担当者より:コラムニストのオバタカズユキさんが「食」についての本を論じる連載の第5回目です。紹介されているのは辺見庸『もの食う人びと』(角川文庫)です。
配信日:2005/06/22
日頃の怠惰の積み重ねで本の山脈と化した我が仕事場。ちょいとした探しモノで中に分け入ると、古層のほうから辺見庸の『もの食う人びと』が出てきた。リンク先は文庫版だが、手元のやつはヤニ焼けしたハードカバーの単行本だ。奥付には「1994年6月8日 第1刷発行」とある。その横には「8月23日 第10刷」とある。たった2カ月半で……思わずたじろいだ。
忘れていたが、そうだった。当時だってすでに、ノンフィクション市場は「終っている」といわれていた。にもかかわらず、このルポルタージュ集は発売たちまちベストセラーになったのだ。一歩遅れて読んだ私は、その地を這う取材力と練りに練られた文章力に圧倒された。漂う左翼臭は気になったが、中身がスゴイから売れるんだとひれ伏し、「オレもがんばろう!」と思った。駆け出しライターとしてのそんな記憶がある。
あれから11年。今でもスゴイと思えるか? 探しモノはさておき、再読してみた。ディテールはきれいに忘れていたけれども、感想は基本的に前と同じだ。ただ、こちらがそれなりにスレたせいかな。「スゴイ」というより、「ゼイタク」本だと評したくなった。これはそう、日本ノンフィクション史上に残る贅沢ルポである。だって、こんな企画意図一発で世界を取材しまくる連載だなんて、普通ありえません。
「はっきりした旅程はない。これといった決心もない。ただ一つだけ、私は自身に課した。噛み、しゃぶる音をたぐり、もの食う風景に分け入って、人びとと同じものを、できるだけいっしょに食べ、かつ飲むこと」
そう言って、まずは肩ならしにバングラディッシュのダッカで残飯を食う。次いで、ピナツゥボ大噴火で「下界の味」を覚えてしまったフィリピン先住民とネスカフェを飲む。タイはバンコクの「世界一大きいレストラン」でスズメ料理をガリガリ噛み、ベトナムのハノイで「うどんの社会主義」をすすり、旧東ドイツの刑務所で酸っぱいマッシュポテトを口に入れ……ヤバかったり悲しかったり怖かったりする地球上の飯を食いまくる。
本書はもともと全国の新聞に週一ペースで配信していた特別連載である。結局、辺見庸は一年間で五十一箇所のもの食う現場を訪ねている。うしろのほうでは放射線測定器を携え、チェルノブイリの森の老人たちと汚染キノコスープまで食っている。高級フレンチや満漢全席は金さえあれば食えるわけで、金だけじゃ食えないものを食い尽くした本書の食事は、奇跡のグルメという見方さえできる。
辺見は連載開始の前々年に芥川賞を受賞しており、連載時は共同通信者の外信部記者だった。ベストセラー後しばらくして、彼はフリーランスに転じ、反戦、反米色を強めた。もの食う人からもの言う人になって、つまらなくなった。だから本書は、ビッグな賞×一流記者のポジション、という掛け算で一回だけ実現した稀なる仕事なのである。まことにゼイタクな本なのである。
●オバタカズユキ(おばた・かずゆき)
物書き。
著書に『何のために働くか』(幻冬舎文庫)、『ペットまみれの人生』(扶桑社文庫)などがある。
配信日:2005/06/22
日頃の怠惰の積み重ねで本の山脈と化した我が仕事場。ちょいとした探しモノで中に分け入ると、古層のほうから辺見庸の『もの食う人びと』が出てきた。リンク先は文庫版だが、手元のやつはヤニ焼けしたハードカバーの単行本だ。奥付には「1994年6月8日 第1刷発行」とある。その横には「8月23日 第10刷」とある。たった2カ月半で……思わずたじろいだ。
忘れていたが、そうだった。当時だってすでに、ノンフィクション市場は「終っている」といわれていた。にもかかわらず、このルポルタージュ集は発売たちまちベストセラーになったのだ。一歩遅れて読んだ私は、その地を這う取材力と練りに練られた文章力に圧倒された。漂う左翼臭は気になったが、中身がスゴイから売れるんだとひれ伏し、「オレもがんばろう!」と思った。駆け出しライターとしてのそんな記憶がある。
あれから11年。今でもスゴイと思えるか? 探しモノはさておき、再読してみた。ディテールはきれいに忘れていたけれども、感想は基本的に前と同じだ。ただ、こちらがそれなりにスレたせいかな。「スゴイ」というより、「ゼイタク」本だと評したくなった。これはそう、日本ノンフィクション史上に残る贅沢ルポである。だって、こんな企画意図一発で世界を取材しまくる連載だなんて、普通ありえません。
「はっきりした旅程はない。これといった決心もない。ただ一つだけ、私は自身に課した。噛み、しゃぶる音をたぐり、もの食う風景に分け入って、人びとと同じものを、できるだけいっしょに食べ、かつ飲むこと」
そう言って、まずは肩ならしにバングラディッシュのダッカで残飯を食う。次いで、ピナツゥボ大噴火で「下界の味」を覚えてしまったフィリピン先住民とネスカフェを飲む。タイはバンコクの「世界一大きいレストラン」でスズメ料理をガリガリ噛み、ベトナムのハノイで「うどんの社会主義」をすすり、旧東ドイツの刑務所で酸っぱいマッシュポテトを口に入れ……ヤバかったり悲しかったり怖かったりする地球上の飯を食いまくる。
本書はもともと全国の新聞に週一ペースで配信していた特別連載である。結局、辺見庸は一年間で五十一箇所のもの食う現場を訪ねている。うしろのほうでは放射線測定器を携え、チェルノブイリの森の老人たちと汚染キノコスープまで食っている。高級フレンチや満漢全席は金さえあれば食えるわけで、金だけじゃ食えないものを食い尽くした本書の食事は、奇跡のグルメという見方さえできる。
辺見は連載開始の前々年に芥川賞を受賞しており、連載時は共同通信者の外信部記者だった。ベストセラー後しばらくして、彼はフリーランスに転じ、反戦、反米色を強めた。もの食う人からもの言う人になって、つまらなくなった。だから本書は、ビッグな賞×一流記者のポジション、という掛け算で一回だけ実現した稀なる仕事なのである。まことにゼイタクな本なのである。
●オバタカズユキ(おばた・かずゆき)
物書き。
著書に『何のために働くか』(幻冬舎文庫)、『ペットまみれの人生』(扶桑社文庫)などがある。

