担当者より:円堂都司昭さんは音楽やミステリの評論などで活躍されている書き手です。著書に『YMOコンプレックス』(平凡社)や、第62回日本推理作家協会賞と第9回本格ミステリ大賞を受賞した『「謎」の解像度』(光文社)があります。この原稿は、逃走と若者というテーマを論じていただいたものです。
配信日:2008/05/07
速水健朗の『自分探しが止まらない』(2008年、ソフトバンク新書)は、自分探しという現象をめぐるあれこれを巧みに交通整理した好著だった。同書では、混乱の続くイラクで日本人が現地武装勢力の人質になった事件に言及していたが、そのことにある種の感慨を覚えた。人質となった若者たちは、まだ戦時下といえる中東の砂漠へ「自分探し」に出かけたわけだ。しかし、1980年代をふり返ってみよう。あの頃、砂漠はなにかを探しに行くところではなく、逃げていくべきところとイメージされていたのではないか。
80年代にニューアカデミズムのスターだった浅田彰は、ヒット作『逃走論』(1984年、ちくま文庫)で住むことや蓄積することに執着する「パラノ型の資本主義的人間類型」を批判し、「スキゾ的逃走」を称揚した。そして、彼の主著『構造と力』(1983年、勁草書房)では、砂漠の流動性や自由が賞賛されていた。『逃走論』には「砂漠の愛」なんて言葉も書きつけられていたし、浅田は砂漠にプラスのイメージを与えていた。
彼は、「主体としての自己の歴史的一貫性」を求めるパラノ型をしりぞけつつ、スキゾ型の「疾走する非主体性」が逃走する先として砂漠を賞賛したのだった。つまり砂漠は、80年代には「自分」=「主体」からの逃走先だったのに対し、ゼロ年代には「自分」=「主体」を探しに行くところへとなぜか逆転してしまったわけだ。
大澤真幸が最近刊行した『不可能性の時代』(2008年、岩波新書)は、この種の奇妙な意識変化を思想史的に位置づけようとしたものと読める。同書では70~90年代半ばまでを見田宗介の議論にならって「虚構の時代」と定義し、現実を相対化しすべてを虚構とみる態度の典型として、浅田の『逃走論』をあげていた。
一方、大澤は90年代半ば以後を「不可能性の時代」と名づけ、リストカットなど極度に暴力的だったり激しかったりする現実に向かいたがる心性がせり出してきたと指摘する。そうした「虚構の時代」から「不可能性の時代」への変化に関し大澤は、「現実からの逃避」が「現実への逃避」にシフトしたと主張する。なるほど、戦場のような暴力的な場所へと自ら出かけた人たちの行為も、「現実への逃避」という言葉で説明できるかもしれない。
しかし、ここでは思想的な議論に踏み込むよりも、まずバイクについて語りたい。浅田の『逃走論』刊行の前年にあたる83年の12月には、尾崎豊がデビューしていた。あの「盗んだバイクで走り出す」と歌ったことで有名な「15の夜」が、彼の第1弾シングルだった。
軽やかかつクールに知と戯れた浅田彰と、当時の管理教育に汗臭く反抗した10代のカリスマ・尾崎豊では、それぞれのファン層がかなり違っていた。ただし、同時代には水と油にみえた彼らも、現在から考えれば自由への逃走を疑いなく肯定していた点では、価値観を共有していたといえる。
ところが現在では、「盗んだバイクで走り出す」のフレーズは共感されるよりも、自己中心的な中二病的ふるまいの典型と揶揄されるほうが多い。今時の若者は、盗みを歌った詞に反発するともいう。そして、そんな反抗しない時代におけるバイクの今日的イメージのひとつに、バイク便ライダーがある。
阿部真大は『搾取される若者たち バイク便ライダーは見た!』(2006年、集英社新書)で、不安定な雇用状況にある彼らが自らワーカホリックに陥り、やりがいを搾取される様子を記していた。大澤真幸流にいえば、尾崎豊は盗んだバイクで「現実からの逃避」を目指したのに対し、ライダーたちは自費で維持するバイクによって「現実への逃避」を行っているのである。
自分の好きなことを仕事にしたバイク便ライダーは、むしろ獲得したはずの自由に縛られている。雇用をめぐるそんな倒錯した環境があるからこそ、『フリーターズフリー』(2007年創刊)と名乗る雑誌も登場することになった。本来、自由に働く人をフリーターと呼んだはずなのに、その人たちが獲得すべき自由をあらためて問わねばならないという悲喜劇。同誌では「不安定」と「労働者」をあわせた用語「プレカリアート」も用いられていたが、自由に関する倒錯が広まった現状では「自由」を「不安定」と言い換える必要がある。
『搾取される若者たち』によると、バイク便の発祥は82年創業のソクハイだという。考えてみればそれは、尾崎が「盗んだバイクで走り出す」前年のことだった。さらに、この時期には、もうひとつ象徴的な出来事があった。
阿部真大は、バイク便ライダーの過酷な労働実態を読者に伝える『搾取される若者たち』という本を、「体験型アトラクション」に喩えていた。同書には、「さあ、アトラクションにご乗車のお時間です」という文章も出てきて、読者に追体験をうながす。
あらかじめ作りこまれた風景や映像が用意された施設を、客が台車に乗って進んでいくアトラクションをライド形式と呼ぶ。阿部はライダーをテーマにした自著をこのライド形式になぞらえたわけだが、この方式で大成功を収めたのが東京ディズニーランドであり、同テーマパークの開園は「15の夜」や『構造と力』の発表と同じ83年だった。東京ディズニーランド以前に、ここまでライド形式を徹底させた遊園地は、日本国内に存在しなかった。
では、ライド形式の利点とはなにか。アトラクションは冒険的な疑似体験を与えるために作られているが、決められた道順を通るので客の安全は確保されている。と同時に、来場者は自分のペースで歩くことは許されず、スピードがコントロールされた台車に乗せられているため、テーマパーク側は客を安定的に管理下に置くことができる。このことは、自由な働きかたをしているはずのバイク便ライダーが、疲れすぎて不安定かつ危険な走行をせざるをえなくなるのと、ちょうど反対の構図である。
80年代には尾崎が逃げる者の熱情をぶちまけ、浅田の『逃走論』が逃げることの理屈づけとして働いた。しかし、こうしてその後の時代推移をみると、彼らの逃走をめぐる欲望は、やがて不安定雇用における「現実への逃避」に接続されたか、テーマパークのごとく安定的に管理された「現実からの逃避」遊戯に継承されたか、どちらかでしかなかったように思える。
「住む文明」を批判し「逃げる文明」を持ち上げた『逃走論』について、「現実への逃避」どころかその現実に追いつめられた今のネットカフェ難民はどんな感想を持つだろう。赤木智弘は「丸山眞男をひっぱたきたい」と書いたけれど、むしろ浅田彰をひっぱたきたくなるのではないか。
ネットカフェ難民に対しては、そこに泊まれるほどの金があるなら、探せば借りられる安い部屋があるのではないかとの声も聞く。ルームシェアという方法も考えられる。それでも彼らがネットカフェを選ぶのは、そこが個人の趣味性に対応した安価なテーマパークだからだろう。追いつめられた現実と、「現実からの逃避」がかろうじて両立する場所として、ネットカフェは発見されている。
では、自由への逃走という、かつて夢見られていた逃走はどうしたのか。
それこそ、どこかに逃げてしまったような気がするのだが……。
●円堂都司昭(えんどう・としあき)
文芸・音楽評論家。
著書に『YMOコンプレックス』(平凡社)、『「謎」の解像度』(光文社)がある。
ブログ:ENDING ENDLESS 雑記帖
配信日:2008/05/07
速水健朗の『自分探しが止まらない』(2008年、ソフトバンク新書)は、自分探しという現象をめぐるあれこれを巧みに交通整理した好著だった。同書では、混乱の続くイラクで日本人が現地武装勢力の人質になった事件に言及していたが、そのことにある種の感慨を覚えた。人質となった若者たちは、まだ戦時下といえる中東の砂漠へ「自分探し」に出かけたわけだ。しかし、1980年代をふり返ってみよう。あの頃、砂漠はなにかを探しに行くところではなく、逃げていくべきところとイメージされていたのではないか。
80年代にニューアカデミズムのスターだった浅田彰は、ヒット作『逃走論』(1984年、ちくま文庫)で住むことや蓄積することに執着する「パラノ型の資本主義的人間類型」を批判し、「スキゾ的逃走」を称揚した。そして、彼の主著『構造と力』(1983年、勁草書房)では、砂漠の流動性や自由が賞賛されていた。『逃走論』には「砂漠の愛」なんて言葉も書きつけられていたし、浅田は砂漠にプラスのイメージを与えていた。
彼は、「主体としての自己の歴史的一貫性」を求めるパラノ型をしりぞけつつ、スキゾ型の「疾走する非主体性」が逃走する先として砂漠を賞賛したのだった。つまり砂漠は、80年代には「自分」=「主体」からの逃走先だったのに対し、ゼロ年代には「自分」=「主体」を探しに行くところへとなぜか逆転してしまったわけだ。
大澤真幸が最近刊行した『不可能性の時代』(2008年、岩波新書)は、この種の奇妙な意識変化を思想史的に位置づけようとしたものと読める。同書では70~90年代半ばまでを見田宗介の議論にならって「虚構の時代」と定義し、現実を相対化しすべてを虚構とみる態度の典型として、浅田の『逃走論』をあげていた。
一方、大澤は90年代半ば以後を「不可能性の時代」と名づけ、リストカットなど極度に暴力的だったり激しかったりする現実に向かいたがる心性がせり出してきたと指摘する。そうした「虚構の時代」から「不可能性の時代」への変化に関し大澤は、「現実からの逃避」が「現実への逃避」にシフトしたと主張する。なるほど、戦場のような暴力的な場所へと自ら出かけた人たちの行為も、「現実への逃避」という言葉で説明できるかもしれない。
しかし、ここでは思想的な議論に踏み込むよりも、まずバイクについて語りたい。浅田の『逃走論』刊行の前年にあたる83年の12月には、尾崎豊がデビューしていた。あの「盗んだバイクで走り出す」と歌ったことで有名な「15の夜」が、彼の第1弾シングルだった。
軽やかかつクールに知と戯れた浅田彰と、当時の管理教育に汗臭く反抗した10代のカリスマ・尾崎豊では、それぞれのファン層がかなり違っていた。ただし、同時代には水と油にみえた彼らも、現在から考えれば自由への逃走を疑いなく肯定していた点では、価値観を共有していたといえる。
ところが現在では、「盗んだバイクで走り出す」のフレーズは共感されるよりも、自己中心的な中二病的ふるまいの典型と揶揄されるほうが多い。今時の若者は、盗みを歌った詞に反発するともいう。そして、そんな反抗しない時代におけるバイクの今日的イメージのひとつに、バイク便ライダーがある。
阿部真大は『搾取される若者たち バイク便ライダーは見た!』(2006年、集英社新書)で、不安定な雇用状況にある彼らが自らワーカホリックに陥り、やりがいを搾取される様子を記していた。大澤真幸流にいえば、尾崎豊は盗んだバイクで「現実からの逃避」を目指したのに対し、ライダーたちは自費で維持するバイクによって「現実への逃避」を行っているのである。
自分の好きなことを仕事にしたバイク便ライダーは、むしろ獲得したはずの自由に縛られている。雇用をめぐるそんな倒錯した環境があるからこそ、『フリーターズフリー』(2007年創刊)と名乗る雑誌も登場することになった。本来、自由に働く人をフリーターと呼んだはずなのに、その人たちが獲得すべき自由をあらためて問わねばならないという悲喜劇。同誌では「不安定」と「労働者」をあわせた用語「プレカリアート」も用いられていたが、自由に関する倒錯が広まった現状では「自由」を「不安定」と言い換える必要がある。
『搾取される若者たち』によると、バイク便の発祥は82年創業のソクハイだという。考えてみればそれは、尾崎が「盗んだバイクで走り出す」前年のことだった。さらに、この時期には、もうひとつ象徴的な出来事があった。
阿部真大は、バイク便ライダーの過酷な労働実態を読者に伝える『搾取される若者たち』という本を、「体験型アトラクション」に喩えていた。同書には、「さあ、アトラクションにご乗車のお時間です」という文章も出てきて、読者に追体験をうながす。
あらかじめ作りこまれた風景や映像が用意された施設を、客が台車に乗って進んでいくアトラクションをライド形式と呼ぶ。阿部はライダーをテーマにした自著をこのライド形式になぞらえたわけだが、この方式で大成功を収めたのが東京ディズニーランドであり、同テーマパークの開園は「15の夜」や『構造と力』の発表と同じ83年だった。東京ディズニーランド以前に、ここまでライド形式を徹底させた遊園地は、日本国内に存在しなかった。
では、ライド形式の利点とはなにか。アトラクションは冒険的な疑似体験を与えるために作られているが、決められた道順を通るので客の安全は確保されている。と同時に、来場者は自分のペースで歩くことは許されず、スピードがコントロールされた台車に乗せられているため、テーマパーク側は客を安定的に管理下に置くことができる。このことは、自由な働きかたをしているはずのバイク便ライダーが、疲れすぎて不安定かつ危険な走行をせざるをえなくなるのと、ちょうど反対の構図である。
80年代には尾崎が逃げる者の熱情をぶちまけ、浅田の『逃走論』が逃げることの理屈づけとして働いた。しかし、こうしてその後の時代推移をみると、彼らの逃走をめぐる欲望は、やがて不安定雇用における「現実への逃避」に接続されたか、テーマパークのごとく安定的に管理された「現実からの逃避」遊戯に継承されたか、どちらかでしかなかったように思える。
「住む文明」を批判し「逃げる文明」を持ち上げた『逃走論』について、「現実への逃避」どころかその現実に追いつめられた今のネットカフェ難民はどんな感想を持つだろう。赤木智弘は「丸山眞男をひっぱたきたい」と書いたけれど、むしろ浅田彰をひっぱたきたくなるのではないか。
ネットカフェ難民に対しては、そこに泊まれるほどの金があるなら、探せば借りられる安い部屋があるのではないかとの声も聞く。ルームシェアという方法も考えられる。それでも彼らがネットカフェを選ぶのは、そこが個人の趣味性に対応した安価なテーマパークだからだろう。追いつめられた現実と、「現実からの逃避」がかろうじて両立する場所として、ネットカフェは発見されている。
では、自由への逃走という、かつて夢見られていた逃走はどうしたのか。
それこそ、どこかに逃げてしまったような気がするのだが……。
●円堂都司昭(えんどう・としあき)
文芸・音楽評論家。
著書に『YMOコンプレックス』(平凡社)、『「謎」の解像度』(光文社)がある。
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