担当者より:山形浩生さんの書評連載「山形月報!」の2006年11月分をアップいたしました。山形さんの最新訳書はジョン・マリンズ、ランディ・コミサー『プランB 破壊的イノベーションの戦略』(文藝春秋)です、こちらもどうぞー。

配信日:2006/11/22


先日、『エコール』を観てきたのですが、低予算なのに不思議な空間の味わいを出していてとてもよい映画でした。森の中にある隔絶された女子校で、寮から森の中に吊された街灯の下を少女たちが歩いてゆく様は、実にシュールで幻想的でほとんどSF的な雰囲気を醸し出しておりました。でも、炉な方々をねらい打ちしたようなあざとい映画でもありまして、隣にすわってきた、黄色い服を着た、絵に描いたようなデブのキモヲタの方が、少女たちのメコスジくっきりなバレエ場面になるたびに息を荒くなさるのがとても気持ち悪うございましたことですよ。

さて、それとは全然関係なく、最近いっぱい読んでいるのがイザベラ・バード・ビショップの各種旅行記。この人の『朝鮮紀行』(講談社現代文庫)は、あの『嫌韓流』(晋遊舎)のネタ元としても使われている本で、一九世紀末の朝鮮半島を、齢六〇で旅して回った化け物スーパーおばさんの書いた旅行記。その観察は微に入り細をうがち、産業状況から統治の状況まで何一つ見逃さないすばらしい記録となっている。

そしてそこで明らかに描かれるのが、当時の李氏朝鮮社会の末期的な状況だ。完全に収奪階級と化した貴族や役人、そしてちょっとでも努力したりすると、収奪の対象として目をつけられるからと、あらゆる努力を放棄した庶民。その悪循環のため、当時の朝鮮はひどい状況にあり、ソウルも韓流ドラマにあるようなきらびやかな大都市なんかではなく、ほとんどスラムの寄せ集めみたいな代物でしかなかったことがはっきり書かれている。

彼女はその前に日本にも立ち寄って、東北地方をはじめ、西洋人はだれも足を踏み入れなかったような奥地を踏破している。その記録が『日本奥地紀行』(平凡社ライブラリー)。日本も当時未開の地で、衛生状態も道路事情もきわめて悪く、とんでもない旅行だったようだけれど、非常に冷静に当時の日本の地方部が描き出されていて実に楽しい。

他にも、この人は、中国の奥地を踏破したり(『中国奥地紀行』平凡社東洋文庫)ハワイを旅行したり(『イザベラ・バードのハワイ紀行』平凡社)イランへ行ったり(邦訳なし。出して!)と、とにかくとんでもない大旅行家なのだ。それもすべて中年以降! いやすごい。旅行(特にバックパック系の冒険旅行)が好きな人は、読んだだけでもう浮き足立つこと請け合い。そろそろ冬休みの計画を練る頃だと思うけれど、こんな本を読むと、つい大旅行の計画をたててしまいそうになる。うーむ。

あと、今月はまた小説方面で収穫。先月に続いて、待ちに待ったガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』(新潮社)は、うーん、悪くはないが期待したほどではなく、先月紹介した『わが悲しき娼婦たちの思い出』(新潮社)のほうがお気楽な部分もこめておすすめかな。でもそれにもまして、川上弘美『真鶴』(文藝春秋)はすごいなあ。これについてはまた次回書くかもしれない。ではまた。


●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
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