担当者より:山形浩生さんによる書評連載の2010年2月分です。ご一読ください。
配信日:2010/02/24
ラオスから帰ってきたら、日本は寒うございますねえ。さて今回は、なんだか全般に科学っぽいセレクション。
まず科学ライターとしては、いまや世界有数のサイモン・シン&エツァート・エルンスト『代替医療のトリック』(新潮社)。ホメオパシーとか水の伝言とか、カイロプラクティックとかヒーリングとか、針灸とか、自然分娩とか。基本は、すべてインチキ。まともな代物は一つもない。みんなプラシーボ効果かそれ以下の代物。でもこういう本って、本当に読んで理解すべきあわれなビリーバーたちは、そもそも手に取らないんだよね。境界線上で迷っている人はどうぞ。
そしてすでにこの手の代物なんかまったく信じていない人は、ほとんどお笑いと思って読みましょう。ガチガチの科学論者が、何かをきっかけにコロリとダマされることもあるし、オレオレ詐欺と同じく、自分だけはだまされないと思っている人がいちばん危ないので、たまには自分の知識を確認するもの重要。それに、ここまでありとあらゆるものがなで切りにされると爽快というか……。ちなみに、共著者のエルンストの経歴がなかなかおもしろい。向こう側の世界を一応知っているという……。
で、次はフランク・ウィルチェック『物質のすべては光』(早川書房)。簡単そうに書かれていて、む、む、むずい。いや、物には何で重さがあるのか、といううような話を展開していて、ふんふんと読んでいるうちに、一体何の話が展開されているのかわけがわからなくなるという代物。でも、科学者が自分のやっていることについて、わかっていることもわかっていないこともごちゃまぜに出してくる様子は、楽しげで読んでいて気分のいい本。しかし現代物理学はここまでくると、「もうそんなこと考える必要があるんですかぁ?」という域に達していて、そろそろ予算打ち切ってもいいかなという感じもする。
さてもう少し予算もつけたいし、読んでいてわかる代物が、基本的な生物学。最近久しく手に取っていなかったブルーバックス。デイヴィッド・ダヴァほか『アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学』(講談社ブルーバックス)は、あの分厚く重いLIFE(という生物学の教科書)のいくつかの章を訳出しようというありがたい試みの皮切り。この最初の巻は、細胞のすべて。
細胞というとこれまた分厚く重い教科書の『細胞の分子生物学』があるけれど、あそこまで手を出す気のない素人なら十分すぎる内容がつめこまれているし、書き方が常にはっきりした目的意識を持っているので、読んでいてだれない。流石に最後のほうにきて細胞内のエネルギー反応の話とかになると、ちょっとしんどそうだけれど。ちなみにこれがMITの一般教養で使われている教科書だとしきりに書かれているけど、さしものMITの連中も、こんな本全部やるわけじゃありませんので、興味が失せたらそこでやめればよろしい。このあと遺伝と分子生物学も出るとのことなので、みなさん買い支えましょう。
さて息抜きという感じで、与那原恵『美麗島まで』(ちくま文庫)。沖縄出身の著者の母親の死から始まり、そこから少しずつ先祖の来歴をたどるうちに、話は沖縄と台湾を行き交い、そこに日本やアメリカが徐々にからんでくる。家族史と政治史とが、著者自身の探求の旅そのものと入り混じり展開される、ゆっくりとした不思議なノンフィクションだ。
歴史に翻弄される沖縄と台湾の歴史の中で、人々もまた翻弄されつつ、でも一方ではごくごく当たり前の生活を送り、幸せだったり幸せでなかったりする暮らしを紡ぎ続ける。実はちょうど昨日、もはや存在自体が歴史そのものになり、ほとんど人間ではなくなってしまったある独裁者のすさまじい伝記を訳し終わったところなんだ。そういう殺し合いと権謀術策にまみれた大文字の伝記とか歴史とかを離れた、歴史の成り行きを甘んじて受け入れるしかない人々の姿を通してあらわれてくる時の経過が描かれていて、本当にいい本です。
……と書いているところへ届いたのが、サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち』(上下巻)および『スターリン 青春と革命の時代』(いずれも白水社)。えーと、ぼくもこんな分厚い本を三冊も半日で読めるわけじゃないが、これがすさまじい代物なのはほぼ約束ずみ。まさに『美麗島まで』とは正反対の本で、スターリンをめぐるクレムリンのぐちゃぐちゃの権謀術策にまみれた、大文字の歴史に常軌を逸した人々の胸が悪くなるような活動をまぶした代物のはず。
ぼくが訳したばかりの伝記にもこの人はさんざん登場して事態をひっかきまわしている。うーん、読まざるを得ないが、スターリンの他の伝記って読んでないからなあ。方向性としてはスターリンを単に怪物としてとらえるのではなくもう少し人間っぽく描こうとする試みらしいんだけど、あれだけのことをした人物がいまさら、愛妻家だったとかいう程度の話で人間になれるものか、まずはお手並み拝見。
でも、次回までには読み終わらないと思う。そうでないと次回この欄は空欄になるぞ。というわけで、次回どうなりますやらお楽しみに。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page
配信日:2010/02/24
ラオスから帰ってきたら、日本は寒うございますねえ。さて今回は、なんだか全般に科学っぽいセレクション。
まず科学ライターとしては、いまや世界有数のサイモン・シン&エツァート・エルンスト『代替医療のトリック』(新潮社)。ホメオパシーとか水の伝言とか、カイロプラクティックとかヒーリングとか、針灸とか、自然分娩とか。基本は、すべてインチキ。まともな代物は一つもない。みんなプラシーボ効果かそれ以下の代物。でもこういう本って、本当に読んで理解すべきあわれなビリーバーたちは、そもそも手に取らないんだよね。境界線上で迷っている人はどうぞ。
そしてすでにこの手の代物なんかまったく信じていない人は、ほとんどお笑いと思って読みましょう。ガチガチの科学論者が、何かをきっかけにコロリとダマされることもあるし、オレオレ詐欺と同じく、自分だけはだまされないと思っている人がいちばん危ないので、たまには自分の知識を確認するもの重要。それに、ここまでありとあらゆるものがなで切りにされると爽快というか……。ちなみに、共著者のエルンストの経歴がなかなかおもしろい。向こう側の世界を一応知っているという……。
で、次はフランク・ウィルチェック『物質のすべては光』(早川書房)。簡単そうに書かれていて、む、む、むずい。いや、物には何で重さがあるのか、といううような話を展開していて、ふんふんと読んでいるうちに、一体何の話が展開されているのかわけがわからなくなるという代物。でも、科学者が自分のやっていることについて、わかっていることもわかっていないこともごちゃまぜに出してくる様子は、楽しげで読んでいて気分のいい本。しかし現代物理学はここまでくると、「もうそんなこと考える必要があるんですかぁ?」という域に達していて、そろそろ予算打ち切ってもいいかなという感じもする。
さてもう少し予算もつけたいし、読んでいてわかる代物が、基本的な生物学。最近久しく手に取っていなかったブルーバックス。デイヴィッド・ダヴァほか『アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学』(講談社ブルーバックス)は、あの分厚く重いLIFE(という生物学の教科書)のいくつかの章を訳出しようというありがたい試みの皮切り。この最初の巻は、細胞のすべて。
細胞というとこれまた分厚く重い教科書の『細胞の分子生物学』があるけれど、あそこまで手を出す気のない素人なら十分すぎる内容がつめこまれているし、書き方が常にはっきりした目的意識を持っているので、読んでいてだれない。流石に最後のほうにきて細胞内のエネルギー反応の話とかになると、ちょっとしんどそうだけれど。ちなみにこれがMITの一般教養で使われている教科書だとしきりに書かれているけど、さしものMITの連中も、こんな本全部やるわけじゃありませんので、興味が失せたらそこでやめればよろしい。このあと遺伝と分子生物学も出るとのことなので、みなさん買い支えましょう。
さて息抜きという感じで、与那原恵『美麗島まで』(ちくま文庫)。沖縄出身の著者の母親の死から始まり、そこから少しずつ先祖の来歴をたどるうちに、話は沖縄と台湾を行き交い、そこに日本やアメリカが徐々にからんでくる。家族史と政治史とが、著者自身の探求の旅そのものと入り混じり展開される、ゆっくりとした不思議なノンフィクションだ。
歴史に翻弄される沖縄と台湾の歴史の中で、人々もまた翻弄されつつ、でも一方ではごくごく当たり前の生活を送り、幸せだったり幸せでなかったりする暮らしを紡ぎ続ける。実はちょうど昨日、もはや存在自体が歴史そのものになり、ほとんど人間ではなくなってしまったある独裁者のすさまじい伝記を訳し終わったところなんだ。そういう殺し合いと権謀術策にまみれた大文字の伝記とか歴史とかを離れた、歴史の成り行きを甘んじて受け入れるしかない人々の姿を通してあらわれてくる時の経過が描かれていて、本当にいい本です。
……と書いているところへ届いたのが、サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち』(上下巻)および『スターリン 青春と革命の時代』(いずれも白水社)。えーと、ぼくもこんな分厚い本を三冊も半日で読めるわけじゃないが、これがすさまじい代物なのはほぼ約束ずみ。まさに『美麗島まで』とは正反対の本で、スターリンをめぐるクレムリンのぐちゃぐちゃの権謀術策にまみれた、大文字の歴史に常軌を逸した人々の胸が悪くなるような活動をまぶした代物のはず。
ぼくが訳したばかりの伝記にもこの人はさんざん登場して事態をひっかきまわしている。うーん、読まざるを得ないが、スターリンの他の伝記って読んでないからなあ。方向性としてはスターリンを単に怪物としてとらえるのではなくもう少し人間っぽく描こうとする試みらしいんだけど、あれだけのことをした人物がいまさら、愛妻家だったとかいう程度の話で人間になれるものか、まずはお手並み拝見。
でも、次回までには読み終わらないと思う。そうでないと次回この欄は空欄になるぞ。というわけで、次回どうなりますやらお楽しみに。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page
