担当者より:第4回目の山形浩生さんの書評連載です。著書『訳者解説』(バジリコ)も好評発売中ですので、併せてお読みください。
配信日:2006/04/26
前回ちょっと建築ネタを振ったが、住宅建築関連の本をいっぱい見ているのです。中でも、10坪(坪というのは3.3平米のことですわよ)くらいの敷地に建てる、マッチ棒みたいな家の工夫は見ていて楽しい。細野透『ありえない家 トーキョー狭小住宅物語』(日本経済新聞社)はなかでも特に変な家数件の成立をたどった楽しい本。「建築賞狙いでいけ!」という施主もすごいが、それに応えた建築家の解が実に異常。家を買ったり建てたりする人は、これを読んで自分の覚悟のほどを再検討するがよろしいかと。
また、実際に建てる人は杉浦伝宗『それでも建てたい!! 10坪の土地に広い家』(講談社)がエッセンスをうまくまとめていて、しかもそれが日本の伝統的な建築様式とも似通った解になっているのに感心。
あと、いま日本で住宅の話をするなら、荒川修作センセイの天命反転住宅は避けて通れないところ。まずは見て! この幼稚園のできそこないみたいな代物が住宅! しかも中身はもっとすごいよ。段差だらけで普通の生活はまず不可能、さらには既成部品が使えないために、50平米かそこらの住宅がものすごい価格になっちゃってるとか。
これは何? と思った人は、こいつを特集した『水声通信』1号(水声社)を読むと笑える。こんなバカな建築を、各種の建築家や評論家たちがおべんちゃらで持ち上げている。ちなみに上のページでも、何やら最近は脳科学の意匠をまとったお説教屋さんに堕している茂木健一郎がつまらないヨイショをしているのが読めるでしょ。命ですか。モーツァルトモードですか。チューリングの外にある世界ですか。へえ、ちゅごいでちゅねー。
ところがそんなにスバラシイはずの住宅が、なぜかさほど売れていないとか。不思議だねえ。ここを絶賛している建築家さんや評論家さんたちは、なぜここを買って住もうとしないんだろうねえ? かれらの発言は、しょせん行動や責任をともなわない空疎な代物でしかないからだ。唯一、自分の発言に責任を持って買ったのはある女性作家だけだともきく。ぼくはその点で彼女を尊敬する。
科学書系でおもしろかった本がトム・スタッフォード、マット・ウェッブ『Mind Hacks』(オライリージャパン)。すばらしい。脳科学の本はたくさんあるけれど、単に結果を教えるだけでなく自分で自分の脳を使ってあれこれ実験してみようという、科学する心の見本みたいな一冊。勉強にもなるし、それを確認するための実験も楽しい。自分でいろいろ試して見たい人は是非。
社会問題系では、ちょっとイスラムづいているのだ。小杉泰『現代イスラーム世界論』(名古屋大学出版会)は、イスラームの発端から解き明かして未来のイスラム世界まで考察した大著でたいへん勉強になりそうだが、本文だけで800ページの大著でちょっと尻込み。
そんな人には池内恵『書物の運命』(文藝春秋)を。安易な書評集かと思ったら、時事状況をふまえて国内の中東イスラームをめぐる物言いをわかりやすくまとめたとてもよい本。とくに、「オリエンタリズム」という概念を広めたサイードとその追従者たちに対する落ち着いた、だが鋭い批判は一読に値する。
そうそう、書きかけの最後で、あの構造主義人類学の重鎮レヴィ=ストロースの大著『神話論理』(みすず書房)の邦訳刊行がついに開始されたことを知る。30年以上にわたって待たされた本なので、たぶんこれからあちこちでヨイショが見られることになると思う。絶対に買ってはいけませんよ(といって、8000円の本をおいそれと買うヤツもいないか)。この本はねえ、学問のふりをして実は単なるブンガク、という困った代物で、その批判は長くなるからこのあたりに書いておいたものを読んでや。まあ、刊行されたことくらい知っておくと、なんとなく教養ありげな顔ができる、こともある、かなあ。無理か。
ただ、かれの洞察はたいへんに面白いので、もっとお手軽な本は読んでおく価値あり。講演録『レヴィ=ストロース講義』(平凡社ライブラリー)あたりは読みやすいし、一部の生命倫理なんていうものが単に前提となる習俗の問題でしかないことをあっさり指摘したりして大変に楽しいのでお薦め。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page
配信日:2006/04/26
前回ちょっと建築ネタを振ったが、住宅建築関連の本をいっぱい見ているのです。中でも、10坪(坪というのは3.3平米のことですわよ)くらいの敷地に建てる、マッチ棒みたいな家の工夫は見ていて楽しい。細野透『ありえない家 トーキョー狭小住宅物語』(日本経済新聞社)はなかでも特に変な家数件の成立をたどった楽しい本。「建築賞狙いでいけ!」という施主もすごいが、それに応えた建築家の解が実に異常。家を買ったり建てたりする人は、これを読んで自分の覚悟のほどを再検討するがよろしいかと。
また、実際に建てる人は杉浦伝宗『それでも建てたい!! 10坪の土地に広い家』(講談社)がエッセンスをうまくまとめていて、しかもそれが日本の伝統的な建築様式とも似通った解になっているのに感心。
あと、いま日本で住宅の話をするなら、荒川修作センセイの天命反転住宅は避けて通れないところ。まずは見て! この幼稚園のできそこないみたいな代物が住宅! しかも中身はもっとすごいよ。段差だらけで普通の生活はまず不可能、さらには既成部品が使えないために、50平米かそこらの住宅がものすごい価格になっちゃってるとか。
これは何? と思った人は、こいつを特集した『水声通信』1号(水声社)を読むと笑える。こんなバカな建築を、各種の建築家や評論家たちがおべんちゃらで持ち上げている。ちなみに上のページでも、何やら最近は脳科学の意匠をまとったお説教屋さんに堕している茂木健一郎がつまらないヨイショをしているのが読めるでしょ。命ですか。モーツァルトモードですか。チューリングの外にある世界ですか。へえ、ちゅごいでちゅねー。
ところがそんなにスバラシイはずの住宅が、なぜかさほど売れていないとか。不思議だねえ。ここを絶賛している建築家さんや評論家さんたちは、なぜここを買って住もうとしないんだろうねえ? かれらの発言は、しょせん行動や責任をともなわない空疎な代物でしかないからだ。唯一、自分の発言に責任を持って買ったのはある女性作家だけだともきく。ぼくはその点で彼女を尊敬する。
科学書系でおもしろかった本がトム・スタッフォード、マット・ウェッブ『Mind Hacks』(オライリージャパン)。すばらしい。脳科学の本はたくさんあるけれど、単に結果を教えるだけでなく自分で自分の脳を使ってあれこれ実験してみようという、科学する心の見本みたいな一冊。勉強にもなるし、それを確認するための実験も楽しい。自分でいろいろ試して見たい人は是非。
社会問題系では、ちょっとイスラムづいているのだ。小杉泰『現代イスラーム世界論』(名古屋大学出版会)は、イスラームの発端から解き明かして未来のイスラム世界まで考察した大著でたいへん勉強になりそうだが、本文だけで800ページの大著でちょっと尻込み。
そんな人には池内恵『書物の運命』(文藝春秋)を。安易な書評集かと思ったら、時事状況をふまえて国内の中東イスラームをめぐる物言いをわかりやすくまとめたとてもよい本。とくに、「オリエンタリズム」という概念を広めたサイードとその追従者たちに対する落ち着いた、だが鋭い批判は一読に値する。
そうそう、書きかけの最後で、あの構造主義人類学の重鎮レヴィ=ストロースの大著『神話論理』(みすず書房)の邦訳刊行がついに開始されたことを知る。30年以上にわたって待たされた本なので、たぶんこれからあちこちでヨイショが見られることになると思う。絶対に買ってはいけませんよ(といって、8000円の本をおいそれと買うヤツもいないか)。この本はねえ、学問のふりをして実は単なるブンガク、という困った代物で、その批判は長くなるからこのあたりに書いておいたものを読んでや。まあ、刊行されたことくらい知っておくと、なんとなく教養ありげな顔ができる、こともある、かなあ。無理か。
ただ、かれの洞察はたいへんに面白いので、もっとお手軽な本は読んでおく価値あり。講演録『レヴィ=ストロース講義』(平凡社ライブラリー)あたりは読みやすいし、一部の生命倫理なんていうものが単に前提となる習俗の問題でしかないことをあっさり指摘したりして大変に楽しいのでお薦め。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page

