担当者より:円堂都司昭さんは音楽やミステリの評論などで活躍されている書き手で、著書に『YMOコンプレックス』(平凡社)や、第62回日本推理作家協会賞と第9回本格ミステリ大賞を受賞した『「謎」の解像度』(光文社)があります。この原稿は年末になると特に書店を賑わすブックガイド・ムックを中心に出版の市場について論じていただきました。なお原稿は2008年のものですので、文中の「今年」が2008年、「昨年」が2007年を指すことにご留意ください。

配信日:2008/12/10


毎年、年末のこの時期になると、書店の文芸書コーナーで人気ムック『このミステリーがすごい!』(宝島社)の選んだ年間ベスト10に基づくミステリー小説の陳列風景を目にすることになる。90年代の『このミス』全盛期に比べ同ムックの影響力は低下したし、ミステリー小説の市場自体も10年前の勢いは昔話となり、近年は停滞が続いている。したがって、『このミス』ランキングに沿った陳列例も減っているが、それでもミステリー業界では商売上、今でも気になる“お祭り”であり続けている。

書評家やマニアなど、読み巧者とされる人々の投票によりミステリーの年間ベスト10を決める『このミス』は、1988年からスタートし、今年で20周年を迎えた。一方、同ムックの影響力低下と入れ替わるごとく、近年、注目を集めてきたのが、2004年スタートの本屋大賞である。同賞は全国の書店員が「いちばん!売りたい本」を投票で選ぶものであり、ベスト10の結果は「本の雑誌増刊」(本の雑誌社)の形でやはりムック化されている(毎年4月)。こちらの“祭り”には、書店員による店頭の活性化という目的がある。

今年6月4日に放送されたNHKクローズアップ現代「ランキング依存が止まらない~出版不況の裏側~」が、出版界では話題になった。このテレビ番組は、書店の売上ランキングに頼って読者が本を買う傾向の強まりを報じていた。また、POSデータによって売れる商品の選別と返品を行う体制が、書店で強化されている様子も紹介された。加えて、本屋大賞は、現状に対し新たな価値観を打ち立てることを目指したが、それ自体が新たなランキングとみなされる皮肉な結果になった――とも番組は伝えた。

過去の経緯を思い返すと、本のランキングをめぐっては、どこか似た光景が繰り返されてきた。「週刊文春」(文藝春秋)で今も続いているミステリーベスト10に満足しない勢力が、かつて『このミス』を立ち上げた。だが、広義のミステリーを対象にした同ムックでは、事件の謎解きを主眼とする本格ミステリーが冷遇されていると考えた人々が、『本格ミステリ・ベスト10』(東京創元社→原書房)を96年分から始めた。次に『本格ミステリ・ベスト10』の投票結果に反発した一派が、合議で10作品程度を順位なしに選ぶ『本格ミステリー・ワールド』(南雲堂)を2007年からスタートしている。

一方、ジャンル関係者が選ぶ既存のランキングは“通好み”すぎて一般の嗜好から離れているとして、読者も投票に参加する『ミステリが読みたい!』(早川書房)が昨年から市場に参戦している。“通好み”ではなく一般寄りのスタンスを謳った同ムックの登場は、本屋大賞の成功を意識したものだろう。

このように、従来の価値観に対するカウンターとして新しいムックが登場しても、すぐにそれは既成の価値観とみなされ、次のオルタナティヴが登場することが反復されてきた。そして、ミステリー以外でも『SFが読みたい!』(早川書房)、『このライトノベルがすごい!』(宝島社)、『このマンガがすごい!』(同)など、様々なくくりで同様の手法のムックがいろいろ作られ、ブックガイドが増殖乱立した現在のわやくちゃな戦場になっている。

こうなったことには、それなりの理由や必然性があった。ある種の読書観、小説観を打ち出すにあたっては、長文によって思索を深めたり、歴史を概観したりする「批評」という方法もある。

しかし、現在、重厚な「批評」は売れにくく出版もされにくいのが現実だ。その一方で、相対的に短い「書評」、「ブック・レビュー」のほうが「批評」より目立っており、「レビュワーの時代」と呼ぶ人もいる。その象徴が、大森望と豊崎由美が対談形式で各文学賞受賞作について片っぱしからコメントする『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(PARCO出版ほか、2004年~)のヒットだった。

「批評」を読んでじっくり考えるよりも、手っ取り早い見取り図が欲しい、ピンポイントでこれがいいと教えてもらいたい人が比率として増えたという体感が、批評家や書評家、出版関係者にはある。その結果、自分たちの読書観、小説観を打ち出すために、ブックガイド形式が重宝されるようになってきた。福田和也『作家の値うち』(飛鳥新社、2000年)がそうだったように、本来批評家体質の人が、あえてブックガイド的なスタイルで本を出す例も少なくない。投票によるランキングを軸にしたムックが増加したのも、書店の売上ランキングに依存するタイプの一般的読者層に、自分たちの読書観、小説観を伝えやすい・売りやすい形式はこれだ――そんな判断が関係者にあるからだろう。

……と、ここまで客観を装って書いてきたが、私はムック制作の傍観者ではなく、当事者の1人である。前記『本格ミステリ・ベスト10』の編著者である批評家集団、探偵小説研究会に入会して以後、2000年度版から同ムックの制作にかかわってきた。ここまで書いてきたことには、その体験も反映されているし、以後の文章では自分が編著者の1人としてランキング形式のブックガイド・ムックについて考えてきたことを記したいと思う。

よく指摘されることだが、新刊点数があまりにも多いため、どの本を選べばいいか迷う状況がある。だから、とりあえず売れている本を買う、よって売れる本が売れるという現象が起きる。これは出版界に限る話ではなく、インターネットの登場などで情報量が増大して以後は、どの分野でもみられる現象だ。情報が多すぎるため、ユーザーが自分にとって有益な情報を得ることが困難になっている。

これに対し、情報アーキテクチャの専門家、ピーター・モービルは、『アンビエント・ファインダビリティ ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』(オライリー・ジャパン。原著2002年)において「アンビエント・ファインダビリティ」なる概念を提唱している。これは、「アンビエント=環境」と「ファインダビリティ=見つけやすさ」を組み合わせた造語。モービルは、ウェブ・デザインなどの情報アーキテクチャ、情報環境の側が、ユーザーに向けて「見つけやすさ」を構築するべきだと主張している。

一方、情報アーキテクチャに関しては、近年、批評界で論じられてきたことに「環境管理型権力」の問題がある。これは、座りにくい椅子を用意することで客の回転率を上げるなど、ユーザーにそれと意識させず行動に影響を与える方法、つまり環境をデザインすることによって人間を管理することの是非を問う問題だ。そのウェブ上の例として、グーグルやアマゾンの検索結果などが指摘されてきた。ユーザーは自分で選んだつもりだが、限られた検索結果からしか選べないことによって管理されている。そうもとらえられるのである。

考えてみれば、ランキング形式のブックガイドというものは「アンビエント・ファインダビリティ」、「環境管理型権力」をムックという媒体で擬態しているようなところがある。多数の書籍に対し、検索結果のごとく順位づけして並べ直し、ユーザーに「見つけやすさ」を与えようとする。それらのムックは、ミステリーやSF、ライトノベルなど特定の嗜好性に基づいて編集されており、ユーザーにある種の読書観、小説観で働きかけよう、影響を与えようとしている点では、「環境管理型権力」に似ている。だからこそ、反「権力」的な反発も引き起こす。

「管理」、「権力」といった言葉を用いた以上の分析だけでは、ネガティヴな印象を持たれるかもしれないが、これはブックガイド・ムックの一面にすぎない。モービルは「アンビエント・ファインダビリティ」をシステムの側の問題としてとらえているが、彼はもともと、この造語を音楽家のブライアン・イーノが提唱した「アンビエント・ミュージック=環境音楽」から発想している。だが、イーノのコンセプトは、リスナーがそれに集中してもしなくてもいい音楽というものだった。それはリスナーの能動性を(弱い能動性も含め)肯定したものだった。したがってイーノのコンセプトにおいて、環境、音楽は、リスナーが能動性によって見出すものとしてある。環境には、システムが管理する側面と、ユーザーが見出す側面の両方があるわけだ。

ランキング形式をとったどのブックガイド・ムックでもそうだが、順位づけされた作品以外を紹介するコーナーも用意されている。座談会やアンケート、コラムなどで、複数の評者、複数の尺度から多数の作品名があげられる。ムックの読者がそのなかから能動的に作品を見つけられる紙面環境を、編集側は用意しようとしているのである。読者にこちらの読書観、小説観を届けようと「環境管理型権力」を擬態したごとき側面と、読者の能動性に期待する側面の融合によって、二重の意味で「見つけやすさ」のあるブックガイドを編集する。これが、編著者としてかかわってきた自分のたどりついた一つの理想像であり、ブックガイド・ムックの可能性である。

とはいえ、それは私個人の考えであり、『本格ミステリ・ベスト10』を編集する探偵小説研究会のメンバーが必ずしも意見を共有してきたわけではない。なかには、自分の担当する執筆スペースくらいにしか興味がなく、ムック全体の編集や意味を考える様子のないメンバーもいて苛立つこともあった。

また、ランキング紹介以外にも記事は多く掲載しているというのに、結局、ランキングばかり云々されることにもうんざりさせられてきた。「ランキングに入った以外の小説は読まなくていい、といっているように思える」なんて声を業界関係者から聞き、げんなりしたこともある。

『本格ミステリ・ベスト10』では、ランキング依存の傾向にある読者層に向けてランキング発表を軸にしつつ、ムックでは他の作品にも目を向けてもらえるように記事を構成している。つまり、ランキング形式にはもっと広い視野を提示するため、小説をめぐる「評」や「観」を伝えるための一つの方便という側面のあることが、一般読者ならともかく、状況を理解していそうな業界関係者にすら理解されていない例がある。ランキングには過敏なくせに、ムックの全体像は目に入っていない人々……(その意味では、『このミス』が昨年行ったリニューアルで周辺記事を大幅に削減し、本当にランキング中心の本になってしまったのは残念だった)。

自分としては、今の市場で流通しやすく一般読者にも呑みこみやすい「書評」と、じっくり取り組んだ「批評」の往復運動で“読み”を活性化していくのがいいと考えている。だが、ランキング過敏症が引き起こした内ゲバなどもあって、ブックガイド・ムックは現状でこうして乱立している。あまりにも多すぎて、“この「すごい」がすごい!”というムックが必要だ、という冗談も冗談に聞こえなくなった。昨年はミステリー系の各種ベスト10投票を比較したり合算したり、トータルに検証しようとしたブログもみかけた(今年もやるのかな?)。

このように混乱した現状をみると、ブックガイド・ムックはある種の過渡期を迎えていると感じざるをえない。しかし、それでも私はまだ、このメディア形式によってやれることはあると考えているし、今後もムック制作にかかわっていくだろう。あなたの“読み”の能動性に祝福あれ。


●円堂都司昭(えんどう・としあき)
文芸・音楽評論家。
著書に『YMOコンプレックス』(平凡社)、『「謎」の解像度』(光文社)がある。
ブログ:ENDING ENDLESS 雑記帖