担当者より:真実一郎さんは、サラリーマンをしつつ、人気ブログ「インサイター」で、サラリーマン史からアイドルまで多くの分野について非常に面白いエントリーをアップなさっています。また、最近では『週刊SPA!』や『マイコミジャーナル』の連載などでもご活躍です。この原稿は環境が悪化しているグラビアアイドル業界の現況とこれからについてご執筆いただいたものです。
配信日:2009/09/30
かつて美術評論家の椹木野衣は、その著書『日本・現代・美術』(新潮社)のなかで、蓄積なき忘却と悪しき反復を繰り返す戦後日本を「悪い場所」であると論じた。その本を読んでいないので、意味はさっぱり分からない。けれど今、椹木の提示したキーワードを使ってこう言いたい。現在のグラビアアイドル界は「悪い場所」である、と。
小向美奈子が週刊ポストのインタビューでグラビアアイドルの肉弾接待を暴露して以来、グラビアアイドルを取り巻く環境は悪化の一途を辿っている。
例えば、橘麗美の引退騒動。2008年の日テレジェニックに選ばれ、『やりすぎコージー』のレギュラーの座も獲得するなど、グラビア界の将来を担うスター候補の一人だった彼女は、今年6月27日に自身のブログで突然引退を発表した。
「芸能界のほとんどは使えなければ手ぶら、ティーバックにさせ、それでも駄目ならヌードやAVやらせて使い捨てる」「これ以上汚い大人を見たくないし、振り回されたくないし、関わりたくない」。3000字にも及ぶ長文で彼女が綴ったのは、グラビア界に対する痛烈な呪詛だった(にもかかわらず、現在は改名してグラビア活動を再開していたりする)。
あるいは、芸人・有吉弘行による執拗なグラビアアイドル批判。彼がテレビで繰り返す、グラビアアイドルを仕事にしたいヤツらは我が強くて目立ちたがり屋でスレていて生意気なバカばかり、という身も蓋もない職業否定ネタは、奇妙な説得力を持ってグラビア界に対するネガティヴなイメージを増幅させている。
その他にも、元ミスマガジンの小阪由佳をめぐる不可解な引退劇、某有名巨乳グラドルの素人AV出演疑惑など、悪いニュースを挙げたらきりがない。だからだろうか、アッキーナこと南明奈に匹敵するような新しいスターは、今年はまだグラビアから生まれていないと言える(CMで活躍している佐々木希は女性誌モデル出身なので純粋なグラビアアイドルではないだろう)。グラビアアイドルという存在はいまや大きな岐路に立たされている。
そもそもグラビアアイドルというビジネスモデルは、1990年代半ばに雛形あきこが発展させ、優香や小池栄子などがそれを受け継いで完成させていったものだった。雑誌のグラビアをビキニで飾り、バラエティ番組やCM、ドラマでテレビに進出し、徐々に水着を着なくなる。これは音楽番組での活躍を必須としたそれまでのアイドル観を覆す、ある種のアイドル革命だったといっていい。
ところが、彼女たちの主戦場である雑誌というメディアの衰退が止まらない。出版不況で廃刊が相次ぎ、グラビアのページ数は減少する一方だ。その上その限られたスペースを、いまだに熊田曜子や小倉優子、ほしのあきといったレジェンドたちが後進に道を譲る気配もなく占拠。更には、おバカタレントやAKB48勢といったテレビ界からの刺客が水着グラビアに続々と逆進出しているため、純粋な新人が育成される場は急速に失われつつある。
そのうえ、グラビアアイドルにとってテレビ進出の登竜門的な場であった深夜番組は、現役女子大生や現役AV女優が起用され始めるというバトルロワイアル的な様相を呈しつつあるため、メディアにおけるグラビアアイドルの存在感、もっというと存在意義はますます希薄になりつつある。
最近では北乃きいや桜庭ななみのように、グラビア活動は副業的に行って早々に切り上げ、すぐ女優業にシフトするという、男にとっては残念な「綾瀬はるか方式」を取るタレントのみが勝ち組と言っていい。
かくして純粋なグラビアアイドルのサクセスモデルは失われ、グラビア界の95年体制は崩壊した。先の見えないサヴァイヴァル状況が招く焦りが内部告発や自爆テロ型の引退劇を誘発し、更なる自壊を招いて業界イメージを悪化させている、というのが2009年のグラビア界の現状だ。もはやグラビアアイドルに対して幻想が抱けなくなった男子が「美人過ぎる市議」や「美人過ぎる海女」に没頭しても誰も非難はできないだろう。
こんな状況下で無邪気にグラビアアイドルを演じていられなくなったからだろうか、最近は仲村みうや辰巳奈都子のような「当事者であること踏まえ、グラビアアイドルについてメタ視点で語るグラビアアイドル」が登場し始めている。しかしこれは、例えは悪いが疑似恋愛を求める客にキャバ嬢が接客テクの秘訣を明かすようなもので、そこに業界の未来があるのかどうか。
メタグラビアアイドルの台頭は、80年代のアイドルブーム末期に活躍した小泉今日子や森高千里の方法論を彷彿させる。メタ視点に立って敢えてベタにアイドルを演じて見せた彼女たちは、結果的にアイドルという存在の息の根を止め、アイドル冬の時代を到来させた。それが今、グラビアアイドル界を舞台に再び繰り返されようとしている。蓄積なき忘却と悪しき反復……。
「悪い場所」となったグラビアアイドル界は、一度リセットされる必要がある。今求められているのは、微妙なキャラの差異化に腐心するニッチな人材でもなければ、メタとかベタとかいうポジショニングに長けた左脳的な人材でもない。UFCヘビー級チャンピオンのブロック・レスナーのように、もうその佇まいだけで圧倒的な説得力を持つ神話性を携えた人材だ。そんな人材が登場したとき、人は彼女を「美人過ぎるグラビアアイドル」と呼ぶだろう。
幸か不幸か、雑誌メディアが衰退した結果、グラビアアイドルの主戦場はネットと携帯電話のコンテンツにシフトしつつあり、これまでだったら事務所の力不足で雑誌での登場機会を限定されていたような隠れた逸材が注目される機会が徐々に増えてきた。「満茶フォトログ」や「イワタブログ」といった業界系個人メディアも、新しいタイプのグラビアアイドルを育成する場になり得る可能性を秘めている。
また、将来的にはビデオブログ的なウェブ動画コンテンツに対応したグラビアアイドルが台頭するようになるだろう。そこで求められるのは、バラエティ番組で芸人にツッコまれるような「痴性」よりも、単独でのトークで視聴者を楽しませられる「知性」であり、そんな知性こそが悪い場所を浄化していくような気がしている。
グラビアアイドルの未来は、非グラビアメディアに託されているというわけだ。
●真実一郎(しんじつ・いちろう)
心に茨を持つサラリーマン。
ブログ:インサイター
配信日:2009/09/30
かつて美術評論家の椹木野衣は、その著書『日本・現代・美術』(新潮社)のなかで、蓄積なき忘却と悪しき反復を繰り返す戦後日本を「悪い場所」であると論じた。その本を読んでいないので、意味はさっぱり分からない。けれど今、椹木の提示したキーワードを使ってこう言いたい。現在のグラビアアイドル界は「悪い場所」である、と。
小向美奈子が週刊ポストのインタビューでグラビアアイドルの肉弾接待を暴露して以来、グラビアアイドルを取り巻く環境は悪化の一途を辿っている。
例えば、橘麗美の引退騒動。2008年の日テレジェニックに選ばれ、『やりすぎコージー』のレギュラーの座も獲得するなど、グラビア界の将来を担うスター候補の一人だった彼女は、今年6月27日に自身のブログで突然引退を発表した。
「芸能界のほとんどは使えなければ手ぶら、ティーバックにさせ、それでも駄目ならヌードやAVやらせて使い捨てる」「これ以上汚い大人を見たくないし、振り回されたくないし、関わりたくない」。3000字にも及ぶ長文で彼女が綴ったのは、グラビア界に対する痛烈な呪詛だった(にもかかわらず、現在は改名してグラビア活動を再開していたりする)。
あるいは、芸人・有吉弘行による執拗なグラビアアイドル批判。彼がテレビで繰り返す、グラビアアイドルを仕事にしたいヤツらは我が強くて目立ちたがり屋でスレていて生意気なバカばかり、という身も蓋もない職業否定ネタは、奇妙な説得力を持ってグラビア界に対するネガティヴなイメージを増幅させている。
その他にも、元ミスマガジンの小阪由佳をめぐる不可解な引退劇、某有名巨乳グラドルの素人AV出演疑惑など、悪いニュースを挙げたらきりがない。だからだろうか、アッキーナこと南明奈に匹敵するような新しいスターは、今年はまだグラビアから生まれていないと言える(CMで活躍している佐々木希は女性誌モデル出身なので純粋なグラビアアイドルではないだろう)。グラビアアイドルという存在はいまや大きな岐路に立たされている。
そもそもグラビアアイドルというビジネスモデルは、1990年代半ばに雛形あきこが発展させ、優香や小池栄子などがそれを受け継いで完成させていったものだった。雑誌のグラビアをビキニで飾り、バラエティ番組やCM、ドラマでテレビに進出し、徐々に水着を着なくなる。これは音楽番組での活躍を必須としたそれまでのアイドル観を覆す、ある種のアイドル革命だったといっていい。
ところが、彼女たちの主戦場である雑誌というメディアの衰退が止まらない。出版不況で廃刊が相次ぎ、グラビアのページ数は減少する一方だ。その上その限られたスペースを、いまだに熊田曜子や小倉優子、ほしのあきといったレジェンドたちが後進に道を譲る気配もなく占拠。更には、おバカタレントやAKB48勢といったテレビ界からの刺客が水着グラビアに続々と逆進出しているため、純粋な新人が育成される場は急速に失われつつある。
そのうえ、グラビアアイドルにとってテレビ進出の登竜門的な場であった深夜番組は、現役女子大生や現役AV女優が起用され始めるというバトルロワイアル的な様相を呈しつつあるため、メディアにおけるグラビアアイドルの存在感、もっというと存在意義はますます希薄になりつつある。
最近では北乃きいや桜庭ななみのように、グラビア活動は副業的に行って早々に切り上げ、すぐ女優業にシフトするという、男にとっては残念な「綾瀬はるか方式」を取るタレントのみが勝ち組と言っていい。
かくして純粋なグラビアアイドルのサクセスモデルは失われ、グラビア界の95年体制は崩壊した。先の見えないサヴァイヴァル状況が招く焦りが内部告発や自爆テロ型の引退劇を誘発し、更なる自壊を招いて業界イメージを悪化させている、というのが2009年のグラビア界の現状だ。もはやグラビアアイドルに対して幻想が抱けなくなった男子が「美人過ぎる市議」や「美人過ぎる海女」に没頭しても誰も非難はできないだろう。
こんな状況下で無邪気にグラビアアイドルを演じていられなくなったからだろうか、最近は仲村みうや辰巳奈都子のような「当事者であること踏まえ、グラビアアイドルについてメタ視点で語るグラビアアイドル」が登場し始めている。しかしこれは、例えは悪いが疑似恋愛を求める客にキャバ嬢が接客テクの秘訣を明かすようなもので、そこに業界の未来があるのかどうか。
メタグラビアアイドルの台頭は、80年代のアイドルブーム末期に活躍した小泉今日子や森高千里の方法論を彷彿させる。メタ視点に立って敢えてベタにアイドルを演じて見せた彼女たちは、結果的にアイドルという存在の息の根を止め、アイドル冬の時代を到来させた。それが今、グラビアアイドル界を舞台に再び繰り返されようとしている。蓄積なき忘却と悪しき反復……。
「悪い場所」となったグラビアアイドル界は、一度リセットされる必要がある。今求められているのは、微妙なキャラの差異化に腐心するニッチな人材でもなければ、メタとかベタとかいうポジショニングに長けた左脳的な人材でもない。UFCヘビー級チャンピオンのブロック・レスナーのように、もうその佇まいだけで圧倒的な説得力を持つ神話性を携えた人材だ。そんな人材が登場したとき、人は彼女を「美人過ぎるグラビアアイドル」と呼ぶだろう。
幸か不幸か、雑誌メディアが衰退した結果、グラビアアイドルの主戦場はネットと携帯電話のコンテンツにシフトしつつあり、これまでだったら事務所の力不足で雑誌での登場機会を限定されていたような隠れた逸材が注目される機会が徐々に増えてきた。「満茶フォトログ」や「イワタブログ」といった業界系個人メディアも、新しいタイプのグラビアアイドルを育成する場になり得る可能性を秘めている。
また、将来的にはビデオブログ的なウェブ動画コンテンツに対応したグラビアアイドルが台頭するようになるだろう。そこで求められるのは、バラエティ番組で芸人にツッコまれるような「痴性」よりも、単独でのトークで視聴者を楽しませられる「知性」であり、そんな知性こそが悪い場所を浄化していくような気がしている。
グラビアアイドルの未来は、非グラビアメディアに託されているというわけだ。
●真実一郎(しんじつ・いちろう)
心に茨を持つサラリーマン。
ブログ:インサイター

