担当者より:松永肇一さんがホメオパシーをめぐる状況について論じた原稿です。国内外でもさまざまな議論がなされているテーマなので、ぜひ考える一助としてお読みください。

配信日:2010/04/28


ナイジェリア北部では、ポリオのワクチンはイスラム教徒を不妊症にする陰謀だというデマが流れて、子供に接種させない親がたくさんいる。イギリスでは多くの親が三種混合ワクチンは自閉症を引き起こすと信じている。もちろん現代の話だ。ダミアン・トンプソンの『すすんでダマされる人たち』で取り上げられている。これは遠い外国の悲しむべき無知なのだろうか?

先日、ツイッターのタイムラインに「長妻厚労相が予算委員会でホメオパシーに言及した」とのつぶやきが流れてきた。あちこちのサイトをみたら、長妻さんはこんなことを言ったらしい。

“統合医療は、もう言うまでもなく、西洋医学だけではなくて、伝統医学、漢方、鍼灸、温泉療法、音楽療法、芸術療法、心身療法、自然療法、ハーブ療法、ホメオパチーなどいろいろな広がりがあるものでございまして、厚生労働省といたしましても、この二十二年度の予算でかなりこれまで以上に、研究分野の統合医療の研究について十億円以上の予算を計上しまして、その効果も含めた研究というのに取り組んでいきたいというふうに考えております。”

「統合医療」とは、西洋医療に民間医療を組み合わせて治療を行うことだ。民間医療は、主流の医学の替わりになることを意味する「代替医療」とも言う。ホメオパシーはある病気に対して「その病気と似た症状を引き起こす物質を、とことん薄めて飲むと対応する病気が治る」と主張する代替医療だ。マーティン・ガードナー(面白科学本界の世界チャンプ)の著書『奇妙な論理』で、オレははじめて知った。この本が日本で出たのが1980年、原書はなんと1952年に出ているそうだから、かなり古くからあるものだ。

この中でホメオパシーは、ほんの数ページの記述だけど、はっきり擬似科学であると断定されている。それが2010年の日本に蘇ったわけだ。ホメオパシーは「水で薄めれば薄めるほど効果がある」ので、クスリの元ネタの百倍薄めてまた百倍薄めてと、希釈を三十回繰り返すなんてのが当たり前の世界だ。百の三十乗といったらアボガドロ定数をはるかに超えている。

つまりホメオパシーの「薬」には、元の材料は分子のひとつだって入ってない。しかし「原料の記憶」が水の中に保存されているから病気に効くと主張しているらしい。まさに「奇妙な論理」だ。その理論が納得できなくても、ホメオパシーを擁護する意見には二つある。「理論がおかしくても効くのならいいじゃないか」あるいは「そこまで薄めたら単なる水だから飲んでも害にはならない。本人が納得しているなら放っておけば」。

確かに効くのなら問題ない。医学の世界は理論が変だろうと差別はしない。なんであれ効けばいいというのが、今の主流の「エビデンスに基づく医療」だ。公平だよね。そういう意味では、実は通常医療や代替医療なんてものは医学の世界には存在しない。効くか効かないか、それだけだ。ホメオパシーだって病気に効くのなら誰も文句を言わないだろう。

じゃあ、ホメオパシーのような民間医療の有効性は今まで検証されたことがあるのか? ときどき「代替医療は医学界から無視されている」と信じている人がいる。医学界が「調べもしないで、頭から拒否する」のは本当だろうか。

その答えはサイモン・シン(面白科学本界の最強挑戦者)の『代替医療のトリック』に書いてある。長妻さんが予算委員会で挙げた各種の代替医療の有用性を徹底的に調べ尽くしたこの本によれば、ホメオパシーが有効かどうかのテストは過去に何度も行われているし、結論も出ている。「治療効果はない」のだ。そのテスト方法はとても公平だ。

百人の患者のうち九十九人に効果があっても、それは有効な治療法とはいえない。放っておけば全員治ったかもしれないから、治療法を試さなかった人たちと比べないと意味がないのだ。では比べて差が出たら有効なのか。違う。比較したグループに偏りがあるかもしれない。症状が軽い人だけ治療すれば、その治療が効いているように見える。だから患者はランダムに分けないといけない。よし。ランダムに分けたとしよう。そこで、二つのグループで治療効果に差が出た。これなら問題ない? 実はまだ足りない。治療を受けている人たちは「治療を受けている」事実が症状を改善させる。お医者さんに薬をもらうと効いた気になっちゃう。これを偽薬効果という。偽薬効果を避けるためには、治療を受けないグループにも効き目のない薬を与え、自分がどちらのグループにいるのか分からないようにする必要がある。

これで完璧と思ったら、もうひとつ不確定要素がある。それは医者だ。医者も人間なので、どうしても予断が入る。自分の信じた治療法なら甘く判断するかもしれない。自分の患者にどちらのグループなのか教えてしまうかもしれない。だから医者が受け持っている患者がどちらのグループなのかは、医者本人にも教えない。

これだけ公平な条件のもとで、治療の有効性はテストされるのだ。この方法なら権威主義や予断が入りにくいから、医学の主流からはずれていようが有効性を証明することができる。まさにホメオパシーのような代替医療にとっては最適の方法のはずだ。にも関わらず、今までホメオパシーの有効性に関して批判に耐える客観的な結果が出たことは無い。

「誕生以来二世紀が経ち、二百以上の臨床研究が行われているのにもかかわらず効果が証明できていないという、信頼するに値しない治療法なのである」 『代替医療のトリック』 p.307

ほとんど水なんだから害もないはず。ほっといたら? 残念ながらそうはいかない。ホメオパシーは通常の西洋医療を否定している。そのため患者が必要な医療を受けられなくなる可能性がある。予防接種も否定しているので、親がホメオパシーを信じていれば、子供は予防接種を受けられないかもしれない。ナイジェリアやイギリスを笑っていられない。「予防接種のかわりにホメオパシー」なんて言説がまかり通るのは、予防接種の重篤な副作用で子供が苦しむ(ことがある)という事実が親のリスク意識に訴えるからだ。

スティーヴン・レヴィットの『ヤバい経済学』によれば「リスクとは危険と恐怖を掛け合わせたもの」だ。子供の死は大変な恐怖なので、いくら危険(予防接種の副作用)が少なくても親にとってのリスクは減らない。ホメオパシーを推奨しているようなサイトを見てみると「小さなお子様からお年寄り、妊婦さんや動物・植物にも対応が可能です」などと書いてある。ペット、子供、高齢者(例えば自分の親)、まさに恐怖を煽り立てているのだ。

だから放っておくことはできない。今の医学では直すことが難しい病気だからといって、耳をふさいではいけない。カール・セーガンは『悪霊にさいなまれる世界』の中で、たとえ辛いことになろうとも知ることが何よりも重要だと述べている。「宇宙をありのままに理解する方が、妄想に固執するよりはずっといい」。しかし現実にはたくさんの長妻さんがいて「ロウソクの炎は嵐になびき、その小さな光は今にも消え入りそうに震えている。闇が深まり、悪霊たちがざわめきはじめている」のだ。

ニューヨークタイムズによれば、2003年中頃からナイジェリア北部ではポリオ(小児麻痺)ワクチン接種を中断している。ワクチンにはエイズのウイルスが入っている、あるいはワクチンがイスラム教徒の女性を不妊症にさせると噂が流れたためだ。1998年イギリスで三種混合ワクチンが自閉症の原因と言い出して大騒ぎを巻き起こしたのは医師でもあるアンドリュー・ウェイクフィールド氏だ。

またイギリスではチャールズ皇太子がその名も「統合医療財団(The Prince's Foundation for Integrated Health)」を通じてホメオパシーを含む各種の代替医療を支援している。日本でも沢尻エリカがホメオパシーの利用者であるとの報道がなされたりしている。チャールズ皇太子にも沢尻エリカにも悪意があるとは思えない。しかし無知は悪霊を呼び寄せる。ナイジェリアのワクチン中断からたった2~3年で、小児麻痺は18の国に広がったのだ。

悪霊のいない社会。それは間違った知識で人が死なない社会だ。迷信やデマを信じたまま重大な決断をくだすようなことのない社会だ。しかし辛い場所のようにもみえる。『代替医療のトリック』の著者たちは、各種代替医療の臨床研究、系統的レビュー(臨床研究を厳密な科学的な基準でふるいにかける手法)、メタアナリシス(複数の臨床研究をひとつのおおがかりな研究としてまとめる手法)の結果を検討して、「腰痛に対するオステオパシー」「魚油サプリメント」「一部の症状に対するマッサージ」「ストレスや不安に対するリラクセーション」などのわずかな例に有効性を認めている。ここで「効果なし」と判定された代替医療はホメオパシーだけではない。カイロプラクティックも鍼灸もリフレクソロジーもそうだ。

香港で足裏マッサージをするのを楽しみにしている彼女や、肩こりには鍼が一番と思っているおじいさんや、雑誌に載っている健康法にはまっている同僚に、「そんなのは効きません」「無意味です」「下手すると有害です」と言えるだろうか。鍼灸の治療院で働いているダチに「鍼治療にエビデンスは無くて、お前のやっていることは患者から正しい医療のチャンスを奪っている」と言わなければならない。ホメオパシーの無知を笑うということそういうことだ。たぶん長妻さんは、そんな悪霊のいない社会に住む覚悟があるのかと問いかけているのだ。グレーゾーンでもう少し気楽に暮らそうよと。しかし本当に科学の光に照らされた社会は、味気ない合理性だけの社会なのだろうか。

子供の頃、オレの父親が知恵の輪を買ってきた。「どうやってもいいから外してみろ」。そう言われたオレは、知恵の輪をいろいろひねり回したあげくペンチを駆使して分解した。あきれた父親は知恵の輪をもとに戻して解法を実演して見せた。あれはまぎれもない驚異だった。科学で説明できるできごとのなかにも神秘や驚異はある。カール・セーガンは、それを「懐疑する精神と、驚嘆する感性との結婚」とよんだ。菊池誠は『科学と神秘のあいだ』で「科学は神秘を作らない。だけど、それを使う人間の心は神秘を生む」と述べている。オレは科学に神秘と驚異を感じていたい。悪霊はごめんだ。あんたはどっちがいい?


●松永肇一(まつなが・けいいち)
1960年東京生まれ。千葉大工学部電気工学科卒業後パソコンの開発に携わる。
その後携帯情報端末の開発を経て、現在はインターネットマーケティングの企業でウェブ関連の開発を担当している。