担当者より:NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパンの理事である猪木俊宏さんと生貝直人さんに、日本版フェアユースの現状や課題などについて書いていただいたものです。フェアユース入門としてもまとまっておりますので、ご一読ください。

配信日:2010/02/10


■フェアユースとは

著作権法は、作品に対する権利を一定期間保護することで創作者が作品を生み出し続け、文化が発展していくための基盤を提供することを目的としていますが、一方であらゆる作品は人々に利用され、評価され、さらには新しい創作活動の源となることで初めて価値を持ちます。

この「保護と利用のバランスを取ること」が、著作権制度に求められる最大の課題であると言えます。著作権法の条文を読んでみると、その多くは「著作者の権利」のあり方について書かれているものの、利用の必要性や利便性に鑑み、30条以下では著作権の対象とならない利用行為、すなわち個別の権利制限規定が列挙されています。その内容は私的複製(30条)、引用(32条)、教室における利用(35条)など多岐に渡り、著作物の保護と利用のバランスを図ってきました。

しかし、そうした個別の規定で多様な著作物の利用形態をすべてカバーすることは難しいものです。たとえば、背景に映画のポスターが映り込んでいた写真を公開したり、教育目的の利用であってもその内容をウェブサイトに公開するといったケースを想定してください。日常的な生活の中で避けられない、あるいはその目的上認められて然るべきと考えられる利用方法が、著作権法を厳密に解釈するとグレーゾーンあるいは違法と判断されかねない部分が多く存在しています。

そしてさらには、情報のデジタル化がこれまで物理的な商品として販売されてきた著作物を無形の財産として取り扱うことを可能としている現状があります。ネットワークの拡大がそれを瞬く間に世界中に広めることを可能としていく中で、従来の著作権法における権利制限規定が全く想定していなかった著作物の利用方法が次々と生み出されています。

こうした中で近年我が国において注目を集めているのが、米国を中心として英米法体系の国々で広く用いられている「フェアユース(公正利用)」という概念です。フェアユースは、著作権の制限について、(日本法のように個別具体的に条文として定めることと平行して)ある一般的な考慮要素を規定し、それに基づいて特定の利用方法が「フェア」であるか否かを裁判所が判断し、利用者が権利者の許諾を得ずとも合法的に行い得る著作物の利用行為をある程度柔軟に決めていくという考え方です。

具体的には、たとえば米国著作権法107条には「利用の目的と性格」「著作権のある著作物の性質」「著作物全体における利用された量と重要性」「著作物の潜在的市場または価値に対する影響」という4つの考慮要素が規定されています。近年の判例においては4つ目の要素、つまりその利用方法が作品を利用された著作権者に対して不当な不利益を及ぼさないという点が重視される傾向にあります。


■日本における導入議論とその必要性

我が国においてもフェアユースを導入しようという動きは以前からあり、首相を本部長とする知的財産戦略本部が策定した「知的財産戦略2008」で導入の方針が示されて以来、文化庁(文化審議会著作権分科会)において具体的な検討がなされてきました。

しかしその議論は、権利保護の側面を重視する権利者団体ら導入反対派と、利用の側面を重視する賛成派に分かれ、混迷した状況が続いています(本稿の主張と必ずしも一致するわけではありませんが、最新の議論内容に関しては2010年1月に公表されたばかりのワーキングチーム報告書(※1)もご参照ください)。

反対の立場の主な論拠としては、権利者に許諾を得ずに利用することのできる範囲が抽象的な形で広がることで、権利者の利益が不当に害されるおそれがあるというものです。また、法律家などからは、法律の細かい要件をできるかぎり条文に記述しようとする大陸系の法体系を取る我が国において、抽象的な一般規定に基づき判例を積み重ねる中でルール形成を行うフェアユースのような英米系の制度が果たしてうまく機能するのか、合法・違法の不確実性の増大により混乱を生み出すのではないかという懸念も出されています。

ただしこれらは、米国においてもフェアユースを理由とした過度に広範な自由利用の主張が認められているわけではないこと、我が国においても民法709条(不法行為)のような一般規定は以前から存在しており重要な役割を果たしていること、フェアユースの導入後も現在の個別制限規定は残すという考え方が一般的であることなどを鑑みるに、規定内容等に十分な配慮を行えば対応可能なものと考えられます。

一方で、導入に積極的な立場の主な論拠は、まずは先述したような日常生活の中で避けられない、あるいはその目的上認められることが望ましい利用方法の数々を、いたずらに条文の数を増やしていくことなく柔軟に対処していこうというものです。そして特に近年の論議の中で重要な焦点となっているのが、私達の生活と経済活動両面における情報技術の重要性が飛躍的に増大していく中で、著作権者の利益を不当に害しない限りにおいて、新しい情報技術の柔軟かつ迅速な実現を可能にしていくためにフェアユースが必要であるということです。

最も象徴的な事例は、我々が常日頃利用するインターネットの検索エンジンです。検索エンジンはそのプロセスの中でキャッシュや画像のサムネイルなどの大量の複製を必要としますが、米国ではこうした複製行為は権利者の利益を不当に害せず、かつ国民の情報へのアクセスを向上させるといった理由でフェアユースに該当するものとして取り扱われてきました。

他方で我が国においては、個別の権利制限規定に該当せず、国内にサーバを置いて検索エンジンサービスを運営することは(それこそ検索される全ての情報について逐一利用許諾を得ないかぎり!)違法である状態が続いてきました。今年2010年1月1日から施行された著作権法改正でようやく検索エンジンに伴う複製行為は合法とされることになりましたが、Yahoo!やグーグルが90年代に検索エンジンサービスを開始して以来、我が国の著作権法の対応まで実に10年以上の歳月を要したという事実は重く受け止める必要があるでしょう。

検索エンジンのみならず、インターネット上の情報サービスはほとんど必ずと言ってよいほど何らかの形での情報の複製を伴います。たとえば私達はRSSリーダーを利用する際、ブログ記事の一部または全体が複製されて表示されることを目にしていますが、これはその度にブログの書き手に対して許諾を取ることが可能でしょうか。

あるいは(twitterでは利用規約で対応されていますが)twitterのReTweetのように他人の発言を複製し公開するなどの場合、元の発言者に許諾を取ることは可能でしょうか。そうした新たな利用行為の一つひとつについて自由な利用を認めてほしいという声を集め、政府や政治家に対するロビイング活動を行い、文化庁内での数年間の審議を経て国会で個別の権利制限規定を著作権法改正という形で加えてもらうというプロセスを繰り返すよりは、フェアユースのような形である程度抽象的な「フェア」の原則を定めておき、万が一著作権者との間で深刻な紛争が生じた場合には、事後的に司法の判断を受けることが現実的なのではないかと考えられます。

2007年には、CCIA(コンピューター・通信産業協会)という米国IT産業の業界団体が「米国経済におけるフェアユースの役割」と題する調査報告書の中で、「フェアユースは米国経済に対してGDPの16.6%に当たる2兆2000億ドルの経済的価値を生み出している」という試算を公開して話題を集めました(※2)。

この試算では保険業等の著作権とは比較的関係の薄い産業までをも対象としていることから過大な試算であるという批判もなされていますが、事業者として多少のリスクを負ったとしても、政府の判断を待たずに新たなサービスの実現にチャレンジすることができるフェアユース規定の存在はアメリカのIT産業の競争力に少なからず影響を与えていると考えられますし、少なくともIT産業の当事者達はその経済的価値を高く評価しているわけです。


■フェアユースを機能させるために

フェアユース規定の導入によって、私達の生活はどのように変わるのでしょうか。もちろん上述してきたような著作物の利用可能性が変わる点は重要ですが、同時にどのような行為が公正であるのかという判断についての主体とプロセスそのものの変容という側面にも目を向ける必要があります。形式的にはその判断主体が「立法」から「司法」へと移行するという点が挙げられますが、それ以上に何が「フェア」であるのかということを、従来のように「お上」が詳細に決めてくれるのを待つのではなく、我々一人ひとりが主体的に考え続け、実践していく必要があるという点に留意するべきでしょう。

たとえば、米国スタンフォード大学ロースクールでは2006年に「フェアユース・プロジェクト」を立ち上げ、法学研究者と権利者・産業界、そしてユーザーが継続的に著作物の利用行為について話し合い、ルールの明確化と創作活動の最大化を図るための努力を行っています(※3)。また、著名な消費者団体のEFF(電子フロンティア財団、※4)などは、フェアユースの範囲を決定付ける重要な裁判において、訴訟費用の面で不利な立場に立たざるを得ないユーザーの側に対し費用面や弁護活動の支援を行うなど、公正な判断が行われるための基盤作りを行っています。

日本国内においては、昨年クリエイティブ・コモンズ・ジャパンがウェブ上で行った意識調査(※5)においては、回答者全体(912件)の61%がフェアユースの導入に肯定的であることと共に、創作行為によって収入を得ているクリエイターと一般的なユーザーの間に大きな見解の差異はなく、むしろクリエイターはポスターへの写りこみやマスコット・キャラのパロディ、社内利用等の利用行為について一般的なユーザーよりもフェアだと考える傾向が強いことが示されています。

これは著作権の強い保護は、既に生み出された著作物から得られる利益を強化し得る一方、新しい作品を作り出そうとする創作の現場においてはむしろ障害となり得ることを示しているとも考えられます。本調査自体は未だ暫定的な結論ではありますが、フェアユース導入を控えた現在はもちろん導入後においても、継続的な意識調査や多様な関係者間のオープンな議論を通じて、社会全体でいかなる行為がフェアであり、文化や産業の発展に資するのかというコンセンサス作りの努力を続けていくことは不可欠であると考えられます。


(※1)文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 権利制限の一般規定ワーキングチーム報告書(PDF)
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h21_shiho_07/pdf/shiryo_3_2.pdf

(※2)FAIR USE IN THE U.S. ECONOMY(PDF)
http://www.ccianet.org/CCIA/files/ccLibraryFiles/Filename/000000000085/FairUseStudy-Sep12.pdf

(※3)The Fair Use Project | Stanford Center for Internet and Society
http://cyberlaw.stanford.edu/node/5979

(※4)Electronic Frontier Foundation | Defending Freedom in the Digital World
http://www.eff.org/

(※5)クリエイターや一般ユーザーは日本版フェアユース導入に積極的~クリエイティブ・コモンズ・ジャパン、ウェブ・アンケートの集計レポートを公開~
http://creativecommons.jp/news/2009/09/15/post_58.php


●猪木俊宏(いぎ・としひろ)
1968年生まれ。弁護士、NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事。
サイバーボンド株式会社、株式会社サルガッソーの取締役なども務める。
ホームページ:igi.jp

●生貝直人(いけがい・なおと)
1982年生まれ。NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事、東京大学大学院学際情報学府博士課程、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。
専門は情報通信政策。ネットで生じる様々な事象を公共政策の観点から分析している。
ホームページ:ikegai.jp