担当者より:伊藤聡さんは、映画、本、音楽などについて軽妙に記す文章で人気を博しているブロガーです。この原稿では、藤本和子の翻訳についてご執筆いただきました。なお、秋葉原無差別殺傷事件が起きたのは2008年6月8日であることを付記しておきます。

配信日:2008/12/03


翻訳家、藤本和子がいかに画期的だったか、七〇年代において彼女の表現がどれだけの影響力を持ったかということを説明するのはむずかしい。なぜなら「今までになかった、圧倒的に斬新な表現」が生まれたとき、われわれはまず、感動や興奮の前にいくばくかの困惑を感じるためである。四方田犬彦は、ブルース・リーの作品がはじめて日本の映画館で上映されたさいの衝撃を表して、「われわれにはそれを理解するコードがなかった」と述べた。

まさしくその通りである。みじかい棒を二本、鎖でつないだだけの珍妙な武器をふりまわしながら、それまでに誰も聞いたことのない「アチョー」という奇声を発し、顔にはどこか悲しそうな表情をたたえつつ、敵を次々になぎ倒していく中国人の男。こうした、あまりに斬新すぎる作品を理解するための前提が、かつてのわれわれにはなかった。四方田がいうように、あたらしい表現には、それに呼応する文化的なコード、受け手になんらかの参照元が必要になる。

カート・ヴォネガットやリチャード・ブローティガンといった作家が、ユニークな作風を持った小説によって支持を広げていった六〇年代から七〇年代にかけて、米文学はひとつの転換期にあった。受け手側にあたらしいコードを要求するような、今までにないスタイルを持った小説があらわれたのだ。彼らが画期的だったのは、なによりも文体やリズム、文章が持つ声(ヴォイス)の新鮮さにこそあった。小説が、あたらしい声でストーリーを語るようになったのだ。

ところが、それまで日本で読まれていた海外文学には、旧態依然とした翻訳調の文体しか存在していなかった。ヴォネガットやブローティガンの文章が持つ声を受け止められるような日本語の文体、翻訳のスタイルがなかった。七五年に、ブローティガンの小説『アメリカの鱒釣り』の日本語訳を刊行した藤本のすごいところは、まったくあたらしい翻訳のかたちを、つまりはあたらしいコードを、ほとんどひとりで作り上げてしまったことにある。

ただ単に英語を日本語にするだけではなく、ブローティガンの持つ文章のうねり、原文にあった心地よさ、そのビート、息づかいや声を、もっとも適した日本語に置きかえ、再現すること。そのために、誰も読んだことのないようなユニークな文体を発明したこと。藤本訳『アメリカの鱒釣り』について、翻訳家の柴田元幸はこう記している。

「『アメリカの鱒釣り』邦訳刊行は、僕個人にとって、何とも解放的にあたらしい作品が理想的な翻訳で登場したという、大きな事件、ほとんど革命だったのである。そして、翻訳史ということで考えるなら、僕一人の問題ではなく、翻訳史上の革命的事件だったと言ってよいと思う」(『アメリカの鱒釣り』文庫版解説)

今、わたしが藤本訳のブローティガンをあらためて読んでみて感じるのは、「やっぱりものすごくかっこいい!」ということで、あの文体のリズム感、句読点の打ち方や、ひらがなを多用したやわらかい翻訳のスタイルには唸ってしまう。藤本の翻訳家としてのデビューがこの『アメリカの鱒釣り』邦訳であるというのは、にわかには信じられないことだ。なにしろ、彼女はそれまで、翻訳などほとんどしたことがなかったのだから。

ニコルソン・ベイカーやジュディ・バドニッツといった人気作家の翻訳で知られる岸本佐知子も、今年になって文庫化された、ブローティガンの『芝生の復讐』に解説を書いており、藤本訳に触れなければ翻訳家にはならなかっただろうといっている。柴田にせよ、岸本にせよ、藤本の翻訳スタイルからの影響は大きく、現在の米文学翻訳の多くは、藤本チルドレンとでも呼ぶべき翻訳家たちによっておこなわれているといえる。

柴田や岸本といった第一線の翻訳者だけではなく、藤本訳の影響力について考えるなら、やはり村上春樹の文体に触れないわけにはいかない。七九年デビューの村上も、やはりあたらしい文体、独自のスタイルを作り上げる必要性にかられていた。日本の作家から小説技法を学んだことのなかった村上は、その叩き台として、英文で読んだ米小説や、ブローティガンの日本語訳などをひとつの定型とした、と回想している。

藤本がブローティガンを輸入するさいに作り上げた文体、あたらしいコードが、その後の日本文学における大きな潮流にまでなった。そうした役割を果たしたのが、小説家ではなく、翻訳家であったというのは実に興味ぶかい。

では、〇八年にブローティガンを読む意義があるとすればなんだろうか。それは藤本が「きまり文句への反抗」と呼んだ、ブローティガンのたくましい想像力にあるのではないかとおもう。

秋葉原の殺傷事件があったとき、わたしはあの犯行者がブローティガンを読んでいてくれたら、と強くおもった。勝ち組、負け組という安っぽいきまり文句に負け、そこへ唯々諾々と回収されてしまった青年。藤本は、ブローティガン研究として発表した自著の中でこう書いている。

「しかしおそろしい場にも、愉快はある。暗鬱な空間にも笑いはある。想像力の視力さえ衰えていなければ、せまいすき間から垣間みえる愉快と笑いを指さすことはできる」(『リチャード・ブローティガン』)

あの犯行者は、秋葉原へいくかわりに、彼自身のための鱒を釣りにいくことはできなかったのか。人びとが「きまり文句」に煽られ、孤立してしまいやすい今こそ、藤本訳のブローティガンは読まれるべきだとわたしはおもう。


●伊藤聡(いとう・そう)
ブロガー。
ブログ:空中キャンプ