担当者より:サイエンスライター・森山和道さんの科学書を書評する連載「カテゴリーの壁を超えて」最終回をアップです(メルマガ「週刊ビジスタニュース」で掲載されたのは2006年です)。森山さんのウェブサイトや研究者へのインタビューを中心とした科学に関する有料メールマガジン「サイエンス・メール」もご関心のある方はチェックをぜひ!
配信日:2006/04/05
■紹介する本■
『サイエンスウォーカー』(発行元:文部科学省、企画制作:角川書店)
いまコンビニで売っている角川書店の「○○ウォーカー」系雑誌(3/29日→4/11日号)の中には、『サイエンスウォーカー』という記事広告ページが織り込まれている。表紙のあおり文句は「デートの強い味方!カップルで楽しむサイエンス」。カップルという言葉は既に死語かと思っていたが、まだ現役だったらしい。
これは文部科学省が7000万円を投じて110万部制作した「第47回・科学技術週間(4/17~23日、http://stw.mext.go.jp/)」の宣伝用チラシだ。駅やコンビニ、レンタルビデオショップなどのフリーマガジンスタンドで配布されているという。無料である。
中をめくると、ドイツのサッカー・スタジアムで使われている旭硝子のテクノロジー紹介に始まり、映画「博士の愛した数式」の紹介や家庭用プラネタリウム、アディダスのハイテクシューズ、光触媒を使った人工観葉植物、テンピュール枕、カーナビの仕組みや植物工場、お台場にある日本科学未来館の紹介記事などが並んでいる。
カガクカガクした記事ではなく、あくまで「ウォーカー」のなかのサブ特集的に、ちょっと科学系のネタを織り交ぜた形式でグッズやスポットを紹介している印象だ。私自身も、もし事前の報道で知らなかったら、ただの変わった記事広告だとしか思わなかったかもしれない。ただ、これはこれで良いんじゃないのかと思った。科学からエンターテイメントを発想するのではなく、エンターテイメントの側から科学を取り込むとこんな感じになるだろう。
しかしながら一部のブログでは、こんなものに7000万円もかけるとはけしからんと怒っている人もいる。しかし、どうやらその人たちは、制作費用のことだけしか頭にないように見える。制作するだけなら確かに数百万円程度でできるだろう。しかしながら110万部撒くとなるとどうか。16ページの広告を110万部も撒くとなると、この程度はかかるんじゃないかと思うのだが、そういう面には頭が働かないらしい。
そう、問題はいかに多くの人に情報を到達させるかにあるのだ。読者の皆さんで「科学技術週間」なるものについて知っていた人はどのくらいいるだろう? 今年でこのイベントは47回を迎えているのだが、知名度はさびしいものに留まっているのではなかろうか。
なかには「PDFにしてネットにおけばいい」という意見も見受けられた。私は聞きたい。「じゃあ、あなたのウェブサイトのアクセスはどのくらいなのか」と。PDFにしたところで、100万部もダウンロードされるわけがない。実際、科学系雑誌のいくつかはネット上でPDFとして無料配布されているが、人気サイトになっているわけではないし、「PDFにしておけば」と言っている人たちも読んではいないだろう。
結局のところ、文部科学省は、角川書店の販路やネットワークを買ったのである。つまり、110万部配布されることに対してコストを支払っているのであって、制作費用のみに7000万円を投じているわけではない。情報コンテンツは、単に作るだけでは無意味だ。きちんと相手に伝えるところまでやってこそ、初めてコミュニケーションと言えるはずなのだが、そこを理解して建設的に議論を進めようという人たちがあまりに少ないことに、私は正直失望した。
残念ながらネットの議論を見ている限り、科学の普及に興味を持っている人たちの多くは、自分たちでものを売る、読者を大量に集めることがいかに大変か、まるで分かっていないように見える。それが結局、彼ら自身の内輪性を高めてしまっている。つまり、自分たちが作りたいものは作りたいかもしれないが、それを多くの人に送り届けて理解してもらうことにまで、きちんと思いが至っていないように見えるのだ。
雑誌も新聞もテレビもろくに見ない、いわゆるM1層(20~34歳の男)へのアプローチが非常に難しいことは、マーケティングに少しでも興味がある人なら誰でも知っている。だからこそリクルートのフリーペーパー『R25』の成功が注目され、改めてそのノウハウが話題になったのだ。そんな基本的なことさえ全然分かっていない人たちが、ブログでブツブツ言っている。
いまは、言いたいことをブログに書くだけなら誰にでもできる時代である。自分の知人なら読んでくれるだろう。しかし、それを大勢に読んでもらうことは、それほど簡単ではない。それがどうして分からないのか。科学の啓発ということを考えると、一番重要なところがここであることは自明なのに。
せめて、どうすれば大勢にリーチできるかが重要であるという問題意識を共有した上で、どうすればいいのか、議論を進めたいものである。作っただけで話がすむなら、多くの科学雑誌だって廃刊せずにすんだはずだ。ただ、これが「広告」としてしか挿入できなかったことには寂しさを覚えざるを得ない。もし、科学が本当に抜群の面白さを誇っていたら? わざわざ「広告」として挿入しなくても、各誌がこぞって記事として扱ってくれていたはずだ。一般雑誌も科学雑誌も、である。
いま、科学がもうひとつ一般人の間で盛り上がらない理由は単純だ。科学そのものの面白さが足らないからである。科学が先端に進みすぎて直感的に理解しづらくなったから、という人もいる。確かに、大発見の時代が一段落し、落ち着いてしまっている感じはある。しかしまだまだ、新発見も、新パラダイムの登場も続くはずだ。少なくとも私はそう思っている。それが科学の本質だから。もっともっと科学者たちには頑張ってもらいたいと思う。
●森山和道(もりやま・かずみち)
サイエンスライター。
多くの雑誌やネット媒体で、書評やレポートを執筆し、活躍中。共著に『クマムシを飼うには』(地人書館)などがある。
サイト:森山和道
メールマガジン:サイエンス・メール
配信日:2006/04/05
■紹介する本■
『サイエンスウォーカー』(発行元:文部科学省、企画制作:角川書店)
いまコンビニで売っている角川書店の「○○ウォーカー」系雑誌(3/29日→4/11日号)の中には、『サイエンスウォーカー』という記事広告ページが織り込まれている。表紙のあおり文句は「デートの強い味方!カップルで楽しむサイエンス」。カップルという言葉は既に死語かと思っていたが、まだ現役だったらしい。
これは文部科学省が7000万円を投じて110万部制作した「第47回・科学技術週間(4/17~23日、http://stw.mext.go.jp/)」の宣伝用チラシだ。駅やコンビニ、レンタルビデオショップなどのフリーマガジンスタンドで配布されているという。無料である。
中をめくると、ドイツのサッカー・スタジアムで使われている旭硝子のテクノロジー紹介に始まり、映画「博士の愛した数式」の紹介や家庭用プラネタリウム、アディダスのハイテクシューズ、光触媒を使った人工観葉植物、テンピュール枕、カーナビの仕組みや植物工場、お台場にある日本科学未来館の紹介記事などが並んでいる。
カガクカガクした記事ではなく、あくまで「ウォーカー」のなかのサブ特集的に、ちょっと科学系のネタを織り交ぜた形式でグッズやスポットを紹介している印象だ。私自身も、もし事前の報道で知らなかったら、ただの変わった記事広告だとしか思わなかったかもしれない。ただ、これはこれで良いんじゃないのかと思った。科学からエンターテイメントを発想するのではなく、エンターテイメントの側から科学を取り込むとこんな感じになるだろう。
しかしながら一部のブログでは、こんなものに7000万円もかけるとはけしからんと怒っている人もいる。しかし、どうやらその人たちは、制作費用のことだけしか頭にないように見える。制作するだけなら確かに数百万円程度でできるだろう。しかしながら110万部撒くとなるとどうか。16ページの広告を110万部も撒くとなると、この程度はかかるんじゃないかと思うのだが、そういう面には頭が働かないらしい。
そう、問題はいかに多くの人に情報を到達させるかにあるのだ。読者の皆さんで「科学技術週間」なるものについて知っていた人はどのくらいいるだろう? 今年でこのイベントは47回を迎えているのだが、知名度はさびしいものに留まっているのではなかろうか。
なかには「PDFにしてネットにおけばいい」という意見も見受けられた。私は聞きたい。「じゃあ、あなたのウェブサイトのアクセスはどのくらいなのか」と。PDFにしたところで、100万部もダウンロードされるわけがない。実際、科学系雑誌のいくつかはネット上でPDFとして無料配布されているが、人気サイトになっているわけではないし、「PDFにしておけば」と言っている人たちも読んではいないだろう。
結局のところ、文部科学省は、角川書店の販路やネットワークを買ったのである。つまり、110万部配布されることに対してコストを支払っているのであって、制作費用のみに7000万円を投じているわけではない。情報コンテンツは、単に作るだけでは無意味だ。きちんと相手に伝えるところまでやってこそ、初めてコミュニケーションと言えるはずなのだが、そこを理解して建設的に議論を進めようという人たちがあまりに少ないことに、私は正直失望した。
残念ながらネットの議論を見ている限り、科学の普及に興味を持っている人たちの多くは、自分たちでものを売る、読者を大量に集めることがいかに大変か、まるで分かっていないように見える。それが結局、彼ら自身の内輪性を高めてしまっている。つまり、自分たちが作りたいものは作りたいかもしれないが、それを多くの人に送り届けて理解してもらうことにまで、きちんと思いが至っていないように見えるのだ。
雑誌も新聞もテレビもろくに見ない、いわゆるM1層(20~34歳の男)へのアプローチが非常に難しいことは、マーケティングに少しでも興味がある人なら誰でも知っている。だからこそリクルートのフリーペーパー『R25』の成功が注目され、改めてそのノウハウが話題になったのだ。そんな基本的なことさえ全然分かっていない人たちが、ブログでブツブツ言っている。
いまは、言いたいことをブログに書くだけなら誰にでもできる時代である。自分の知人なら読んでくれるだろう。しかし、それを大勢に読んでもらうことは、それほど簡単ではない。それがどうして分からないのか。科学の啓発ということを考えると、一番重要なところがここであることは自明なのに。
せめて、どうすれば大勢にリーチできるかが重要であるという問題意識を共有した上で、どうすればいいのか、議論を進めたいものである。作っただけで話がすむなら、多くの科学雑誌だって廃刊せずにすんだはずだ。ただ、これが「広告」としてしか挿入できなかったことには寂しさを覚えざるを得ない。もし、科学が本当に抜群の面白さを誇っていたら? わざわざ「広告」として挿入しなくても、各誌がこぞって記事として扱ってくれていたはずだ。一般雑誌も科学雑誌も、である。
いま、科学がもうひとつ一般人の間で盛り上がらない理由は単純だ。科学そのものの面白さが足らないからである。科学が先端に進みすぎて直感的に理解しづらくなったから、という人もいる。確かに、大発見の時代が一段落し、落ち着いてしまっている感じはある。しかしまだまだ、新発見も、新パラダイムの登場も続くはずだ。少なくとも私はそう思っている。それが科学の本質だから。もっともっと科学者たちには頑張ってもらいたいと思う。
●森山和道(もりやま・かずみち)
サイエンスライター。
多くの雑誌やネット媒体で、書評やレポートを執筆し、活躍中。共著に『クマムシを飼うには』(地人書館)などがある。
サイト:森山和道
メールマガジン:サイエンス・メール
