担当者より:速水健朗さんは、『自分探しが止まらない』(ソフトバンク新書)や『ケータイ小説的。』(原書房)などの著書があり、ブロガーとしても著名なライターです。この原稿では、「観光立国」という政策を謳う日本の現状について論じていただきました。

配信日:2009/02/25


2年半ほど前に、「自分探しの旅に出る」と言ってふらっと出かけてしまったサッカー選手がいたことを覚えているだろうか。その彼が帰ってきて、この国の観光庁のアドバイザリーボードに就任してしまったのだという。

まさか彼の「自分探しの旅」が、国家機関の政策に活かされるなんて想像だにしなかった。日本は国策として自分探しの旅を推奨するのだろうか。あー、やだねえ。

それはともかくとして、昨年10月1日に観光庁が設立された。設立の目的は「観光立国」という政策の推進体制の強化のためだという。

よりによって世界的不況や円高で訪日観光客が激減したのとほぼ同じタイミングであり、立ち上げの時期としては抜群にタイミングが悪かった。

訪日観光客でもっとも数が多かったのは韓国。しかし、円高ウォン安が急速に進んだせいで、韓国からの観光客の数は、かなり壊滅に近い状態らしい。そして、世界的にも景気が悪化し、個人消費の中でもとくに観光業は大きな打撃を……、と思いきや必ずしもそうでもないようだ。

例えば、金融恐慌でもっとも大きなダメージを負ったアイスランドの観光業界は今めちゃくちゃ景気がいいとのこと。通貨が大きく下落したせいで、周辺国からの観光客が急増したのだ。ウォン安をうけて、日本人から韓国へ整形ツアーに出かけることがブームになっているのと同じ構図である。

逆に通貨高になった日本の観光産業は、大打撃なのだが、実は中国からの観光客に限ってはそうでもないらしい。昨年下半期は中国経済も低迷したし、さすがに観光客もそうとう減っただろうと思いきや、訪日旅行の数字は「マイナス1.2%の微減」(JNTO)程度で収まったという。むしろ、年間を通しては、過去最高の100万人を突破する中国人が旅行目的で訪日したのだ。

しかも、昨年末からは北海道を舞台としたラブコメ映画『非誠勿擾』が中国でヒットし、そのロケ地を見るためのツアー客が増えているという。日本人のおばちゃんが「冬ソナ」のロケ地を巡るためにツアーで韓国へ押し寄せたように、いまは中国人が日本にやってきているのだ。

香港で売られている最新の東京の旅行ガイドを読むと、彼らの観光がどのようなものなのか、ある程度つかむことができる。中でもよく目立つのが日本人のタレントの名前だ。山口智子、妻夫木聰(聡)、木村(彼だけはフルネームではなく名字だけで通用するようだ)、長谷川京子、福山雅治、藤原紀香、深田恭子……。ショップ紹介の見出しに取り上げられるこれらの名は、その店が日本のトレンディドラマや映画に使われたよ、ということを示すために用いられているようだ。TVドラマラブジェネレーション』に使われたカフェや映画『下妻物語』に出てきたブティックなどといった具合。まさに聖地巡礼である。

ほかにも、こういった東京ガイドにはいろいろと驚かされる。浅草や皇居といった観光地より、ラフォーレ原宿や竹下通りの扱いが大きいことくらいは、こちらもさすがに予想できる。しかし、そんな我らの想定の範囲をすぐにはみ出る内容に気づく。このガイド、東京を案内する目的のくせに、冒頭から埼玉の奥地へ行かせようとする。東京ガイドの1ページ目で大きく紹介されるのは、2008年にオープンしたばかりの入間アウトレットパークだったりするのである。

いや、これは正しい編集方針なのだ。観光客はいったい、日本へ何をしにくるのか? 名所や名跡を見に来る? そんなわけはない。日本政府観光局が2007年に訪日観光客1万3000人を対象に行った調査によると、訪日目的の第1位は「ショッピング」だったという。

彼らが行く場所はショッピングモールである。件のガイドには、ららぽーとに始まり、はては東京を離れ、栃木や御殿場のアウトレットモールへの行き方がていねいに示されている。しかも、御殿場まで行かせるくせに、「近くに富士山があるよ」とすら書いていないあたりが本気である(笑)。

なぜ、わざわざ日本にまで、西洋のブランドものを買ってるわけ? と聞くのはナンセンスだ。日本人もかつてはハワイまで押しかけて行って、アラモアナセンター(欧州高級ブランドショップが多い)でアメリカ本国からの観光客が使う3倍のお金を、つぎ込んでいたのだから「(笑)」なんてシニカルに眺める資格はないのだ。

冒頭に戻るが、観光庁開設や「観光立国」という目論見の背景には、ここまで見てきたような中国からの訪日観光客の増加がある。なにせ中国人の訪日団体観光旅行は、2000年9月に解禁されたばかりで、いまだ個人観光は禁止されている。これが今後、解禁される見込みであり、そうなるとさらなる観光客増の可能性も高い。

しかも、これらがほんのここ8~9年の間の出来事なものだから、観光地や公共施設の案内書きひとつとっても、対応が間に合っていないのが現状である。こうした潮流に応じながら、中国の中流階層に新たなトレンディドラマなどを売り込んだりするような活躍をぜひ観光庁には期待していきたい。まあ少なくとも、自分探しの旅を国策に据えている場合じゃない。


●速水健朗(はやみず・けんろう)
評論家。ブロガーとしても著名。
著書に『タイアップの歌謡史』(新書y)、『自分探しが止まらない』(ソフトバンク新書)、『ケータイ小説的。』(原書房)がある。
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