担当者より:山形浩生さんによる書評連載の第5回目です。また、著書『訳者解説』(バジリコ)に関するお話を中心にうかがった著者インタビューもアップいたしました。
配信日:2006/05/24
はいはい、『ダ・ヴィンチ・コード』(角川文庫、上・中・下)を読みましたよ。それなりによいんじゃないですか。もっとも最後のおばさんが何もかも知ってるんなら、館長は別に焦ってダイイングメッセージなんか残す必要なかったじゃんとか、教団は謎を公表する気がなかったんなら、なぜ後生大事に面倒な手間かけて保存しようとしたのかとか、細かいことを考えだすとアレだけど、クイクイ読めるしうまくいろんな意匠やそれっぽい雑学もちりばめてあるし。
この手の陰謀論や秘教だの図像学だのの楽しさというのは、何気ないものにいろいろ意味があるのだ! という部分で、うまくはまればさっきまで何の変哲もなく退屈だった世界が、急に謎に満ち、何かを訴えかけようとしているように思えてきて、世界がさっきよりも鮮やかで意味ある存在に思えてくる。もちろんそれが高じるとトンデモで電波な妄想の世界に入り込んでしまうのだけれど。意味のないところにも勝手に意味を読んでしまうという人間の悲しい性のなせる技ではある。便乗解説書(肯定的なものも否定的なものも)もいろいろ出てきたので、興味があれば気に入ったものを手にとってみそ。
さてキリスト教の裏の歴史ネタとなると、いまは「ユダの福音書」に触れなくてはいけませんね。キリスト教史上最低の裏切り者として石を投げられ続けてきたユダによる福音書が、天下の『ナショナル・ジオグラフィック』のお墨付きを得てついに復元公開された。これによると、ユダの裏切りはキリストによるやらせであった、とのこと。ユダはキリストに(他の使徒より)気に入られていたので、そういう大役を密かに仰せつかったとか。
この英訳版はpdfでネットで出回っている。この文献の発見から検討・公開にいたるプロセスを描いたのがハーバート・クロスニー『ユダの福音書を追え』(日経BP出版センター)。この種の古文献市場の裏はそれなりにおもしろいが、福音書自体の中身はあまり触れられていないのは残念。福音書自体もそのうち訳が出るでしょう。なかなか楽しいし、結構ストレート。敢えて汚名を着るユダの行動が淡々として胸にしみます。
さて前に何度も紹介しているけれど、『ダ・ヴィンチ・コード』でもポイントの一つとなる「最後の晩餐」の絵はもちろん実際の晩餐の様子を描いたものなんかではない。実は当時の人たちはあんな椅子やテーブルでなんか食事してなかったのだ。当時の人は、ごろごろ寝っ転がって食事をしていた。それを聖書のちょっとした記述から気がつき、生活習慣に関するとても楽しい本にしたてたのが、バーナード・ルドフスキー『さあ横になって食べよう』(鹿島出版会)。この人の本はすべて名作なので、気に入ったら他のものもどうぞ。
あと『ダ・ヴィンチ・コード』のテーマの一つは、キリスト教の教会組織成立過程で抑圧された女性の復権だった。類似のテーマを扱っている京極夏彦『絡新婦の理』(講談社文庫)は、ぼくは『ダ・ヴィンチ・コード』よりおもしろいと思うし、よい小説です。ただシリーズを一通り読んでないとわかりにくい部分もあるのが難。
他には、何かな。映画はたぶん、『ダ・ヴィンチ・コード』を観るよりは、ムエタイ映画『トム・ヤム・クン!』を観に行くのがおすすめ。特に南米のカポエラとの対戦や、夏木マリみたいな悪の女帝の鞭との対戦がすばらしゅうございますよ。少しでも格闘技が好きな人は是非どうぞ。ただし、まねすると股関節がはずれそうになって非常に痛い目にあうのでご注意を。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page
配信日:2006/05/24
はいはい、『ダ・ヴィンチ・コード』(角川文庫、上・中・下)を読みましたよ。それなりによいんじゃないですか。もっとも最後のおばさんが何もかも知ってるんなら、館長は別に焦ってダイイングメッセージなんか残す必要なかったじゃんとか、教団は謎を公表する気がなかったんなら、なぜ後生大事に面倒な手間かけて保存しようとしたのかとか、細かいことを考えだすとアレだけど、クイクイ読めるしうまくいろんな意匠やそれっぽい雑学もちりばめてあるし。
この手の陰謀論や秘教だの図像学だのの楽しさというのは、何気ないものにいろいろ意味があるのだ! という部分で、うまくはまればさっきまで何の変哲もなく退屈だった世界が、急に謎に満ち、何かを訴えかけようとしているように思えてきて、世界がさっきよりも鮮やかで意味ある存在に思えてくる。もちろんそれが高じるとトンデモで電波な妄想の世界に入り込んでしまうのだけれど。意味のないところにも勝手に意味を読んでしまうという人間の悲しい性のなせる技ではある。便乗解説書(肯定的なものも否定的なものも)もいろいろ出てきたので、興味があれば気に入ったものを手にとってみそ。
さてキリスト教の裏の歴史ネタとなると、いまは「ユダの福音書」に触れなくてはいけませんね。キリスト教史上最低の裏切り者として石を投げられ続けてきたユダによる福音書が、天下の『ナショナル・ジオグラフィック』のお墨付きを得てついに復元公開された。これによると、ユダの裏切りはキリストによるやらせであった、とのこと。ユダはキリストに(他の使徒より)気に入られていたので、そういう大役を密かに仰せつかったとか。
この英訳版はpdfでネットで出回っている。この文献の発見から検討・公開にいたるプロセスを描いたのがハーバート・クロスニー『ユダの福音書を追え』(日経BP出版センター)。この種の古文献市場の裏はそれなりにおもしろいが、福音書自体の中身はあまり触れられていないのは残念。福音書自体もそのうち訳が出るでしょう。なかなか楽しいし、結構ストレート。敢えて汚名を着るユダの行動が淡々として胸にしみます。
さて前に何度も紹介しているけれど、『ダ・ヴィンチ・コード』でもポイントの一つとなる「最後の晩餐」の絵はもちろん実際の晩餐の様子を描いたものなんかではない。実は当時の人たちはあんな椅子やテーブルでなんか食事してなかったのだ。当時の人は、ごろごろ寝っ転がって食事をしていた。それを聖書のちょっとした記述から気がつき、生活習慣に関するとても楽しい本にしたてたのが、バーナード・ルドフスキー『さあ横になって食べよう』(鹿島出版会)。この人の本はすべて名作なので、気に入ったら他のものもどうぞ。
あと『ダ・ヴィンチ・コード』のテーマの一つは、キリスト教の教会組織成立過程で抑圧された女性の復権だった。類似のテーマを扱っている京極夏彦『絡新婦の理』(講談社文庫)は、ぼくは『ダ・ヴィンチ・コード』よりおもしろいと思うし、よい小説です。ただシリーズを一通り読んでないとわかりにくい部分もあるのが難。
他には、何かな。映画はたぶん、『ダ・ヴィンチ・コード』を観るよりは、ムエタイ映画『トム・ヤム・クン!』を観に行くのがおすすめ。特に南米のカポエラとの対戦や、夏木マリみたいな悪の女帝の鞭との対戦がすばらしゅうございますよ。少しでも格闘技が好きな人は是非どうぞ。ただし、まねすると股関節がはずれそうになって非常に痛い目にあうのでご注意を。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page
