担当者より:山形浩生さんの書評連載の2009年末のものです。年末に山形浩生さんが強くプッシュなさっていた本は何なのか――ご一読ください。
配信日:2009/12/24
年末から正月にかけて読む本を買いためておこうかと思っている読者諸賢よ。もしぼくのこの連載を本当に本選びの参考にしているのであれば、いま買って読むべき本はまず何をおいても服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記』(中公新書)だ。ずいぶん昔の本なのだけれど、長いこと絶版だったのが、この十一月にめでたく増補されて復刊した。
著者は日銀マンだが、IMFの技術援助の一環として、一九六〇年代半ばにルワンダの中央銀行総裁として派遣される。そこはかつての宗主国ベルギーが、怪しげなコンサルを通じて自国企業の利益のためだけに各種政策運営をしており、中央銀行ですらまともな帳簿もない状況。
著者は帳簿の整理から初め、各種の妨害工作にも負けずに、国の発展に資する金融経済政策を次々にうちだし、見事に国を立て直す。その様子が実に生き生きと(時に義憤をあらわにしつつ)描き出される。
本稿の読者なら、ぼくが開発援助がらみの仕事をしていることはご存じかもしれない。その過程で各地の途上国にいって、中央銀行といっしょに仕事をすることも多いのだ。多くのところでは、先進国や中進国からアドバイザーなるものが常駐している。その多くは、常識を超えた使えない無能だ。本国にいられると迷惑だから、僻地にとばされたのが露骨にわかる。ここまで有能な人間が派遣されたというのは、ぼくから見れば奇跡的なことだ。そして開発援助にこれほどのことができるとは! もちろん、当事者の言として多少割り引いて読むべき部分もあるんだろうが、それにしてもすごい。
さらに本書は、中央銀行の役割ということについても、多くの人の考え方を改めさせてくれる。中央銀行の役割というのは、ほとんどの人は理解していないし、またそれを理解したつもりの人の多くは、政策金利がどうしたとか流動性供給が、何とかオペが云々といったテクニカルな話で些末な専門用語をもてあそび悦に入っている。
でも、この中央銀行総裁のやっていることを見ると、中央銀行とは本来そういうものじゃないことがわかる。いや、そういう部分もあるんだが、それだけではだめなのだ。かれは、実際の経済のプレーヤー――銀行や短資会社ではない、事業者も含めたプレーヤー――と直接きちんと話をする。かれらのニーズを見極め、そこにある歪みを見て、それを中央銀行として正すにはどうすればいいかを考える。中小企業の苦境に対して資金援助を提供し、無意味な規制撤廃を行い、大統領とも話をして、大統領の政策目標を実現するための手法を着実に編み出す。
それにひきかえ……日本の中央銀行は、社会や政治や経済のニーズをきくことが独立性の侵害だとわめきたて、自分が長期的な確固たるフォワードルッキングな視点を持つと主張しつつ、世間の目にびくびくして朝令暮改をくりかえす。市場との「対話」なるものが一方的な要領を得ない弁明のことだと思っている。いまの日銀を見ていると、この服部正也のような人物がかつていたとはにわかに信じられないほど。
実は過去一年の金融危機で、世界の多くの中央銀行はちゃんとこれをやっている。中小企業向けの追加融資や融資保証を中央銀行が実施し、必要なところにお金を出し、実際の経済にとって役立つことを、政府ときちんと協議して実施している。先週いたインドネシアでも、いまいるマレーシアでもそうだ。それにひきかえ……。
本書は、ルワンダの明るい未来を確信する服部のことばで終わる。が、その後ルワンダは、ご存じの通り恐るべき大虐殺の舞台となった。今回の増補版では、それについての服部の苦渋に満ちた小論も収録している。新書だけれど、最近の無内容な量産新書とはわけがちがう、深く重い、繰り返し読むべき本だ。この手の復刊本は、出たはいいけれど増刷されることなくすぐにまた消えることも多いので、いまのうちに絶対買って
おこう。
今回は、この一冊だけ紹介できればぼくは満足なのだ。あとはおまけで、池澤夏樹の世界文学全集はトマス・ピンチョン『ヴァインランド』(河出書房新社)が出た模様。実はマレーシアからまだ帰っていないので、実物は見ていないけれど、長いしだらだらしているしわけわからんし、ゴジラも忍者も出てくるし、でもそういうひねくれぶりを楽しみたい人はどうぞ、実物をちょっと立ち読みしたい人は、ぼくが訳したのがあるのでこちらもどうぞ。
ところで『ブルータス』でぼくと並んで出ている池澤春菜って、池澤夏樹の娘だったのか! 知らなかった。ニコニコ動画で加藤夏希相手にプロレスを熱く語っている変なネーちゃんだとしか思ってなかった。
あとはやはり小説、マット・ラフ『バッド・モンキーズ』(文藝春秋)が出ている。軽いけれどおもしろいよ。アメリカのカレッジノベル系の作家で、つまり初期のカート・ヴォネガットみたいな、少しシニカルで饒舌で軽妙で、でもちょっと社会派的な視点も入った感じ。ヴォネガットほどすごくはないけれど、決して悪くはない。
てなところ。では、みなさま、よいお年を、ぼくはまだまだ今年が終わりそうにありません。東京は凍っているようですが、クアラルンプールはたいへんお暑うございます。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page
配信日:2009/12/24
年末から正月にかけて読む本を買いためておこうかと思っている読者諸賢よ。もしぼくのこの連載を本当に本選びの参考にしているのであれば、いま買って読むべき本はまず何をおいても服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記』(中公新書)だ。ずいぶん昔の本なのだけれど、長いこと絶版だったのが、この十一月にめでたく増補されて復刊した。
著者は日銀マンだが、IMFの技術援助の一環として、一九六〇年代半ばにルワンダの中央銀行総裁として派遣される。そこはかつての宗主国ベルギーが、怪しげなコンサルを通じて自国企業の利益のためだけに各種政策運営をしており、中央銀行ですらまともな帳簿もない状況。
著者は帳簿の整理から初め、各種の妨害工作にも負けずに、国の発展に資する金融経済政策を次々にうちだし、見事に国を立て直す。その様子が実に生き生きと(時に義憤をあらわにしつつ)描き出される。
本稿の読者なら、ぼくが開発援助がらみの仕事をしていることはご存じかもしれない。その過程で各地の途上国にいって、中央銀行といっしょに仕事をすることも多いのだ。多くのところでは、先進国や中進国からアドバイザーなるものが常駐している。その多くは、常識を超えた使えない無能だ。本国にいられると迷惑だから、僻地にとばされたのが露骨にわかる。ここまで有能な人間が派遣されたというのは、ぼくから見れば奇跡的なことだ。そして開発援助にこれほどのことができるとは! もちろん、当事者の言として多少割り引いて読むべき部分もあるんだろうが、それにしてもすごい。
さらに本書は、中央銀行の役割ということについても、多くの人の考え方を改めさせてくれる。中央銀行の役割というのは、ほとんどの人は理解していないし、またそれを理解したつもりの人の多くは、政策金利がどうしたとか流動性供給が、何とかオペが云々といったテクニカルな話で些末な専門用語をもてあそび悦に入っている。
でも、この中央銀行総裁のやっていることを見ると、中央銀行とは本来そういうものじゃないことがわかる。いや、そういう部分もあるんだが、それだけではだめなのだ。かれは、実際の経済のプレーヤー――銀行や短資会社ではない、事業者も含めたプレーヤー――と直接きちんと話をする。かれらのニーズを見極め、そこにある歪みを見て、それを中央銀行として正すにはどうすればいいかを考える。中小企業の苦境に対して資金援助を提供し、無意味な規制撤廃を行い、大統領とも話をして、大統領の政策目標を実現するための手法を着実に編み出す。
それにひきかえ……日本の中央銀行は、社会や政治や経済のニーズをきくことが独立性の侵害だとわめきたて、自分が長期的な確固たるフォワードルッキングな視点を持つと主張しつつ、世間の目にびくびくして朝令暮改をくりかえす。市場との「対話」なるものが一方的な要領を得ない弁明のことだと思っている。いまの日銀を見ていると、この服部正也のような人物がかつていたとはにわかに信じられないほど。
実は過去一年の金融危機で、世界の多くの中央銀行はちゃんとこれをやっている。中小企業向けの追加融資や融資保証を中央銀行が実施し、必要なところにお金を出し、実際の経済にとって役立つことを、政府ときちんと協議して実施している。先週いたインドネシアでも、いまいるマレーシアでもそうだ。それにひきかえ……。
本書は、ルワンダの明るい未来を確信する服部のことばで終わる。が、その後ルワンダは、ご存じの通り恐るべき大虐殺の舞台となった。今回の増補版では、それについての服部の苦渋に満ちた小論も収録している。新書だけれど、最近の無内容な量産新書とはわけがちがう、深く重い、繰り返し読むべき本だ。この手の復刊本は、出たはいいけれど増刷されることなくすぐにまた消えることも多いので、いまのうちに絶対買って
おこう。
今回は、この一冊だけ紹介できればぼくは満足なのだ。あとはおまけで、池澤夏樹の世界文学全集はトマス・ピンチョン『ヴァインランド』(河出書房新社)が出た模様。実はマレーシアからまだ帰っていないので、実物は見ていないけれど、長いしだらだらしているしわけわからんし、ゴジラも忍者も出てくるし、でもそういうひねくれぶりを楽しみたい人はどうぞ、実物をちょっと立ち読みしたい人は、ぼくが訳したのがあるのでこちらもどうぞ。
ところで『ブルータス』でぼくと並んで出ている池澤春菜って、池澤夏樹の娘だったのか! 知らなかった。ニコニコ動画で加藤夏希相手にプロレスを熱く語っている変なネーちゃんだとしか思ってなかった。
あとはやはり小説、マット・ラフ『バッド・モンキーズ』(文藝春秋)が出ている。軽いけれどおもしろいよ。アメリカのカレッジノベル系の作家で、つまり初期のカート・ヴォネガットみたいな、少しシニカルで饒舌で軽妙で、でもちょっと社会派的な視点も入った感じ。ヴォネガットほどすごくはないけれど、決して悪くはない。
てなところ。では、みなさま、よいお年を、ぼくはまだまだ今年が終わりそうにありません。東京は凍っているようですが、クアラルンプールはたいへんお暑うございます。
●山形浩生(やまがた・ひろお)
大手シンクタンク研究員、評論家、翻訳家。
サイト:YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page

