセーも面白かった。母親の雑誌を盗み見ていた私は、たぶん、中学生だった。たしか「家庭口論」というタイトルだったと思う。エッセーの内容は、他愛のない夫婦間のやりとりを大げさに紹介した身辺雑記だった。中学生の目から見ても、半分は駄法螺だと思った。が、それでも面白かった。自分の身の回りに起きた事件を、ちょっぴり大げさに脚色して、それを面白おかしいコントみたいに書く手腕は、他の書き手とはまるで違っていて、私は毎月、大いに感心していた。「この人は名人だぞ」と。さよう。井上ひさしは、少なくとも1970年代までは、面白いことを発明する名人だったのである。<br>
<br>
大人になってからは、あまり井上ひさしの書くものを読まなくなった。遠ざかったのは、私の側の事情で、つまり、人は誰も、大人になる過程で、子供の頃に傾倒したものには、多かれ少なかれ、距離を置くようになる。それだけの話だと思う。<br>
<br>
で、大人になってみて、あらためて井上ひさしに向かってみると、これが、何か違うのである。しばらくぶりに、読んでみると、なんだか、感触が違っている。いや、つまらなかったわけではない。<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4101168164/">『吉里吉里人』</a>は面白く読んだし、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4087494055/">『頭痛 肩こり 樋口一葉』</a>にも感銘を受けた。<br>
<br>
でも、私が子供の頃に傾倒した井上ひさしではなくなっていた。なにより、ユーモアが激減していた。後年、その傾向は、さらに顕著になる。つまり、有名な先生になった後の井上ひさしは、日本語の達人であり、手練れの劇作家であり、農業問題の論客ではあったものの、小中学生を笑わせる無邪気なネタを書き散らすヒトではなくなっていたわけだ。<br>
<br>
にもかかわらず、世間の評価は、「ユーモアの達人」で一貫していた。おそらく、若い人にとっては、この評価のギャップが、この人のインチキ臭さとして受け止められてしまったのだた思う。<br>
<br>
ユーモアは、評価のむずかしい分野だ。なんとなれば、誰かを笑わせるためには、何かを破壊せねばならないからだ。そういう意味で、大家であってなおユーモリストであり続けることは、非常に困難なミッションになる。<br>
<br>
大家になると、周囲の人々は、お愛想で笑うようになる。「ははははは」「あはははは、先生、勘弁してくださいよ、はははは」と、井上ひさしの周辺には、笑いが絶えなかったはずだ。井上先生が面白いことを言ったからではない。周囲にいる人々が気をつかったからだ。<br>
<br>
こういう例はよくある。現在でも、ビートたけしが会見で何か言うと、爆笑が起こることになっている。ほとんどまったくどこも面白いところのない話をしても、だ。<br>
<br>
「冗談じゃないよ」と。たけしがそう言っただけで、周囲は大爆笑する。何が面白いのか、私にはわからない。が、記者も、リポーターも、後輩芸人も、文化人も、アナウンサーも、スタジオにいるすべての人間が大笑いをするのである。<br>
<br>
ダウンタウンの松本の周辺にも、似た感じの笑いが渦巻いている。「なんちゅうこっちゃ」と、松本が言うと、吉本の後輩が猿のシンバルのおもちゃみたいに両手で拍手をしながら、笑い転げる。<br>
<br>
「困るでぇ」。ははははははは。何がおかしいのやら。はははははは。つまり、中小企業の社長の身辺を壁のように包んでいるおべっか笑いと同じなのだな。笑いの壁。<br>
<br>
そういえば、大江健三郎先生のような、最初から最後まで、ひとっかけらのユーモアもなかった作家のまわりにも、笑いは起こっていた。私がおぼえているのは、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4101126119/">『ピンチランナー調書』</a>という小説が発売された時のことだ。<br>
<br>
この小説は、若手の小説家として同時代のチャンピオンだった大江健三郎が満を持して世に問うた作品だった。当時は、これが、「ユーモア小説」とされていたのである。帯にも「哄笑とブラックユーモア」ぐらいなことが書かれていたと思う。書評も、軒並み絶賛。私が読んだ書評では、すべての批評家が、大笑いした、と書いていた。<br>
<br>
私はまるで笑えなかった。しかし、これは、「ユーモア」だと、そういうふうに文壇では認定されていたのである。私は、二十歳になるかならないかの純真な若者だったので、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4101126119/">『ピンチランナー調書』</a>を読んで少しも笑うことのできない自分の感受性の鈍さを反省していたりした。<br>
<br>
が、しばらくして、気づいた。あれはやっぱり、どこからどう読んでも、笑える小説ではなかった。そもそも、大江健三郎は、笑わせる作家ではなかった。というよりも、笑わせなくても、十分に読ませる小説家だった。初期の短編や、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4101126100">『個人的な体験』</a>までの長編は、詩的で、イマジネーション豊かな、他に比べるモノのない、非常に硬質な抒情を備えた作品で、だから、対インテリ向けの影響力という意味では、大江健三郎は、現在の村上春樹よりもさらにスーパーな存在だったのである。<br>
<br>
で、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4101126119/">『ピンチランナー調書』</a>は、その大江健三郎が、はじめて挑んだ喜劇だった。と、文壇は、笑ったのである。担当編集者も、批評家も、新聞記者も、すべての関係者が、大いに笑ったのである。あのクソ面白くもないスベった小説で。<br>
<br>
笑いほどあてにならないものはない。笑いは、「空気」みたいなものだ。われわれは、隣の人間が笑っているのを見たら、とりあえず笑う。だから、わたくしどもの社会では、笑いは、「場」からの一種の強制としてもたらされる。クラシックの演奏会の後に起こる拍手と同じだ。周囲に合わせないと自分だけが田舎モノになってしまう。だから、拍手をする。評価や賞賛とは別。拍手も笑いも、結局は、踏み絵なのだ。<br>
<br>
井上ひさしが笑いの専門家だという世評にウソがあったわけではない。彼がその世評を勝ち得た当初、その世評は、間違いなく本物だった。が、世評は、やがて、実態を反映しなくなる。それは、時間がたつにつれて、実態からかけはなれ、最終的には、むしろ実態を裏切る隠れ蓑になる。とすれば、井上先生が笑いとはまったく別の方向に歩いていても、最後まで「笑いの王様」の看板がついてまわったことは、これは、仕方のないことだったのかもしれない。<br>
<br>
でも、面白くない人が、面白い人として扱われていることの不自然さが、晩年、彼の評価をおとしめていたのだとすると、それはとても残念なことだ。文壇や新聞の人たちが、きちんと、正当に、「この人は、昔はとっても面白いモノを書いた人で、今は、そんなに面白くはないけれども、それでもとても見識の高い人なんだよ」ぐらいな評価をしていれば、若い人たちに、インチキ臭い年寄りと思われずに済んだと思う。ま、いまとなっては手遅れだし、そうでなくても余計なお世話だが。<br>
<br>
井上ひさしさんが、威張り散らしていたのかどうかについて、私は、具体的な事実を知らない。おそらく、ご本人が威張ったのではないのだろう、と、想像している。<br>
<br>
ただ、本人が特に権力的にふるまっていなくても、彼のようなビッグネームを前にすると、周囲の人々は、勝手に土下座をはじめる。あるいは、「三尺下がって師の影を踏まず」みたいな態度で、恭しく先生を持ち上げにかかる。<br>
<br>
と、その、周囲の恐縮ぶりを、遠巻きに眺めているそのまた周辺の人々は、恐縮の中心にいる人間に対して、権力臭を感じる。で、かくして、「威張った先生」という世評ができあがる。<br>
<br>
遺憾な展開だ。私が、いくつか耳にしたお話（「コワい先生」という評判）は、たぶん、そうやってできあがっていたのであろう。<br>
<br>
それはそれとして、最初の妻（←「家庭口論」の一方の当事者）が書いた本（<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4893612700/">『修羅の棲む家』</a>：夫による家庭内暴力の実態を赤裸々に描いた問題の書）は、早々と絶版になったと思うが、あれは偶然なのだろうか。アマゾンのページを検索すると、古書の実勢価格は、五千円を超えている。ということは、私の実家のどこかに積んであるはずのあの本は、この先、さらに値上がりするのかもしれない。<br>
<br>
ううむ。私は、感謝すべきなのだろうか。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。<br>
共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>（講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1249044.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1249044.html</link>
<description>担当者より：コラムニスト・小田嶋隆さんによる連載コラムをアップしました。ぜひご覧ください。

配信日：2010/01/20


Googleが中国市場から撤退することになるかもしれない。とすると、これは大事件だ。

以下、記事を引用する。

《Googleは昨年12月中旬に中国を起点とす...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2010-02-04T09:50:07+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニスト・小田嶋隆さんによる連載コラムをアップしました。ぜひご覧ください。<br>
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<u>配信日：2010/01/20</u><br>
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Googleが中国市場から撤退することになるかもしれない。とすると、これは大事件だ。<br>
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以下、記事を引用する。<br>
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《Googleは昨年12月中旬に中国を起点とするサイバー攻撃を受けた。Googleの調査によると、攻撃者は中国の人権擁護活動家のGmailアカウントをねらっており、米国、中国、ヨーロッパのGmailユーザーのうち、中国の人権擁護の支援者のアカウントも第三者にアクセスされていたという。Googleは、この問題は単なるセキュリティ被害にとどまらないと判断。中国政府と話し合いを行うとしているが、中国における攻撃と検閲の状況が変わらなければ、中国でのサービス提供を断念する可能性があるとしている。》（以上、1月19日15時0分配信 MarkeZine）<br>
<br>
中国政府は、当然、自国のインターネット政策を擁護している。概要は以下の通り。<br>
<br>
《中国外務省の姜瑜副報道局長は14日の定例記者会見で、「中国は他国と同様、法律にのっとってインターネットを管理している」と述べた。同副報道局長は中国のインターネットはオープンだと指摘し、ハッキングなどのネット犯罪を取り締まる法律もあると述べた。――後略――》（ウォールストリートジャーナル日本版1月15日）<br>
<br>
でもって、Googleは中国市場からの撤退を示唆し、中国は中国で、自分たちこそがサイバー攻撃の最大の被害者である旨を強調している。面白い展開だが、さらに興味深いのは、日本の主要マスコミが、一連のニュースに関して冷淡であることだ。事実、私が引用した記事も、主要メディアからのものではない。<br>
<br>
三大紙（「五大紙」という言い方はまだ有効なのだろうか）の扱いが小さいこともさることながら、テレビの扱いはさらに露骨だ。ほとんど黙殺している。まあ、気持ちはわかる。テレビの客にアピールしそうなニュースではないと、彼らはそういうふうに判断したのかもしれない。でなくても、彼らはネット関連のニュースを伝えることには普段からあまり熱心ではない。<br>
<br>
しかも、今回のネタは中国がらみだ。ということになると、ますますオンエアする理由は希薄になる。Googleの機嫌を損ねるのはなんとなく気持ちが悪いし、中国政府に敵視されるのも同様。首筋が寒い。それに、中国がらみの話題は、扱い方を間違えるとネトウヨを呼び寄せることになる。これは非常に面倒くさい。<br>
<br>
ということであれば、このテの行ったり来たりの出来事は、事態が落ち着くまで様子見を決め込んでおくに限る。あえて渦中の栗を拾ったところで、どうせ焼き栗の中味は黒こげに決まっているわけだから。<br>
<br>
いつの頃からか、中国にまつわる話題は非常に扱いの難しいマターになってしまっている。私自身、彼の国の政策や現実について、思うところが無いわけではないのだが、ふだんは口を閉ざしている。理由は、たった一言、面倒くさいからだ。あの国で起こっていることや、かつて起こったと言われているあれこれについて、多少とも正直な発言を漏らすと、四方八方から論敵が湧いてくることになっている。右から左から。上から下から。悪くすると裏から表から。前門のネトウヨ、後門の極左。絶体絶命だ。であるから、そういう人々の相手をするのが億劫で、つい黙ってしまうのだ。<br>
　<br>
つまり、結果として検閲は成功している、と？　いや、そんな大げさな話ではない。ネット世論というものが形成されるようになって以来、言論は、自由になったようでいて、その実、不自由（というよりも厄介）になっているということを私は申し上げている。<br>
<br>
いくつかの話題は、議論のテーブル自体が戦場になってしまっていて、うっかり発言できない場所になってしまっている。非常に残念なことだが。だから、南京大虐殺について、私は、ノーコメント以上の言葉を持たない。南京虫大虐殺についてもだ。何を言ったところで、左右両方向から十字砲火を浴びることがわかりきっているからだ。この論争は、もはや、発生の経緯や犠牲者の人数について検証する議論ではなくなっているようだ。一種外交カードみたいなものになってもいれば、踏み絵じみた使い方をされてもいる。<br>
<br>
であるから、「少なく見積もっても三十万。大きめに考えれば六十万人が虐殺された」<br>
と、あくまでも最大限の人数を言い張る人々がいる一方で、「虐殺は捏造。そもそも報道自体が根も葉もないデタラメ。誰も死んでいない」と、主張する人々がいたりもする。<br>
<br>
今回のGoogleをめぐる論争は、南京マターほど荒れているわけではない。が、南京問題と同じ種類の面倒くささを発生当初から放射していて、だから、マトモな人は言及しなくなっている。<br>
<br>
と、この種の問題を取り上げたがるのは、党派的な企図を抱いた連中だけということになって、結果、中国にかかわる話題は、さらに極論しか存在しない場所へと運ばれていく。なんだか、辛い料理を出す店の料理が、店に集まるマニアの好みに合わせて、ますます辛くなって行く過程と似ている。一般客は、一口食べて逃げ出す。と、店主は、一般客を見限って、さらに辛い味を追求せざるを得なくなり、マニアはマニアで、店主の出す味に追随すべく、より高い耐性を身につけて店に通う、と。ひどい話だ。<br>
<br>
中国は、もはや「中国は」というひとくくりの主語で扱える対象ではなくなってきている。それだけ、多様で、巨大で、極端な国になってしまっているということだ。<br>
<br>
たとえば、経済面に注目する向きは、この国で起こっている出来事を、基本的には容認する方向で見ようとする。だって、あまりにもデカい市場だから。だから、隅っこの方で怪しからぬことが起こっていようが、山奥で残酷な事件が発生していようが、そういうことにはあまりとりあわない。お客さんの家庭の事情には踏み込まない。それが商売人というものだ。お金を出して商品を買ってくれる以上、お客様は神様にになる。買った商品で何をしているのかは知らない。<br>
<br>
一方、人権を問題にする人たちは、中国相手の商売にすら問題点を見出す。さらにやっかいなのは、中国政府のやり方に民族的な誇りを傷つけられていると感じている人々だ。彼らの目から見ると、中国は、軍事的な脅威であり、民族的自尊心を毀損する中華思想の深淵であり、犯罪者の供給源であり、極東アジア制圧を企む暴虐卑劣な暴君ということになる。<br>
<br>
事実はどうなのか？　すべて、だ。中国は、避けて通れない隣人であり、有望な顧客であり、わが国の経済の死命を決する市場であり、生産拠点であり、世界の農場であり、わが国の冷蔵庫であり、一方において、犯罪と汚染食物と粗悪な工業製品と、市場破壊的な低価格をもたらす厄災の源でもある。<br>
<br>
で、その中国からやってくる中国人はどういう人々であるのかというと、これまたすべての要素を備えている。彼らは、信じられないほど優秀であり、一方において悪賢く、冷酷で、強欲でもあれば寛大な買い手でもある。勤勉な労働力であり、傲慢至極な取引相手であり、油断のならぬ詐欺師でもある。つまり、あの巨大な国からは、善悪美醜を問わず、あらゆる種類の人間がやってくるということだ。<br>
<br>
つい先日、使っているPCが不安定になったので、メーカーのコールセンターに電話をしてみた。と、中国人が出てきた。<br>
<br>
「リンと申しマス」と、先方は、若干たどたどしい日本語で、自己紹介をした。私は、ちょっとイヤな気持ちになった。なるほど。日本のメーカーのユーザーサポート拠点が中朝国境あたりのクソ田舎に建設されている噂は、ありゃ本当だったのか、と、そう思った。<br>
<br>
が、しばらく話すうちに、私の懸念はすっかり晴れた。リンさんは、それほど優秀だったのである。サポセンの担当者が、トラブルをかかえた顧客の電話に対して、適切に対応するのは、そんなに簡単なことではない。顧客の技術レベルや理解力は一様ではないし、かかえているトラブルも千差万別だからだ。<br>
<br>
が、彼女は、いくつかのやりとりの中で、こちらのPCに関するスキルと知識のレベル（←古い知識はあるが、実践的なスキルは無い。プライドは高いが対応力は低い）を素早く把握し、実に適確なアドバイスを授けてくれた。こういうことは滅多にない。っていうか、はじめてだ。サポセンの電話担当は、もったいぶって質問攻めにしてくる割には理解力に乏しく、おまけにバカっ丁寧な口のききかたをするくせに、最終的にはこちらを怒らせることになっている。<br>
<br>
「まず確認いたしますが、電源スイッチはオンになっておりますでしょうか」と、いきなりケンカを売ってくるかと思えば「少々お待ちください」と言ったきり七分間にわたって待機メロディーを聴かせてくれたりする。そういう連中が標準なのだ。<br>
<br>
が、リンさんは違った。たったの三分でこちらの状況を把握し、順序立ててひとつずつ解決策を示し、最終的に見事に問題を解決してくれた。天晴れ。知り合いの大学講師も、中国人留学生の優秀さに感銘を受けたという。レポートの日本語は、若干未熟なのだが、内容の豊かさは、そこいらへんの日本人学生とは比べものにならないという。<br>
<br>
つまりこういうことだ。メーカーのサポセンに派遣されている日本人は、これは、熱心でない人も多数いる。だから、投げやりな対応でこちらを怒らせる。一方、日本のメーカーのサポセンに採用される中国人は、言葉のハンデを乗り越えて合格してきているわけだから、たぶん、それだけで既に優秀なのだ。のみならず、彼らは野心的で勤勉で、頑張り屋だ。とすれば、オペレーターとしてどちらが優秀であるのかは、自明ではなかろうか。<br>
　<br>
留学生の場合も同様。日本の大学に通う日本の学生は、そこの大学の偏差値を反映しているに過ぎない。熱心でもない。だって、彼らは「必死だな（笑）」が嘲弄の言葉である世界で大きくなった子供たちだから。<br>
<br>
他方、日本の大学にやってくる中国人の留学生は、全員がとは言わないが、少なくとも国費留学生は、エリート中のエリートだ。厳しい選抜をくぐり抜けてやってきた精鋭だ。しかも勤勉。「必死」と言っても良い。もちろん、語尾に（笑）は付かない。文字通りの必死。必死であることがまだ美しさを失っていない国の必死。<br>
<br>
さてしかし、留学生やメーカーの社員になる中国人が優秀であるのだとしても、ストリートのチャイニーズについては、その限りではない。そういえば、レイモンド・チャンドラーは、その作品の中で、私立探偵フィリップ・マーロウにこんなセリフを言わせている。<br>
<br>
「優秀なメキシコ人ほど優秀な人間はいない。手強いメキシコ人ほど手強い相手はいない。悪辣なメキシコ人ほど悪辣な人間はいない」<br>
<br>
と、まぁ記憶からの再現なので、細かいところは若干違っていると思うが、要するに、マーロウが活躍した1940年代から50年代にかけてのカリフォルニアでは、メキシコ人は、そういう存在だったということだ。野心満々でやってくる非常に優秀な組の連中と、やけっぱちな犯罪者たち。つまり、両極端の人々。<br>
<br>
中国人も同様だ。おそらく、日本にやってくる中国人犯罪者の残虐さは、日本のやくざのそれを上回っているのではないだろうか。窃盗犯の強欲さや、ひったくり犯の凶暴さ、性犯罪者のやり口の惨さも、だ。<br>
<br>
一方、最も優秀な組の中国人学生や、最高度に洗練された研究者について言うなら、彼らは、わが日本のヌルいエリートよりずっと優秀である可能性は高い。あるいは、日本にやってくる中国人についてだけではなくて、このことは、中国人全般に言えることであるのかもしれない。すなわち、中国人は、世界一優秀で世界一俗悪な人々である、と。まあ、当然といえば当然。世界一人間が多いわけだから。<br>
<br>
いずれにしても、われわれは、彼らを無視できない。のび太がジャイアンを無視できないのと同様。いや、われわれはのび太ですらないのかもしれない。なにしろ、ドラえもん（世界一の技術）を失いつつあるわけだから。<br>
　<br>
ずっと昔、われわれはのび太で、ジャイアンは、アメリカだった。中国は、メインキャストには組み入れられていなかった。せいぜいゲスト。それも悪役。それが、いつの間にやら、ジャイアンの座を奪っている。で、オレらは、のび太の立ち位置から、スネ夫の目線に、徐々にスタンスを移してきている。ひがみっぽくて、計算高く、そのくせいつも貧乏くじをひいている、みっともないおべっかつかいのスネ夫。一時期は、出来杉君に昇格したつもりになっていたのに。<br>
<br>
いずれにしても、この先、物語は、ジャイアンを中心に展開することになる。永遠の「ジャイアン・リサイタル」。アメリカは、去ろうとしている。いいなあ、間にデカい太平洋があって。オレらの間には、一衣帯水のガス含みの海と、厄介な半島があるばかり。<br>
　<br>
ライバルでありたいとは思わない。友人になれる感じもあんまりしない。だから、せめて有益な取引先でありたい。お互いにとって。被害者だけはごめんだ。加害者も。いや、これは、しょせん無理だけど（笑）。<br>
<br>
自虐史観？　違うよ。史観に基づく自虐。似たようなものだけど、こっちの方が若干芸が細かい。末尾に（笑）が付く。www。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。<br>
共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>（講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1240451.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1240451.html</link>
<description>担当者より：コラムニストの小田嶋隆さんによる連載コラムです。今回は「お笑い」についてです。また、小田嶋さんと岡康道さんとの共著『人生２割がちょうどいい』（講談社）も好評発売中です。

配信日：2009/12/16


年をとった人間は過去を美化するようになる。自然ななり...</description>
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<dc:date>2010-01-18T13:37:51+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニストの小田嶋隆さんによる連載コラムです。今回は「お笑い」についてです。また、小田嶋さんと岡康道さんとの共著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>（講談社）も好評発売中です。<br>
<br>
<u>配信日：2009/12/16</u><br>
<br>
<br>
年をとった人間は過去を美化するようになる。自然ななりゆきだ。私も同じだ。昔は良かったと、色々な場面でそう感じる。しかも、そう思う機会が、年を追って増えている。<br>
<br>
仮に私が原稿を書く人間でなかったのなら、それで大きな問題はないのだと思う。――昔は良かった。昭和の日本人は純粋だった。今の世の中は間違っている。現在のテレビは堕落している。平成の音楽はレベルが落ちている。今の野球はインチキだ。最近の若い奴らには覇気がない。昨今の子供たちはマナーがなっていない。自分が子供だった頃の東京には本当の情があった――と、そう思っていた方が過ごしやすいわけだし、それで特に不都合もないからだ。<br>
<br>
でも、「昔は良かった」というこの感想は、実は、多くの場合ウソだ。あるいは錯覚。というよりも、過去を美化する感傷は、年齢のいった人間が、自分を正当化するための便法に過ぎないのだ。おそらく、「オレの人生がうまくいかないのは、時代のせいであってオレの責任ではない」みたいな、そういうプロットを補強するひとつの状況証拠として、われわれは過去を美化している。ついでに、自分の過去と、自分の人生そのものを。<br>
<br>
そういうふうに、より心易く生きるための処世術として過去を美化することは、それではそれで結構なことであるのかもしれない。でも、そのアホな感想を原稿に書いてしまうのは、プロとして非常に具合の悪いことだ。たとえば、昔の柔道は今の柔道よりレベルが高かったとかいう話は、事実に反している。単に昔の方が海外の競技レベルが低くて、それでメダルが取りやすかったということに過ぎない。そう思うのは勝手だが、プロのライターがそういう原稿を書いてはいけない。<br>
<br>
今回はお笑いについて書こうと思っている。正直に申し上げると、私は、今のお笑いは、昔のお笑いに比べてレベルが低下していると思っている。が、同時に、自分の抱いているその感慨が錯覚であることもわかっている。で、ちょっと困っているわけだ。<br>
<br>
昔の笑いは面白かった、と、同世代の男たちが集まると必ずそういう話になる。ドリフは最高だった。コント55号には死ぬほど笑わせてもらった。『おれたちひょうきん族』のテンションの高さは現在の番組には望むべくもない。デビュー当時のダウンタウンは神がかっていた。などなど。<br>
<br>
いや、半分は事実なのだ。実際われわれは、それらの笑いを心から享受し、テレビの前で毎回笑い転げていたわけだから。でも、それでは、それらの笑いが、本当に現在流通している現役のお笑いよりもレベルが高いのかというと、それはまた別の話になる。たとえば、フジテレビがCSで流している『ひょうきん族』の再放送を見てみると、なんと、さんまもたけしもびっくりするほど面白くないのだ。笑いがナマモノで、時事的な要素や時代の気分と不可分な部分を持っているというその点を除けて考えても、それでも、あきれるほど笑えないのだ。<br>
<br>
コント55号もテンポは素晴らしいが、内容が幼すぎて見ていられない。やすきよの漫才も同様。息の合い方や、間の使い方は、やはり別格だと思う。たいしたものだ。でも脚本がくだらない。あまりにも凡庸。展開が見え見え過ぎる。いや、既にネタを知っているからかもしれないが。でも、私はとてもじゃないが見ていられない。一回見ればたくさん。二度は見ない。<br>
<br>
のみならず、たとえば『ひょうきん族』には、われわれオッサン世代の者が、現代の笑いについて苦言を呈する時に並べるダメな要素がすべて揃っている。<br>
<br>
１．いじめ：たけし軍団の笑いは体育会体質の階級プロットそのもの。「鶴太郎のオデン」にしても要は「カラダを張った」虐待ショー。芸のない人間をいじめて反応を楽しむリアクション芸。<br>
<br>
２．楽屋落ち：視聴者にはわからない身内同士の暴露ネタでただただ笑っている。内輪ウケ。現在の楽屋落ちよりさらにひどいかもしれない。<br>
<br>
３．無頼自慢：芸人が自らの放埒を自慢げに語るトーク部分。鬼畜な女性関係や、酔った上での乱行や、若い時代の暴力行為を「芸のこやし」みたいに語られても聞いている当方は白けるだけなのだが。<br>
<br>
４．一発芸：コマネチ、ホタテマン、ブラックデビル、あみだばばあ……キャラと流行語とハプニング頼りの、一向に練れていない垂れ流しの芸。救いはアドリブの冴えのみ。<br>
<br>
つまり、悪しき風潮の萌芽はすべてあの時代に出そろっていたのである。と、ここまで仔細に検討しても、それでもなお私は、やっぱり昔のお笑いの方が面白かったと思っている。そう。どうしてもそう思えてしまうのだ。何度記憶を訂正しても、過去のVTRを振り返って検証し直しても、今のお笑いがレベルアップしているようにはどうしても思えないのだ。<br>
<br>
なぜだろう。なにゆえに私の過去賛美の感覚は、かくも頑強なのであろうか。理由はおそらく、われわれの記憶に残っている「過去のお笑い」が、「オールタイムベスト」だからだ。<br>
<br>
私が記憶しているのは、20年前のお笑い番組の平均値のテンションではない。私の脳細胞は、過去30年にオンエアされた中で最も面白かったいくつかのパフォーマンスを記憶しているのみで、それ以外の凡庸なお笑いは忘れ去っている。だから、私はダウンタウンが最高に切れ切れだった時代の一番面白かったネタや、たけしの最盛期（ほんの２年ほどだった）の神がかったトークをもって「昔の笑い」というふうに判断している。で、それらのベストオブベストと、現在のお笑いの日常的な水準のネタを比べているから、過去の味方をしたくなる。そういうことなのだ。<br>
<br>
クラシック音楽のファンが現代の音楽をバカにするのと同じなりゆきだ。クラシックは、単に「古い音楽」であるわけではない。歴史の審判をくぐり抜けた「古典」だ。とすれば、そもそも過去数百年の音楽史の中から、選りすぐりの名曲だけをピックアップした「古典」と、現在流れている玉石混淆のポップミュージックの平均値を比べること自体が、むしろ比較の方法として、アンフェアだと、それだけの話なのである。<br>
<br>
もうひとつ、過去のお笑いが素晴らしく思えるのは、それが、当時、われわれにとって稀少だったからだと思う。20年前、お笑い番組は、もっぱら週末にしかオンエアされていなかった。私が子供だった40年前はもっと少なかった。ほとんど週のうちに１時間ぐらいしか枠が与えられていなかった。だからこそ、お笑いはファンにとって、待ち遠しく、ありがたい、特別な時間だったのである。<br>
<br>
「歯みがけよ。宿題しろよ」というエンディングの呼びかけから一週間、私たちは『８時だよ全員集合』の来週分のオンエアを、指折り数えて待った。それほどお笑いは稀少で、例外的で、宝物のような体験だった。<br>
<br>
だから、ブラウン管の向こう側で何をやっているのであれ、画面のこちら側のテンションが既に高かったのである。私どもお笑いファンの子供たちは、箸が転げても笑うカタチで、番組を待ち焦がれていた。箸を入れるだけでグズグズに崩れてしまうシチューの中の肉みたいに。<br>
<br>
それが、現在は、毎日、どの時間帯でもお笑いをやっている。どのチャンネルに合わせても、どこの局のどの曜日も、芸人がデカい声を張り上げている姿ばかりを映し出す。おどろくべき事態だ。<br>
<br>
すべてがつまらないわけではない。時には笑える芸もある。面白いトークが絶滅したわけでもない。というよりも、もしかして、芸人が増えて、お笑いの底辺が広がった分だけ、お笑いの総体としての水準は、20年前よりも向上しているのかもしれない。そのことは認めても良い。<br>
　<br>
でも、見ているこっちは、あんまり楽しくないのだ。個人的な感想を述べるなら、私は、つまらないお笑いに食傷していることはもちろんだが、面白いお笑いにさえちょっと飽きている。というよりも「笑う」ということそのものに疲れはじめているのだ。<br>
<br>
そもそも人間はそんなに笑う必要があるんだろうか？　バラエティ番組の出演者が、隙あらば笑いを取ろうとしている姿を見ていると、私はそれだけでげんなりする　誰かが面白いことを言って、そのトークで実際に笑わされていても、それでもなお、私は不愉快だ。<br>
<br>
「なあ、オレは笑いたい気分じゃないんだ」と、たとえば、サッカー番組を真剣に見ている時に、司会の芸人が笑いを取りに来たりすると、私はむしろ腹を立てる。冗談じゃない。せっかく作り上げたオレの戦闘的な気合いをどうしてくれるのだ、と。つまり問題は、笑いの質や笑いのレベルではないのだ。大切なのは頻度だ。人間は、そんなに笑う必要があるのか、ということだ。<br>
<br>
笑いは、スパイスに過ぎない。主食ではない。その意味で、一日中笑い転げているいまのテレビはどうかしている。スパイスばかりが運ばれてくるテーブル。唐辛子の胡椒煮ナツメグ添え、みたいな。ニュース番組やスポーツ番組でも、21世紀のテレビ出演者は、全員が笑いを取ろうと思っている。NHK教育の語学講座の講師のような人までもが、なぜか着ぐるみを着てジョークを飛ばしたりしている。<br>
<br>
違うんだよ先生。オレがいま聞きたいのはあんたのジョークなんかじゃない。どうしてそれがわからないんだ？　おそらく、年末年始も、テレビの画面はお笑い芸人でいっぱいになるだろう。大げさに目を剥いてキメ顔を作る司会者。声を張り上げる若手。立ち上がる雛壇芸人。やたらと手を叩いて笑うアイドルの笑い方。手を叩く度にバランバランと揺れる振り袖のデカい袖。ああいやだ。<br>
<br>
にもかかわらず、その派手派手しい振り袖の絵姿を彼女は自分では色気だと思っている。それが見ているこっちに伝わってくるのがくやしい。「色気なんかねえぞ」と、彼女に伝える方法はないのだろうか。どうして、オレは、一方的にあいつらの未消化な笑いの犠牲者になっているんだ？　いいかげんにしてくれよ。うん。思い浮かべるだけで、吐き気がしてくる。<br>
<br>
いいか、テレビのお笑いにとって大切なのは面白さではない。頻度だ。年をとった人間にとっては週に一度、片頬がゆるむ程度の笑いを提供してくれれば十分。それ以上は公害だ。自覚してくれ。<br>
<br>
<br>
●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。<br>
共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>（講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bisista.blogto.jp/archives/1200792.html">
<title>小田嶋隆「大日本観察」</title>
<link>http://bisista.blogto.jp/archives/1200792.html</link>
<description>担当者より：コラムニストの小田嶋隆さんは、毒を含んだ軽妙なコラムには多くのファンがいます。最近は、複数の著者による『雅子さま論争』（新書ｙ）にも寄稿なさっています。この原稿は小向美奈子がストリップに出るということでマスコミが盛り上がっていた時のものです。
...</description>
<dc:creator>bisista_news</dc:creator>
<dc:date>2009-11-09T18:30:42+09:00</dc:date>
<dc:subject>小田嶋隆</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<b>担当者より：</b>コラムニストの小田嶋隆さんは、毒を含んだ軽妙なコラムには多くのファンがいます。最近は、複数の著者による<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4862484107/">『雅子さま論争』</a>（新書ｙ）にも寄稿なさっています。この原稿は小向美奈子がストリップに出るということでマスコミが盛り上がっていた時のものです。<br>
<br>
<u>配信日：2009/07/15</u><br>
<br>
<br>
小向美奈子というタレントを私は知らなかった。名前を聞いたのも、例の覚せい剤の事件で捕まった時がはじめてだ。<br>
<br>
顔は、その事件の報道の折りに、ブラウザ越しに瞥見したのみ。<br>
「ずいぶん老けた24歳だな」という、それ以上の感慨はなかった。それでお終い。サバを読んでいるのかもしれない。あるいはマグロを読んでいるのか、カツオなのかアオザメなのか。どっちでもよろしい。いずれにしても、私の側からは、まったく興味はない。<br>
<br>
多くの読者諸兄も同じだと思う。普通に暮らしているオレらパンピーが、当たり前に暮らしている日常の生活の中で、彼女みたいなタレントの存在を知る機会は、ほとんどないはずだ。換言すれば、小向美奈子は、それほどに無名だったわけだ。犯罪被害者名称以外では。<br>
<br>
それが、この２週間ぐらいのうちに、一気に有名になった。なぜかと言えば、ストリップに出演したからだ。いまどきストリップみたいなマイナー娯楽が、若いタレントの知名度アップに役立つのか？<br>
<br>
いや、もちろん、一般人がストリップを見に行ったのではない。ストリップに興味津々な紳士が日本中に溢れているわけでもない。朝夕のワイドショーを筆頭に多くの媒体が、連日連夜、小向美奈子嬢のストリップ出演騒動をこれでもかとばかりに執拗に報道したから、善良な一般人たるわれわれとしても、イヤでもその名前を覚えないわけにはいかなかった、という次第。それだけのことだ。<br>
<br>
それほど、この度のストリップ報道はしつこかった。「浅草は大騒ぎです」と、リポーターは言っていた。確かに、普段とは桁違いの数の観客が訪れていたようではある。<br>
<br>
が、それにしたって、しょせんはストリップの客筋だ。風前の灯のマイナー娯楽に、好き者のマニアが列を作ったというだけ。屁みたいなものだ。とてもじゃないが、浅草中に人があふれかえったわけはない。<br>
<br>
っていうか、浅草全体の人出からすれば、ストリップに行列した人間なんて、物の数にもならない。なのに、メディアは騒いだ。まあ、それほど芸能マスコミのネタ涸れは深刻だ、と、そういうことなのであろうな。<br>
<br>
実際、アイドルの交際や女優の結婚話に、人々はもはやさしたる興味を抱かない。で、芸能リポーターは、滅亡しつつある。和文タイプの職人みたいな調子で。あるいは、和式便所の製造業者ぐらいな右肩下がりの直線で。<br>
<br>
ミュージシャンもスポーツ選手も、結婚や離婚をファックス経由で発表してそれで一件落着にする。芸能人の妊娠や出産にしても、ブログで発表されてしまえば、芸能マスコミは動きようがない。<br>
<br>
と、残るは出来レースのプロモ情報だけだ。映画の試写会や、ファッションブランドの新作発表会や、新クールのドラマのキャスティングお披露目記者会見。あるいは、パチンコの新台発表イベントみたいな、見ているこっちがはずかしくなるみたいなモロなひも付きの場所で、これまたゴムひも付きのパペットじみた芸能人が、かねて仕込み済みの取って付けた熱愛ゴシップをしゃべるのが精一杯。<br>
<br>
で、そのタイアップのクズネタさえもが、「めざまし」の軽部の自家薬籠中の管轄になっている。本当のドン詰まりの末期症状。もはや芸能ジャーナリズムだなんていう言葉は、タイプして打つのさえ指の汚れである。<br>
<br>
そう。芸能は死んだ。マエチュウはジャニのお庭番みたいなことになっているし、ナシモトはナシモトで、自分をネタにしないと記事が書けなくなっている。<br>
<br>
というわけで、芸能ネタについてはこれ以上書かない。小向某についても同様。第一、書くべき内容が無い。あまりにも小物過ぎて。なので、以下、ストリップについて書く。<br>
<br>
ストリップおよび、エロの変遷とその将来について。題名をつけるとすれば、だが。<br>
<br>
ストリップという言葉がメジャーなメディアの電波に乗っかったこと自体、久しぶりだったはずだ。今回、無名の執行猶予タレントがストリップに出演したことが、これほど大きく報じられたことについて、さきほど、私は、その原因として「芸能マスコミのネタ涸れ」を挙げた。<br>
<br>
理由の第一は、その通り、「ネタ涸れ」だと思う。でも、それだけではない。本件に関しては、芸能マスコミの高齢化が、少なからずあずかっている。私はそう思う。<br>
<br>
というのも、30歳より年少の人間にとって、「ストリップ」は、「大阪万博」とか「石原裕次郎」みたいな、遠い昔の風俗に関する単語で、特に興味を引く言葉ではないはずだからだ。<br>
<br>
彼らにとって、「ストリップ」は、セクシーな言葉でさえないと思う。多くの現代人にとって、「お歯黒」がエレガントでないのと同じように。<br>
<br>
事実、私にとってさえ、「ストリップ」は、ほどんどセクシーな感慨を呼ばない。甘酸っぱい思春期の思い出という意味では、性的な匂いを放っていなくもないが、実質的にセクシーであるのか否かと問われれば、勘弁してくれとしかお答えの申し上げようがない。<br>
<br>
でも、芸能マスコミを動かしている50歳以上のおっさんたちにとって、ストリップは、なんだか闇雲になつかしくて心躍る単語だった。で、それが彼らのトリガーになった。なあここは一番、大勢で一緒に騒ごうぜ、という。<br>
<br>
「おい、ストリップだぞ」<br>
「おお、ストリップだ」<br>
と、なんだか、ハメを外したくなるわけですよ。おっさんたちとしては。わくわくと。<br>
<br>
ストリップは、その昔、数少ない「ネタ」の一つだった。女が人前で裸になるという、その言葉の持っているけしからぬイメージが、無垢な子どもたちの妄想を刺激していた時代が確かにあった。私もよくおぼえている。<br>
<br>
「ストリップショオ」と、親に買って貰った明解の国語辞典のその項目に、ある日気がつくと、友だちが赤鉛筆で線を引っ張っている。そういうキマリになっていたのだ。男の子の辞書のそういう単語は、なぜか赤いマルで囲ってあったり、それをまた黒いマジックが塗りつぶしていたりして、なんともやっかいなことになっていたのである。<br>
<br>
で、私は、「女性の踊り子が、音楽に合わせて踊りながら、衣装を一枚ずつ脱ぎ捨ててゆき裸になる見せ物」という、解説欄の文字を見る度に、非常に恥ずかしい気持ちになったものだった。<br>
<br>
さて、ストリップという文字に顔を赤らめていた少年も、中学校を出る頃には、もう少し実質的なエロを見つけるようになる。いくらネタが少ないとはいえ、「母親の読んでいた婦人の友の下着広告ページが唯一のエッチな画像でした」というのは、私より十年年長の人間の述懐であって、われわれの時代には、既に回し読みの『プレイボーイ』があった。河川敷のゴミ捨て場には、そのものズバリのエロ本が落ちてもいた。拾って帰る勇気は無かったが。<br>
<br>
ともあれ、ストリップショーは、エロ世界の頂点に輝いていた。ピンク映画とストリップショー。オトナになったら、いつか行ってみたい場所。そういう意味で、ストリップショーは、私の世代の男の子にとって、フォードのムスタングや、カリフォルニアのディズニーランドや、ガラパゴスのサボテンの森と同列の、夢の一部だった。<br>
<br>
で、高校生になると、実際に行くバカが出てくる。<br>
「おい、オレは渋谷のＯＳ劇場にいったぞ」と、自慢する連中。<br>
ガサツで直情的で助平な、そういう同級生たち。わたしたちも、そう遠くない場所にいた。いずれにしても、エロは、教室のど真ん中にあった。つまり、公共の場所に、だ。<br>
<br>
現代と違っているのは、距離感だ。エロと、その消費者との。昭和の時代、エロは、公共に属していた。無論、私的なエロが無かったわけではない。というよりも、そもそもエロは人類にとって、本来的に私的なものだ。が、エロ資源が稀少であった昭和の時代、エロは、多人数によって消費されねばならなかったのである。<br>
<br>
一人の女の裸を、数十人から百数十人の男が眺めないと、脱ぐ女との対比上、計算が成立しなかった。だから、わたくしども昭和の男たちは、裸や、エロ写真や、エロ映画やストリップを、「大勢の男たち」で共有するためのシステムを持っていた。<br>
<br>
それゆえ、ストリップのエロスは、女性が裸になることそれ自体よりも、彼女の裸が、大勢の男たちの目の前に見世物として供されているというその状況のうちに内在していたのである。<br>
<br>
だからこそ、仲間内でストリップになだれ込むこと、連れ立ってソープ（「トルコ風呂」と呼ばれていた）におもむくこと、集まったついでにピンサロに繰り込むこと……こうした、「連れエロ」が、友情を深めるという困った誤解が、オレらの世代のアタマの中には牢固として宿っている。<br>
<br>
そう。オレも行った。越後湯沢にスキー旅行に出かけた時のことだ。われわれは、着いたその日の夜、観光ストリップの小屋にくり出した。<br>
<br>
詳細については書きたくない。踊り子さんを中傷するのも気がひけるし、自らのバカさを宣伝するのも気がすすまないから。それに、小屋の経営者を罵倒したところで、払ったカネが返ってくるわけでもない。汚れっちまった2500円は、たとえばキツネのかわごろも。小雪のかかってちぢこまる。時間は返ってこない。思い出も。<br>
<br>
ともかく、そうしたあれこれのおかげで、ティーンエイジャーは性生活の第一歩を、暗いトラウマとともに歩み始める。で、オレらの世代の者たちは、どうかすると青春のスターティングガンは、そういうふうに、暗い予兆の中で撃たれるべきものだという信念を抱いていたりするわけだ。救いようのないことに。<br>
<br>
もちろん、そんな信念には、何の根拠もない。くだらないだけだ。が、男というのは、自分が若い頃に体験した愚にもつかないあれこれを、何かの拍子に神聖視しがちなもので……というよりも、自分が経験していないことについては、そもそもイメージが湧かない。それだけの話なのだ。<br>
<br>
で、「いまどきのガキはストリップも行ったことがないのか」みたいな、言わずもがなの自慢話をしてセクハラオヤジ認定をされている哀れな同級生を一人私は知っている。哀れな男だと思う。<br>
<br>
だから、私は、以下に述べることを、絶対化しようとは思っていない。昔が良かったというつもりもない。ただ、人間というものは、自分が経験した順序と枠組みでしかセックスを既定できないようにできている。だから、現代のエロには、やっぱり冷ややかなのである。<br>
<br>
現在、インターネットを手にした若い連中は、瞬時に、秘密裡に、大量のエロネタを、ノーリスクで入手することができる。それも、鮮明かつ具体的なブツを。かててくわえて、彼らは、あらゆるシチュエーションにおけるすべてのバリエーションを網羅した、あらん限りのパーツについての考え得ることごとくのあれこれを、くまなく、根こそぎに、あまねく、舐めるように念入りに、コレクションすることができる。しかも無料で、だ。<br>
<br>
うらやましい。が、彼らのようでありたいとはやっぱり思わない。エロは、遠くにありて思うもの、と、そういうふうにわれわれは条件づけられている。<br>
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おそらく、この先、エロは、どこまでも私的になる。仲間と共有する必要もないし、まして、大勢で繰り込む理由なんてどこにもありゃしないからだ。<br>
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と、彼らのエロは、われわれが踏み外したのとは、別の意味で、違った方向に向けて道を踏み誤って行くはずだ。<br>
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われわれの時代の性犯罪者は、あるいは露出し、青空の下でやらかし、さらに救いようのない連中は輪姦に手を染めたりした。今後、この種の犯罪は減少するはずだ。<br>
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というのも、21世紀の性犯罪者にとっては、セックスの可否や同意の有無を超えて、人前で脱いだり、大勢でやらかすということが、そもそも想定不能であるような気がするから。<br>
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と、彼らは、何をするのだろうか？　見当もつかない――と、言っておくことにする。<br>
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ともあれ、この度のストリップ騒動は、おやじがはしゃいだということ以上の意味はない。若い人たちには迷惑だったと思う。同世代のバカに代わってお詫びをしておく。<br>
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キミらはキミらのエロを追及してくれ。<br>
自由で淋しいエロを。<br>
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●小田嶋隆（おだじま・たかし）<br>
コラムニスト。<br>
著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502310/">『テレビ標本箱』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4121502744/">『テレビ救急箱』</a>（ともに中公新書ラクレ）、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186296/">『サッカーの上の雲』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4903186474/">『1984年のビーンボール』</a>（ともに駒草出版）など多数。<br>
共著に<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4062154374/">『人生２割がちょうどいい』</a>（講談社）ほかがある。<br>
ブログ：<a href="http://takoashi.air-nifty.com/diary/">偉愚庵亭憮録</a>]]>
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