担当者より:『私鉄探検』の著書をお持ちのライター・近藤正高さんが泡沫候補について論じたものです。

配信日:2007/09/05


このたび、「泡沫候補」をテーマに原稿を依頼された近藤でございます。わたくしがこのお題をいただいて真っ先に思い出したのは、1989年から92年のあいだに参院選や東京都知事選などに出馬された三井理峯(りほう)先生のことでした。理峯先生がいかなる人物であるか、最近では動画投稿サイトに政見放送の動画がUPされていたりするので、ご存知の方もいるかもしれません。口をモゴモゴさせながら容易には理解しがたい、それでいて非常にリリカルな演説を行ない、強烈なインパクトを人々に与えた、「史上最強の泡沫候補」ともいうべきおばあさんです。

実は、理峯先生については個人的に浅からぬ思い出がございます。あれはもうかれこれ10年近く前でしょうか、当時わたくしが出入りしていた某大学の落語研究会で、三井理峯が一大ブームを巻き起こしていたのです。なにしろ、部員のほとんどが、理峯先生の政見放送を、さるルートから入手した録画テープを見て丸暗記していたのですから尋常ではありません。その当時、部員たちが集まれば、誰彼となく理峯先生の演説の暗誦がはじまるという按配で、部外者のわたくしはそれを唖然としながら眺めていたものです。

そもそも、理峯先生の演説には独特のグルーヴがありました。ためしに、下に引用した演説の一節を音読してみてください。意味はわからなくとも、妙な引っかかりみたいなものが感じられるはずです。

《茨城県八郷町のマルヤマ荘は、役場と、バス会社と、サツと、三位一体で、胴体の入るばかりの金属製箱があり、これに善良な旅行者を捕まえて押し込め、運びます。私は、まだいとこという先入観が抜けきらず、役場に総務課長を訪ねました。ウラナイヤの件で、相談に乗ってもらおうと思ってのこと。その結果、こうして運ばれました。私に膨大な生命保険がかけてあることはまだ知りませんでした。ありがとうございました》

どうでしょう? おそらくは先生の実体験から書かれたものだと思うのですが、しかし、それにしてはあまりにシュールではありませんか。これはもう詩といってもいいでしょう。『ユリイカ』あたりで理峯先生の特集を組んでもらいたいくらいです。

先生はこのほか、選挙公報でも、《夏休みの学習は有害禁止》《にしんを食べると怒らない》《発掘で一番よかったのは新橋の「キーテキ一声」ホーム上で開通式の錦絵あり》などといった、「声に出して読みたい」フレーズを残しています。

そんな理峯先生については、最近、大川豊興業の大川豊総裁が著わした『日本インディーズ候補列伝』(扶桑社)でもくわしくとりあげられています。この本のなかで総裁は、先生のご自宅を訪ねているのですが、親族の方からすでに先生が2002年に亡くなっていたという事実を知らされます。

さらに、先生がなぜ出馬を思い立ったのか、その背景が聞き出されていて、親族のご苦労も何となくうかがい知ることができました。それでも親族の方は、「三井理峯本人は、(選挙に出ることを)本人なりに楽しんでいたんではないでしょうか」と語っていたのだとか。総裁もまた、理峯先生は、立候補するたびに票を投じてくれている人がいることに、内心では喜んでいたのではないかと推測しています。そう、どんなところにも自分の味方はいるのだ、と。

大川総裁は、年配の人からよく「孤独だ」と相談を持ちかけられるらしく、そのたびに、理峯先生の話をしつつ、選挙に出てみては? と持ちかけるのだそうです。また、「人を殺したい」といったメールを送ってくる人たちに対しても、「人を殺したいなら、『人を殺したい』と訴えて選挙に出なさい。政見放送は検閲がないから好きなことを堂々とテレビで言えるぞ」と、やはり出馬をすすめているのだといいます。

考えてみれば、時間内であればどのような主張も表現も許されている政見放送は、とかく制約の多いテレビにあって、一種のアジール(自由領域、避難所)だともいえるかもしれません。大川総裁は、このアジールを、世に埋もれている人たちの社会との接点の場として、もっと活用すべきだといっているわけです。

しかし近年では、「泡沫候補」……大川総裁が敬意をこめて呼ぶところの「インディーズ候補」は、全体的に小粒化しているというか、理峯先生のように突出したキャラがいなくなってしまったような気がしてなりません。総裁はこうした傾向について、先日、『スポーツ報知』に掲載されたインタビューで、「素質があっても引きこもりだったり、施設に入れられたりで表に出てこないのでは」「精神の免疫力が落ち、世間がいろんな人たちを受け入れられなくなってきた。そういう意味では、インディーズ候補は社会を映す鏡かもしれません」と分析していました(2007年8月19日付)。

総裁のいうとおり、世間から理峯先生のような人たちを受け入れる「精神の免疫力」が失われつつあるとすれば寂しいことです。だとすればなおさら、かつて三井理峯という人物がいたことをもっと多くの人たちに知ってもらいたい。本稿がその一助となるなら、これにまさる喜びはありません。ありがとうございました。


※本稿執筆にあたって、大川豊総裁の著書以外に、以下のブログを参考にさせていただきました。ここに厚く御礼申し上げます。
「日毎に敵と懶惰に戦う」


●近藤正高(こんどう・まさたか)
ライター。
著書に『私鉄探検』がある。
ブログ:Culture Vulture