担当者より:『何のために働くか』(幻冬舎文庫)などの著書があるオバタカズユキさんが「食」に関する書籍を論じる連載の第3回目です。

配信日:2005/04/20


もの書き人種には、食に関して2つのタイプがいる。ひとつは腹さえ膨れりゃコンビニ弁当でもかまわないタイプで、もうひとつは食の快楽に溺れるタイプ。前者はそんな自分を衆目にさらすことなく勝手に生きているが、後者は食ネタが小遣い稼ぎになるし、エピキュリアンな自分を他人にも認めてもらいたいため、機会があるごとにグルメエッセイ的な雑文を書き散らす。で、もの書きは食にうるさい、という半分誤解で半分正解の世間的イメージができあがる。

今回紹介するのは、島田雅彦による『ひなびたごちそう』(朝日新聞社)という料理エッセイだ。

エピキュリアン系小説家の手によるものに他ならないわけだが、この一冊はいい。食材やメニューについての記憶や雑学を綴りながら、毎回その文中に自作レシピを紹介するという、ちょっと斬新なスタイルをとっている。

文学のヒトの食の文は、接待の場で仕入れたネタ自慢でしなかいスノビズムだったり、そこらの資料からの孫引きをさも我が発見なりとするハッタリだったりしがちなのだが、この本にはそういう卑しさやセコさがない。

彼は、本当に実践で腕を鍛えた料理人のようだ。「私は小説を書いて十七年、包丁を握って十四年の経験を持つ一中年である」というだけあって、いわゆる「男の料理」的な趣味の領域を超えた叡知がほうぼうに散見される。

「こりゃあ思いつかなかった!」と私が膝を打ったのは、「切干大根のソムタム」と「イワシの醤油焼」だ。タイ北部のサラダであるソムタムを出す料理店は日本国内にもある。が、自宅であの食の快楽を再現しようと思っても、主役の食材の青いパパイヤがなかなか入手できない。代用物を探しまわった結果、島田が見つけたものは切干大根だった。独特の「日向くささ」は戻す水を何度か取り換えることでほぼ解決するという。

真似てみると、たしかにイケた。あのソムタムの甘辛酸が渾然一体となった妙味と独特の歯ごたえが楽しめたのだ。イワシのほうは、はらわたまで美味しく食い尽くすには如何なる下ごしらえが必要か、という試行錯誤が紹介されている。これは本書を実際に当たってみてください。単純だけどなかなか思いつかない秘儀が開陳されているよ。

文壇的には「永遠の青二才」と揶揄され続け、そのまま中年になってしまった島田雅彦。その本性は「永遠の科学少年」か。野外で採集したお気に入りの虫を理科実験室でいじくるかのごとく台所料理に熱中している。少なくともグルメ気取りじゃないし、料理という日常の技を芸術文化かのごとく語る冗長の愚もおかしていない。ああ、実はかなり誠実なもの書きだったんだなと、認識をあらたにさせられた次第なのだ。


●オバタカズユキ(おばた・かずゆき)
物書き。
著書に『何のために働くか』(幻冬舎文庫)、『ペットまみれの人生』(扶桑社文庫)などがある。