担当者より:『私鉄探検』の著者で、ライターの近藤正高さんに東京オリンピック招致が話題になっていた2007年にご執筆いただいた原稿です。なお、2007年から数年経過していることもあり、一部を近藤さんには追記で補っていただいております。ご一読ください。
配信日:2007/01/24
慎ちゃんが東京でオリンピックをやりたいと言い出した。慎ちゃんというのは、もちろん東京都の石原慎太郎知事のことである。彼はどうやら、2016年のオリンピックを、国威をかけた「ナショナルイベント」という位置づけで招致するつもりだったらしい。
東京都は2006年8月に、JOC(日本オリンピック委員会)の選定委員による投票で、対抗馬の福岡を破り国内候補地の座を獲得した。2007年9月にはいよいよ各国の候補地との招致レースにのぞむべく、IOC(国際オリンピック委員会)に立候補申請を行なっている[筆者追記:ただしその後、2009年10月のIOC総会にて、東京が落選したのは周知のとおりである]
さて、いまからさかのぼること43年前、1964年に東京で開催されたオリンピックは、間違いなくナショナルイベントであった。オリンピックに向け、国費をかけて代々木体育館や日本武道館などの競技施設が建てられたほか、首都高速や東海道新幹線などインフラの整備も急ピッチで進められた。一方、地元開催とあって日本選手の活躍もめざましく、金メダル獲得数16個(一大会における金メダルの数では、2004年のアテネ五輪がこれに並ぶのみ)と、国別ではアメリカ、ソ連に次ぐ第3位と健闘している。首都の急速な近代化をもたらすとともに、肝心の競技においても、冷戦下のふたつの超大国に迫る成績を残したこのオリンピックは、国威発揚に大いに貢献したことだろう。
だが、十分な成果を収めたはずのこのオリンピックを見て、国を憂えた青年作家がいた。ほかでもない、石原慎太郎その人である。
東京オリンピックの会期中、『読売新聞』では毎日、「オリンピック断章」と題し、複数の文学者が持ち回りでエッセイを連載した。この連載に、当時32歳だった慎ちゃんは(ちなみに彼が参院選に当選し政界入りを果たすのはこの4年後)、4度寄稿している。
オリンピック開幕翌日(10月11日)の最初の寄稿でこそ「オリンピックにあるものは、国家や民族や政治、思想のドラマではなく、ただ人間の劇でしかない」「そこにあるのは、日本の代表選手ではなく、ただ一人の人間なのである。同様に、外国からやって来た選手も我々と同じ一人の人間である」とヒューマニスティックな論調で書いていた慎ちゃんだが、その5日後の2度目の寄稿では、日本水泳陣の不調をダシに前言をあっさりと翻す。「どたん場にくれば平素の実力以上のものを出してしまう外国選手と、実力も出し切れずに敗れ去る日本選手。われわれに欠けているものはなになのか」「仏作って魂入れずという言葉があるが、東京オリンピックの施設一つを見ても、驚異的に復興し、いまや再び栄えようとしている日本という国に、確かに魂が欠けているようだ」と断じ、戦後の日本は新たな国家の理念、ナショナルなものの確立を怠ってきたと批判する。その後の10月21日と25日の寄稿も終始こんな調子で、大会終盤の日本選手の不振を太平洋戦争の経過になぞらえたりしている。
2016年の東京のオリンピック招致については、往年の東京オリンピックの栄光を再現するべく企図されたものと見る向きも目立った。しかし、言いだしっぺである慎ちゃんの意図はそんな甘いノスタルジックなものではなく、真の狙いはむしろ、あのオリンピックを境に魂を失ってしまった(とされる)日本人を、これを機に徹底的に叩き直すことにこそあったのではなかろうか。かつての東京オリンピックに対する慎ちゃんの論調を見ると、どうもそんな気がしてならない。
●近藤正高(こんどう・まさたか)
ライター。著書に『私鉄探検』がある。
ブログ:Culture Vulture
配信日:2007/01/24
慎ちゃんが東京でオリンピックをやりたいと言い出した。慎ちゃんというのは、もちろん東京都の石原慎太郎知事のことである。彼はどうやら、2016年のオリンピックを、国威をかけた「ナショナルイベント」という位置づけで招致するつもりだったらしい。
東京都は2006年8月に、JOC(日本オリンピック委員会)の選定委員による投票で、対抗馬の福岡を破り国内候補地の座を獲得した。2007年9月にはいよいよ各国の候補地との招致レースにのぞむべく、IOC(国際オリンピック委員会)に立候補申請を行なっている[筆者追記:ただしその後、2009年10月のIOC総会にて、東京が落選したのは周知のとおりである]
さて、いまからさかのぼること43年前、1964年に東京で開催されたオリンピックは、間違いなくナショナルイベントであった。オリンピックに向け、国費をかけて代々木体育館や日本武道館などの競技施設が建てられたほか、首都高速や東海道新幹線などインフラの整備も急ピッチで進められた。一方、地元開催とあって日本選手の活躍もめざましく、金メダル獲得数16個(一大会における金メダルの数では、2004年のアテネ五輪がこれに並ぶのみ)と、国別ではアメリカ、ソ連に次ぐ第3位と健闘している。首都の急速な近代化をもたらすとともに、肝心の競技においても、冷戦下のふたつの超大国に迫る成績を残したこのオリンピックは、国威発揚に大いに貢献したことだろう。
だが、十分な成果を収めたはずのこのオリンピックを見て、国を憂えた青年作家がいた。ほかでもない、石原慎太郎その人である。
東京オリンピックの会期中、『読売新聞』では毎日、「オリンピック断章」と題し、複数の文学者が持ち回りでエッセイを連載した。この連載に、当時32歳だった慎ちゃんは(ちなみに彼が参院選に当選し政界入りを果たすのはこの4年後)、4度寄稿している。
オリンピック開幕翌日(10月11日)の最初の寄稿でこそ「オリンピックにあるものは、国家や民族や政治、思想のドラマではなく、ただ人間の劇でしかない」「そこにあるのは、日本の代表選手ではなく、ただ一人の人間なのである。同様に、外国からやって来た選手も我々と同じ一人の人間である」とヒューマニスティックな論調で書いていた慎ちゃんだが、その5日後の2度目の寄稿では、日本水泳陣の不調をダシに前言をあっさりと翻す。「どたん場にくれば平素の実力以上のものを出してしまう外国選手と、実力も出し切れずに敗れ去る日本選手。われわれに欠けているものはなになのか」「仏作って魂入れずという言葉があるが、東京オリンピックの施設一つを見ても、驚異的に復興し、いまや再び栄えようとしている日本という国に、確かに魂が欠けているようだ」と断じ、戦後の日本は新たな国家の理念、ナショナルなものの確立を怠ってきたと批判する。その後の10月21日と25日の寄稿も終始こんな調子で、大会終盤の日本選手の不振を太平洋戦争の経過になぞらえたりしている。
2016年の東京のオリンピック招致については、往年の東京オリンピックの栄光を再現するべく企図されたものと見る向きも目立った。しかし、言いだしっぺである慎ちゃんの意図はそんな甘いノスタルジックなものではなく、真の狙いはむしろ、あのオリンピックを境に魂を失ってしまった(とされる)日本人を、これを機に徹底的に叩き直すことにこそあったのではなかろうか。かつての東京オリンピックに対する慎ちゃんの論調を見ると、どうもそんな気がしてならない。
●近藤正高(こんどう・まさたか)
ライター。著書に『私鉄探検』がある。
ブログ:Culture Vulture
