担当者より:紙屋高雪さんは、『しんぶん赤旗』『ダ・ヴィンチ』『ザ・スニーカー』など多くの媒体で、主にマンガに関する原稿を多数執筆されている書き手で、読み応えのあるレビューは高い評価を得ています。著書『オタクコミュニスト超絶マンガ評論』(築地書館)で、それらのマンガ評論はまとまったかたちで読むことができます。政治とマンガというテーマでこの原稿は執筆していただきました。なお、冒頭で触れられている参院選とは、2007年に自民党が大敗した第21回参議院議員通常選挙を指しています。

配信日:2007/07/25


参院選の投票日も近い。それで、争点である年金や格差について……というのも直球すぎるので、ここはひとつ政治に関する漫画をご紹介しよう。

赤石路代『市長 遠山京香』(小学館)。前市長の息子の嫁かつ推理小説作家が市長になる物語だ。なかなかにむちゃくちゃな漫画である。正直、笑いがこらえられない無謀な展開が多くてステキ。

舞台は横浜市なみの巨大政令市。なのに、議会の常任委員会をやっている部屋が小学校の教室みたいなところで、しかもパイプ椅子という、政令市の議会では考えられないショボさ(笑)。さらに、常任委員会に市長が出席し、県の役人を呼んで、市議ではなく市長が直接追及しているのである。絶対にありえないとは言わないが、一度でも議会を傍聴したことがあればかなり勇気のある描写である。

そもそも、こういうディティール以前の問題として、この市長は大量によせられる市民からのメールにすべて目を通し、そこで「事件」の臭いがすると現場に隠密的に出かけていくという設定自体がすごい。そして、ほぼ毎回殺人級の刑事事件が発生。市長が遠山金四郎よろしく正体を明かして事件を解決するという香ばしさだ。

ドラッグを全市に拡散させる暴力団組長と市長自ら直接対峙。サイレンが聞こえるほどパトカー群が迫っているというのに、組長自身がいきなり市長に銃口を! 組長よ、市長を撃って今さらどうしようと? タイトスカートの市長はハジキを蹴り上げてたたき落とす。間一髪だ。あぶなかった。

もう息ができないほど笑うしかない。

いやいや。今ぼくが述べたような「政治プロ」としてツッコミこそ、この漫画では野暮きわまることなのだ。というか、そういう悪しき「常識」こそ、この漫画は批判しているのである。

本作は主婦を含む30代前後の女性をターゲットにした漫画誌『月刊JUDY』に連載されている。ターゲット層の読者たちは、議会や役所のコムズカシイ慣習や法令の制約によって「できません」と言われることに腹を立てている。いま目の前にある不合理、それを正してほしいのである。そのために権力を与えたのではないか、と。読者が「いま政治家にすぐやってほしいこと」を何の躊躇もなく実行する、無防備なまでに直裁な漫画が本作である。現実に対して小賢しい遠慮をすることは、この作品の本質を損なうものだ。

議会などの描写は「むちゃくちゃ」なのに、提起されている住民の要求や生活の皮膚感覚は驚くほどリアル。この作品の最初に、自転車に子どもをたくさん乗せて走るお母さんを「危険」とか「ダサイ」と非難・嘲笑する声が出てくるが、子を持つ身(遠山市長も「ありす」という娘の母)からすれば、身にしみるように理解できる行為なのだ。

「笑わないでよ 私もやったもの
ありすを乗せて 買い物の荷物のせて
忙しい日の雨の日なんか泣きたくなる
子供が歩くには遠い保育園
時間どおりに来なくて当てにならないバス
仕事中のダンナは当てにならない
車は停める場所がない」

子を持つ前と後で、この「必死さ」への共感度合いが大きく変わるというのは、ぼくも実によくわかる。他にも、毎日介護する身からすれば、いつまでするかわからない同居者が、ある程度手を抜くのは当たり前で、たまに来て「完璧な介護」を見せる親族のほうがおかしい、とか、無洗米を「主婦の怠け」だという非難に対し、詳細な反論を加えたりとか。

そのような生活の感覚からすべて出発させる。その目からみれば、「市民からのメールには全部目を通して親身になってほしい」「議会なんてパイプ椅子で十分」「市長が直接県を追及して何が悪いの」「ドラッグをばらまく暴力団を直接乗り込んでこらしめて!」――すべてが「当然」なのである。

遠山市長の政治哲学は「市民を守る」である。誰も異論はあるまい。しかし、それを生活の感覚でありながら――つまり自分の子どもを守るように、なおかつ政治の最優先原則としてこれを貫くとなるとなかなか“過激”なことになる。しばしば政治においては、財政を口実に、あるいは他のロジックから、このことは忘れられるからである。

実は地方自治法では自治体本来の仕事は「住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持」とされていた(現在この条文は「住民の福祉の増進」と改定)。まさに遠山の思想である。

平凡な市民の願いを貫徹すると、ラジカルな思想と行動になる。「パンと平和」がロシア革命のスローガンであったという。革命とは平凡な市民の願いの実行だ、ただし断固として――とぼくは学生時代、左翼の先輩に教えられたことがある。遠山からそのことを学べるのかも知れない。


●紙屋高雪(かみや・こうせつ)
紙屋研究所所長。
著書に『オタクコミュニスト超絶マンガ評論』(築地書館)がある。
また、『理論劇画 マルクス資本論』(かもがわ出版)では、構成・解説を担当した。
サイト:紙屋研究所