担当者より:2006年に『問題がモンダイなのだ』(ちくまプリマー新書)、『心脳問題』(朝日出版社)などの著書で知られる山本貴光さんと吉川浩満さんが、翻訳エッセイの好著を紹介したものです。
配信日:2006/10/04
オオゲサに言うことをお許し願えば、翻訳とは、他人が何語かで書いた文章を、その時点までの自分(翻訳者)の全人生経験を駆使して、それ以外の言葉に移すことだ。しばしば翻訳者は黒子であると言われる。たしかに、著者の外国語をリーダブルな日本語に移すという意味では、誰が訳したかなんてことは、読者にとってはとりあえず関係がない。しかし、どんなに黒子に徹していても、翻訳には上記のような事情があるので、語彙の選び方や範囲、好んで用いる言い回しなど、端々に翻訳者の姿がにじみだす。
今回は、ふだん訳書からは聞こえてこない翻訳者の肉声に触れることのできる貴重な本を何冊か紹介してみたい。翻訳をしない人にとっては関係ないと思われがちな話題なのだが、じつはさにあらず。良質な翻訳エッセイは、日本語力や文章表現を磨くための格好の読物なのだ。
★柴田元幸『翻訳教室』新書館、2006/03
本書は、翻訳の苦楽を味わうのにうってつけの一冊。オースターやミルハウザーほか、現代アメリカ小説の翻訳者として高名な柴田さんが、東京大学文学部で行った翻訳演習の講義録である。
ふだん私たちが目にするのは、翻訳者が作業を終えたあとの訳文だ。しかし、翻訳者はいったいどのようなプロセスを経てその訳文に至るのだろう。この本が愉快なのは、なんといってもその道中を垣間見ることができるところ。しかもそれが第一級の翻訳者の道中となれば、もう見逃すわけにはいかない。
お題の英文に対して学生が出してきた訳文と柴田さん自身の訳文の両方を掲げながら、検討とコメントが加えられてゆく。学生たちがときに入れるツッコミも採録されている。講義の臨場感もさることながら、これを読んでいくと、議論の大半が訳語として充てられる日本語の語感の検討に費やされていることがよくわかる。翻訳者ルービンや村上春樹を迎えての特別講義も『翻訳夜話』(文春新書)の番外編のようで楽しめる。
★大森望『特盛! SF翻訳講座――翻訳のウラ技、業界のウラ話』研究社、2006/03
「SF? 関心ないなァ」だなんてスルーしてしまうともったいないのがこの本。最近、相原コージと竹熊健太郎の『サルでも描けるまんが教室』(小学館)がめでたく復刊されたが、本書はその翻訳版だ(といったらどちらにも失礼か)。
もとは『SFマガジン』(早川書房)に連載されたエッセイを中心に編まれた書物。一篇は短く気軽に読めるうえ、悪訳の基準、人称代名詞の減らし方、超訳ってどうよ、濡場やタイトルはどう訳す、翻訳稼業の実際といったウラ技、ウラ話が満載で飽きることがない。
一見雑々混沌とした翻訳をめぐる四方山噺だが、そこにはサーヴィス精神という芯が一本通っている。原文の空気を読み、その狙いをふさわしい日本語で演出してサーヴする。このことの重要性を、大森さんはさまざまな角度から説いてくれる。エンターテインメント系の翻訳だからそうなるんだ、という話ではまったくない。日々の書き物にもそのまま通用するような文章作法として、とても参考になる。
★浅倉久志『ぼくがカンガルーに出会ったころ』国書刊行会、2006/06
雨ニモデカケズ
風ニモデカケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマイル
ヒヨワナカラダヲモチ
慾ハアルガ
決シテ儲カラズ
イツモ絶版ヲオソレテイル
一日ニ原書四頁ヲ
スクナカラヌ味噌ヲツケテ訳シ
アラユルコトヲ
ジブンデハナニモワカラナイノデ
ツケヤキバデゴマカシ
ソシテワスレル……
サウイフモノニ
ワタシハナリタクナカッタ
これは、翻訳道40年のヴェテラン浅倉久志がはじめて刊行した自著『ぼくがカンガルーに出会ったころ』に収録された翻訳エレジイだ。一見、恨み節のようにも聞こえるが、もちろんそうではない。
浅倉さんの海外小説翻訳への愛情と情熱のほどは、同書巻末につけられた44頁にわたる翻訳リストを眺めれば嫌でもわかるはず。クライトン、ヴォネガット、ディック、ライバー、ギブスン、フィニイ等々、これらの名前に見覚えのある読者も多いだろう。これは、翻訳の酸いも甘いもかみわけた著者一流の、力みのないユーモアなのだ。
著者が翻訳のかたわら、訳者解説や雑誌に発表してきたエッセイを集成した本書を読むと、まだ見ぬあれこれの小説に手を伸ばしたくなること請け合い。読書の秋への絶好の食前酒としてお薦めしたい。
翻訳をめぐる愉快なエッセイはまだまだ山ほどあるのだが、このつづきはまたどこかで!
●山本貴光(やまもと・たかみつ)
コーエー(ゲーム開発)を経て、フリーランスの物書き。
著書に『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、共著に『ゲームの教科書』、『問題がモンダイなのだ』(ともにちくまプリマー新書)、『心脳問題』(朝日出版社)などがある。
関心領域は書物、映画、音楽、美術、ゲーム、カステラ、原節子など。
ブログ:作品メモランダム
●吉川浩満(よしかわ・ひろみつ)
国書刊行会、ヤフーを経て、フリーランスの物書き。
共著に『問題がモンダイなのだ』(ちくまプリマー新書)、『心脳問題』(朝日出版社)などがある。
関心領域は哲学、ハーレーダビッドソン、ロック、映画、 犬など。
ブログ:哲劇メモ
配信日:2006/10/04
オオゲサに言うことをお許し願えば、翻訳とは、他人が何語かで書いた文章を、その時点までの自分(翻訳者)の全人生経験を駆使して、それ以外の言葉に移すことだ。しばしば翻訳者は黒子であると言われる。たしかに、著者の外国語をリーダブルな日本語に移すという意味では、誰が訳したかなんてことは、読者にとってはとりあえず関係がない。しかし、どんなに黒子に徹していても、翻訳には上記のような事情があるので、語彙の選び方や範囲、好んで用いる言い回しなど、端々に翻訳者の姿がにじみだす。
今回は、ふだん訳書からは聞こえてこない翻訳者の肉声に触れることのできる貴重な本を何冊か紹介してみたい。翻訳をしない人にとっては関係ないと思われがちな話題なのだが、じつはさにあらず。良質な翻訳エッセイは、日本語力や文章表現を磨くための格好の読物なのだ。
★柴田元幸『翻訳教室』新書館、2006/03
本書は、翻訳の苦楽を味わうのにうってつけの一冊。オースターやミルハウザーほか、現代アメリカ小説の翻訳者として高名な柴田さんが、東京大学文学部で行った翻訳演習の講義録である。
ふだん私たちが目にするのは、翻訳者が作業を終えたあとの訳文だ。しかし、翻訳者はいったいどのようなプロセスを経てその訳文に至るのだろう。この本が愉快なのは、なんといってもその道中を垣間見ることができるところ。しかもそれが第一級の翻訳者の道中となれば、もう見逃すわけにはいかない。
お題の英文に対して学生が出してきた訳文と柴田さん自身の訳文の両方を掲げながら、検討とコメントが加えられてゆく。学生たちがときに入れるツッコミも採録されている。講義の臨場感もさることながら、これを読んでいくと、議論の大半が訳語として充てられる日本語の語感の検討に費やされていることがよくわかる。翻訳者ルービンや村上春樹を迎えての特別講義も『翻訳夜話』(文春新書)の番外編のようで楽しめる。
★大森望『特盛! SF翻訳講座――翻訳のウラ技、業界のウラ話』研究社、2006/03
「SF? 関心ないなァ」だなんてスルーしてしまうともったいないのがこの本。最近、相原コージと竹熊健太郎の『サルでも描けるまんが教室』(小学館)がめでたく復刊されたが、本書はその翻訳版だ(といったらどちらにも失礼か)。
もとは『SFマガジン』(早川書房)に連載されたエッセイを中心に編まれた書物。一篇は短く気軽に読めるうえ、悪訳の基準、人称代名詞の減らし方、超訳ってどうよ、濡場やタイトルはどう訳す、翻訳稼業の実際といったウラ技、ウラ話が満載で飽きることがない。
一見雑々混沌とした翻訳をめぐる四方山噺だが、そこにはサーヴィス精神という芯が一本通っている。原文の空気を読み、その狙いをふさわしい日本語で演出してサーヴする。このことの重要性を、大森さんはさまざまな角度から説いてくれる。エンターテインメント系の翻訳だからそうなるんだ、という話ではまったくない。日々の書き物にもそのまま通用するような文章作法として、とても参考になる。
★浅倉久志『ぼくがカンガルーに出会ったころ』国書刊行会、2006/06
雨ニモデカケズ
風ニモデカケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマイル
ヒヨワナカラダヲモチ
慾ハアルガ
決シテ儲カラズ
イツモ絶版ヲオソレテイル
一日ニ原書四頁ヲ
スクナカラヌ味噌ヲツケテ訳シ
アラユルコトヲ
ジブンデハナニモワカラナイノデ
ツケヤキバデゴマカシ
ソシテワスレル……
サウイフモノニ
ワタシハナリタクナカッタ
これは、翻訳道40年のヴェテラン浅倉久志がはじめて刊行した自著『ぼくがカンガルーに出会ったころ』に収録された翻訳エレジイだ。一見、恨み節のようにも聞こえるが、もちろんそうではない。
浅倉さんの海外小説翻訳への愛情と情熱のほどは、同書巻末につけられた44頁にわたる翻訳リストを眺めれば嫌でもわかるはず。クライトン、ヴォネガット、ディック、ライバー、ギブスン、フィニイ等々、これらの名前に見覚えのある読者も多いだろう。これは、翻訳の酸いも甘いもかみわけた著者一流の、力みのないユーモアなのだ。
著者が翻訳のかたわら、訳者解説や雑誌に発表してきたエッセイを集成した本書を読むと、まだ見ぬあれこれの小説に手を伸ばしたくなること請け合い。読書の秋への絶好の食前酒としてお薦めしたい。
翻訳をめぐる愉快なエッセイはまだまだ山ほどあるのだが、このつづきはまたどこかで!
●山本貴光(やまもと・たかみつ)
コーエー(ゲーム開発)を経て、フリーランスの物書き。
著書に『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、共著に『ゲームの教科書』、『問題がモンダイなのだ』(ともにちくまプリマー新書)、『心脳問題』(朝日出版社)などがある。
関心領域は書物、映画、音楽、美術、ゲーム、カステラ、原節子など。
ブログ:作品メモランダム
●吉川浩満(よしかわ・ひろみつ)
国書刊行会、ヤフーを経て、フリーランスの物書き。
共著に『問題がモンダイなのだ』(ちくまプリマー新書)、『心脳問題』(朝日出版社)などがある。
関心領域は哲学、ハーレーダビッドソン、ロック、映画、 犬など。
ブログ:哲劇メモ
