担当者より:山形浩生さんの書評連載で、2010年3月に配信した分です。また、山形さんが訳されたジャック・ケルアックとウィリアム・バロウズの『そしてカバたちはタンクで茹で死に』(河出書房新社)が発売されています。ご関心のある方はぜひ。

配信日:2010/03/24


こんにちは。前回述べたスターリン伝を読むのは先送りにいたしました。とてもじゃないが読み切れないし、このぼくですら予備知識があまりに足りない。でも途中まで読んでいたら、他の本があまり読めなかった。なので今回は少なめです。

前回の原稿を書いた頃からどういうわけか知らないけれど、最近の地球温暖化の性急な防止策議論に疑問を呈する本がまとめて出ている。クライメートゲートが徐々に盛り上がってきて、好機だと見たのかな(なんてそんなお手軽な本はないけれど)。

1冊はスベンマルク&コールダー『“不機嫌”な太陽』(恒星社厚生閣)。これはちょっと変わった本で、そもそも地球温暖化は二酸化炭素より大きな原因があるんじゃないか、という本。これはぼくの訳したロンボルグの本でも少し触れられている説。実はいまの温暖化予測に使われている気候モデルは、雲をあんまりうまくモデル化できていない。空中に水蒸気があるだけでは雲ができない。なにか核を形成するきっかけがいるんだけれど、それがよくわからないので、モデルにできないのだ。でも、雲があると日光も遮られるし、温暖化の予測も結構ちがってくる。

著者たちは、雲は宇宙線によってできる、という説を唱えている。そしてこれ自体は、特に変な説ではない。素粒子を見るのに使う霧箱というのはまさに、その原理で成立している。ただそれが地球規模でどこまで言えるのか? 本書は、科学者・スベンマルクと、科学ジャーナリストのコールダーが組んでその仕組みを追っていった、とてもおもしろい1冊。ちょっと専門的になるけれど、目を通しておいて損はない。かれらの言う通り、これが二酸化炭素の影響を上回るほどのものなのか、あるいは二酸化炭素もそれなりに効いているのかはわからないけれど、これがまったく影響しないというのは考えにくいし、温暖化への影響はさておき、雲の形成が宇宙の活動とつながっているという、宇宙気候学という変わった分野について知ることができるのはなかなか面白い。スベンマルクはこの説を唱えたために学界で冷遇されてしまってかわいそう。おもしろい先駆的な分野だから、普通に研究させてあげてほしいなあ。

二番目は、ちょっと意外な選手。ヴァーツラフ・クラウス『「環境主義」は本当に正しいか?』(日経BP社)だ。現職のチェコ大統領が、いまのあまりに性急な地球温暖化防止策議論に疑問を呈し、環境がイデオロギー化して、環境とさえ言えばどんないい加減な議論でもまかり通る状況(かれの言う「環境主義」)に危惧を述べている本。各種の「環境主義」的な議論や、京都議定書や先日のコペンハーゲンで取りざたされた各種の対策などについて、経済学的にきちんとした反論を提示している。温暖化への性急な対策を訴えるゴアの議論や、その尻馬に乗ったスターン報告への詳細な疑問と批判は、実にまっとう。またその内容について、若田部昌澄がこれまたとてもきちんとした解説を加えていて、逆の意味で屋上屋を架すような、やりすぎなほどの親切さ。そして最後に、いったい政治家としては何を重視しなくてはならないか、どういう世界を目指したいかを実にはっきり述べる。変な環境主義のために自由を犠牲にしてはいけない。きちんとした検証と事実に基づいた政策を進めねばならない。それが実に簡潔かつ明瞭に述べられている。どっかの国の「友愛」とかいうお題目とは大違い。

そもそもぼくは、チェコの現職大統領がここまでのものを書けるというのに驚愕した。今の日本政府のトップは、首相も経済関連閣僚も、経済学のイロハも知らないとおぼしきド素人の烏合の衆。割引率って何、とかリスクって何、GDPって何、といった基本すらわかっていないことが、国会答弁その他で次々にあらわになっている。無知なもんだから空気に流されるのをよしとして、温暖化もなんだかよくわからないままに、勝手なことを口走っている。それに比べてこの本の立派さ。少なくとも、何が問題になっているのか、どこらへんにつつきどころがあるのか、科学的な内容に加えて、さすが経済学博士だけあって、細かい割引率の考え方にまでふみこんで詳細に議論している。そして疑問だと思えば空気に流されずに言うことを言える――すばらしい。知識も知見も勇気もある、こんな政治家が日本にもほしいなあ。とはいえ、だからといってチェコが経済的によい状態かといえばそんなことはないのがむずかしいところ。

さて、経済の話といえばうっかり見落としていたけれど、スティグリッツ『フリーフォール』(徳間書店)が出ていた。正直いって最近のスティグリッツは、通俗本を出しすぎだとは思うけれど、でもこれは今回のサブプライム&リーマン危機のまとめとして非常によいし、そこから経済学批判につなげるというありきたりな構成とはいえ、天下のスティグリッツがやっていると迫力がなかなか。住宅ローンの問題や各種の金融機関規制の問題については、ある程度類書でも指摘されているような話が多い。そこからの経済学批判は、やはり過度の合理性批判と、そして経済学の中でもインフレの危険性を過度に言いつのる連中への罵倒批判! インフレなんか怖くないし、デフレのほうが怖いから、インフレを恐れずにガンガン政策を売っていかんかい! というのをはっきりと言明している。ホント、日本にはクルーグマンがインフレ目標捨てたとか、スティグリッツがインフレ目標捨てたとか、嘘八百を並べる人がたくさんいるので、ちゃんと読んで確認しといてね。あと、グローバルな経済についても、中国はよくやっているのできちんと評価しろ、世界的な基金がいるんじゃないの、等々。アメリカのシステムについても今後の対応についても、立場をわきまえない(いい意味で)果敢なアイデアがいっぱいで、非常におもしろい。

さて、小説では、山尾悠子『歪み真珠』(国書刊行会)なんかよいのでは。山尾悠子は……山尾悠子です、という以外に形容できない、不思議な世界の持ち主。幻想小説が好きな人なら是非に、というところだが、幻想小説が好きな人で山尾悠子を知らない人はいないので、ここに書くまでもないか。でも知らない人は、これは短編集だし、とっつきやすいんじゃないかない。

あと、不勉強でこれまで知らなかったが、伊藤計劃『虐殺器官』(ハヤカワ文庫)、柳下毅一郎が薦めていたので読み始めたが、ちょっとすごい。まだ読み終えていないんだけれど、いつの間にかこんな作家がいたのか! しかもいつの間にか消えていたという……驚きです。読み終わったら何か書くかも知れないが、とりあえずご報告まで。

それにしても先週、たまっていた訳書を3冊続けて完了。われながら大したもんだ。来週はさらに2冊挙げる予定。おれってよく働くなあ。では、皆様また来月、無事年度末を乗り切ってくださいな。


●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
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