担当者より:文士の松永英明さんが2009年4月に参加された“軍艦島ツアー”に関して綴ってくださったものです。ご一読ください。

配信日:2009/06/03


廃墟として有名な「軍艦島」への上陸許可が出されたというニュースは、テレビ等でも大々的に報道された。軍艦島とは、長崎の沖に浮かぶ「端島(はしま)」の通称。かつては近くの高島と並んで、良質な石炭を産出する三菱の炭坑だった。

もともと無人島だった端島には抗夫とその家族が住むようになり、数度の埋め立て、そして日本最古の鉄筋コンクリート高層アパートを含む建物群がそびえていく。最盛期には5000人が住み、食糧以外すべて(学校、寺社、映画館、端島銀座と呼ばれる商店街、そして遊郭まで)がそろった「完結した空間」だった。そのシルエットが軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになる。

しかし、日本の近代化と戦後の復興を支えた炭坑も、エネルギー政策の転換(安い石油への移行)によって、まだ石炭が残っているにもかかわらず閉山となる。1974年のことだった。それ以来、島の住人はすべて立ち去り、再び無人島に戻った軍艦島は、やがて「廃墟」として知られるようになっていった。

この「軍艦島」は近代化産業遺跡群の一つとして、世界遺産候補となった。それを受けて、長崎市は観光客の上陸を解禁すると発表。それに応じて、早速、「軍艦島上陸ツアー」が組まれたのだった。私はその「上陸ツアー」の中でも最も早く催行されることになった近畿日本ツーリストのツアーに応募した。「観光客」として最初に軍艦島に上陸できるかもしれない、という考えからである。

ツアーの正式名称とキャッチコピーは、

「軍艦島の本質を探るツアー」第一弾
近代化産業遺跡群スタディツアー 第一弾
端島炭坑(軍艦島)上陸と長崎近代化産業遺産群
~軍艦島の100日に巡り会うことができるか~

というものだった。

「軍艦島上陸」はウリの一つだが、それだけでなく、「近代化産業遺跡群」の一つとしての軍艦島(端島炭坑)の歴史について学ぶことも主眼に置かれていた。

重要なのは「必ずしも上陸できるとは限らない」と事前にかなり念を押されていたことだ。まず、波の高さが50cm以上などの場合は接岸できず、上陸できないので周辺クルーズのみとなる。それよりさらに気象条件が悪ければ、クルーズさえも出航しない。この場合は対岸から眺めるだけとなる。

長崎市の試算では、年間100日しか上陸可能な日はないという。軍艦島「上陸」ツアーなのに、3割以下の確率でしか上陸できないとは、なんとリスキーなツアーであろうか。しかも、上陸できても観光客が入れるのは島の端の遊歩道全長200メートルだけ。廃墟の建物に迫ったり入ったりすることはできない。

この条件を目にした時点で、申し込みを断念した人も多いようだ。しかし、私はあえて申し込んだ。上陸解禁後「最初のツアーに参加」することに意義があると思ったからである。それに、上陸だけが軍艦島ではない。

4月に入って旅行会社から連絡が来た。「実は、契約していた船会社が、軍艦島接岸の許可をまだもらえていない」というのである。国交省が管轄するお役所仕事なのでこればかりは融通がきかないという。下手をすると最初から上陸可能性がゼロということにもなりかねない。

催行の日までに、軍艦島上陸の許可を得られたのは「やまさ海運」だけで、最初から契約していた「竹島丸」は結局許可が下りなかった。ただ、旅行会社の方は努力してくれて、日程を変更して1日目にやまさ海運も予約、2日目に竹島丸でクルーズということになった。

このような状況で、もともと複数の日程のコースで募集されていたにもかかわらず、私の申し込んでいた25・26日の土日2日コースに統合されることになったようだ。やはり「上陸できるかどうかがまったくの未知数」という状況で、それでも申し込もうというチャレンジャーは少なかったようである。

それでも催行されただけよかった。小学生も含む13人、男女約半々の参加者が集まった。テレビでの注目度の割には、上記のような少ない。

結果的には天候が悪く、初日のやまさ海運はクルーズ出航すら中止。二日目の竹島丸(海上タクシー)でクルーズ催行、高島を経て軍艦島のすぐ近くまで寄って、写真撮影のためにしばらく停泊してくれる大サービスだった。ただし、その道中はジェットコースター並に船が揺れ、気分が悪くなる人も出たほどだ。

上陸はかなわなかったが、参加者はかなり満足していたようだ。「軍艦島を世界遺産にする会」理事長で、実際に軍艦島で子供時代を過ごした坂本道徳さん自ら同行・案内・解説してくれたため、当時の暮らしぶりだとか歴史だとかが極めて身近なものに感じられたのだ。この説明だけでも価値がある、と皆、口をそろえていた。逆に、ただ単に「上陸」して「廃墟」を眺めるというだけなら、これほどの充実感はなかったかもしれない。

また、長崎と深い関わりを持つ日本近代化のキーパーソン・グラバーと三菱財閥の岩崎弥太郎のつながりや、隣の高島との関係など歴史や地理的な背景も知り得たため、「軍艦島の本質」に迫ることができたように思う。その意味では「非常によい」ツアーだった。

軍艦島に人は何を求めるだろうか。「廃墟マニア」、あるいは冒険的な感覚を求める人にとって、上陸できても遊歩道から眺めるだけというのは満足できそうにない。上陸が禁止されていた時期にも「密航」して勝手に上陸する人が後を絶たなかったが、同様に公認されていない船で上陸することを狙うのではなかろうか。

一方、普通の観光客にとって、上陸可能性が低く、クルーズも出るかどうかわからない、というツアーに魅力があるだろうか。単なる物見遊山としてはリスクが大きすぎるし、歴史的背景なども必要とされないだろう。

こう考えると、「旅行商品」としての「軍艦島ツアー」は苦戦を強いられそうだ。しかし、端島炭坑について歴史背景を含めて興味を持てる人なら、坂本理事長の話を聞いて島の姿を眺めるだけでも参加する価値は大いにあると思う。少なくとも、私自身は「端島」の本質に、ほんの少しだが近づけたように感じている。


●松永英明(まつなが・ひであき)
文士。事物起源研究家。
著書に『ウェブログ超入門!』(日本実業出版社)、共著に『できる100ワザブログ』(インプレスジャパン)など、訳書にジェームズ・アレン『幸福に通じるひそやかな道』(ゴマブックス)など多数。
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