担当者より:演劇や音楽などの分野を中心に活躍するライター・土佐有明さんが、人気ドラマの金八先生と夜回り先生こと水谷修氏を対比しつつ論じたものです。

配信日:2008/08/27


この夏は暑くて何もやる気が起きないので、ずっと熱心に追いかけてきた『3年B組金八先生』(以後、『金八』と略す)のDVDをまとめて見直しながら、ぼんやりと考え事をしていた。

放映開始から30年近く経つこのドラマ、どのシリーズにもそれぞれ思い入れがあるが、内容の変遷を語るうえでもっとも重要なのは、当時まだ無名だった上戸彩が主役を張った第6シリーズだろう。上戸演じる鶴本直は肉体的には女性だが精神的には男性という、いわゆる性同一性障害に悩む転校生。障害に対する偏見から心を閉ざしている鶴本は、やがて金八やクラスメイトの理解と協力を得て、性転換手術に踏み切ることを決意する。なお、同シリーズでは他に児童虐待や発達障害などシリアスなテーマが扱われた上、レイプや殺人のシーンもあり、“行き過ぎではないか”とその内容を問題視する声も多数寄せられた。そして続く第7シリーズは、ごく普通の中学生が覚醒剤に溺れ、幻覚や妄想に悩まされる様子を生々しく描写し、更なる物議を醸すことになるのだった。

ところが、2007年末から放映された、最新の第8シリーズではその反動からか、一転して牧歌的なトーンの学園ドラマへと様変わりする。第7シリーズの11話から、小山内美江子に代わって脚本・演出を担当することになった清水有生は、放映開始前、自身のブログで「ここ数回のシリーズで描かれているような、流血、レイプ、刺殺、陰惨な児童虐待、覚醒剤といった、おっかないエピソードは描かない」と語った。確かに、学校裏サイトやモンスター・ペアレントなど時事ネタも流用されているが、コミカルでのほほんとしたタッチのこのシリーズ、むしろNHKの『中学生日記』などに近い印象だ。

薬物汚染、リストカット、援助交際、オーバードーズ、性感染症等々、中学生を取り巻く問題は深刻化の一途を辿っているにも関わらず、『金八』はそうしたヘヴィな現実を映し出すことを放棄した。いや、放棄したというよりはむしろ、現実に追い抜かれてしまったと見るべきかもしれない。そんなことを考えるようになったのは、夜回り先生こと水谷修(元夜間高校教諭・現花園大学客員教授)がマスメディアに度々登場し、子供たちの置かれている惨状を語るようになってからだ。以下、もう少し詳しく話そう。

水谷は、15年以上に渡って深夜の繁華街を歩き、夜の世界に生きる子供たちを薬物や売春から守ってきた。彼が目の当たりにしてきた現実は、第7シリーズの『金八』が霞んでしまうほど壮絶であり、不謹慎な言い方をするなら、ドラマ以上にドラマチックである。子供を守る為に暴力団にわき腹を刺され、親指を潰され、ドラッグで30人以上の生徒を亡くしてきた彼の体験談は、正直、金八先生の説教よりも数倍の説得力と重みがある。

多い時で1日1000通にも及んだという水谷への相談のメールは、リストカットや自殺を予告し、時に「死にたい」という文字で埋め尽くされていた。そして、水谷はそのメールすべてに返信をし、夜通し電話で相談を受け、年間300箇所で講演を行いながら、中学生/高校生と対話を重ねてきた。1日の平均睡眠時間が1~2時間という生活を長年続けた水谷は、既に余命いくばくもないという。

水谷が語る子供たちの惨状は、ドラマではなく現実だ。つまり、『金八』が描いてきたフィクションよりも、現実はずっとヘヴィだった。確かに、『金八』が現実をドラマに反映させようとする過程でドラッグを扱うのは必然だったのだろう。しかし、映し出される映像は水谷が語る実話に較べ、圧倒的にリアリティーに欠けている。例えば、覚醒剤を常用する生徒は注射針を(消毒もせずに)使用していたが、今若者の間で問題となっているのは、エクスタシー(MDMA)をはじめとする錠剤型の薬物、あるいは手軽に入手可能な大麻なのである。事実、2001年には北海道の高校で大麻やシンナーを79人が使用していたことが発覚している。

高度経済成長のひずみが表面化し始めた1978年に始まった『金八』は、教育現場の実情を織り込んできた社会派ドラマとして、多くの時事問題を扱ってきた。校内暴力、受験戦争、教師による体罰、離婚率の増加、家庭内不和、不登校、ひきこもり、発達障害、ゆとり教育の弊害、出会い系サイト、情報教育、学校裏サイト等々……。今でこそ『14歳の母』なんてドラマが当たり前に放映されているが、中学生の妊娠・出産を扱った第1シリーズは78年当時としてはそうとうにラディカルであり、ロケ現場の学校から撮影使用を拒否され、番組には多数の抗議が寄せられた。

その後も『金八』はより深刻化する現実に追いつくべく、シリアスな社会派路線へと舵を切ってきた。それは社会的意義のあったことだろうが、もはやドラマ(=フィクション)は酷薄な現実に追いつかれ、そして追い抜かれてしまった。そう考えると、最新シリーズでコメディ・タッチの路線へシフトしたのは必然だったと思えてくる。

そういえば、覚醒剤について扱った第7シリーズでは、水谷修の著作が参考文献として引用され、彼の功績がドラマの中で金八の口から語られていた。水谷は子供たちを薬物汚染から救うため、あらゆる違法薬物の化学式から効用に至るまでを徹底的に研究し、現在は日本でもその筋の権威にまでなっている。「ドラッグを憎め!」と感情的に連呼することで生徒を薬物から守ろうとする金八と、長年の実体験と研究を元に淡々とした口調で事実を伝える水谷修。どちらの語りに中学生が心を動かされるかは、明白だろう。

坂本金八はドラマ上の年齢からすると、まもなく定年退職を迎える。『金八』は続いても、あと1シリーズか2シリーズではないか。第1~第2シリーズでは25%前後だった平均視聴率は、最新シリーズで遂に9%台まで落ち込んだ。『金八』が再び時代と、現実と、リンクする日はもうやってこないのだろうか?


●土佐有明(とさ・ありあけ)
ライター。
音楽誌、カルチャー誌に寄稿する他、CDのライナーも多数手がける。音楽を中心に、最近は劇評、書評、映画評なども執筆。音楽と文学と演劇と漫画の交錯点に興味を抱いている。
ブログ:土佐有明のPlaylist