ビジスタニュース

大澤聡「「原稿料」問題はくりかえされる?」

担当者より:メディア論などの研究者である大澤聡さんに原稿料にまつわる問題について歴史を振り返りつつ論じていただいた原稿です。現在の出版業界にも深く関係するテーマですので、ぜひご一読ください。

配信日:2010/03/03


2009年12月17日、千駄木にある古書店「古書ほうろう」で開催されたトークイベントを聞きに出かけた。参加したのは、研究者的関心からつねづね気になっている「原稿料」が主なテーマだったからだ。

「モクローくんトーク2「なぜか、原稿料の話」」と題し、ライター・編集者の南陀楼綾繁(=モクローくん)、イラストルポライターの内澤旬子、評論家の栗原裕一郎の3名が登壇。わたしが到着したときには、店内に設えられたスペースはすでに超満員だった。古本の詰まった本棚のわきのイスに腰かけ拝聴することに。

前方に知り合いの編集者を何人か見つけ、あいさつをすると、わたしと同様、南陀楼さん関連のイベントに参加するのははじめてなのだという。示し合わせたわけでもないらしい。まさに、「原稿料」というトピックの魅力をものがたっていると思った。みんな気になるのだ。他人(他社)の原稿料事情が。

これは原稿料にかぎらない。出版業界以外でも同じ。他人の収入は基本的に秘されている。だからこそ興味を引く(たとえば、芸人の月給トークを想起せよ)。誰しも、自分だけ損をしていないか確認したがっている。対話は、各者の原稿料の支払い(/不払い)をめぐる不幸体験の紹介を中心に進行した。フリーランスの書き手のおかれた厳しい環境が次々とうきぼりになっていく。ある程度の推測はしていたが、支払いをめぐるずさんさにあらためて驚く。ひどすぎる。

さて、イベントの数日前には、書評家の豊崎由美による責任編集の同人雑誌『書評王の島』vol.3(2009年12月)が発行されていた。同号は、巻末に特集「あなたの知らない原稿料の世界」を掲載。マル秘印つきの「袋とじ」(!)になっており、購買欲をあおる。覗いてみたい。会場でも販売され、飛ぶように売れていた。やはり、他人の原稿料は気になるのだ。有志の書き手たちから収集したデータが一覧表にまとめられ、103の媒体の原稿料が一望できる。趣旨文の冒頭に、「いにしえより、ライターにとって原稿料はブラックボックスでした」とあるとおり、旧来、ほかの書き手がいくらの値段で仕事をしているのかは、ほとんど偶発的にしか知りえない情報だった(ちなみに、いま、Googleの検索ボックスに「原稿料」と入力してみたところ、関連検索キーワードの候補として「相場」が表示された!)。それが非公式的にではあれ、公開されたのである。

もっとも、類似企画はこれまでにも存在した。だが、具体的な媒体名をあげた例は稀有である。その例外ぶりがこの特集を貴重な資料たらしめている。原稿依頼を引き受ける際の判断材料、あるいは交渉基準として十分活用できるはずだ。

袋とじ企画をきっかけとして、Twitter上では、「#genkouryo」というハッシュタグ(=特定の話題にそったコメント群を自動的にグルーピングし、検索可能にする機能)をつけ、さまざまな関連情報が交換されはじめていた。その後もしばらく盛りあがりを見せたようだ。タグ設定者の豊崎自身もしばしば投稿しており、当日のイベント会場にも来ていた。演者からマイクを回され、原稿料にまつわる自身の理念を披露する。豊崎の主張はいたってシンプル。イベントでも、袋とじの説明文でも、次のように説いた(以下、大澤による要約。カッコ内は袋とじの表紙文章から)。

依頼時に原稿料が明示されないケースは頻繁にある。その場合、原稿が活字になったのちに、振り込み額を確認してはじめて自分の仕事の値段を知ることになる。こうした契約(ならぬ契約)関係は世間一般ではおよそ考えがたい。しかし、それがこの業界では慣例的にまかりとおってしまっている。のみならず、おりからの出版不況で原稿料引き下げ現象まで見られる。書き手たちはいまこそ「共闘」するべきなのだ。「人間らしい生活」を獲得するために。

そう熱弁した。では、書き手たちは具体的に何をすればよいのか。豊崎はいう(やはり、概略)。

おのおのがなすべきことはふたつ。事前に対価を訊く習慣を身につける。そして、中堅クラス以上の媒体の場合、提示額が最低ライン(豊崎は「400字1枚5000円」という)を下回るようなら引き受けない。

思えば、ノンフィクションライターの日垣隆も『売文生活』(ちくま新書、2005年)などで、ほぼ同じ主張を展開していた(同書の帯文は「業界のタブー「原稿料」の真実」とうたい、やはり購買欲をそそった)。物価の上昇にかかわらず、ある時期以降は原稿料がすえ置きのままであるのはおかしい、と日垣は強調する。現状を打開するべく、必ず事前に原稿料の交渉をしてきたのだという。

これを日垣は「後輩たちのため」でもあると記す。個々の習慣改善が、全体のシステム刷新に直結するというわけだ。フリーライターという業種には互助的機関が存在しない。ならば、選択肢はそれくらいしかない。書き手たちによる、ゆるやかで間接的な「共闘」。そうした試みは、歴史的にも観察できる。新聞・雑誌メディアの歴史を研究するわたしは、古い記事を通覧する迂遠な作業を日々続けている。そのなかで類似する事例をたびたび目にしてきた。たとえば、いまから80年ほど前の記録。『東京朝日新聞』1932(昭和7)年5月10日朝刊に掲載された「原稿料請求に初ての訴訟」という見出しの記事である。そこにはこう記されている。

不況のために「原稿料不払ひ」が横行している。しかし、「区々たる文筆者は、出版業者に対して極めて弱い立場にあるため、不払ひにも泣寝入りの形であつた」。そこで、作家の加藤武雄、龍胆寺雄ら8名が雑誌社である創造社の社長を相手取り裁判を起こした。状況改善のために立ちあがったのである。

しかし、この記事にはオチがつく。じつは誤報だったのだ。3日後の5月13日同紙朝刊に小さな訂正文が載る。同月4日の段階ですでに、「示談取下となり円満に解決」していたらしい。経緯詳細は不明。だが、問題はもはや裁判の有無ではない。小粒の(ただし、上記ふたりは、当時まずまずの売れっ子ではあった)書き手たちが「共闘」して声をあげた事実こそが重要なのだ。

誤報記事はこう結ばれている。「今後は原稿売買問題にも一般商取引と同じく契約書の取かはし等のせち辛い商慣習を生ずることになるかも知れぬと注目されてゐる」。この表現は、「原稿売買」が「一般商取引」には属さないことを前提としている。ふつうの「商取引」は「せち辛い」ものだ。けれども、「原稿売買」は本来そうではない。たとえば、文学。それは神聖な営為であり、カネのことをとやかくいうのは汚いことである。そういった社会的通念が存在する。芸術性は金銭に還元できない。文学はいま以上に神聖視されていた。

しかし、いわゆる円本ブーム(=関東大震災後に発生した1冊1円の格安全集の大流行)以後の、文学・出版が完全に大衆化した環境にあって、その神話を崩すことこそを得意とした評論家たちも出てきた。杉山平助や大宅壮一がそれである。現在の感覚からすると、評論家というよりライターといった方が実相にちかい。彼らは、出版事業をとりまくベールを次々と剥がしていった。その暴露ぶりが人気を博した。

たとえば杉山は、論説「商品としての文学」(『東京朝日新聞』1931年9月19・20日朝刊)などにおいて、文学の「商品」としての側面にきちんと目をむけるよう主張する。創作にせよ批評にせよ、それが売買の対象である以上は値段に還元される。そして、「芸術的価値」は「商品的価値」と必ずしも比例しない。こうした議論の延長で、論説「評論と小説の稿料」(『読売新聞』1934年6月15~18日朝刊)では、評論の原稿料が小説のそれよりも総じて低いことの理由を考察している。いわく、商品の価格は「それを生産するために費された労力に比例」しない。「需要供給の関係」によって習慣的に決定しているのだ、と。

こうした杉山や大宅の経済合理的な「文学商品論」に対して、多方面から猛烈な反論も殺到した(林房雄など)。にもかかわらず、彼らへの執筆依頼が途絶えることはなかった。つまり、こう整理できるだろう。一般読者たちは業界のカラクリを覗き見ることを望んだ。しかし一方で、業界内部の人間たちは、文学や文章をとりまく神聖性を維持したがった。先の新聞記事の「せち辛い」という否定的な表現の背後には、そうした当時の一連の議論が透かし見える。

「せち辛い商慣習」はついに定着しなかった。なぜ、定着しなかったのか。理由のひとつには、カネにこだわるようで汚いという観念が拭い去れなかったことがあげられるだろう。文章を書く行為自体が自己実現の手段になってしまっている(「清貧でもいいから書きたい!」)。もうひとつは、先の誤報記事が記したとおり、書き手の「弱い立場」が解消されなかったこと。とくに媒体の減少期には、書き手はきびしい条件に晒される(「お前の代わりはいくらでもいる!」)。

この裁判のような「文章と金銭」に関する話題が湧きあがるたび、必ず「せち辛い商慣習を生ずることになるかも知れぬと注目されてゐる」に似た文句が記されはするのだが、といって、それはあくまで思考停止の定型表現にすぎないため、誰が「注目」しているのかもはっきりせず、課題が具体的に検討されることもないまま、しだいに忘れ去られていく。そして、時をおいて類似の出来事が再演される。

そもそも、先の記事が見出しに「初ての」と強調したことも、歴史的に見て正しくない。原稿料裁判はこれが最初ではないからだ。それ以前の裁判の存在が忘却されている。そして、この裁判騒動そのものもまた忘却される。

ならば、現在のいくつかの小さな盛りあがりも、一過性のものに終わってしまうのだろうか。それはわからない。歴史から判断すれば、そうなる可能性は高い。とはいえ、希望もある。たとえば、インターネット環境の成熟。上述した「#genkouryo」に象徴的なように、ネットは断片化した個別事例のデータを収集可能にする。従来ならばその場の伝聞に終わったはずの情報を(書き記す人間がいるかぎり)拾い集め、容易に可視化することができる。それは個々の戦略に役立つだろう。こうした点は以前と大きく異なる。

わたし自身は原稿料で生活しているわけではない。ジャーナリズム史や批評史を専門領域とする研究者であり、ライターの人たちからすれば外部の人間かもしれない。だが、わたしとしては、「文章と金銭」に関する歴史的事例を調査・紹介することで、多少なりとも議論や知識の共有ができないかと考えている。文学史や出版史研究の周辺では、原稿料調査は基礎研究としてある程度の蓄積がある(古くは、原稿料関係の証言を再録した松浦総三編『原稿料の研究』[みき書房、1978年]。最近では、印税契約を調査した浅岡邦雄『〈著者〉の出版史』[森話社、2009年]などが存在)。ところが、調査されてきたのは、あくまで小説家、それもビッグネームばかりなのである(夏目漱石や谷崎潤一郎など)。

ライターや評論家の原稿料は、いつも研究の対象外であり続けた。彼たち彼女たちはエッセイや座談会のなかで、原稿料にまつわるエピソードを豊富に残してくれているのに。そう、ここには大きなねじれがある。リアルタイムでは、ライターの原稿料が問題となる(切実な生活問題)。にもかかわらず、歴史的には大作家にばかり注目が集まる(学者による偶像崇拝)。「現場」と「研究」とを接続させるためには、このねじれを解消しなければならない。

ここで、「戦略を立てるにはまず歴史に学べ」といった、おざなりな結論を提出するつもりはない。ただ、光のあて方しだいでは、歴史のなかにリサイクル可能な事例を発見することができる(かもしれない)。有効なのは、大作家に関するトリビアではない。むしろ、二流三流の物書きたちの生活実態の記録の方だ。忘却されてきた歴史上の小さな失敗の数々。それを、日々更新される個別体験の集積(ネット空間!)へと接続してみること。ねじれ解消のためには、そうした作業からはじめる必要がある。

ともかく、機会があれば、手元にある調査成果のいくつかを紹介したいと考えている。せっかくの盛りあがりを持続させるためにも。研究(者)が介入することで、少しでも立体的な議論へとバージョンアップしていくことができるのであれば、そんなに悪いことではないと思う。もちろん、これは余計なお世話ではないのか、といささか不安にかられはするのだけれども。


●大澤聡(おおさわ・さとし)
1978年生まれ。日本学術振興会特別研究員(東京大学)。メディア論/文学を専門とする。
主な仕事に、仲正昌樹らとの共著『教養主義復権論』(明月堂書店)、小林英夫らとの共著『一九三〇年代のアジア社会論』(社会評論社)などがある。
ブログ:sat_osawaの近況
twitter:http://twitter.com/sat_osawa

中川大地「「森ガール」にできること~「少女」から「女子」への変遷の中で~」

担当者より:文筆家/編集者の中川大地さんが「森ガール」について論じてくださった原稿をアップいたします。このキーワードの背景なども含めて周到に論じられておりますので、ご一読ください。

配信日:2010/02/24


2009年、急速に知名度を上げた流行ワードの一つに、「森ガール」がある。よく知られているように、エディトリアルデザイナーのchoco*氏が、知人に自分のファッションを「森にいそうだね」と評されたことから、同好の士を求めて2006年8月にmixiで立ち上げた「*森ガール*」コミュニティが、その始まりだ。

「ゆるい感じのワンピースが好き」「ナチュラル系にみえるけど、すこしクセのあるファッション」「民族系の服装もすき」「ガーリー」「カフェでまったりするのがすき」「カメラ片手に散歩をするのがすき」等々、60以上もの特徴を挙げて自己定義された森ガールは、今や何誌もの専門ムックも刊行される一つの女子トライブとして、すっかり定着した感がある。

ビジネス系・流行現象系の各種メディアでも、森ガールは何度となく扱われてきたが、そうした観察でよく言及されるのが、1980年代に注目を集めた「オリーブ少女」との類似性だ。すなわち、ファッションを中核としながらも、インテリアや雑貨、音楽や本など、ライフスタイル全般にわたって少女趣味的な虚構性で生活を覆おうとする傾向は、かつてマガジンハウスが刊行していた雑誌『オリーブ』(特に85年に就任した淀川美代子編集長以来の)で発信されていたメルヘンチックな路線を彷彿とさせる。

実際、『オリーブ』のスタイリストとして腕をふるった大森仔佑子や、同誌出身のモデル/デザイナーである酒井景都は、現在の森ガール雑誌にもカリスマ的扱いで登場しており、両者の感性がかなり共通しているのは間違いない。

さて、この森ガール。その命名のキャッチーさ、特異なキャラ立ちの良さによって大きな求心力を持った反面、やたらと揶揄やおちょくりを集めやすかったことも、トライブの外側から見た場合の特徴と言えるかもしれない。「そんな格好のやつは、森にいねえ(笑)」とでも言いたくなるような明白すぎるマガイモノ感をはじめ、「ゆるふわ、ほっこり」な不思議ちゃん的性向や、トイカメラをぶらさげて町を出歩く文化系的な自意識の在り方など、今時のすれっからした感覚からすると、どうにもこそばゆい。そんな現実離れしたツッコミどころの多さが、「沼ガール」や「磯ボーイ」といった数々の茶化しやパロディをネット上に生み出していたりもする。

要は、かつてのオリーブ少女がメルヘンの仮託先にしていたのが「リセエンヌ(フランス公立学校のおしゃれな女生徒)」だったとすれば、森ガールではそれが想像上の「北欧の森」に置き換わったというだけの図式だ。その意味では、あまりカルチャーとして先進的なところのない、凡庸で脆弱なトライブだと切って捨ててしまうことも可能だろう。たとえば雑誌『小悪魔ageha』発のage嬢たちのようなパンキッシュなインパクトや、速水健朗の『ケータイ小説的。』で浮き彫りにされたような、郊外に新たなコミュニティを築きつつある再ヤンキー化したジモト文化に匹敵する新時代の牽引力などは、今のところちょっと期待できそうにない。

むしろ、森ガールやオリーブ少女のメンタリティの根底にある、「ここではないどこか」を幻想の西洋などに求める衝動の本質を捉えようとするならば、さらにルーツを遡り、近代日本に「少女文化」が発生した地点に立ち返ってみる必要があるだろう。

そもそも「少女」とは、いかなる存在か。児童学者の本田和子や評論家の大塚英志らが、1980年代に展開した民俗学的な少女論によれば、近代以前の共同体社会に「少女」という概念は存在しなかったとされる。しかし、日本では明治後半~大正期にかけて、有産階級の子女に「良妻賢母」教育を行う女学校などの制度が確立。すなわち、初潮を迎えて生殖可能となった女性の身体を、やがて家父長制的な世帯の主となる男性に供給し、再生産単位に組み入れる日が来るまで、無傷で囲い込んでおくためのシステムが本格的に登場する。ここに、生産や性の現実から一時的に切り離された純粋な消費者である「少女」という存在が、近代社会の徒花として発生したのである。

ゆえに、少女たちはやがてモラトリアムを終えて自由を奪われ、システムに組み込まれて生殖の機械とされる抑圧的な宿命から、本能的に逃れようとする性向を抱いているとされる。そこから、「女」としての性的な成熟を忌避したり、「かわいい」もので汚れた現実を遮断・糊塗したりと、虚構と戯れる少女文化の系譜が生まれ、数多くの少女雑誌などを舞台にして積み連ねられてきた。とりわけ、戦後の高度経済成長が終わり、80年代の安定成長期になると、モノの実質的な使用価値でなく商品に付加された虚構的な記号やイメージが優勢となって市場を駆動する高度消費社会が全面化。いわば「少女」性が社会全体に拡散し、オリーブ少女を筆頭とする少女文化が、史上最も隆盛する時代となった(大塚『少女民俗学』『少女雑誌論』など)。森ガールはその残滓を受け継ぐ、現状最後のランナーとして位置づけることができるだろう(※)。

しかしながら、男女雇用機会均等法やバブル崩壊後の長期不況によって、女性をめぐる文化状況も80年代までとは大きく変わった。近代建設期には多くの女性にとって普通であった専業主婦というライフコースは、90~00年代を通じて戦後的な価値観や雇用システムが崩壊した現在、もはや自明のものではなくなり、女性が人生を築いていく道筋は、男性と同等かそれ以上に多様で不透明なものになりつつある。

このように社会の都合に振り回され、「負け犬」ブームや「カツマー」現象などのように次第にやさぐれていく女子カルチャーの変化の有り様を、詩人で社会学者の水無田気流は「無頼化」と呼んだ。つまり、文字通り「他に頼むものがなく一人で生きていくことを前提に、あらゆる価値基準を決定するようになること」(水無田『無頼化する女たち』)が、現代の女子カルチャー全体に通じる気運になっているという。

このことを80年代に全面化した「少女」の消長と結びつけて捉え直せば、ここ10年ほどでとみに増加した「女子」という言葉遣いそのものが、近代の徒花としての「少女」が無頼化し、変容していった概念なのだということに気づく。もはや少女と呼べる年齢的な若さや、素直に虚構に耽れるメンタリティは失ってしまっても、決して成熟した「女」にはなりきれない、宙ぶらりんな自己認識……。そんな納まりの悪さを、ちょっぴり自虐的なニュアンスを込めることで、なんとか現実に折り合わせていこうとする自意識が、「女子」を自認する現代女性たちには垣間見えはしないだろうか。

つまり、「夢みる少女」から「無頼化する女子」へ。遅れてきた少女文化であると同時に、最近の文化系女子のサブトライブでもある森ガールには、近代社会のモードチェンジが引き起こした、そんな女子カルチャーの移行の痕跡がうかがえるように思う。

実際、20代前半の大学生から社会人が中心の森ガールは、かつてのオリーブ少女よりも年齢層が高く、社会との接点は少しだけ広い。「*森ガール*」コミュニティ内でのコミュニケーションや専門誌に載った生の声をよくよく見ていけば、森ガールとしてのスタイルを現実遮断的なものとしてではなく、仕事や生活の生産活動の中での装いとして着こなそうとしていく人もいるし、人気の高いハンドメイド制作の話題では、時に「丸ノコと電動サンダーが欲しい」なんていうガテンな声まであったりして、意外に地に足のついたライフスタイルとして発展しそうな厚みや気骨を、実はひそかに感じさせてくれる。

というわけで、願わくは森ガールの皆さんたちには、そうした少女趣味的なモラトリアムを、女子ならではのダンディズムとして昇華していく芽を、もっともっと大きく育てていってほしいなと、個人的には思っている。

そうすることで、性や労働や加齢といったノイジーな現実をもエレガントに繰り込み、人生をよりハッピーに彩る一生モノのスタイルの母体として、森ガール・カルチャーはさらに素敵にしていけるはずだからだ。

森ガールは、現実の森には行けないかもしれない。けれども無頼な現実に、想像の森で生命的な潤いを加えていくことくらいなら、できるのかもしれない。もしかしたら。



(※)もうすこし詳しく見るなら、森ガールの前史には90年代後半に輸入された「ガーリー」ムーブメントの文脈を挿しはさむ必要がある。ファッション用語としてのガーリーは、単に「ポップな少女性」を意味するというよりも「girlie(売春婦)」が語源となっており、そこから「女性らしさの見直しや、キッチュな女らしさ、セクシーだけどキュート、あくまでも女性らしさを失わず、いかに変化発展していくかを楽しみながらチャレンジする姿勢への賞賛と、少しの自嘲と照れが込められた言い方」(「ALL About」ファッション用語集)だとされる。

つまり、男性からの性的なまなざしをひとまず受け入れた上で、「女らしさ」をセルフパロディ化しながら、あくまで女性自身が「かわいい」と思えるためのスタイルを再編成する批評的な姿勢がガーリーの根底にあり、本論後半で論じた00年代女子の「無頼化」とも少なからず共通した心性と言えるだろう。

2007年公開のソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』では、徹底的に現代女性のガーリー・コスプレ姿として描かれたキルスティン・ダンスト演じる王妃マリーが、性と消費に溺れるバブリーな遊蕩生活の虚しさに気づくと一転、にわかなロハスな菜園暮らしに向かうさまが戯画的に描かれているが、これは政略結婚でモラトリアムを断たれた少女が、ガーリー的な無頼化を経て、森ガール的な心性を派生させる女子カルチャー史への批評としても読み解きうる。


●中川大地(なかがわ・だいち)
1974年生、文筆家/編集者。
アニメ、ゲーム関連のコンセプチュアル・ムックの制作を中心に、虚構と現実を架橋する各種評論・ルポ・雑誌記事などを執筆。
編著に『アルファ・システム サーガ』(樹想社)、『クリティカル・ゼロ コードギアス 反逆のルルーシュ』(樹想社)、論文に「生命化するトランスモダンへの助走」(『思想地図vol.4』所収NHK出版)など。
本当は、森ガール的なスタイルの先駆と理想のアラフォー像は遊佐未森にあると信じているミモリスト。ぜひどこかの森ガール雑誌で、未森さんインタビューをやらせてください……!
ブログ:暁のかたる・しす

紙屋高雪「マンガで労働を考えて何が悪いか!」

担当者より:『オタクコミュニスト超絶マンガ評論』(築地書館)の著者で、人気サイト「紙屋研究所」でもお馴染みの紙屋高雪さんに、以前マンガを通して「労働」について論じていただいたものを改めてアップいたしました。

配信日:2007/11/21


IT業界の重鎮と理系学生たちの討論会が最近あり、学生たちがIT業界のイメージを「きつい、帰れない、給料が安い」の「3K」でネガティブに語ったのにたいして、お偉方たちが色をなして反論した。「3Kの“帰れない”は、帰りたくない人が帰れないだけ」「スケジュール管理の問題」などと。

おいおい、いくらなんでもそれはないだろう。そのうえで、かの重鎮はこう付け加えた。「私は40年間近くIT業界で仕事しているが、何が一番幸せかというと退屈している暇がないことだ。技術が進歩するにつれわれわれの仕事も複雑化してくるが、一生懸命追いかけていくだけでも退屈しない。いい仕事を選んだと思う」(@IT/07年10月31日配信)

労働実態を直視しろよ、というレベルの話はおいておくとして、ここには「労働とはやむを得ざる苦役」だという労働観(学生側)と、「労働をつうじて自己実現をする」という労働観(重鎮側)の基本的な対立がある。この対立でぼくが思い出すのは、評論家の関川夏央が「現代のプロレタリア文芸」だと評した、新井英樹の漫画『宮本から君へ』(講談社)であった。

バブル末期に登場したこの漫画を、同じ連載誌にあった弘兼憲史『課長 島耕作』(講談社)にたいする徹底したアンチテーゼだと関川はとらえた。島は大企業に勤め「あまり働いているふうには見えないのに出世」するし、「働いているところなど読者には興味なかろう」といわんばかりに「女性とのつきあいと社内権力闘争のシーンばかりが描かれる」漫画だと見据えたのである。浮世離れした「労働」描写に、ある漫画家はこの漫画を「SF」と評したほどだ。それほどまでに「島耕作」は根底で労働を嫌悪している。

これにたいして、『宮本から君へ』の主人公が「島耕作」と対比して「容貌、性格、趣味」「職業観、職業環境、『業界』をめぐる群像、すべてが挑むように対照的」だと関川は考えた。「垢ぬけない」「騒々しくてくどい」「暑苦しい」主人公が、みっともない営業で自己流に一人前をめざそうとする。そこに反島耕作流の労働観をみたのである。

「作者(新井)は、労働とはやむを得ざる労苦だという昨今流行の西欧型労働観を敢然と否定している。努力すれば報われると思いたい、金だけが目的ではなく生命の燃焼感と達成感にも意味を感じたい、すなわち労働のなかに自己実現をめざしたいという、日本独特の『危険な思想』が居直るときの、暑苦しいすがすがしさとでも呼ぶべきなにものかが、この作品にはある」(関川『知識的大衆諸君、これもマンガだ』文藝春秋)

この「労働をつうじた自己実現」という労働観は、現在でも女性漫画に根強い。幾多の障壁をのりこえて社会進出をはたそうとする女性にとって、労働が単なる苦役であってたまるか! そうした労働観の最前衛に槇村さとるがいる。

彼女の最新作『Real Clothes』(集英社)はデパートの寝具売場から婦人服売場に配置替えになった女性の物語である。仕事では無能なぼくからすると、主人公の女性・天野の働きぶりは完璧にしかみえない。クレーム対応に失敗した部下を、教育的にフォローし、迷っている客をセールストークでなく自然なトークで購買にみちびくのだ。

しかし、そんな完璧な天野であってさえも、作者・槇村からすればまったく足りないのである。婦人服売場に配属され、服ひとつ満足に売れない。年下の契約販売員から遠まわしにお前はヘアもメイクも垢ぬけないしデブだから、本気で売ろうと思ったら自分を変えろと注文される。いや、少なくとも漫画上のグラフィックをみると天野は十分にかわいいし、中肉中背。それなのになぜ、売れないのはお前がプロとしてのこだわりがないからだ、デブだイモだと罵られなければならないのか。

そして槇村は、この契約販売員の一言が、最終的には正論であったという流れにしてしまうのである。天野は自分を見つめ直し鍛え直す。なんで!? ここまで自己改造をかさねて服を売って利益をあげることが、本当に自己実現なのか!? とぼくなどは思ってしまう。

自己実現ができる仕事は、実はそれほど多くない。なのに「最初からそんなものは用意されてはいない。自分で切り開くのだ」という説教とともに、労働で自己実現ができるかのように描いてしまう女性誌系漫画は後を絶たないのである。

『俺はまだ本気出してないだけ』(小学館)という青野春秋のギャグ漫画がある。40歳で本当の自分を探すために会社をやめて(係長だった)、漫画家をめざすという話だ。しかし実力も根拠もなく表題の言葉が彼の自己弁護だというイタイ漫画である。

この漫画では奇妙なことに主人公は、まず会社に勤めながら漫画を描いてヒットを出す、ということをしない。会社をいきなり辞めてしまうのだ。ここには仕事とは「自分」を実現するものであり、決して片手間でやるものではない、という抜きがたい信念、かたくなな労働観がある。

その意味において、『俺はまだ本気出してないだけ』の主人公と、槇村さとる的主人公は実は同じ思想の持ち主であり、一味である。

本当にそれは幸せな労働観だろうか。

これらにたいして、たとえば、きらたかしの漫画『赤灯えれじい』(講談社)は工事現場のバイトで知り合った男女が、恋愛し、同棲し、やがて正規の職をもち、一歩一歩自立していく物語であるが、ここでは労働は決して過剰な「自己実現」の物語としては語られない。

ヘタレの主人公・サトシは、美女で侠気のあるチーコに「一人前の男」として認められたい一心で恋愛にも労働にも奮闘する。サトシにとって、労働における奮闘とは正社員として安定した職をめざすことだ。はじめは、エロ本のDTP、つぎにはラブホの事務員として仕事を覚えることに懸命になる。たしかに、多少は技術をあげようという意欲や格闘はあるけども、サトシにとって必要なのは、チーコとの安定した生活の基盤になるような収入である。

ここでは労働は「自己実現」ではなくて「収入を得るためのやむを得ざる苦役」でしかない。おそらく労働の大半がそういうものだ。「労働をつうじた自己実現」という夢をかなえられるのは、ほんの一部の人ではないかと思えるのだが、いかがだろうか。

マルクスは若い頃、共産主義社会になって労働が人間を解放させる全面性をもつようになるのではないかと考えたが、後にその考えを捨てた。マルクスが死ぬ頃にたどりついた考えは、どうやっても労働には「やむを得ざる苦役」という面が残る、だから時短をすすめて自由時間をふやしその自由時間でさまざまな能力を発達させて人間を解放しようというものだった(資本主義では機械化は時短にならずにリストラへすすむ)。

ぼくは結局それがリアルじゃないかと思う。ぼくがこうやって駄文を書き連ねる幸せを獲得できたのは「余暇」のおかげだったのだから(おかげで本まで出せました)。

そういえば、現代では生産力が発達しているので、社会を維持するだけの「必要労働時間」がどれだけで済むかを、学者が計算したことがあるのだが、1日のうちそれは2時間しかなかった。あとは資本の利潤のために働かされているというのだ。

これを聞いた左翼の友人が「じゃあ、午前中だけ働いて後は帰れるね」と喜んだものだった。そしてこう付け加えた。「でもさあ、午前中で家に帰ったら、おれ、酒ばっか飲んじゃうよ」と。

自由時間で能力を発達させる人ばかりではないようだ。うーむ……本当にいちばんリアルなのは労働で自己実現でもなく、自由時間で好きなことにうちこむでもなく、自己実現などせずに余暇を楽しくのんびりだらだら過ごすことかもしれない。


●紙屋高雪(かみや・こうせつ)
紙屋研究所所長。
著書に『オタクコミュニスト超絶マンガ評論』(築地書館)がある。
また、『理論劇画 マルクス資本論』(かもがわ出版)では、構成・解説を担当した。
サイト:紙屋研究所
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