担当者より:田中秀臣さんは、経済思想史を背景として、経済政策などの時事的な問題に関しても旺盛に発言なさっている経済学者です。『雇用大崩壊』(NHK生活人新書)、『経済政策を歴史に学ぶ』(ソフトバンク新書)などの著書があり、近日刊行の『偏差値40から良い会社に入る方法』(東洋経済新報社)では、不況において無名大学の就職問題に関して論じられています。この原稿は、現在何かと話題のリフレ派について書かれたもので、ブックガイドとしても有用かと思います。

配信日:2009/11/11


白川日本銀行総裁は記者会見の場において、日本のデフレスパイラルを否定し、また現状のデフレを定義の問題とした上で、事実上、これから3年間は景気悪化が続き、物価下落も続くことを明言した。

これは中央銀行の総裁として極めて異例かつ無責任な発言である。おそらく白川総裁の脳内には、日本銀行の職務が金融システム安定という一点にあるのだろう。そのため一国の景況や雇用状況はどんなに最悪であっても、金融システムさえ安定的ならば、やがて自動的に調整されると考えるのだろう。たとえ、その自動調整過程でどんな社会的な損失が発生してもそれは日本銀行の職務ではいささかもない、というのが公式見解なのだろう。

他方で、白川総裁はデフレ的状況を脱出するための財務省などとの政策協調の可能性も完全に否定した。これは政府からの長期国債直接引き受けなどの「圧力」を回避する狙いがあると思われる。

結論からいうとこのような行動原理をもつ中央銀行は即時解体するべき存在だとさえ思える。あるいは正しく「民主主義の対抗勢力」と表現しても差し支えない。

例えば若年雇用が悪化するのはデフレの継続であると主張していた勝間和代(評論家)は、twitter上で「反デフレ」の署名活動を行い、それを携え菅直人国家戦略相に手渡した。この出来事は、中央銀行の政策目的は、中央銀行のスタッフたちが勝手に造り上げるのではなく、政府およびそれに意見を表明する世論などの「民主的統制」の下におかれるべきであることを改めて教えてくれた。

ところで以上のような日本銀行のほとんど居直りとも思える態度に対して、一貫して批判してきたのが、いわゆる「リフレ派」としばしば表現される論者たちである。

もちろんこの「派」というのは単なる符牒にしかすぎない。なんらかの政治的な集団でもなければ党派的な活動もしてはいない。彼らは異なる価値観をもち、多様な経済・社会のビジョンとその処方箋を提案できる人たちだ。

だが、こと日本がデフレ的状況を継続することで、雇用の崩壊や経済の長期的停滞が起きていることを問題視しており、その解決の鍵が、日本銀行の前記した態度を改めることにあると主張することで一致する。米国の一流経済学者がほぼ総じて日本銀行の政策運営のつたなさを批判してきたが、その意味ではリフレ派というのは、単に普通の経済学のスキルをもち、それをもとに現実の政策を批判する人たちにすぎない。

さて日本でリフレ、すなわちリフレーション(reflation)を主張した最初の人物は石橋湛山であった。彼のリフレについての以下の発言は、リフレとは何であるかを明瞭に述べている。

「云う所のリフレとは、かつて米国のローズベルト大統領が、其の新通貨政策を始めるに当って宣言した如く「農業及び工業をして再び失業者に職を与える点まで物価の水準を引き上げ、又公私の債務は其の締結せられた当時の水準にほぼ近い物価に於いて、其の支払いをなし得る如くなさんとする」ものである。即ち言い換えれば過去のデフレを訂正し経済界の活動発展を常態に回復するのに必要な程度まで通貨の供給を増加するのがリフレーションだ。従ってリフレ政策が行われれば、物価は騰貴するけれども、其の物価騰貴は、必ず之に伴って生産を増加し、全体としての国民の実質収入を、したがって其の生活程度を向上せしめる。昭和7年以来の我が国の通貨膨張、物価騰貴が、一般に歓迎せられた通りの好結果を経済界に齎したのは、全くそれがこのリフレの線にそって行われたものであったからだ」(全集11巻、209頁、かな漢字は随時変更)。

デフレとデフレ期待を許している日本の政策当局(日本銀行、政府)が、日本の停滞の責任を負うものであることは疑いないのだが、それでも依然として政策当局者の責任回避は続いている。その意味で、日本のデフレ停滞というものは、完全な「政治的問題」であるともいえるのかもしれない。

さて現在の日本のリフレ派の中心人物はなんといっても、岩田規久男(学習院大学教授)だろう。特に今年の岩田の活躍は目を見張るものがあった。

まず住宅ブーム崩壊からの世界金融危機の状況と危機のメカニズムを包括的に解明した『金融危機の経済学』(東洋経済新報社)を世に出し、続いて世界同時不況の中の日本がとるべき政策(日本銀行の長期国債引き受け、インフレ目標の導入などの超金融緩和政策を中心とする提言)を示した『世界同時不況』(ちくま新書)で、今回の世界的経済事件を余すところなく解明し、過去の教訓(昭和恐慌期の高橋是清財政によるリフレ政策)を学んだ上で、日本の深い不況を打開する方策を明らかにしている。この二冊だけでもすごい時論の展開なのだが、それに加えて今年はさらに14年ぶりに全面改定した『国際金融入門』(岩波新書)も著した。

『国際金融入門』には、1997年のアジア経済危機から現在の世界同時不況までの国際金融の経済変動のメカニズムと、同時に国際金融を理解する初歩から応用までの知識が一冊に凝縮しているすぐれた教科書だ。

特に、これまた今年、いくつかの経済雑誌や論壇誌で活発に日本の景気対策の重要性を強調している(特に日本銀行の金融緩和姿勢の不足への批判)浜田宏一(イェール大学教授)と内閣府の岡田靖との共著論文「実質為替レートと失われた10年」(『季刊政策分析』2009年春号)のエッセンスを紹介していることも興味深い。

この浜田・岡田論文は、日本の長期停滞を国際金融面の動向からとらえたすぐれた業績である。特に日本のメディアでしばしばとりあげられる産業の空洞化や、日本の若い労働者を中心とした人たちが「グローバル化」といわれて低い賃金に甘んじているのはなぜか、という点の「真因」を解明している点でも見事である。浜田・岡田論文を、岩田本をもとに説明すると、こうだ。

日本の交易条件というのがある。この交易条件の値が大きくならば、日本は同じ輸出量でより多くの輸入財を輸入することができる。これを交易条件の改善という。他方で、例えば石油価格の値段が高騰した場合などは、日本は同じ輸出量で以前よりも少ない輸入量しか実現できない。この場合は交易条件が悪化した、などという。

90年代終わりから2000年代の初めにかけてこの交易条件はとても悪化した。つまり日本の人たちは外国との取引でかなり不利を被っていた。原油価格が高騰し、ガソリンや灯油などの価格があがったことをイメージすればわかりやすいだろう。

このような交易条件が悪化する一方で、日本銀行が金融政策を事実上引き締め気味に推移したことで(この時期にゼロ金利の解除があったことなどを想起されたい)円高が加速した。交易条件が悪化し、さらに円高が加速したことで、日本の輸出産業は打撃をいけ、国内投資は冷え込み、さらに安い経費や安い労働力を求めて、日本の企業は中国などに移動した。

この安価な経費・労働を求めてのコストカットは、日本に留まる製造業にも影響し、それがいわゆる非正規労働者の累増を生んだ。これが「産業の空洞化」と「グローバル化」によるワーキングプア問題の真因である。

そしてこの事態をもたらしたのは、中長期の為替レート(円高)を決めるのが、日本銀行であるかぎり、その責任は日本銀行の責任である。そして交易条件の悪化と円高(=事実上の金融引き締め)の進行は、現在の日本が経験していることでもあり、このままでは今後、ますます若年層(10代後半から30代)の雇用状況は悪化し、また全年齢層で失業は増加、日本の産業と社会の衰退は避けられない。

ここらへんは、最近精力的な活動を始めて、30代の政策を提言できる経済学者のエースとなった感のつよい飯田泰之(駒澤大学准教授)が、雨宮処凛(作家)との共著『脱貧困の経済学』(自由国民社)の中で端的に次のように述べている。

「なんといっても、企業が中国に移転した大きな理由は円が高いからです。たとえば1ドルが120円ならば、日本の労働者は世界指折りの優秀な労働力といえる。たとえば、月給20万円の労働者の賃金はドル換算で約1600ドル。日本の労働者をこの価格で雇えるなら、中国に移転しないわけです。しかし1ドルが90円となると2200ドルです。こうなると質の面は目をつぶっても海外でということになる。他国に奪われたというより、円高のせい」。

白川総裁の下の日本銀行は冒頭にもあるようにデフレを3年以上継続する=自らは積極的になにもせず放置すると明言している。いまの円レートは90円前後の円高だ。つまり日本の若者や輸出産業などで働く人々、そして中高年の人々に事実上、生活苦に陥ったままでいろ、と言い放ったに等しい。政策当局者としてはきわめて不謹慎な態度だろう。

このような日本銀行の無責任な態度が、その官僚制度の弊害と専門的知識の冷遇にあることを、岩田の『日本銀行は信用できるのか』(講談社現代新書)は余すことなく描いている。日本銀行の問題が政治的な問題であり、そして同時に官僚機構の腐敗ゆえであるならば、その改革にはどうすればいいのか? リフレにシンパシーを抱く与党の議員も少なからずいる。日本銀行法の見直し、天下りや政策委員たちが特定の機関や団体から流入していく実態の調査などを踏まえ、日本銀行の外部からの改革が必要とされているのではないか。

さて、リフレ派の活動範囲は最近急激に増加している。それを先導しているのが、飯田であり、かれのラジオ、テレビなどへの露出もそうであるし、「シノドス」という若手の論客が集う場において、湯浅誠、赤木智弘ら立場の異なる著名人たちとの討論もそうであろう。「シノドス」の活動は『経済成長って何で必要なんだろう?』(光文社)などで知ることができる。

そして、高橋洋一(エコノミスト)の復帰も大きい。久しぶりの著作『恐慌は日本の大チャンス』(講談社)では、政府紙幣と金融緩和、埋蔵金をつかった積極的なリフレ政策が主張されている。高橋の政策立案者としての手腕と人脈の多様性が、今後の日本の経済政策にさまざまな形で影響を与えることは疑うことができないだろう。

また、若田部昌澄(早稲田大学教授)の危機管理や失敗学として、世界同時不況をみて、その中での日本経済の危機対策をみる視点も実に示唆に富む。若田部の持ち味である経済思想史・経済史あるいは知識社会学的アプローチからする骨太な視点は参考すべき業績である。彼の『危機の経済政策』(日本評論社)、編著の『日本の危機管理力』(PHP研究所)はその意味で必読である。

さらに原田泰(大和総研常務理事チーフエコノミスト)の「通説」をばっさばっさ斬り倒す話題作『日本はなぜ貧しい人が多いのか』(新潮選書)、編著の『世界経済同時危機』(日本経済新聞社)や30年代の世界恐慌の経験から、不況の長期化を避けることが今後の世界経済と日本の最重要課題であると喝破した安達誠司(エコノミスト)の『恐慌脱出』(東洋経済新報社)もある。また相変わらずするどい着眼点をもつ竹森俊平(慶応義塾大学教授)の対談本『経済危機は9つの顔をもつ』(日経BP社)、中村宗悦(大東文化大学教授)の歴史研究、松尾匡(立命館大学教授)の『対話でわかる痛快明解経済学史』(日経BP社)、不肖わたしの『雇用大崩壊』(NHK生活人新書)など多くの書籍や研究が発表されている。

もちろんこれらの人たちはラジオ、テレビ、新聞、雑誌、ネットなどさまざまな媒体で活動している。日本でリフレを説くひとたちのすそ野は広大であり、先の勝間和代のように日本の論壇をリードする人材も多い。

最近でも評論家の宮崎哲弥は朝日新聞(2009年10月30日朝刊)の対談(勝間、朝日新聞編集委員ら参加)で、次のように総括している。

「今、日本経済はデフレスパイラルの危機、不況の深化に直面している。しかるに新政権は「今ここにある不況」に対する機敏な政策対応を打ち出せずにいる。また背骨の通った成長への方策も国民に提示できていない」(民主新政権の経済政策、大丈夫か)。

多くの国民の支持を背景にして、脱デフレ=リフレを説く人々の活動に、今後の日本経済の命運がかかっているといっても過言ではないだろう。


●田中秀臣(たなか・ひでとみ)
上武大学ビジネス情報学部教授。経済学者。
著書に『雇用大崩壊』(NHK生活人新書)、『経済政策を歴史に学ぶ』(ソフトバンク新書)などがある。
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