担当者より:2010年4月の山形浩生さんの書評連載です。また、山形さんと守岡桜さんの訳でフィリップ・ショート『毛沢東 ある人生』(白水社、上下)が刊行されました。山形さんは同じ著者の『ポル・ポト ある悪夢の歴史』も訳されています、併せてどうぞ。

配信日:2010/04/28


日本はずいぶん寒いそうですが、お元気でしょうか。こちらベトナムのカントーは、いつもながら大変お暑うございます。実は今回のベトナム出張は、ぼくがチームリーダーというやっかいな役回りで、いつものように気楽にさぼれないので、あまり読む本も持ってこられませんでしたよ。

そのため、今回のはほぼすべて見込み。戻ったらこんな本を読みますというご報告。ちゃんとした書評にならないのはお許しあれ。

出張以外にも、いくつかまとめて訳書を仕上げなくてはならずバタバタしていたのも本が読めなかった一因。少々自己宣伝になるけれど、ちょっと苦労したジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』(鹿島出版会)が出て、もともと都市問題については必読の名著のほまれ高い本であると同時に、原著刊行から半世紀たった位置づけの見直しを行っている点で、ぼくとしてはちょっと自信作。

それと同時に鹿島出版会から、ケヴィン・リンチ『時間の中の都市』が復刊。これは都市というものにおける時間的な価値についてきちんと考え、古い建物の保存の意義についてまじめに考えたよい本なので、そういう話に関心ある人は、ジェイコブズと併せてお読みくださいな。結論ありきの独善的な話に終わらないのが、ケヴィン・リンチのよいところです。

そうした古い建物とは真逆の、現代にしかあり得ないまったく新しい産業・科学的な構造物ばかりを写真におさめた西澤丞『Build the Future』(太田出版)はすばらしい写真集。これはもう、見て! としかいえないすごい迫力。気に入った人は、この人の他の作品集も是非どうぞ。

こうした建物も含む空間的な話としてはコリン・エラード『イマココ』(早川書房)がおもしろそう。動物レベルから空間認知をとらえてあれこれ論じた話のようで、アングル次第ではおもしろそう。先のケヴィン・リンチも、都市の居心地のよさを空間認知の容易さと結びつけていて、たぶん関係してくるはず。

経済分野としては、田中秀臣『デフレ不況』(朝日新聞出版)が戻ったら出ているはず。だんだん(やっと!)責任追及がゆるゆるとではあるものの始まりつつある日銀のこれまでの政策(またはその不在)について歴史的にフォローした勉強になる一冊のはず。いまの日本の経済状況や、各種政権の経済政策について俯瞰的な視点が欲しい人は、読んでおくとたいへんに勉強になるはず。ぼくも勉強します。経済の勉強といえば、ローマーマクロとか斉藤誠マクロとか、えらい教科書が出てるので、それを読みましょうといいたいところだが、ぼくでもこの水準までは勉強していない。こちらは一般の方には不要でしょう。

小説では、伊藤計劃『虐殺器官』(ハヤカワ文庫)を読みたかったんだが、出張にはなるべく読み終えたら捨てられる本を持ってくることにしているので(そうでないと帰りの荷物が重くなるのですもの)、読み終えてません。

ちなみに持ってきたのはトム・ロブ・スミス『チャイルド44』(新潮文庫、上下)。スターリン時代のソ連の状況を背景に起きる連続殺人事件、そしてそれを延命させた「社会主義に犯罪はない」という変なイデオロギーの作用など、非常にうまく構築されていて、三回くらいは再読に耐えるとてもよいサスペンス小説。ハイフォンの某所に寄贈してきました。同じ著者の『グラーグ57』は次回出張で読むと思う。

でもそれよりも、これまた帰ったら読まなくてはいけないのがナボコフ『賜物』(河出書房新社)。これは例の池澤夏樹による世界文学全集の最新刊だけれど、この全集の目玉の一つでしょう。旧訳はイマイチの声が高く、原著の繊細さをかなりダメにしていたので、沼野充義の新訳はとても楽しみ。ナボコフらしい、くどい小説で何が起こるわけではないけれど、しつこい感じの文が好きな人にはおすすめ。

逆にキビキビ話が展開しないと気がすまない人は、うーん、たぶんナボコフは向いていないので、この一冊もおすすめはしない。おそらくこの次あたりに出るギュンター・グラス『ブリキの太鼓』はもっと万人にお勧めできる名作。グラスもナチスだったことがバレて味噌をつけたし、特に近作ではその小説の古くささ――それも特に考えているわけではなく、鈍感なだけの古くささ――がうんざりさせられるんだけれど、この『ブリキの太鼓』は掛け値なしの傑作。小説が面倒な人は、映画で観てもあまり価値は落ちないと思う。人によってはウナギが食えなくなるけれど。

ではまた。


●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page