担当者より:年始一発目の山形浩生さんの書評連載です。小説から歴史ものまで幅広く紹介されております。
配信日:2010/01/28
年が明けましたねえ、遅ればせながら。わたしはラオスの片田舎でこれを書いておりますですよ。みなさん、前回紹介した『ルワンダ中央銀行総裁日記』はお読みいただけまして?
さて、新年もいろいろおもしろい本が出はっておりますよ……と書いてみたんだけど、よく考えるとそんなにないな。まずは何をおいてもコーマック・マッカーシー『ブラッド・メリディアン』(早川書房)。もう最近、コーマック・マッカーシーさえあれば小説は他にいらないと思うくらい。
かれの小説は、設定とかあらすじとか書いてもほとんど意味がない代物で、食べ物を粗末にしてはいけませんとか、2ちゃんねらーどものすがりたがるちんけな教科書道徳をはるかに超越した、残虐で非道な悪に不思議な気高さがあり、人間のつまらない行動の中に、「思い」なんていう卑しい代物を超えた存在があることを感じさせるものばかり。なんだか、傑作しか書けない人というのがいることを思い知らされる。『国境の町』も近々復刊予定。
経済方面は、ポール・コリアー『民主主義がアフリカ経済を殺す』(日経BP社)。先進国は、アフリカやカンボジアにでかけて爆弾落としても選挙やらせて、いやあ民主主義が実現しました、すばらしい、民主主義こそ経済発展の基盤です、という。でも実は貧乏な国では、民主主義はむしろ紛争を増し、国の発展を遅らせてしまうことが統計的に示されている。だから先進国は、独裁でもなんでもいいからまず経済発展させて、それが実現してから民主主義しろと圧力かけるべきだ、というわけ。
実はこれ、実際に途上国で活動する人々はみんな知ってることで、たとえばロバート・ヤング・ペルトン『世界の危険・紛争地帯体験ガイド』(講談社)には「独裁国が民主主義になったら、とにかくその国を逃げ出せ、ものすごい殺しあいが始まる可能性が甚大だから」とはっきり書かれている。ちなみに、この本についてぼくが書いた書評はこちら。
こういうと、じゃあ独裁者とその人権弾圧を見過ごせというのか、といきりたつ人がいるが、それに対して著者は「その通り!」と答える。理想をふりかざすばかりが能じゃない、二枚舌とダブルスタンダードも大人の処世術よ。そしてまた、途上国の独裁者だってバカじゃないので、選挙くらい買収虐殺票のすりかえ強制移住等々、あの手この手で結果くらいいくらでも操作するし、それがなおさら状況を悪化させる。下手に選挙させないほうがいいかもよ、というわけ。イラクだって、フセインを温存したほうが国が安定して発展しただろうし、多少豊かになったら国民も「王様にあんまり好き勝手されても困る」と言いやすくなって、民主主義も導入しやすかっただろう。
でも、少しはなんとかしたら? あんまし独裁者に好き放題されるのもしゃくじゃない? それに対して著者が提案する方式というのは、こういうものだ。独裁者は先進国に「きちんとガバナンスします」と叩頭して約束する。そして、その約束を独裁者が守っていたら、独裁政権に対してクーデターが起きたときにも軍事介入して守ってあげると先進国も約束する、というもの。
いやー、それはどうよっつー気はしなくもない。「きみはろくでもない独裁者だが大人しくしてればクーデターが起きたときに守ってあげるからね」というのは、いいのかよ。でも、他にもよい提案(やるなら一貫性を持った対応しろとか、不安や同情でぶれた対応するなとか)はたくさん載っている。みんなが触れたくない問題に正面から取り組んだえらい一冊なので、途上国問題に関心ある人はどうぞ。いまのハイチ再建にもたぶん係わってくる問題だと思うよ。
あと、中西準子『食のリスク学』(日本評論社)は是非お読みあれ。そう、タイトル通りの本。いまなお続く、ヒステリックな狂牛病問題と、全頭検査がどうしたとかいう無意味な話のあほさ加減、中国製ぎょうざ問題、まったく意味がないどころかかえって有害な有機食品だのをめぐる変な信仰。それをリスク学の権威ともいうべき中西準子が次々に切って捨てる……わけではなく、ちゃんと評価して、どこまでが意味のある話なのかをていねいに教えてくれる、とてもよい本。
中西準子のすばらしいところは、常にフェアなこと。彼女は、トリハロメタンの問題やダイオキシン問題や合成洗剤問題で、最初は「進歩的」な市民活動家にかつがれることが多い。でも、状況はやがてかわるし、政府だって企業だってちゃんと対応してくる。すると彼女は、「事態は改善されたからもう騒ぐべきではない」ときっぱり言える人だ。そうすると、市民活動家たちは手の平をかえしたように彼女を糾弾しはじめる。後半のインタビューではそうした各種のエピソードも満載。食の安全に関する本当の考え方を学ぶとともに、それを取り巻く政府、研究者、市民活動家、企業、マスコミなどの動きについてもいろいろ考えさせられる。
ノンフィクション的な読み物としては、ティモシー・ライバック『ヒトラーの秘密図書館』(文藝春秋)がちょっといいかな。ヒトラーの蔵書をあちこち追って、その書き込みなどからヒトラーの思想形成を追う本。まったく目新しい発見があるわけではないし、またかなりの部分は憶測にはなっている。でも多少本を読むことに関心のある本稿の読者諸賢にはおもしろいんじゃないかな。本が人を作るのか、それとも人が先にあって本が選ばれるのか。ヒトラーはやっぱり変なやつだったんだけど、この本を読んでいなかったらどうなっただろうか、とか、歴史にIFはないとはいえ、ついつい考えてしまうよねえ。
こうしてみると、そんなにたくさん奨めたい本があったわけじゃないな。でも四冊もあれば十分でしょう。ではまた来月。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page
配信日:2010/01/28
年が明けましたねえ、遅ればせながら。わたしはラオスの片田舎でこれを書いておりますですよ。みなさん、前回紹介した『ルワンダ中央銀行総裁日記』はお読みいただけまして?
さて、新年もいろいろおもしろい本が出はっておりますよ……と書いてみたんだけど、よく考えるとそんなにないな。まずは何をおいてもコーマック・マッカーシー『ブラッド・メリディアン』(早川書房)。もう最近、コーマック・マッカーシーさえあれば小説は他にいらないと思うくらい。
かれの小説は、設定とかあらすじとか書いてもほとんど意味がない代物で、食べ物を粗末にしてはいけませんとか、2ちゃんねらーどものすがりたがるちんけな教科書道徳をはるかに超越した、残虐で非道な悪に不思議な気高さがあり、人間のつまらない行動の中に、「思い」なんていう卑しい代物を超えた存在があることを感じさせるものばかり。なんだか、傑作しか書けない人というのがいることを思い知らされる。『国境の町』も近々復刊予定。
経済方面は、ポール・コリアー『民主主義がアフリカ経済を殺す』(日経BP社)。先進国は、アフリカやカンボジアにでかけて爆弾落としても選挙やらせて、いやあ民主主義が実現しました、すばらしい、民主主義こそ経済発展の基盤です、という。でも実は貧乏な国では、民主主義はむしろ紛争を増し、国の発展を遅らせてしまうことが統計的に示されている。だから先進国は、独裁でもなんでもいいからまず経済発展させて、それが実現してから民主主義しろと圧力かけるべきだ、というわけ。
実はこれ、実際に途上国で活動する人々はみんな知ってることで、たとえばロバート・ヤング・ペルトン『世界の危険・紛争地帯体験ガイド』(講談社)には「独裁国が民主主義になったら、とにかくその国を逃げ出せ、ものすごい殺しあいが始まる可能性が甚大だから」とはっきり書かれている。ちなみに、この本についてぼくが書いた書評はこちら。
こういうと、じゃあ独裁者とその人権弾圧を見過ごせというのか、といきりたつ人がいるが、それに対して著者は「その通り!」と答える。理想をふりかざすばかりが能じゃない、二枚舌とダブルスタンダードも大人の処世術よ。そしてまた、途上国の独裁者だってバカじゃないので、選挙くらい買収虐殺票のすりかえ強制移住等々、あの手この手で結果くらいいくらでも操作するし、それがなおさら状況を悪化させる。下手に選挙させないほうがいいかもよ、というわけ。イラクだって、フセインを温存したほうが国が安定して発展しただろうし、多少豊かになったら国民も「王様にあんまり好き勝手されても困る」と言いやすくなって、民主主義も導入しやすかっただろう。
でも、少しはなんとかしたら? あんまし独裁者に好き放題されるのもしゃくじゃない? それに対して著者が提案する方式というのは、こういうものだ。独裁者は先進国に「きちんとガバナンスします」と叩頭して約束する。そして、その約束を独裁者が守っていたら、独裁政権に対してクーデターが起きたときにも軍事介入して守ってあげると先進国も約束する、というもの。
いやー、それはどうよっつー気はしなくもない。「きみはろくでもない独裁者だが大人しくしてればクーデターが起きたときに守ってあげるからね」というのは、いいのかよ。でも、他にもよい提案(やるなら一貫性を持った対応しろとか、不安や同情でぶれた対応するなとか)はたくさん載っている。みんなが触れたくない問題に正面から取り組んだえらい一冊なので、途上国問題に関心ある人はどうぞ。いまのハイチ再建にもたぶん係わってくる問題だと思うよ。
あと、中西準子『食のリスク学』(日本評論社)は是非お読みあれ。そう、タイトル通りの本。いまなお続く、ヒステリックな狂牛病問題と、全頭検査がどうしたとかいう無意味な話のあほさ加減、中国製ぎょうざ問題、まったく意味がないどころかかえって有害な有機食品だのをめぐる変な信仰。それをリスク学の権威ともいうべき中西準子が次々に切って捨てる……わけではなく、ちゃんと評価して、どこまでが意味のある話なのかをていねいに教えてくれる、とてもよい本。
中西準子のすばらしいところは、常にフェアなこと。彼女は、トリハロメタンの問題やダイオキシン問題や合成洗剤問題で、最初は「進歩的」な市民活動家にかつがれることが多い。でも、状況はやがてかわるし、政府だって企業だってちゃんと対応してくる。すると彼女は、「事態は改善されたからもう騒ぐべきではない」ときっぱり言える人だ。そうすると、市民活動家たちは手の平をかえしたように彼女を糾弾しはじめる。後半のインタビューではそうした各種のエピソードも満載。食の安全に関する本当の考え方を学ぶとともに、それを取り巻く政府、研究者、市民活動家、企業、マスコミなどの動きについてもいろいろ考えさせられる。
ノンフィクション的な読み物としては、ティモシー・ライバック『ヒトラーの秘密図書館』(文藝春秋)がちょっといいかな。ヒトラーの蔵書をあちこち追って、その書き込みなどからヒトラーの思想形成を追う本。まったく目新しい発見があるわけではないし、またかなりの部分は憶測にはなっている。でも多少本を読むことに関心のある本稿の読者諸賢にはおもしろいんじゃないかな。本が人を作るのか、それとも人が先にあって本が選ばれるのか。ヒトラーはやっぱり変なやつだったんだけど、この本を読んでいなかったらどうなっただろうか、とか、歴史にIFはないとはいえ、ついつい考えてしまうよねえ。
こうしてみると、そんなにたくさん奨めたい本があったわけじゃないな。でも四冊もあれば十分でしょう。ではまた来月。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page
